-4章-
武具召還



「いって〜……なんだったんだぁ、今のは……」
 人間、痛くもないのに、痛いと言ってしまう。
「ここ、スラスラの森じゃないよな……どこだ?」
 辺りを見まわしながら、エンは首をかしげる。隣にはルイナもいる。今のような事態になっても、相変わらず無表情だ。むしろそのおかげでエンは混乱が多少緩和されたようだ。

「☆※□○≠▲」
「な、なんだ!?」
 いきなり聞こえてきた、しかも明らかに人間の言語ではない声に、エンは焦りを感じた。
 だが、近くにはルイナが一人いるだけ。どこにも声の『主』は見当たらない。
「エン……下、です……」
 ルイナが、地面の方を見ているので、自分も見てみた。そこには、タマネギ型をしたヘラヘラ笑っている青い生命体。スライムだ。
「どこにでもいるもんなんだな……スライムって」
 エンが屈みこみ、スライムを捕まえようとする。
いつもなら、スライムは素早く逃げるのだが、そうした素振りは全くみせない。
「(チャンスだ!)」
 そう思って、最初は何となくという気持ちで捕まえようとしたが、今は本気になった。
「危ない!」
 叫んだのはルイナでなければ、もちろんエンでもない。どこからともなく声と共に若者が現われ、エンのすぐ前に立ちふさがった。
だが、エンの邪魔をしようとしたのではない。助けようとしたのだ。
「△! ×○刀!!」
 それを証明するかのように、スライムが炎を放った。
 エンからは、若者のマントに邪魔されて『向こう側が光った』としか見えなかったが、自分が向こう側にいたらまず助からなかっただろう、ということはその光で理解できた。
「べギラマか……」
 若者は持っている盾で炎を受け止め、そして振り払う。鎧を着ているので、たいしたダメージはないが、顔が少し火傷を負ったようだ。
 炎の勢いは長く続かずやがて無くなり、今はマッチ程度にしょぼくなった。
「ロトルの剣よ!」
 若者が呟くと、盾が光り、剣へと変わる。その剣でスライムを一瞬のうちに二つにした。
「ふぅ。大丈夫かい?」
 若者がこっちを振り向くと、それはなかなかの美男子(?)だった。
 目の覚めるようなマリンブルーの鎧に、赤いマント、顔は日に焼けた活発そうな肌をしており、誰が見てもおかしくないほど整っている。
 吸い込まれそうなほどな黒い瞳には、強い意志が感じられた。
「ああ。俺は大丈夫だけど……」
「……?」
「ここはどこだ?」
「え……?」
 当然、若者は少し困ったような笑みを浮かべた。
「まずは自己紹介だな……オレはエン。こっちがルイナ」
「……よろしく、お願いします」
「僕の名はロベル。皆は、『勇者』って呼ぶけどね……今は自分が勇者と名乗れる資格があるか、確かめるために旅をしているんだ。君たちは?」
 エンは困り果てながら、曖昧に答えた。

 少し間が空き、ロベルがやっと口を開いた。
「多分、それは『旅の扉』だろうな。……ここルビスフィア世界とは違う世界、か」
「るび……なんだって?」
 ロベルがさも当然とでも言うかのように出した単語は、エンにとって聞き覚えのないものだった。
「あぁごめん。この世界の住人じゃないんだったね。ルビスフィアっていうのは人間界のことだよ。僕が知っている世界は魔界、神界、人間界の三つであってね。魔界には魔物が、神界には神様たちが、そして人間界のルビスフィアには僕たち人間が住んでいる」
「スライムがいたぜ?」
「もとは一つの世界だったんだ。大昔に三界が別れた際に、魔物が人間界に取り残されていたらしくて、それが繁殖し、世界中を住処としている。僕のような冒険者の仕事が減らないのも、そのせいなんだ」
「ふ〜ん……」
 相槌を打ったものの、理解しているわけではない。
「魔界や神界から来たっていうわけじゃないんだろ?」
「あぁ。オレの世界にもスライムはいたけど、こんな凶暴じゃなかった。神様だって、村で拝むような地方神くらいしか信じてないよ」
「異世界、か。一度は行って見たいな」
「そんな気楽に言わないでくれよ。オレたち、どうすりゃ帰れるんだ」
 エンの言う通り、気楽になっている場合ではない。
「……そういえば、さっきの剣はどうしたんだ?」
 今は手ぶらであるロベルを見てエンが聞くと、彼は意外そうな顔をして、すぐに頷く。
「そうか、君たちの世界では、これはないのか」
 なんだか、勝手に納得してしまった。
「冒険者なら、誰でも知っているんだけど…」
 鎧の手甲を外し、右腕を見せる。そこには、盾の上で二つの剣が交じり合うような紋章があった。
「冒険の契約と言ってね。冒険者には、この紋章がつけられるんだ。冒険者となった者は、己の精神力から武器を召還することができる。……こんな風にね」
 そう言いながらロベルの手から光が溢れる。
 光が消えると、そこには、なんの変哲もない鋼の剣がロベルの手に収まっていた。
「武器を召還することを『ウェコール』、武器を変化されることを『ウェチェンジ』って言うんだ」
 ロベルは次々に武器の種類を変えていった。
棍棒、銅の剣、鉄の槍、茨のムチ……皮の盾、鱗の盾、魔法の盾……。
「すげぇ……」
 エンは、ただそう言うことしかできなかった。

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