『龍具』の使い手が二人同時に揃った。それでも、魔王を斃すにはまだ足りない。
「魔道に長けた者がほしいのぉ」
 朗らかな朝日が差す中、武器仙人が朝食を僕等に渡しながら言った。
 老人は朝が早いというが、本当に早かった。もしかしたら夜明け前に起きているのかもしれない。僕等が目を覚ますころには朝食の準備を始めていたのだ。
「魔道、か」
 ティアが少々回復呪文を使えたのを思い出した。ホイミ程度、上手くすればべホイミができる彼女だが、『魔道に長けている』という分類には入らないだろう。
 僕は魔法を使えないわけではないが、ダーマで授かった光の剣士ライトソルジャーという『職』が与えてくれる、少し魔法が使えるくらいのものだ。それだけでは上手く制御できないし、援助魔法が多いので、回復魔法の多い僧侶の『職』に就いていたティアからの講義はあまり役に立っていない。
「中央大陸に、ラエル川を挟んでイーリー川とファム川が流れている。その川辺の民は魔道に長けているらしいが?」
 ディングが武器仙人特製の味噌汁を飲みながら、聞いた話を思い出す。ディングは出発するまでの間、剣の修行と世界を知ることをしてきた。彼から習うこともかなり多い。
「攻魔の民と、防護の民か」
 武器仙人が呟く。ディングは頷いているが、僕はよく分からなかった。世界学も習った方がよかったかな。この旅が終わったら、剣だけじゃなくて魔法も世界も学んでみよう。まぁ両方とも、旅を続けるだけで知識を得ることができるかもしれないが。
 それに、魔道で有名らしいソコに行けば、魔法の知識を得ることもできるだろう。
「イーリー川近辺には攻魔の民。攻撃魔法を主とする魔法使いの民がおる。そして、ファム川近辺には防護の民。防御や回復魔法を主とする僧侶の民がおるのじゃよ。二つの川に流れているラエル川を境界線に、小競り合いが起きている場所じゃ」
 確かに、そういう場所なら魔道に長けた者が見つかるかもしれない。
 目的地は決まった。中央大陸のラエル川、イーリー川、ファム川が流れる三魔江と呼ばれる場所だ。

 僕たちはエルデルス山脈を降り、港町アショロから中央大陸行きの船に乗った。魔王の影響で船数は少なかったが、なんとか乗ることができたのだ。
 アショロから中央大陸の港町ポートセルミに着くまで一〇日間ほどかかる。その船旅の五日目、武器仙人が僕一人を呼び出した。
「あの、なにか用ですか?」
 部屋には彼と僕しかいない。武器仙人は鋭い目つきでこちらを見ている。なぜか、恐ろしいものを見た気がした。僕はこの部屋から逃げ出しそうにさえなってしまう。それでも、堪えて中に入り込と、
「ふむ、これくらいは当たり前かの」
 急に、嫌な気配――殺気だろう――が消えた。
「これ、くらい?」
「魔王を斃すためには、度胸がないといかん。これくらいの殺気で逃げ出したら、オルテガが悲しむぞい」
 僕を試していたらしい武器仙人だが、そんなことをされたことに興味はなかった。彼の口から、以外な人の名前が出たのだ。その名前は知っている。知らないはずがない。
「父さんを知っているのですか?」
「ああ、まあな。それと、敬語っやつをやめくれんかのぉ」
 前半は軽く答え、後半を真面目に話した。普通は逆だろうに。
「わかった。でも、なぜ父さんを知っている?」
 相手の要望で、僕は敬語を使わないようにした。そして、もう一度同じ質問を繰り返す。
「勇者オルテガ。名前だけなら誰も知っとるが、わしはあいつの剣を強化させたんじゃよ。そんときに、お前さんの話を聞いたんじゃ。『自分には息子がいる。もし頼ってきたら助けてになって欲しい』とな」
 なるほど、それなら納得がいく。父さんもエルデルス山脈に来ていたのか。それにしても、僕が武器仙人の所へ行く所を予想していたのならば、もしかしたら父さんは敵に討たれることを薄々感じ取っていたのかもしれない。
「お主にはオルテガの血が流れておる。勇者の資格があるかもしれんのぉ」
「勇者? 僕が?」
 信じがたい話だ。『龍具』の使い手たるディングや武器仙人ならまだ分るとして、僕は勇者になるつもりなどない。いくら父さんが、『勇者』と呼ばれていたとしても、僕自身が勇者なのではないのだから。

 僕たちを乗せた船はその後、なんの問題もなくポートセルミに到着した。
 僕たちはそこからさらに中央を目指し、旅を続けた。三魔江へ辿りつくには、数週間を必要とするからだ。その間でも修行は絶やさなかった。そのおかげか、今まで使えなかった奥義や技を使いこなせるようにもなったし、僕とディングは授かっていた『職』を極めたり、召還できる武器の種類も増えた。さらに、武器仙人の指導の下、僕は魔法も少しは使えるようになってきた。
 そんな日々が半月ほど続き、ついにイーリー川へと辿り着いていた。

「あんた等、他所者か?」
 黒いローブに身を包み、全体は当然で、さらには顔をもほとんど隠しながら、聞いてきた。警戒しているようだ。
「まさか、ファム川の者じゃねぇよな?」
 もしも、ここでその者だと答えたら攻撃を受けていただろう。僕たちは旅の理由を告げ、戦力になってくれそうな者はいないか聞いた。
「……さぁな。俺たちの部族は、攻撃魔法は使えても、悔しいことに回復は空っきしだ。そういう奴がほしいならファム川の野郎どもにで言いな」
 それ以上の会話は無用というわけか、その人は明後日の方向を向いてしまった。彼の言う通り、確かに回復魔法を使える者が少ない今の戦力にとって、回復魔法の使い手は必須だ。とにかく僕らはファム川へ訪れることにしたのだ。
イーリー川集落で、僕たちは立ち寄った道具屋で薬草を数枚と魔法の聖水を購入し、その買物時に思ったのだが、彼らはもとから無愛想なようだ。店員ですら真っ黒なローブで身を包み、愛想という単語からかけ離れたような接客態度だったのだ。
 そして、僕等は買物を済ませた後、すぐにイーリー川の集落を出た。
 半日歩くと、イーリー川方面のラエル川に出た。そこには、簡易性の家――むしろ小屋――が立っている。
 もう暗いので、なんとかここに泊めてはもらえないかと聞くと、ファム川の者でないかとまた聞かれ、違うと答えると、快く僕たちを受け入れてくれた。しかし、『快く』と言っても、やはり無愛想であり、他のイーリー川の民よりは多少マシだった、という意味だ。
 次の日、僕たちはラエル川を渡り、ファム川を目指した。

「あなた達は、我が部族の者ではないですね」
 全体的に白の法衣で身を包み、肌は川辺の民とは信じられないほど白かった。
「もしや、イーリー川の者ではないでしょうね?」
 言葉こそ丁寧だが、妙な殺気が漂っている。イーリー川の集落で話したことを、そのまま話した。ここでイーリー川から来たといえば、なにかと面倒なことになりそうだからだ。
「そうですか。しかし、この集落には回復魔法は使えども、攻撃呪文は全く使えないし、そもそも私たちは悔しいことに身体が弱いので、ついて行ったとしても足手まといになるやもしれません」
 ……まさか、ここまで二つの部族が分かれていたとは、ディングも武器仙人も思っていなかったし、僕なんて驚くことしかできなかった。

 本来、ラエル川は賢者の川として知られ、攻撃と回復魔法の使い手しかいなかったと言われている。それが、時が経つにつれ、攻撃呪文こそ最強の力だ、回復呪文こそ世界のためだ、と意見が分かれるようになり、ラエル川を挟んで攻撃魔法の使い手はイーリー川に、回復魔法の使い手はファム川に住むことになった。
 それ以来、それぞれの川では互いの魔法を使うことを禁ずることが普通と化したのだ。それが時の流れにより、もはや回復魔法の使い手は回復魔法しか使えず、攻撃魔法の使い手は攻撃魔法しか使えなくなってしまった。
 というのが、武器仙人とディングがまとめた結果だ。

 仕方なしに、ファム川でしか売ってないような品物を見るために、ここの道具屋を訪ねようとした矢先、一人の老人が僕等に話しかけてきた。
「これは珍しい。あなた方は冒険者ですな」
 老人は真っ白な法衣で身を包み、どこか気品を感じさせるような風格の持ち主だ。老人はファム川の長老だということを名乗った瞬間、ディングの目が細くなるのを僕は見逃していない。
「ええ、まだ駆け出しですけど……」
『龍具』の使い手が二人もいる――この世に二人しかいないのだから、その二人が揃っている――のにも関らず『駆け出し』と言って良いのかどうかは知らないが、僕自身は素人の分類に入るだろうし、傲慢になる気も無かった。
「いやいや、あなた方はきっとお強い。謙遜はいけませんぞ」
 感じの良い老人だな、というのが僕の率直な感想だ。しかし、その好々爺な雰囲気は、どこかが怪しい。ディングは、それにもっと早く気付いていたようだったが。
「フン……。回りくどい詮索は止めたらどうだ? オレ達に依頼したいようなことがあるのだろう?」
「ディング!」
 相手は集落の長老だというのに、ディングは挑発するような口調だったので、小声で彼を宥めたが、逆に睨み返された……。
「……えぇ、そちらの方の言う通りです。実は、人探しをお願いしたい」
 長老の話ではラエル川で互いを見張っている小屋――僕たちが昨晩泊めてもらった場所の一つだ――の管理人が、一人ずつ行方不明だという。


「ねぇ、今日も外に出ちゃいけないの?」
 一人のかわいらしい、紫色の髪を二つに結んでいる少女が、近くの二人に聞いた。
「ええ。見つかったら、大変なことになっちゃうからね」
「大丈夫。父さんたちが、しっかりとお前を守ってやるからな」
 一人は男で、一人は女だ。男は黒いローブをつけているものの、顔から上のフードは外している。フードがあるにも関わらず、その顔は少し日に焼けている。女のほうは、男と正反対に白い法衣を纏って、その肌は着ている法衣のように真っ白――というのは言い過ぎかもしれないが、男に比べれば透けるような白さだ。
「でも、外で遊びたいよ」
「もう少し、もう少しだから……ね」
 辛そうに女は答え、少女は不満顔をする。それを見て、男はどうしようもない哀しさに満ちた表情を浮かべたが、それを女や少女に悟られる前に表情を変えた。
 いきなり顔を上げ、緊迫した様子で気配を探る。それは、敵意の眼差し。戦う時の眼だ。男の様子に、女もすぐに気付いて、男と同じような顔をした。それは、決意の眼であり、守るために闘う人の眼だ。

 駆け出し、と言ったものの、多少は冒険者としての依頼を成功させてきたのだ。探索は得意になっており、僕たちが不審な小屋を見つけることができた。そこに入ろうとした時、いきなり炎が飛び出してきたのは、さすがに驚いたが。
魔収斬羽ましゅうざっぱ
 流れるように炎龍剣を召還して、魔法を斬る防御技をディングが放った。
 炎の塊、メラミの炎だろうものは、あっさりと弾けて消えた。
「誰だ!?」
 遠くから男性の声が聞こえてきた。かなりはっきりとした、よく通る声だ。
「僕たちは冒険者です! とある仕事請けて、この小屋を調べに来ました!!」
 そう言うと、しばらく間を置いて一組の男女が現れた。
「あの、もしかして、メルトさんとクーラスさんですか?」
 僕がそれを聞くと、二人は驚いた顔をした。そしてすぐ、臨戦態勢に入る。
「ま、待って。僕たちはあなた達と戦うつもりは……」
 言い切る前に、男の方が瞬速の集中だけでベギラマを唱える。かなり優秀な魔道士だろう。精霊魔法を、詠唱も無しに放ったのだから<。br>  そのベギラマは、僕たちの間をすり抜け、後方でさらに爆発した。
「私とて、あなた方と戦うつもりはありません。敵は、あちらです」
 後ろを見ると、僕らの後を付いて来ていたのだろう、いつの間にかファム川の民たちとイーリー川の民たちが別れて立っていた。集団で尾行などと、大胆なことをするものである。それに気付かなかった僕らも情けないのだが。

「メルトよ。優秀なお主がなぜイーリー川との男に惹かれたのだ?」
「クーラスよ。力強きお前が、なぜファム川なんぞとの女に惹かれた?」
 ほぼ同時にそれぞれの族長が口を開いた。
「族長! これは私たちの問題です。部族の一員である前に、私たちは一人の人間です!」
 メルトが先に声を上げて反論した。
「わかってください。もう私はイーリーの資格は捨てたのです。遥か昔のように、ここを賢者の川にしたいのです!」
 なんとなくわかってきた。互いを見張る小屋、その管理人であったメルトとクーラスは、いつのまにか恋に落ちていたのだ。そこから駆け落ちし、ラエル川の上流に身を隠していたのだ。しかし、部族の怒りは互いに尋常なものではなかった。裏切り者には死の制裁を。これが互いの部族の決まりらしい。
 旅なれた僕たちに二人を探させ、いまその制裁を下そうとしている。
 つまり、僕らは利用されてしまったのだ。
 ファム川の方は当然として、イーリー川の方は何らかの情報を得たのだろう。彼らも少し武装している者が目立った。
「「関係ない。部族の裏切りには、死の制裁を」」
 二人の族長の声が揃った。
「「「「「「「「「「「「「「「死の制裁を!死の制裁を!」」」」」」」」」」」」」」
 互いの部族の声が響く。なんとも不気味な声は、やがて魔法の詠唱に変わっていた。
「「「「「「火炎大球メラミ!」」」」」」
「「「「「「死滅波動ザキ!」」」」」」
 打ち出させれた六つの火炎球と、死の呪縛が接近する。
「ちっ。どうする?」
 ディングが舌打ちして聞いてきた。
「どうするもこうするも、ここじゃ僕たちも魔法の影響下だ。正当防衛として、なんとか防ぐ!」
「正当防衛ねぇ。上手いこと言いやがるのぉ」
 武器仙人がいつの間にか神龍剣を召還した。
反牙鏡刀はんがきょうとう!」
 神龍剣が青白く光り輝き、火炎大球メラミの火炎球全てを打ち返した。
魔収斬羽ましゅうざっぱ
 先ほど使った技を、ディングが再び放つ。これで、ザキの波動を三つほど切り裂いて無効化した。
魔空消翔まくうしょうしょう!」
 魔法に宿る魔力を吸収する技を僕は放った。しかし、この技では、二つまでしか消すことはできなかったので、一つ残る。波動に呑み込まれれば、即死である。
「し、しまった――」
魔鏡壁マホカンタ !」
 ちょうど僕の目の前に光の壁が発生し、ザキの波動はその光に弾き飛ばされた。それを使ったのは、後ろにいたクーラスだ。
頑強上昇スクルト!」
 続いてメルトが僕等に守備力を上昇させてくれる加護の魔法を放った。
「他所者! 邪魔をするな!!」
 イーリー川の民が怒りに満ちた声で怒鳴る。相当怒っているようだ。
「ちょっと待ってください。なんでこの二人の邪魔をするのですか?」
 僕は怒鳴り返してみた。
「危険なのじゃよ」
 ぽつり、とファム川の族長が前に出てきながら言う。
「我が民と、他所の民との混血は、あまりにも危険なのじゃ」
 今度は、イーリー川の族長が前に出てきて言った。  気付いたら、慌しかった声が消えている。
「どういうことです?」
「我が回復の民は、究極に近い力を得た。賢者と呼ばれし民のころと違ってな……」
「我が攻魔の民は、究極に近い力を得た。賢者と呼ばれし民のころと違ってな……」
「その究極の力を持つ血と血が混ざり合ったらどうなると思う?」
「下手をすれば、究極の賢者の完成じゃ」
 それはそれで、すばらしいことではないのだろうか。しかし、僕がそれを思ったことを察したのか、二人の族長は続けた。
「我々が持つ力は、一人の人間にしか制御できぬ」
「つまり、二つの力が制御できるのは人にして人にあらず」
 ――そうか。それぞれの『力』は一人の人間分の魔力でしか制御できない。しかし、それにもう一つ『力』が加わると、それはもはや人の魔力では制御できないほどの『力』となるのだ。まさに魔人。人にして人でない存在。
「故に、子供ができる前に」
「殺すのじゃ」
 話に夢中になって、僕たちは気づいていなかった。それぞれの民が後ろから忍び寄っていたことに。
「!? 後ろだ!!」
 魔法レムオルで姿を消し、気配まで消していたが、最後の最後で殺気を表し魔法効果が切れたことに、ディングが気づいた。
「なっ!」
 ザクっ…………
 二人の背中に、剣が突き刺さった。

「そ、そんな。メルトさん! クーラスさん!」
 僕は二人に近づくと、二人を刺した者たちはすぐに消え去った。片方は移転呪文ルーラを使い、片方はキメラの翼を使用したのだ。
「あ、あの子……あの子を……」
 悲しそうな眼で、それを最後に言い切り、メルトの命が途絶えた。クーラスの方は、即死だった。
「う、うあぁ、うわああああああああああ!!!!!!!」
 ティアが死んだ光景と、何故か重なった。怒り、憎しみ、悲しみ、憤慨、怒涛、哀しみ、憐れみ、その他の『負』に値する感情が一気に脹れあがる。それに呼応するかのように、僕が持っていた武器――漣の剣は姿を変える。それは、呪いの武器として名高い『皆殺しの剣』。僕は無我夢中で、二つの部族にソレ,,,で斬りかかろうとする。
「落ち着け!」
 ディングが無理にでも止めようとしたが、僕はもうそれにすら気付かない。完全に、精神が狂ってしまったのだろう。
「ちっ……。悪く思うなよ」
 当て身を当てて、ディングは僕を気絶させた。

「ここは?」
「よう、気づいたか?」
 ディングが壁に寄りかかって腕組をしていた。
「ここはあの二人が住処にしていた小屋だ」
 ディングが素っ気無く言った。今更ながら、僕が最初にした質問の答えだということに気づく。
「歩けるな。ちょっと来い」
 少し歩いている間に聞いた話によると、二つの部族は目的を達成したためか、すぐに帰ってしまったらしい。ディングの後について行き、一つの部屋の前で止まった。
 くい、と顎で扉を指して、僕を中へ促す。
 中には入らず、僕は様子を見るだけにした。中にいるのは、一人の少女だ。啜り泣きながらも、その涙の量は大泣きしているほどである。確か、メルトが『あの子』と残して逝ってしまった。紛れもなく、泣いているこの少女だろう。
「生まれていたのか……」
 二つの部族が最も恐れていた、最強の魔力を秘めた血をその身に宿す子供。中の様子を覗っていたのを止めて、そっと扉を閉める。
「殺すか? 殺すなら、お前の手で殺らないほうが良い。お前は優し過ぎるからな。殺るとしたら、俺が殺るぞ」
「…………」
 ファム川の族長とイーリー川の族長が言うことが本当なら、彼女は危険だ。
 それこそ、世界を破滅に導くほどに。
 少し戸惑ったものの、再び扉を開け、今度は中に入っていく。
「あなた、たち、誰?」
 しゃくりを上げながらも、僕たちのことに驚いた。当然である、武器仙人が両親の死を告げたが、僕は気を失ったままであり、ディングは僕の側にいたのだ。
「僕はロベル。こっちがディング……」
「儂が武器仙人じゃ」
 いつの間にか後ろに立っていた彼は自己紹介をしていなかったのか、自分を名乗る。
「ぶー、きー?」
「違うわい……」
「ブーキーか。それもいいな」
 幼い彼女にとって、彼の名前の意味はわからなかったようだ。そういえば、これ以来、僕らは彼のことをブーキーと呼んでいる。
「その、ごめんね。二人を守れなくて……」
「……ううん。いいの、ありがとう……」
 まだ幼い。僕が父さんの死を知った時の年齢より、遥かに。
 それでも、彼女はたった数時間で激情を静めて見せた。なんという精神力だろうか。
「あたし、生きるね。お父さんと、お母さんのぶんまで、生きるね!」
 力強く笑う彼女に、僕たちの意見は一致した。
 大丈夫だ、と。

 それから数日して、僕らはそこを旅立つ日になった。
 メルトとクーラスの文献の中に、興味がある資料を見つけたのだ。
 神器。
 そう呼ばれるものが、南大陸にあるらしい。
 この数日間で、彼女――リリナと名乗った彼女とは、だいぶ打ち解けた。よく笑う、いい子だ。
「じゃあ、頑張ってね」
 それは本来、僕たちが彼女にかける言葉であるはずだが、リリナに先を越されてしまう。
 この数日間のうちに、彼女にはしっかりと生活力があると解ったので心配はないだろう。
「ああ、それじゃ」
 そうして、僕たちはラエル川を離れた。

 その数日後、リリナは魔法の練習に取り組み始めた。
「今度は、あたしが……」
 その言葉の先は、出てこなかったけれど。

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