-51章-
岩の紋の意味無き攻防




 歩きにくい。とことん歩きにくい。
「早く来やがれっ!!」
 ミレドが苛立ってエードに叫ぶ。
「そ、そんなこと言われても……」
 ただの通路でも、ありとあらゆる岩が邪魔をしている。
 その岩の配置も大きさもバラバラなので、歩くのに時間がかかるのだ。
「私は貴方とは違うのです」
 盗賊訓練を盗賊ギルドで徹底的に教わったミレドと、生半可な力を持つ貴族のエード。違いはあり過ぎるが、この空間内ではその差は余計に広がっている。
 ひょいひょいと岩を渡り跳ぶミレドに対し、エードは岩に登ったり降りたりを繰り返している。
「ハァ、なんでこんな野郎と一緒なんだ……」
 いっそのこと、置いて行きたいとさえ思い、これ以上不満が募るならきっと実行するだろう。
「私が知るわけないでしょう」
「ったりめぇだ!!」
 無意識のうちに怒鳴り、エードがビクリとする。どうやら好感情は持たれていないようだ。持たれても困るが。
「(つまらねぇ……)」
 ミレドは内心そう思っていた。今いる相手がエードだからか。それもあるが、それだけではないのだ。
 今、自分が何のための戦っているのかが解らない。それが、つまらないのだ。仕えているルイナのためといえばそうなのだが、この場に彼女はいない。ならば、戦っても無意味なのだ。そのような考えのせいか、ミレドはもう一度、心の中で呟いた。
「(ホント、つまらねぇ……)」

 歩き続けて、やっと扉を見つけた。これまた岩で作られている、重そうな扉である。
「この先に、何があるのでしょうね?」
「俺様が知るかよ、バーカ」
 また怒られた。なんだか情けないとも思いながら、下手に刺激しないほうがいいと判断する。
「なんか仲悪そうだな、オイ!」
 上から声がかけられた。慌てて見上げると、当たり前だが声の主がいる。人語を話してはいるが、やはり魔物だった。
「なんだテメェは!」
「人間なんかが!! 俺をテメェ呼ばわりすんじゃねぇ!!」
 ミレドにも負けないほどの口の悪さだな、とエードは思った。ミレドが増えた感じさえする。
「俺は『超鉄壁』のジル。あんまりうるせぇと殺すぞコラ!」
「俺様はミレドだ。ケッ、殺されるのはテメェだよボケナス!」
 互いに自己紹介をしながら、なにかとヤジを飛ばす。本当にこの二人(一人と一匹)は似ている。しかし、姿形も似ているということはなかった。
 ジルと名乗った魔物は、全身機械のような身体ではあるが、顔は竜の骨だった。眼の部分ががやけに切れ細くなっており、それが不良さを倍増している。
「私の名前はエードだ」
 ファイマに鍛え直してもらったプラチナソードを抜き、エードが悠然と自分を名乗る。
「「テメェは少し黙ってろ!!」」
 ミレドとジルの声が重なった。ミレドが二人いるようにしか思えない。エードは竦みあがり、顔を青ざめさせながら黙ってしまう。
「オラどうした!? 高いとこで見物か? 怖くて降りられなくなったか?」
「ハ?! 寝ぼけてんじゃねぇよ! テメェなんぞの同じ高さに立てるかっての!」
 既に、ジルの言葉の中にエードは含まれていなかった。先ほどまで、『テメェら』と言っていたが今回は『テメェ』だ。なんだか本当に情けない。
「バっカじゃねぇの? だったら俺様はもう行くかんな!!」
 ミレドの言葉の中にさえ、エードは入れてもらえなかった。疎外感を覚え、その場で落ち込む。
「バカはテメェだろが! 俺を斃さねぇと、この扉は開かねぇんだよアホ!!」
 ただのヤジ飛ばしだが、その場にいるほうは気が気でなかった。下手に刺激したら自分に火が飛んでくることが目に見えているので、とりあえずエードは沈黙を保っている。
「そんなに殺されてぇのかボケ!!」
「それはこっちの台詞だバカ!!」
 もはやどちらが何を言っているのか判断したくはない。ただ、ミレドはいつのまにかミスリルナイフを召還している。気分が高まっているせいか、自らの精神力を武器とする『それ』は、やけに鋭く見えた。もしかしたら、ミスリルナイフ以上のものを召還できたのかもしれない。
「行くぞコラぁ!!」
「来いやウラァ!!」
 そんなこと、本人は気付いていないようだが。

 動いたのは、ほぼ同時だった。どちらかが先に動くかと思ったが、意外にも互いが攻めをとったのだ。
裁きの十字架(ジャッジ・クルス)!!」
 城外でアークデーモンと戦った時に見せたジャッジクルスの十字架は、より大きく見えた。やはり武器の威力が変わっているのだろうか。
「オラどうした! それが本気かぁ!?」
 そんな彼の技をものともせず、ジルは平然と言い放ちこちらも攻撃に移る。
「死ねや!!」
 機械の身体ではあるが、手の先は鋭く尖っていた。剣のような形はしているが、短剣にしては長いし、普通の剣にしては短い。
 振り下ろされたそれをかわし、ミレドが再び攻撃をしかける。
深闇の裁き(ダーク・ジャッジ)!!」
 銀色に輝いていた刃が、一瞬にして闇色に染まる。ミレドの攻撃は、ジルに細いながらも一線の傷をつけることに成功した。
「体力奪われて死にやがれ!」
 どうやら体力減少の呪い的効果があるらしい。ジルの、骨だけの顔に奇妙な変化が表れた。
 ――笑っていた。
「死ぬのはテメェだ!!」
 身体に張り付いた闇をなんともせず、ミレドに襲いかかる。
「なっ!?」
 躱し損ねて、右腕に傷を負ってしまった。
「ヘッ! 俺は機械と骨だぜ? 肉体的作用を起こす呪いが効くかよ!!」
 確かにジルの言うと通りだ。奴は一瞬にして技の効果を見抜き、それが自分に害を成さないと判断したのだ。
「ミレドさん!」
 慌ててベホイミの回復呪文をかける。傷はすぐに塞がった。
「お前も少しは、役に立つじゃねぇか……って、なんだこの武器は?!」
 今ごろになって自分が召還した武器がミスリルナイフではないことに気付いたようだ。
「どうしたんですか?」
「……コレ、魔風銀ナイフじゃねぇか」
 単なる魔法銀のミスリルではなく、風の魔力が宿った特殊銀。そのナイフが今ミレドの手中にある。
「帰ったら、出世できるな」
 ニヤリ、とミレドが笑う。ただの盗賊からアサシンまで上がり、この武器が召還できるようになったのなら、さらに上の階級に行けるだろう。
 ここに来た時、帰れないかと思った。魔王を相手に、そのような考えを持つは当たり前だ。そして、自分には、帰っても何もない。ならばいっそのこと死んでもいいかとさえ思った。
 だが、きっかけができた。私利私欲のためでもいい。帰るためのきっかけができたのだ。ならば生きて帰ろう。勝って帰ろう。必ず、帰ろう。
 それが今戦うための想い。
 決意を新たにして、ミレドはジルを睨みつけた。

「エード! 援護しろや!!」
 ようやく自分の番らしい。その一声にエードが顔を輝かせた。
「は、はい!」
 気持ち良く答え、剣の切っ先をジルへと向ける。
「風の精霊よ! 我が意のままに吹き荒れよ! 彼のものの肉を切り裂け!!」
 呪文の詠唱を唱え、魔力を高める。そして、その魔力を魔法力に乗せ、打ち出す。
「バギマ=I」
 巨大な竜巻がジルを襲った。まだバギマの効果が続いている中、ミレドが竜巻の中に飛び込む。
「え、ミレドさん、危ないですよ!」
 ミレドは不適の笑みを浮かべたままだった。彼はバギマの竜巻に飲み込まれることなく、ジルへと接近した。風魔銀ナイフを持つ今のミレドにとって、風属性の攻撃はほぼ無効となるのだ。
裁きの風爆乱舞(ジャッジ・ウィンクスプロージョン)!!」
 一瞬にして六回の風属性連続爆発攻撃。ミレドが今使える最大の攻撃は、バギマとの相乗効果で更に力が高まっている。
「どうだ!」
 バギマの風と裁きの風が止むと、そこには平然としたジルが立っていた。
 あの攻撃を受けて、なんの外傷も見られない。それどころか、先ほど受けたはずのダーク・ジャッジのかすり傷までが消えている。
「なに!?」
「何を驚いてんだ? 俺は『超鉄壁』っつっただろ? 防御も、回復も、尋常なねぇんだよ。ま、さっきは油断したがな」
 さっきとはダーク・ジャッジのことだろう。油断してかすり傷なら、油断していない今はほとんどが効果なしだ。
「オラ、どうした?」
 一歩進むと、ミレドたちも一歩下がった。相手の防御力を越えるしなかいのだが、最大の攻撃力を誇る技は使ってしまっている。威力増幅版でも、斃すどころか傷一つつかなかったのだから、打つ手なしだ。
 もとより、エードの攻撃力は期待していない。
 最悪の状況だった。援護向きのエードと、その素早さを得意とするミレド。力強い攻撃力が欠けている二人の相手が、最大の防御を誇る相手なのだ。
 迷っている間に、ジルが仕掛けてきた。

「上から見下ろしながら相手の死を待つ。これがどれだけ楽しいことかねぇ、んん〜?」
 骨の顔を器用にニヤリと歪ませ、高く跳びあがる。そして、そのまま着地した。
 何の意味があるのか、わからなかった。だが、それはすぐに知ることになる。
「上かっ!」
 上から岩が落ちてきた。どうやら、罠の一つらしい。上にボタンがあるということは、相手が通る時に押すものだろう。放っておいて掛かるはずがないからだ。
「わっわっわぁぁぁ!!」
 次々と大きな岩が落ちてくるのをエードは必死に避けていた。ミレドは軽々とかわしていたが。
 落ちた岩はその場で『消える』ので、それを踏み台にしておくと返ってバランスを崩しかねない。その岩、どうやら上のほうへ移動しているようで、同じ岩が何度も落ちてきた。
 ジルはといえばその場で立ち、こちらの様子を観察している。
 なんどか岩が当たり、いい気味だと思ったが、さすがは『超鉄壁』を名乗るほどであり、まるで気にしていない。ジルには傷一つついてないのだ。もしやこの岩は幻覚なのかと疑いたくなるほどだが、試すことまではしたくない。相手は単に防御力が半端ではないだけなのだろうから。
 そこからさらに変なことが起きた。
 地面が揺れ始めたのだ。
「わっ、たったった!」
 その揺れに弄ばれ、エードが踊るかのようにステップを踏む。
「遊んでんじゃねぇ!!」
 また一つ岩をかわしながらミレドが激昂する。
「でもミレドさん。この揺れでは……」
「知るか!」
 エードの弁など聞かず、ミレドは敵に集中した。
 しかし揺れは次第に大きくなり――そして、爆発を起こした。

「な、なんだ……?」
 目の前で爆発が起きたようにも見えたし、隣で起きた爆発がこちらにも届いたようにも見えた。そして、それに巻き込まれたのは恐らく油断していた状態のジルだ。
「フィ、ちとやりすぎたか」
 聞き覚えのある声が聞こえてきた。爆発の煙が収まると、壁であったそこの向こうには、開けているのか閉じているのか解からないほど目の細い若者、ファイマが立っていた。
「ファイマさん!?」
 エードが顔を輝かせ、若者の名前を叫ぶ。
「ん? おお、エードにミレドではないか。どうした?」
「どうした、じゃねぇっての……」
 エードたちとファイマの間は、妙な変化をしていた。
 波が立っているかのようにぐにゃぐにゃと不規則に変化しているのだ。
「どうやら、空間に穴が開いたらしいのぉ」
 ひょいっとこちらに飛び移ると、その穴は消えてしまった。
「ま、なんにせよ助かったぜ」
 フッ、と魔風銀ナイフを消して、岩の扉へと向かう。
 ジルは爆発に飲み込まれた際、絶命してしまったようだ。
 そのおかげかどうかは解からないが、扉は軽く開いた。

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