-70章-
幸せの結末



  ほんの一瞬の出来事であった。
 視界から光という光が消えさり、何も見えなくなった。それと同時に浮遊感に襲われ、それは転移呪文の時と似ていた。
 そして気が付けば、そこは館の通路などではなく、岩肌がそこかしこに見えている場所――つまりは洞窟の中だ。洞窟の中とはいえ、壁自体が発光しているのか、ずいぶつんと明るい。
「ここ、どこっすか?」
 辺りを慌てて見回したのはリィダだ。彼女が慌てるのも無理はない。いきなりこのような場所に飛ばされたのだし、何より周囲の状況が混乱に追い打ちをかけている。
「イサさんは? ラグドさんは? セナスさんはどこっすか? ていうか、またウチだけなんすかー?!」
 泣き叫びそうになるリィダの横には、彼女の泣き言にうんざりしているキラパンが寄り添っている。リィダは一度『不思議な迷宮(ダンジョン)』で罠を踏んでイサたちとはぐれたことがある。その時もキラパンは一緒で、今回も同じようなことになっている。
 前よりは冒険者としての力量もあがっているが、やはり一人なのは心細い。
「リィダ。気をつけろ=v
 キラパンが低く唸った。
「どうしたっすか?」
 リィダがキラパンの視線を追うが、そこには何もいない。
 しかしリィダもすぐに感じた。何者かの気配がそこにある。
「誰っすか、そこにいるのは」
 声は震えているものの、リィダは鋼の鞭を召還して問いかけた。
「ほう……意外に鋭いな」
 何もなかった空間から、それは現れた。
「な!?」
「!=v
 リィダが絶句し、キラパンも驚くと同時に身構える。
 現れたのは女性用の魔道士のローブを纏い、顔の上半分を仮面で覆い尽くした――仮面の魔導士だ。
「もしかして、ウチがこの人と戦うんすか?」
 リィダは仮面の魔導士を前に、先ほどとは違う意味で泣き出しそうになっていた。このような役目は、イサやラグドではないのか、というのが正直な気持ちである。
「やるしかないだろ。けど……=v
「けど?」
 戦う気でいるキラパンだが、その顔には迷いが見えた。
 キラパンは鼻を二、三度、すんすんとならすと、もう一度低く唸った。
「やっぱりだ。広間でみた奴、さっきの通路の奴、そして今のこいつ……姿かたちは同じなくせに、匂いが違う=v
「え、それって」
「ほう、やはり獣の鼻は誤魔化せんか」
 リィダがキラパンの言葉の意味を理解するより早く、仮面の魔導士が割って入ってきた。
 それはキラパンの疑問を裏付けると同時に、リィダにさらなる不安を植え付ける。
「(キラパンの声が聞こえている?!)」
 リィダが知る限り、自分以外でキラパンの声を聞くことができるのはホイミンくらいだ。
 それを、目の前の魔導士は難なくこなしている。それだけで、ただの魔導士ではないとリィダは直感した。
 それはキラパンも同じだろう。
「リィダ! 『闇化』だ!=v
 焦燥感溢れる声に、リィダの闘争心が無理やり駆り立てられる。いや、これは闘争心というより、保身のための本能だ。先に動かなければ、待つのは敗北だということが理解できた。
「『闇化』!」
 キラパンが闇色の光に包まれ、その身体の姿を変える。身体は一回り大きくなり、翼が生え、毛色が紫に変わる。ダークパンサーとなったキラパン――いや、クラエスである。
「私に挑むか」
 仮面の魔導士は嘲笑しながら、片手をクラエスに向けた。そこに精霊力が収束していくのが、はっきりと分かった。
「クラエス! 炎の息!」
「氷の精霊よ、我に従え――ヒャダイン=I」
 リィダが指示を出すと同時に、仮面の魔導士は冷氷槍呪文を放った。事前にリィダの指示があったクラエスは炎の息を繰り出し、相手の呪文を相殺させる。
「ふふ、良い判断だ」
「褒められても、嬉しくなんかないっすよ」
 余裕を見せる仮面の魔導士を、リィダは注意深く観察した。リィダが相手の動きを見切れば、クラエスは相手のことを気にせず攻撃に全神経を集中させることができる。それが魔物狩人と使役される魔物の強さの秘訣だ。『言霊』はもちろんのこと、主人(マスター)との連携が最大の強みになる。
 だが戦闘が始まる前から思っていた通り、と言ってしまっては悲しくなるが、力量の差はそう簡単に埋められそうにないほど歴然としている。もし相殺していなかったら、先ほどの魔法の一撃で沈んでいたかもしれない。
「クラエス!」
 リィダが叫ぶ。それも、少し迷いながら。
 指示らしい指示を出さなかったリィダを、どうしたのかと文句を言いたそうな目でクラエスは見た。
「……逃げるっすよ!」
「はぁ?! ふざけんな!=v
 クラエスはリィダの言葉に狼狽するどころか怒鳴るような声を出した。リィダはその言葉が聞こえているが、他の者が聞いたら大きく吠えたように聞こえただろう。
「相手が悪いっす。一度、イサさんたちと合流すべきっすよ」
 一度の攻防で、今のままだと敵わないと見切った。下手をすればここで命を落としてしまうかもしれないのだ。そうならないためにも、今は引くしかない。クラエスが不満を言うのも当然で、だからこそリィダは迷ったのだ。
「『命を大事に』っすよ」
 防御に徹する『言霊』を発動させ、クラエスには身を守るための力が与えられる。命令を無視して攻めに転じれば、攻撃の威力も下がり集中力も乱れてしまう。
 クラエスとて相手の力量に気付いている。このような状態で挑めば、返り討ちにあうことは必至。
「恨むからな!=v
 怒鳴りながら、炎の息を闇雲に吹いてくるりと身体をリィダに向ける。どこも狙っていないでたらめな炎は、目隠しには都合がいい。
「後で好きなだけ憂さ晴らしさせてあげるっすよ。でも、今は言うことを聞いてほしいっす」
 隣に走ってきたクラエスにひらりと手際よく乗った。こうしてクラエスに乗るのも、ずいぶん慣れたものだ。
 盛大に舌打ちしたクラエスが洞窟の奥に走り出す。幾つか道が分かれていたものの迷いなくその一つに駆け込んだ。
 動物的な勘と嗅覚で、その道が正解だと踏んだのだろう。リィダの言うことを聞くなった以上、逃げるなら逃げるでそのことに全力を尽くす。
 仮面の魔導士はそれを追いかけることをせず、走り去っていく一人と一匹を無表情に見送っていた。


 洞窟に飛ばされたのは、リィダたちだけではなかった。
「まさかあなたと一緒の所に飛ばされるとはね」
 イサは肩をすくめながら言った。
「それはこっちも同じだ。共通点は、お互いに冒険者チームのリーダーってことくらいか」
 イサの前に立つのは、『ブレイク・ペガサス』のリーダー、ツバサである。
 そして、もう一人。
「あの、私は冒険者チームではないのですけれど……」
 ツバサの言葉に申し訳なさそうに言ったのはセナスだ。この場には、イサとツバサとセナスの三人が飛ばされていた。
 洞窟の中ということは分かるのだが、ちょうど通路のど真ん中にいるらしく、どちらが奥に続いているのかがさっぱりわからない。もしかしたら両方とも行き止まりかもしれない。
「わかっている。君たち二人は一緒だったからまだいいとして、なんでボクがここにいるのか納得できないんだ」
 ツバサの話では、館の通路内で『ブレイク・ペガサス』の面々も仮面の魔導士に遭遇したらしい。
 そして同じようにまばゆい光に包まれ気付けばここにいた、というのも同じだということだ。
「でも、変ね」
「ああ、変だ」
 イサとツバサは思うところがあったが、セナスは首を傾げた。
 それに気付いたイサが、説明する。
「仮面の魔導士が別々の所に同時に現れたことになるのよ。時間のずれでもない限りね」
 この洞窟に飛ばされた感覚は一瞬の出来事であったが、もしかしたら転移中は時間の進み具合が異なるのかもしれない。
「ボクもそれを考えたが……同時に現れた線が濃いな」
「どうして?」
「なんとなくだけどね。彼女はシャミーユだったけど、シャミーユではないような気がしたんだ」
 ツバサも自分で言いながら、己の言葉に自信が持てないのか歯切れが悪い。
「お姉ちゃんだけど……お姉ちゃんじゃない……?」
 セナスも考え込んでしまい、彼女としてはむしろあれが姉ではなかったというほうが嬉しいくらいだろう。そうでなければ、仮面の魔導士は実の妹を手にかけようとしていたのだから。
「とにかく進みましょう。ここでじっとしているよりかは、何かあるはずよ」
 ツバサはその意見に反対するつもりがないのか、軽く頷いて歩き始めた。
 セナスも二人を追う。
 その表情は、何かを決意しているかのようだった。


 そして、もう一組。
「この組み合わせはどう思うよ?」
 ジェットの不機嫌そうな声は、ただ不満をまき散らせているだけで答えなど求めていない。それは理解しているのだが。
「今のままでは仮面の魔導士が何を考えているか分からないな」
 ラグドは律儀に返答しておいた。
 それを皮肉として受け取ったのか、ジェットは苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いた。
「まあ良いではないか。しかしツバサが消えた以上、我々だけでは戦闘面においては不利なことこの上ないな」
 静かに言ったのはサウンである。
 この場にはジェットとサウン、ラグドの三人だけが揃っている。
「確かにな。いくら俺が『即発動』を使えるからって、やっぱり魔法使いだけじゃ不安だからなー。頼りにしているぜ、騎士さん」
 プライドが異様に高い人種かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。自分の力量を冷静に捉えて、今のこの場で補える分はなんでも利用しようとする。さすがは軍事国家一の冒険者ということだろうか。
「それは構わないが、こちらも頼りにさせてもらうぞ。さっそくだが、魔導士の観点から進むべき道は推測できるか?」
 ラグド達がいるのは洞窟の通路だ。どちらに進めば何があるのか皆目見当もつかない。大地の大精霊(ヴァルグラッド)の声が聞ければ何かしらの情報が得られただろうが、魔王との死闘後、その声は一度も聞こえていないのだ。
 ジェットとサウンは目を合わせて、お互いに頷いた。
 その息の合った動作に、ラグドは期待して二人の言葉を待ったが、ジェットの顔に苦笑いが浮かぶ。
「ぶっちゃけ分からないから、勘で進むしかねぇと思うよ」
 なんとも魔導士らしからぬ提案になり、ラグドはがくりと肩を落とした。


 館の一室。仮面の魔導士は、侵入してきた冒険者たちの様子を見ていた。
 館の地下に広がる巨大迷宮に飛ばされ、各々が進んで行っている。その様子を見て、仮面の魔導士はその手を握り、わなわなと震えてしまいそうになるのを必死に抑え込んでいた。
 震えるな。震えれば悟られてしまう。仮面で隠しきれない感情を。
 その一室に、消えたはずの気配が再び訪れる。
 そちらの方向は向かずとも、そこに誰がいるかは把握している。
「やってちょうだい、と言ったはずよ」
 怒鳴りそうになるのを必死に留めながら、冷静な声を出そうと努める。
「はて。私はしかと受けた命令を実行に移しましたよ」
 戻ってきた執事風の老齢な男は、自分の行動は何も間違っていないと言わんばかりに飄々としている。
「なぜこいつらが生きている」
 仮面の魔導士は、この侵入者どもの命を奪う意味で命令したつもりだった。ところが、実際は地下迷宮にばらばらにして追い回しているだけだ。
「それが、『あなた様』の望みであったからです」
 男の言葉に、仮面の魔導士はやっと男の方を見た。
 仮面の奥底で、男を睨む。
 睨まれた男はそれに怯えるわけでもなく、深々と一礼した。
 何かを言おうと口を開きかけ、やがて声は出さずに口を引き結んだ。そして、再び冒険者たちを映し出している鏡に目を向ける。
 映し出している鏡は三か所。その中で、仮面の魔導士はある一組を注視する。
 その眼差しは、懐かしむような、慈しむような、しかしもの悲しそうな目であった。


 どれほどクラエスの背に乗っていただろう。
「右っす!」
「あいよ=v
「次は左!」
「へぇい=v
「これは……真ん中っす!」
「いいけどよぉ=v
 ところどころにある分岐点をリィダは一瞬で判断し、クラエスはそれに従ってくれている。長い距離を走ったように思えるが、周囲は変わらない洞窟の壁ばかりだ。
 仮面の魔導士は追って来ていないようだが、このまま一気に走り抜けて洞窟を抜けようと『闇化』したままの姿で走り続けている。
 しかし一向に風景が変わらないことに、そろそろお互いに不安を感じ始めていた。
「リィダよぉ、お前、どこに向かおうとしているんだ?=v
 走りながら胡散臭そうな目をクラエスはリィダに向けた。
「も、もちろん出口っすよ。とりあえず洞窟を出ることができれば、どうにかなるかなって」
 とはいえ、出口などまるで見えてこない。本当に外に繋がっているのかと不安に思うくらいだ。
「まあ出口はあるだろうよ。風の匂いもしていたからな=v
 リィダの不安を見抜いているのか、クラエスが言った。クラエスがそう言ってくれるだけで、リィダは安心できるので、少し嬉しくなった。
「けどな。出口とは真逆に行っているぜ、きっと=v
「えぇ?!」
 知らされた事実にリィダは声を荒げた。それに構わず、クラエスは呆れ気味だ。
「考えてもみろよ。お前が出口かもって考えて選んだ道だぞ? 当たるわけねぇだろ=v
 ひどい言われようだが、今までの不幸実績が否定を許さない。むしろ、出口かと思った方とは逆を選んでいたら、出口に辿り着けていたかもしれない。
 しかも――。
「ほらな=v
「返す言葉もないっす……」
 クラエスは足を止めた。それというのも、走っていた道が、ついに行き止まりになってしまったからだ。出口などではない、むしろ風の匂いは遠くなっている。
「うぅ、ぐす……でも、ん? あれ?」
 涙目ですでに泣きかけていたリィダは、行き止まりの奥に何か不自然なものを見つけた。
 クラエスもそれ気付き、警戒しながらもゆっくりと近づく。
「なんすか、これ?」
 行き止まりの壁は、ただの岩肌かと思っていた。だが、違う。
 一見、ただの壁に見えるのだが、そこにはぎっしりと何かしらの文字が書かれている。
 注意深く見ないと、それが文字であることにすら気づかないほど小さい文字だ。ただ、文字の形こそリィダたちが使う一般的なものだが、どこをどう読んでも文章になっていない。
「これは、一種の結界みたいなもんじゃねぇのか?=v
 意味をなさない文字の羅列だったとしても、結界魔法として動いているのならそれは大きな意味を持つ配置だ。
「あぁ、言われてみれば、魔力を感じるかもっす」
 リィダはクラエスの背から降り、壁に近づいた。
「おい、下手に触れるなよ。お前のことだから変な仕掛けが作動するに違いない=v
「わ、わかっているっすよ」
 と言いながらリィダは伸ばしかけていた手を引っ込めた。クラエスが止めてなければ、間違いなく触ってしまっていただろう。
「それにしても、なんでこんなところに?」
 天井まで見上げてみると、文字の羅列は天井を境に消えている。やはりこの壁一枚だけに書かれているようだ。
「さぁな。ともかく離れようぜ。お前がそこに立っているだけで不安だ=v
「さすがにそれは言いすぎじゃないっすかぁ」
 クラエスの物言いに頬を膨らませたリィダだったが、それを否定できない事態が起きた。
 実はリィダ自身も早々に離れた方が良い気がしていたので、その壁から離れようとした瞬間である。
「っと」
足元にあったでっぱりに片足をぶつけてしまい、転びそうになった。
バランスを崩して咄嗟に手を出し、なんとか転ばずに済んだ。
「あ」
「おい……=v
リィダの間の抜けた声に続いたのは、クラエスの勘弁してくれと言わんばかりの声。
転ばずに済んだのはよかったが、咄嗟に出した手は、謎の壁に触れてしまっていたのだ。
それがきっかけであったのか、壁の文字が一斉に光り出し、もとから発光していた洞窟内よりも強い光は、目を開けていられないほど眩しい。
 しかしそれもすぐに収まり、辺りは先ほどと同じ、洞窟内の自然発光と同じ明るさとなった。
「なにが、起きたんすか?」
 慌てて周囲を見渡すが、立っている場所は変わっていない。洞窟からまた別の場所へ飛ばされた、ということはなさそうだ。
「壁の文字が……=v
 クラエスの声につられて、リィダも目の前の壁を今一度見た。
「なくなっているっす」
 あれほどびっしりと書かれていたはずの文字は、どこにも見えない。見えているのは、辺りと同じ岩肌だけだ。
「どっかに行っちまったんすかねぇ?」
 改めて壁に触れてみるが、なんの変化もない。ただの壁のようだ。
「リィダ……お前=v
 クラエスは目を瞬かせ、リィダを注意深く見た。その口調は、何かに怯えているかのようにさえ聞こえたので、リィダは首を傾げた。怒られこそすれ、このような声をかけられては不気味さを感じてしまう。
「どうかしたんすか?」
「どうかしたのはお前のほうだろ。なんだよ、その右眼……=v
「ふぇ? 右眼……?」
 近くに鏡があるわけもなく、リィダは自身でその眼に何が起こっているのかが確認できない。
 だがクラエスの様子から、尋常ではないことだけが理解できた。
「ど、どうなってるんすか? ウチの右眼ってどういうことっすか?!」
「なんつーか……黒い=v
「黒い?!」
 リィダの瞳の色は、薄い茶色である。しかし今は、右眼だけが真っ黒になっているのだ。
 茶色と黒ではあまり変わっているように見えないかもしれないが、それが分かるほどの濃さだ。
「それに、さっきまでの壁から感じていた魔力の匂い。今はお前の右眼から感じるな=v
「え、それって、まさか」
 クラエスが最後まで言うまでもない。
 間違いなく、先ほどの壁の文字が、リィダの右眼に転移している。
「なんでウチに……」
 手を触れてしまったから、というのもあるだろうが、それだけではない。
「阿呆。お前、自分の体質のこと解かっているのか?=v
「え、不幸体質……」
「それもあるかもしれねぇけど、そうじゃねぇ。エシルリムでの一件以来、お前は『魔法を受けるための器』として最適の身体になっちまっているんだ=v
 東大陸のエシルリムで、かつての師であるラキエルペルに究極魔法復活のために利用された時のことだ。この身体は究極魔法復活の憑代とされ、それ以来、リィダの肉体はそうした魔法を受け入れ易い性質になっていた。触れただけで魔法が取り込まれたのもそのせいだろう。
「けど、だからって、うぅ……どうしたらいいんすかぁ」
 また泣き出しそうになりがなら、リィダがクラエスを掴む。
「知るかよ。とにかく他のやつと合流して考えろ=v
 クラエスも考えるのは得意ではない。完全に丸投げだ。
「うぅ、それもそうっすね」
 解決にはなっていないが、今からどうするべきかが分かったからか、リィダは少し落ち着いたようだ。目の端に溜まった涙を拭いながら――。
「ん?」
 その手を止めた。
「どうした?=v
 急な様子の変化に、クラエスも気になったようだ。
「今、なんか見えたような……」
 一瞬のことでわからなかった。だが、確かに異様なものを見たのだ。視界の端に映ったようで、目の前にあったような。
「えっと、こうしたら」
 と言いながら、リィダは左目を拭うように隠し、右目だけで辺りを見てみた。
 すると、どうだろうか。
「やっぱりなんか見えるっす」
 右目だけで見ると、その視界全体に文字が浮かびあがっているのだ。壁に書かれているわけではない。文字そのものが浮遊しているように宙に描かれている。
「文字っす。これ、もしかしてさっき壁に書かれていたことの内容?」
「読めるのか?=v
「なんとなくっすけど」
 先ほど見た時は文章として成り立っていない文字の羅列だったのに、今ではその言葉の意味が読めるようになっているのだ。
「えっと……『我、は、残す。幸せの、歌の結末を』」
 しどろもどろになりながらも、リィダは文章を読み上げて行った。

 我は残す。幸せ歌の結末を。
 我は望む。幸せ歌の効果を。
 我は歌う。幸せ歌を最後まで。
 我が望みは達せられた。願いの幸せ歌により。
 我が望み。我が願い。それは――。

「えぇっ!?」
「なんだ。どうした?!=v
 リィダが読み上げている途中で狼狽したので、クラエスも驚いてしまった。
 ただ、そこに見えている文章を読み上げようとしたリィダも相当驚いている。
「だ、だって……書かれていることが」
「いいから読め。なんて書いてあったんだ?=v
 クラエスに言われて、リィダは声を震わせながら続けた。
「えっと……『我が望み。我が願い。それは、この歌を聞きし者、その全てに、等しき死を与えんことを』――」
 文章は、そこで終わっていた。


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