南の大陸に着いたときは、既にリリナと別れてから二ヶ月が経っていた。 その間、修行を重ねた成果か、僕たちはこの港町――ジリドのダーマで新しい『職』を授かることになった。僕は魔法戦士、ディングはソードマスター、二つとも強力な上級職だ。ブーキーのほうは、ダーマに行くのを嫌がり、今がなんの冒険職かは分らない。 第一南大陸の、中央にある山。 メルトとクーラスの資料にはそこが記されていた。かつて、神がまだいたころ、人の身でありながら神や魔と同等の力で渡り合ったという勇者の武器。 それが、第一南大陸中央の山に眠っているのではないかとも書かれてあった。 第一南大陸――ジルディースとも呼ばれるこの大陸は、 馬車で行こうとしても、魔軍の侵攻が激しい(特に中央に行くにつれて)せいか、ほとんど売ってもいないし運搬もされていない。 そう考えていると、町の外で大きな爆発音が響いた。 「なんだ?」 「音や煙。振動からすると、イオ系の呪文だな」 僕の質問にディングがあえて冷静に答える。なんで解かるんだ……? 町の人たちは、またか、というような視線で町の外を見ている。どうやら、日常茶飯事らしい。それでも放っとくわけにもいかないので、とりあえず町の外へ、爆発のあったと思われる場所へと移動した。 魔物が一匹、町の兵士だろう人物が十数人。 しかし、魔物以外の全員が地に落ちている。先ほどのイオ系呪文にやられたのだろう。 一人の兵士は座り込んでガタガタと震えている。見たところ、唯一の生存者だ。 その兵士に駆け寄り、回復呪文を唱える。ホイミの金色の光が兵士に降り注ぎ、負っていた傷の半分を治して見せた。 「た、助けてくれ!!」 兵士が絶叫する。助けるために回復呪文を使ったのだが? 傷の痛みは無くなっているはずだが、兵士は何かに(当然、魔物にだろうが、何か違和感がある)怯えたままでいる。 「魔物一匹くらいも殺せないのか、ここの兵士は?」 ディングが冷たい視線で震えている兵士に聞く。 「ち、違うんだ! あいつはいつもの奴なんかじゃない!!」 大袈裟に頭を振って、それを否定する。その『いつもの奴』など僕たちが知るわけないのだが……。 確かに、相手の魔物も、そこらにいるような奴ではない。一見、少女のような体系だが、肌は異常に赤く、目は呪われたように黒ずんでいる。 「……まさか、マジュエル?」 ブーキーの言葉に、僕とディング、ついでにそこに座り込んでいる兵士がはっとする。 四魔将軍。魔王傘下の、最強の魔物たち四人のことである。 エルデルス山脈でその一人、氷魔将軍のネルズァを斃すことができたが、あの時はよく覚えていない。ティアを殺されて、逆上していたからだろう。 呪魔将軍と呼ばれるマジュエル。それがこの魔物となれば、かなり危険だ。 ふと、兵士の異変に気づく。 「離れろ!」 ディングの言葉に、慌てて兵士から飛び離れた。 兵士の顔が、はじけた。 内側からの爆発、そういった感じだ。血が噴出し目玉が転がる。 ズぢゃり…… 嫌な音を立てて、転がってきた目玉をマジュエルが踏み潰した。 “…………” マジュエルの視線が、こちらに向く。 「っ!!」 無意識のうちに剣を召還。ディングもブーキーも、それぞれ炎龍剣と神龍剣を召還している。 “……オルテガの息子だな” 威厳を持った少女、といった声だった。というより、何故解かったのだ? そこまで僕らの知名度は高くないはずだが。 “この大陸の中央まで来い” 勝手に話を進めて、マジュエルの姿が薄れ始める。移転呪文のルーラだ。 一瞬にして消えた呪魔将軍の跡には、事切れた兵士の数々と、無残な死に方をした兵士の血があるだけだった。 大陸の中央まで来い。 マジュエルはそう言った。奴は移転呪文でとっさに行ってしまったが、僕たちに同じことができる者はいない。一度も行ったことのない場所へ移転するのは不可能だからだ。かといって馬車は動いていないし、歩きならば軽く一年はかかるだろう。 しかたなく、一年かけてジルディース大陸の中央を目指すことにした。 しかし、それは甘い考えだった。 「やっと、だな」 さすがのディングも、これには感動に近いものを覚えるらしい。 一年なんてものではない。倍の二年をかけてようやく中央に辿り着いたのだ。 ジルディースは中央より外側の方が活気付いており、中央へ行けば行くほど寂れている。中央へ行くに連れて魔物の強さが半端ではないからだ。 おかげで、思ったよりも時間がかかったのだ。 最後に宿らしい宿を取ったのは一ヶ月前のことだ。 水源はあちこちにあったので乾き死ぬことはなかった。ディングがどこからか鹿を狩ってきたので飢えも凌ぐことができた。 ふかふかのベッドが恋しいときもあったが……(最近は地面でしか寝ていない……) とにかく、ジルディース大陸の中央山までやっと来ることができたのだ。 ジルディース大陸中央に一つ巨大な山が聳え立っている。クーラスたちが残した資料の中にあったネクター山という場所だ。 「ここに、あいつ等がいるのか」 二年前とはいえ、さすがにあの時の怒りを誰も忘れてはいなかった。人を無残なやり方で殺し、死者を冒涜するような真似をした相手が、ここにいる。 「じゃが……ここのどこかのぉ?」 目の前に聳え立つネクター山は限りなく大きい。エルデルス山脈にもこれほど大きな山はないだろうというほどだ。 「とにかく、上ろう」 僕の提案に二人は頷き、山の頂上を目指して歩き出した。 これがまた一苦労。 山登りの途中に魔物と遭遇するわ、崖崩れで通れないところはあるわ、はたまた食料や水が尽きかけるなどという非常事態に陥った。 やっと頂上まで来たときには、全員がぼろぼろになっていた。 ここに来るまで、体力や魔法力を温存しておきたかったのだが、そう簡単にいかないものである。山中の魔物は、当然と言えば当然なのだが、外よりも強く、何度も剣を振るっては休憩し、戦闘になっては体力を回復させて行くうちに軽く三日は越えてしまっていた。 「とりあえず、回復が先じゃな」 老体の身体でよくここまで来られたものだと感心し、なおかつこの中で一番元気がありそうなブーキーを見て僕らは苦笑した。 「ほい、エルフの聖水っと」 旅の途中で入手した秘薬、エルフの聖水は体力と魔法力を全快してくれる作用がある。この他にも、彼は秘薬や珍品を所有しており、それは趣味らしい。 今こうして彼が集めた秘薬の一つを使用するのは、極めて珍しいことだ。それほどまでしないと、今からの戦いには辛いものがあるからだろうが。 これにより、僕らはなんとか万全の状態となった。少し空腹ではあるが。 昔は火山であったのだろうか、頂上にはぽっかりと穴が開いており、中を除いても溶岩は見えずに闇が広がるばかりである。 「……」 その闇を見ていると、吸い込まれそうな不思議な感覚がした。 綺麗な闇。闇というものが、これほど素晴らしいものと感じたのはこれが初めてだろう。それを見ていると、頭がぼーっとしてくる。何も考えずに、そして無意識的に――いや、心の奥底ではそう意識して、闇に近づく。 あと五歩で闇に辿りつく。なんだろう、気持ちが良い。 残り四歩でそこに行く。何も考えることが出来ない。 三歩歩けばそこに到着だ。あと少しだな。 二歩、たった二歩だ。闇が僕を受け入れようとしている。 さあ、あと一歩だ。僕もこの暗闇を受け入れようではないか。 「おいっ!!」 肩を掴まれて、ハッと我に返る。 「ディング?」 親友の名を呼んで、目の前を振り返る。 「うわっ!?」 そこは、山の穴の目前だった。落ちたら確実に死ぬだろう。 「僕は、なにをやっていたんだ?」 自分でも解らなかった。ただ頭がぼーっとして、そこからがよく思い出せない。 “仲間に救われたか。運がよかったな、オルテガの息子よ” あの声だ。威厳ある少女の声といった感じのあの声。 「マジュエル?!」 僕がバスターソードを召還すると同時に、ディングとブーキーが炎龍剣と神龍剣を召還した。 “お前一人なら、簡単だったものを” 唸るような低い声が聞こえてきた。 声の主がいるべき場所を見れば、そこは大きな岩がある。さきほどまでなかったものだ。 ゴゴ…… その岩が、立った。 「ガーディアノリスまでもか!?」 ブーキーの驚き声で、僕たちも驚いた。四魔将軍の一人、岩魔将軍ガーディアノリス。 さすがに四魔将軍を二人同時に相手をするのは分が悪い。 三対二であるものの、戦闘力的にこちらが不利だ。 “まあいい。死ね、オルテガの息子よ!” 「オルテガの、オルテガの……? オルテガさんの息子ばかりか? もう少し、俺たちを危険視したほうがいいぜ!!」 炎龍剣を握り締め、ディングの姿が一瞬揺らぐ。 「 それは一瞬のことだ。いくつもの残像が映り、それを目くらましに使ってガーディアノリスを斬りつけた。 “弱いな” 龍具を使っての奥義ですら、ガーディアノリスの身体に細い筋が刻み込まれただけだ。見た目通り、防御力に秀でているらしい。 「 「 ブーキーが鳥の形をした赤い風を飛ばし、僕は、前方に無数の雷と真空破が流れ、突進しての剣による物理攻撃が一瞬で行う奥義を放つ。 “人間など、所詮はこんなものか” マジュエルが手をコチラに向ける。ガーディアノリスに意識しすぎたせいか、少女のような魔物は万全の状態で魔法を放った。 “ !? なんだ、今の聞いたことのない魔法は。 黒い真空破が地面を伝って、僕らはそれをなんとか避けた。 “ガーディア。動きを止めていろ” “フム。やはり、お主の技は命中率が悪いな” ため息をつきながらも、ガーディアノリスが地面を叩きつけた。 “アース・スナップ” ゴウッ。 一瞬の地震。だが、それだけなのに、足が動かなくなってしまった。 「マズイ!!」 ブーキーがあんなに慌てるのを見たのは初めてのことだった。 “ 避けられない――。 「魔収斬破!」 ディングが炎龍剣を大きく振って、黒い真空破をかき消した。足が動かなくなったとはいえ、手はまだ使える。僕はこんなことにも気付かなかったのか。 「何をぼーっとしてんだっ!?」 ディングの叫びに近い声で、はっとした。僕のほうにもザラキルの黒い真空破が伝ってきている。 「くっ、魔空消翔!!」 魔法に宿る魔力を吸収する技だが、相手の魔法は全て吸収できないほど強大な魔力を秘めていた。 「うあっ」 直撃は免れたが、数カ所から血が流れた。 「大丈夫か!?」 ブーキーが近づいてくる。どうやら、アース・スナップの束縛効果が切れたらしい。 「大丈夫だ。―― ホイミよりも数倍の回復力のある、再生魔法とも呼ばれるベホイミを自分自身に放つ。 血が止まり、傷が塞が―― 「うっ!?」 塞がらない!? “呪魔将軍と呼ばれる意味、よもや知らぬとは言わせぬぞ?” マジュエルが嘲笑しながら言った。 傷が塞がらない、奇妙な呪い。 「貴様を斃せば済むことだ」 炎龍剣を握り締めて、それをマジュエルの方に向ける。 “それをさせないために、私がいる” ガーディアノリスの低い声が響く。圧倒的に不利だ。 “私らはオルテガの息子を葬ればそれでいい。貴様らの命は助けてやろう” 「親友を殺させるやつがどこにいる? あいつの呪いを解いてくれるんだったら、 岩色の目に対して、ディングが黒味のかかった茶色の目で睨みつける。完全に兆発しているのだ。 “……アース・スナップ” 出しぬけにガーディアノリスが技を放った。 「 ディングが高く飛びあがって、地震の縛りを受けることなく上段攻撃を与える。 「揺れている時に、地面を足につけていなければいいだけだ」 “多少のダメージはあるが、物理攻撃では私を斃すことはできぬな” これ以上の攻撃は無意味だと悟ったか、それとも本当になのか、ディングが押され始めている。助けなければ―― 「うっ……」 身体が動かない。これくらいの傷なら、いつもなら動けるのに。これも呪いの一部なのだろうか。 「物理じゃなきゃいいんでしょ〜〜〜?」 緊張している場面に、似合わない可愛らしい声がした。 「この声……」 「そ〜れイ・オ・ナ・ズ〜〜ン!」 ドゴウぅぅッ!! 轟音とともに、巨大な爆発がおきた。 「リリナ? リリナなのか!?」 飛翔呪文のトベルーラを使って浮遊している、紫色の髪をした彼女は二年前の面影を残している。 「そうそう♪ やっぱり覚えててくれた〜?」 陽気に笑いながら喋る姿は、二年前とは少し差がある。昔は、もっとおしとやかだったはずだ。 「ちょっと〜! 四魔将軍だかなんだか知らないけどねぇ! 私の勇者様に変なことしないでよ! 婿入前の身体を傷つけるなんて最低よ!!!」 なんだその言い方は。だいたい、婿入前って……そういうのって、普通は女の子が『嫁入前に』とかいうはずだよな。 「絶対に許さないからね! ほらくらいなさいな、メゾラゴン!!」 一人では扱えないはずの魔法を、まだ幼いと言える彼女が放ったのだ。 “効かぬわぁ!” まあ、岩に対して炎は効きにくいよな。 「あ〜ら、そんなこといっていいの〜〜。こんなことしちゃうわよ〜〜〜! マ〜ヒア〜ロス〜〜っと」 今度は “む、ぐう!?” ガーディアノリスの身体中に、亀裂が入る。 急激な温度差により、強靭であるはずの岩の肉体が脆くなったのだ。 「今じゃ! 武神空流最終奥義、 闘気を纏わせた神龍剣で、八方より斬り裂く。 “ぐ、あぁぁあおぉぉぁぁあぁ” 「あ、これはオマケよ! イオ系統最強の 「さあ、あとはあなた一人よ! さっさと消えなさい! 世界のため、コノ人のため、そしてアタシのために!!」 『コノ人』って僕なのか? リリナは僕を指しながら言ったので、やはりそうなのだろう。 “消えるのはお前だ。 「往生際が悪いわねぇ〜。そんなの、これで大丈夫でしょ? 僕ら全員の目の前に、薄赤い半透明の鏡が出現する。もはや聞いたことのない魔法で、リリナ自身のオリジナル魔法だろう。 その鏡は、ザラキルーマの黒い真空破をことごとく跳ね返している。 強い。 リリナがここまで強くなっていたとは。 “小癪な。これならば防ぎようがあるまい……” 黒い真空破が、透明の真空破に変わる。魔力を消して、ただの真空破にしたのだ。 呪いがかかっていないからといって、安心することはできない。マホカンタの能力を持つマジックミラーは、魔力を帯びた『呪文』しか跳ね返すことが出来ないのだ。其れ故に、鏡をすり抜けて僕らを斬りつけた。 「ぐあっ」 数歩後ろによろめき、なんとか踏みとどまる。僕もそうだったのだが、場所が悪すぎた。僕が立っていた場所は、火口らしき穴のすぐ近く。そして、後ろに下がった僕は―― 「うわぁあぁああぁあぁぁ……――」 足を踏み外して、穴の奥深くに落ちてしまった。 「嘘……?」 「あいつ……」 「あの野郎……」 “目的は、果たしたな” リリナとディング、そしてブーキーが呆然と呟くと、マジュエルが笑うように言った。 「ここは、どこだ……」 あの闇の中に落ちたのに、そこは妙に明るかった。天国のような光。僕は、死んだのだろうか。 “――汝、光を求める者か?” 「誰だ?」 “――汝、光を求める者か?” 同じ質問を繰り返す『光』を、僕は朧げながらも見た。それは棒状のようにも見える。柱が光っているような感じだ。 “――汝、光を求める者か?” 三度目の質問。 「光? どういう光だ?」 “――汝、光を求める者か?” 「なんだよ、それ。僕の質問にも答えてくれ」 “――汝、光を――” 「ああ解った。もういい、僕は光を求めるよ。ただし、僕が求める光は、マジュエルが放っていたような黒い光なんかじゃない……」 意識が薄れた。いや、薄れていた意識が戻り始めているのだ。 「僕が求める光は、平和な明るい光だ!!」 目を開けると、そこには剣と盾、そして鎧が祭ってあった。ちょうど日光が当たるようになっており、それは神秘的なものだ。 「これは……」 中央大陸にあると言われている神器、勇者の武具。 僕はおもむろに剣を掴んだ。それは光と化して、消えた。 ピキィィン―――。宝石を砕くような音を、明瞭で綺麗に表したような音。それは、決して消滅の意味ではない。 身体の中に、流れ込んでくる『力』。身体の奥底――精神的な部分に侵入してくるそれは決して不快なものではない。 「 唯一消えることのなかった 「そうだね、勇者と呼ばれるくらいなら、この魔法を使えないといけないよな」 いつしか、消えることのない呪いの傷も消えていた。 “オルテガの息子の抹殺。これですることはなくなったな” この場から去ろうとしたマジュエルを、三人は逃そうとはしなかった・ 「オレたちが、まだいるだろう」 「このまま返すわけにはいかんのぉ」 ブーキーのほうはそれなりに疲労の色が濃い。最終奥義の反動らしいが、動けるのはあと数回くらいだろう。 「絶対に、許さないんだから!!」 リリナの全身から魔力というものが異常なほど吹き荒れた―― その瞬間だろう。僕が、 “ぐぅっぁぁ?!” 勇者の放つ聖なる電撃呪文を受けて、さすがのマジュエルも揺らいだ。 「え!?」 三人は最初、何が起きたか分からなかったらしいが、僕が 「ったく。死ぬなら死ぬで、死んでおけ」 そういうディングでも、あぶら汗が流れているままなので説得力がまるでない。 「悪かったね。僕はまだ、死ぬつもりはないよ」 そして、僕はマジュエルを睨みつける。 「今度こそ、斃す!」 “ばかな、 どうやら気付いたらしい。僕の傷が癒されていることに。 「さ・て・と〜〜! 心配ごともなくなったからには〜、アンタを〜〜斃さなきゃね〜〜!!」 どうやら相当恨んでいるらしい。リリナの陽気な言葉からは、殺気が嫌なほど感じ取れた。 “ひ……” その殺気を感じ取った、というわけでもないだろう。マジュエルは小さな悲鳴を上げた。 理解したのだ。今の状況では、自分が死んでしまうことを。 「武神空流―― 「魔斬烈空之流奥義―― 「ほ〜ら受け取りなさい! 「…………ぉぉおおお!! 轟音が、轟いた――。 |