-52章-
闇の紋の反応無き戦士




 岩の紋の扉を抜けると、そこは大きな部屋だった。
 自分たちが出てきた扉の隣には幾つかの違う扉があるので、ここが合流地点になる場所だろう。
 数分すると、そのうちの一つが開かれた。
「おぉルイナ!」
「ルイナさん!」
「ルイナ様!」
 それぞれの呼び方こそ違ったが、そこから現れた人物の名を呼んだ。
「……エンは?」
 無表情ではあったが、エンのことを相当心配しているようだ。それだけで、エードは不満に思った。
「さぁのぉ。とりあえず、ここにおれば合流できるじゃろうて」
 その場に座り込み、コーヒーセットを出す。どこから出したのだろうか。

 ルイナが扉から出てきてまた数分。扉が一つ、また開かれた。
「ロベル殿」
 蒼い鎧――ロトルの鎧を纏い、サークレットの形をした兜をかぶった、勇者と呼ばれし若者が出てきた。
「あれ? もうこんなに来ていたのか」
 苦笑いを浮かべながら、勇者ロベルは扉をくぐる。その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「エンが最後か。遅いのぉ」
 その言葉に、ロベルが顔色を変える。
「エンが、まだ来ていないのか?」
「それがどうかしたのですか?」
 不満顔でエードが尋ねる。エンが最後なので、来たら思いっきり罵倒してやろうかと思っていたのだ。
「君たちは、どんな属性の道を通ってきた?」
 慌ててロベルが尋ねる。エードは質問を無視されたので、また落ち込んでいる。
「ワシは、氷だらけの場所だったから氷かのぉ?」
「……炎……」
「俺様たちは、多分岩だな。岩があったし、降ってきたし……」
 その言葉を聞いて、ロベルの表情が余計に厳しくなった。
「だとすると、エンはもう行っているのか。魔王の祭壇に」
 今度は、ロベル意外の全員が驚いく番であった。
「どういうことじゃ?」
 コーヒーセットがいつの間にかなおされ、ファイマが真剣な顔で聞く。
「僕が通ったのは雷の紋。そしてファイマは氷の紋、ルイナは炎の紋、エードたちは岩の紋。残る闇の紋を、エンが通ったに違いない」
 その場で説明している暇さえ惜しく、ロベルは歩きながら説明した。
「闇の紋は魔王の祭壇へ繋がっている。だから、合流地点の部屋に現れることなく、魔王と対峙しているはずだ」
 既に魔王と戦っているのかもしれにない。エンの性格からして、それは間違いないだろう。
 歩きながらの説明は、いつの間にか走りながらになっていた。
 それほど不安なのだ。
「この通路を抜ければ、魔王の祭壇だ!」
 ロベルはさらに速度を上げた。それにつられ、全員が速度を上げる。
「(少し休憩した効果は、あったようじゃのう)」
 力を使い、合流地点に来た時は平然を装っていたが、かなり疲弊していたのだ。だがそれも、少しは緩和されている。
 もしかしたら、このように走ることさえできなかったかもしれないのだ。
「なぁ、アレ使ったのか?」
 ファイマの隣をミレドが走り、小声で聞く。
「む、知っておったか」
 苦笑を浮かべ、ファイマが答える。
「確かに、ワシはあの『力』を使った」
「ふ〜ん。ま、俺様にはどうでもいいことだがな」
 そして距離を離し、走る速度を上げる。本当にどうでもいいことだった。他人のことなどは基本的には心配しないほうなのだ。ただ少し興味があっただけだ。ただ少し、気になっただけだ。

 気になることは他にもあった。だが、それは違う人物が口にした。
「そういえばロベル殿、魔王について色々と教えて欲しいのじゃが」
 今目の前にいる若者は、実際に魔王と戦っているのだ。情報が得ておいたほうがいい。
「奴が、空間を操ることは知っているだろう? そのままさ。空間攻撃をしかけてくる」
 ただ、それがどういう効果を発揮するのかは未だによく解からない。全く違う攻撃をしてくる可能性さえあるのだ。
「僕が受けたのは、精神的空間攻撃だったな。あの空間内では、現実の一秒で数十年の年月が流れる」
 精神だけがその無限の時を過ごし、肉体的な老化は見られなかった。
 以前エンが修行をした、リリナが作りだした空間内では、一時間ほどが一年間であり、肉体的な老化を防ぐ魔法が定員つきで存在した。ならば、魔王の空間はそれを強力にしたものであり、もしかしたリリナが真似ていたのかもしれない。
「参考に、なるかな?」
「何も知らないよりはマシじゃの。何か見えてきたぞ」
 前方に、黒い塊が見えてきた。この向こうにエンがいて、魔王がいるはずである。
 エードが黒い塊――闇の蓋のようなもの――に触れただけで痛みが走ったので、思わず手を引き、後退る。
「ロベルさ〜ん」
 情けない声を出し、手をさすりながらエードがロベルを呼んだ。おそらく結界であろう。普通には入れないのなら、穴を開けて通ればよいのだ。そして、その闇の結界を打ち破ることができるのは、ロベルの持つロトルの剣。
「ああ、わかっている」
 短い集中で伝説の剣を召還し、力いっぱいに振り下ろす。
 カインッ!
 城門を大きく崩し去ったロトルの剣は、乾いた音を立ててはじき返された。
「な……そんなバカな!?」
 ロトルの剣でも引き裂けない闇。それにロベルは不安を覚えた。
「ただ振り下ろすだけじゃ、駄目らしいな」
 剣を握る手に力を込め、闘気を集中させる。
 全員がロベルを見た。何か大技を出す気だと直感したのだ。その視線をなんとも思わず、ロベルは剣を大きく構えた。
 剣にエネルギーが溜まり、漏れたエネルギーが放電したかのように跳ねる。そこからエネルギーはさらに上昇し、そして漏れることもなくなった。ロトルの剣が、とてつもない光に包まれたのだ。
「『ギガスラッシュ』!!」
 勇者の扱う最強剣技とも呼ばれるギガスラッシュ。それを放ち、目の前の闇を斬った。

 包んでいた闇全てがギガスラッシュのもとに消え、通路が現れた。
 数十歩の先は大きな広間だった。
 そこに、彼等はいた。

「エン!」
 ロベルが若者の名前を叫ぶ。
 赤い髪に紅い鎧。だが、鎧の赤はメッキだけではない。血の色が大半を占めていた。
 その向こうには、魔王ジャルートが立っている。
「エン! 何があった!?」
 エンの傍へ走り出しながら、ロベルが尋ねた。エンが、なんの反応を見せないのだ。いつもなら、必ずこちらを振り向くなどの動作をするはずなのに。
「“勇者か。もう遅い。この者の【解放】は済む”」
 重い声が響いた。
「解放? なんのことだ!」
 走っていた足が急激に止まった。ロベルの意思ではない。後ろのルイナたちも、動こうとしていたのを止められている形になっている。
「“全てが、遅かったということだ”」
 魔王の声が響く。エンはどちらの声にも反応しなかった。その場に立っているだけだ。
 彼等は気付いていなかったが、エードたちが合流地点に来て、三十分近くは経っていた。
 もしロベルがかつて受けた精神攻撃を受けたならば、それは一体何千年の時が流れたのだろうか。

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