「ティアぁっ!!」
 僕は懐かしい名前を呼んで起きた。外はまだ月が出ているが、かなり暗い。夜中に目が覚めてしまったらしい。
 あんな夢、なんで見てしまったんだろう。僕は、彼女のことを忘れたわけではないが、過去に囚われるなと、親友から教えられた。
 しばらく夜空を見上げていると、また眠気が襲ってきた。どうやら、反射的に起きただけで、十分に疲れも取れていない。また、僕は深い眠りと、夢の中へと入っていった。


 僕はティアを見下ろして動けなかった。ディングも同様だ。握った拳に力を込め、彼はネルズァを睨みつける。
「結構、律儀な魔物じゃないか」
 今にも飛び出しそうなものを必死に堪えながらディングが言った。
“勝負を挑んだのはその娘だ。他の者と戦う理由がない”
 言葉だけなら正々堂々とした魔物だが、容赦なく殺すところはやはり残酷的魔物だった。
「そうかい、だったら仇討ちさせてもらうぜ」
“貴様も、そこの娘と同じようにこの四魔将軍の一人ネルズァに勝負を挑むつもりか? 止めておいた方がいいぞ。そこの娘と同じ命運を辿ることになる”
「……御託は良い。……おとなしく死んでいろ!!」  殺気を解放し、怒りを込めて武器を召還する。それは彼の怒りを表すかのように、血に染まったような赤い剣だった。一瞬、剣と呼んでいいのか解らなかった。それは剣にしてはやけに曲がっているし、全て赤一色だ。だが、赤一色と言っても、ただの赤ではなく、無数の赤。そんな印象の剣だ。
 召還したディングでさえ驚いているだろう。初めて見た武器だったのだ。

「ティア、ごめんな」
 ティアの亡骸を慎重に寝かせ、僕も立ちあがった。そして、光の剣を召還する。
“ふむ……。二対一でも構わん。来い!”
 余裕を見せているかのようなネルズァに、僕達の闘志と殺気は更に高められた。
劉牙炎傷りゅうがえんしょう!」
 最初に技を放ったのはディングだ。劉牙炎傷は闘気を火炎の牙と変え、自動的に急所へと突き刺す技。これには僕も何度か苦戦させられた。
連空刃斬れんくうはざん!」
 続いて僕が、空気すらを斬り裂く四連続の真空刃をぶつけた。
「まだだ」
 魔王の四大配下と呼ばれる者が、これで終わるはずがない。立て続けに、僕達は技を振るった。
滅封魔洸之剣めっふうまこうのけん!!」
龍滅神斬刀りゅうめつしんざんとう!!」
 ディングが、相手の魔力に比例して威力の上がる奥義技をうち、僕は闘気を剣に纏わせ、それを龍の形にさせ斬る奥義技を放った。
洸凛覇翔昇こうりんはしょうしょう!!」
魄陣炎爆波はくじんえんばくは!!」
 僕が光属性の奥義技を放つと、ディングは炎属性の奥義技を放った。

“どうした!? もう終わりかぁ!!”
 立て続けに攻められたことに怒りを感じているのか、傷だけにも関わらずその声ははっきりとしていた。まるで、痛みを感じていないかのように。
「ちっ」
 ディングが舌打ちをするが、どうしたわけでもない。傷はついているので、もしかしたら攻め続ければ勝機はあるかもしれないし、逆に無意味な行動になるかもしれない。
 そして、ネルズァが攻撃に転じようとした時だった。
 『なにか』が、ネルズァを斬り裂いたのだ。
 よく見ると、それを成したのは小柄な老人であり、持っている剣は、白く神秘的に輝いている。
「武神空流奥義『斬閃劉牙光ざんせんりゅうがこう』」
”き、さま…は………”
 ネルズァは自分の失敗を悔いるような、後悔と怒りの表情を見せ、その老人を睨みつけたあと、ネルズァは絶命した。
「よぉ。儂に会いに来たんだって?」
 蒼い鎧に身を包んだ老人は、そう言って自らの名前を名乗った。武器仙人とは自分のことだ、と。

 エルデルス山脈に、ひとつだけ不自然なことに酒場が一軒建っている。そこは武器仙人の居る場所で、また武具の精製所だ。
 僕はこの近くにティアを埋葬したあとに、その中に連れられた。
「いやぁ、ネルズァの野郎が町への道を塞いじちまってな、ちょうど困っとったんじゃ。どうやら、あの野郎は儂に会いに来る冒険者たちの監視をしとったようでな」
 武器仙人の話では、僕達の攻撃でかなりのダメージを負っていたそうだ。とどめは彼がさしたが、そのことはどうでもいい。
「話は一つだけだ。武器の強化をしてくれ」
 ディングが睨みながらに言う。もう少し歳よりは労わったほうがいいと思うんだけど……。
「…………………………」
 怒ったわけではないだろうが、彼はディングをじっと見つめた。……別に変な事ではないので誤解しないでくれ。
「お前さんには必要ない」
 武器仙人はぽつりと言った。
「なんだと」
 ディングには武器強化をしてやらない、とでも思ったのだろうか、さっきの剣を召還してでもやらせようという雰囲気満々である。
「儂にゃ、『龍具』を鍛えることなんぞできんよ」
 溜め息をつきながら言った言葉の意味を理解するのに、僕達は数秒かかった。
「「………『龍具』!?」」
 僕達の声が揃う。
 驚くのも無理はない。冒険者として、超一流の証『龍具』。
 特殊な龍の力が宿った、『伝説級』を越える破壊力と特殊効果を持つ武器のことだ。世界に使い手は二人しかいない。使い手は後継者が現われた時点で死の道へと向かっていく。逆を返せば、後継者が現われるまで、ずっと生きているという噂もある。
「今のが、龍具なのか?」
「おぉそうよ。『炎龍剣』って言ってな。炎龍の力がやどった剣だ」
 龍具にも色々あり、多くの種類が存在する。それぞれの属性とそれぞれの武器の種類、それを足してもなお足りないという。
「ちなみにコレだがな」
 武器仙人は、パッとさきほどの白い剣を召還して、僕達に見せつける。
「まさかそれも?」
 僕が聞いてみる。その白く輝く剣は、見ているだけで美しいものだった。人が作れるような代物ではない、まさに神の領域の力を秘めているようにさえ見える。
「……神龍剣」
 またも彼はぽつりと言った。
「「神龍!?」」
 またしても僕達の声が揃う。『神龍』の名がつくものとなれば、神々の領域にも匹敵する武器ということになる。人間に、そんなものが扱えるのだろうか。
「うむ。神龍剣のの複製レプリカじゃ!」
 今度ははっきり言った。
「「………………………」」
 僕達は無言で、むしろ白い目で彼を見た。ディングなど炎龍剣を召還しそうなのだが。

「嘘、だな」
 ディングが感情を押し殺した声で断言した。
「ふむ、バレたか」
 嘘だったのか。ん? 嘘なら嘘でビックリするぞ、この場合。
「ま、どうでもいいから、お主たち、魔王を斃すんじゃろ? 儂も行くぞ」
 なんだか強引だな、と思いながらも、龍具を使えるほどの人物が仲間になってくれるなら、こちらも断る理由などない。
「でも、いいんですか?」
「よいよい。弟子たちには既に書き置きしておいた」
 僕の心配をよそに、既についてくる気ではいたとは……。
 なんだかティアみたいに強引だな。……例えに出す相手が悪すぎた……
「……あまり過去に囚われるなよ」
 僕にだけ聞こえるように、ぼそりとディングが言った。どうやら、僕の心境を悟ったらしい。
 見透かされているな、そう思って僕は気持ちを切り替える。魔王を斃すことへと。


 目が開いているのか、閉じているのか、わからないぐらい目の細い若者が、テーブルに置いてある手紙を拾い上げる。
《ちょっくら魔王を斃しに行ってくる》
 手紙にはそれしか書いてなかった。まるで、散歩に出かける気分で書かれたその字を見ながら、若者は嘆息した。
「フム……。師匠の気まぐれにも困ったものじゃ」
 若者は、自分が今作っている鎧作りへと集中することにした。山彦の帽子をかぶり直しながら、精霊の鎧を作る作業へと………。

 

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