-68章-
願いの伝説



「キラパン! キラパン!!」
 キラパンを抱えて揺さぶるリィダの声は、今にも泣き出しそうだ。
「う……=v
 キラパンが呻いた。どうやら、最悪の事態にはなっていないらしい。
「ホイミン――はいないんだっけ」
 いつもの癖でホイミンを呼ぼうとして、今は別行動していることを思い出した。
 今の『風雨凛翔』のメンバーでは、回復魔法を使える者がいない。武闘神風流には周囲の風の精霊力を回復の力に変換させる技があるが、時間がかかる上に他人に施すのはかなり難しい。師であるカエンならばできるのだが、イサはあいにく自分しか治癒することができないのである。
ラグドも同様だ。大地の精霊力を使う『瞑想』の特技を、大地の精霊王(ヴァルグラッド)と共にいた時に習得したのだが、それも回復の範囲は自分だけである。
あの緊張感に欠けた顔が、今ほど恋しくなったことはない。
「あの、これは一体?」
 別の意味で混乱しているのはセナスである。
 キラパンのことを知らないのだから、それも無理はないだろう。
「この子が言っていた私たちの仲間なの。回復魔法を使える仲間が今、別行動中で……」
「大変! 私にやらせてください」
「え」
 言うなりセナスはキラパンの横に駆け寄り、傷口に手を翳す。
 セナスが集中力を高めると、手に柔らかい光が浮かび、その光に当てられた傷口がみるみる内に治っていくではないか。ホイミ系特有の光は、一瞬でキラパンを全快させているわけではないが、ゆっくりと癒していっている。
「これ……再生呪文(ベホイミ)?」
 完治呪文(ベホマ)より回復力は弱いが、ホイミに比べれば段違いだ。
「……昔、僧侶の『職』もやっていたことが、あるんです。極める前に、吟遊詩人に、乗り換えちゃって……」
 言葉が途切れ途切れになっているのは、かなり集中していないといけないからだろう。ベホイミを習得しているとはいえ、やはり難しいらしい。
 それでも、キラパンから苦渋の表情は消え、表面上の傷は消え去ってしまった。
「後は目を覚ますのを待てばいいかと」
「あ、ありがとうっす! 助かったっす!」
 すっかり涙目になっていたリィダがセナスの手を握って大きく振り回す。
 これで一安心か、と思われた矢先に、鋭い声が飛んだ。
「君たち! そこで何をしているんだ!!」
 緊張に満ちたその声に、反射的にイサとラグドは身構えた。リィダとセナスはぽかんとしている。
「早くその魔物から離れるんだ!」
 声の主は、イサたちとは反対側からやってきた。武装した男が三人。そのうち二人はまだ若く、一人は老人だ。
 若者の一人は両手に剣を持っており、一人は魔道の杖を持っている。最後の老人は二人の男の年齢を足してもまだその上を行きそうで、武器の類は持っていない。とはいえ、物々しい出で立ちは、三人とも冒険者であることは察せられた。
「あなた達は何者?」
 武器を持っている二人の武装から、剣士と魔法使いだろう。そしてキラパンの傷は切り傷と焼け焦げたような跡があった。
「見てわかるだろう、冒険者だ」
 それだけ言えば状況的に納得してもらえる、とでも思っているのだろう。だが、イサとラグドはむしろ確信していた。
「キラパンをやったのはあなた達ね」
 飛龍の風爪を構えながら、イサは戦闘態勢を取った。
 今にもやりかえさんとする姿勢に、ラグドが顔をしかめる。
「事を荒げないで下さい」
「でも、キラパンがやられたんだよ!」
「だからと言ってなんで闘おうとしているんですか!」
 イサとラグドのやり取りに、さすがの相手もぽかんとしている。
「失礼。この魔物……キラーパンサーは我々の仲間だ」
 なんとかイサが飛び出すより先に、ラグドが前に立った。
「そうなのか?」
 魔物が仲間、というだけで怪訝そうな顔をされてしまうこともあるだろうが、冒険者の『職』にはリィダのように魔物を従えさせるものもある。熟練した冒険者であれば聞いたことくらいはあるはずだ。
 とはいえ、実際に目にするのは相当珍しい。疑われても仕方のないことだ。
 相手は何度か仲間内で目だけで会話した後、剣を持った若者が最初に構えを解いた。持っていた武器は光と変わり、やがて消える。冒険者特有の、召還された武具だったようだ。
「どうやら、僕らは余計なことをしてしまったようだね」
 構えを解いた若者を見て、もう一人の魔導士らしき男も、しぶしぶといった感じで構えを解く。杖を下げただけなので、こちらは魔物殺(モンスターバスター)なのだろう。
「僕らはベンガーナの冒険者チーム『ブレイク・ペガサス』だ」
 剣を持っていた若者が代表なのだろう。二人より前に出た。
「僕はツバサ」
「俺はジェット」
 もう一人の若者が名乗った。
「サウンだ」
 最後の一人は見た目通り、老人らしいしゃがれた声だ。
「『ブレイク・ペガサス』……? 聞いたことないわね」
 イサも冒険者チームで有名所は知っているし、名前くらいなら聞いたことのある冒険者チームも多くある。だが、イサの記憶に『ブレイク・ペガサス』という冒険者チームは存在していない。
 それに、ベンガーナということは同じ北大陸で活動している者同士でもあるし、ベンガーナとはいろいろあったので特別記憶に残りそうなものだ。
「あ、ウチは聞いたことがあるっす」
 そう言ったのはリィダだ。
「知っているの?」
「イサさんが知らないのも無理ないっすよ。ここ最近で有名になってきたんすから」
 詳しく言えば、その名が知られるようになったのはウィード崩壊後だと言う。
 イサたちはウィード崩壊後、過去に飛んだり戻ってくるなり魔界へ向かったりと、人間界(ルビスフィア)の情勢には疎くなっている。その期間内に急激に上り詰めたのなら、イサが知らないのも当然だ。
「もともとずっと前からベンガーナ国お抱えの冒険者チームだったらしいっすよ。極秘の任務を請け負ったりとかしていて……でもほら、アントリアの事件があってから、秘密にするあまり魔物に付け込まれる隙ができたんじゃないかって公の場に出てくるようになったんす。こんな冒険者がいるんだぞ、っていう牽制っすね」
「随分と詳しいのね」
 リィダの知識には正直感服した。イサたちが全く知らなかっただけなのだが、これはこれで実はかなり有名な話らしい。
「ベンガーナ国直属ってことは……ここに来たのも?」
 イサは再び『ブレイク・ペガサス』の面々に視線を向けた。相手のことはわかったが、それが何故こんなところにいるのか。
「ベンガーナ王に頼まれてね。ある調査に向かう途中、ウィードを経由するから、ちょっとだけ様子を見ておこうと思ったんだ」
「だったらなんでこんな所を通るのよ」
 リィダの小屋はウィード城から少し離れた人気のない場所だ。魔物と一緒にいるため、ひっそりと暮らすには最適で、滅多なことでは人に見つかることはない。
「今回の任務はなるべく秘密裏に進めるよう言われているのさ。人気のない場所を選んでいたら、キラーパンサーにでくわして驚いた、というわけだ」
 いくら人気のない場所とはいえ、人里には充分近い。そんなところにキラーパンサーが出没したりすれば、町の住人が被害にあうこともあるだろう。だから先に退治しておくべきだということになり、それは冒険者の判断としては正しいことだ。
「さて、そろそろ君たちのことも聞かせてくれないか? 僕らのことはわかっただろう」
 ここにきて、代表の男の雰囲気が変わった。
 何かに威圧されているような圧迫感に襲われる。
「君はさっき、アントリアの事件、と言ったね。あの事件は一般的には『悪魔神官事件』と呼ばれている。悪魔神官の名前を知るのはごく一部のはずだ。君たちは……何者だ?」
 返答によっては穏便には済まないかもしれないという緊張感が漂う。
「私たちは……」
 イサはどう答えたものか迷った。
 正直に名乗れば、アントリアのことを知っているのも、こんなところを拠点にしているのも納得してもらえるだろう。だが、このタイミングでうっかり身分を晒そうものなら、どうなるかわかったものではない。
「ツバサ、別にいいじゃねぇかよぉ」
 緊張感が高まる中、気の抜けた声が、その緊張の糸をぷつりと切った。
「ジェット……」
 ツバサと呼ばれた代表格の男は、気の抜けた声の主――もう一人の若者であるジェットの発言に顔をしかめた。
「変な所を住処にしている変な奴らに会った。それだけで良いだろ。ここはウィード領なんだからよ、いちいち突っ込まなくてもいいじゃねぇか」
 軽い口調で言うジェット。その内容に、さすがのイサたちも眉をひそめる。
「ちょっと、変な奴らって何よ」
「こんな所にまっとうな奴が住むかよ」
 そればかりはジェットの言うとおりかもしれない。なにせ、姿を隠して暮らすには絶好の場所だからだ。
「だからって!」
 ジェットの言う変な奴らという評価に憤ったイサは、今にも正体を明かしそうだ。
 イサを宥めようとラグドが口を開きかけたが、それを遮るようにジェットがわざとらしいため息を吐いた。
「お前なぁ、いい加減に気付けよ。俺らはベンガーナの国命で動いているって言っただろ。事の仔細を報告する義務があんの。お前らの素性、言っちゃっていいわけ?」
 ジェットの説明に、イサは言葉を詰まらせた。イサの立場上、果たすべきはウィードの復興だ。それをせずにこんな所に隠れ住んでいました、ということでは、せっかくウィードを保護してくれている他の国々に申し訳ない。それを公にしないためにも、今はひっそりと暮らして様子を見ていたのだ。イサの現状が伝わるのは、本意ではない。
 ジェットたちはイサたちが何者か気付いている。ツバサの威圧感は、おそらくその為だ。こんなところでのうのうと何をしているんだ、という静かな怒りだったのだ。
「……その、ごめんなさい」
 謝ってどうにかなるというわけではないが、イサは頭を下げた。
「君たちにも理由があるみたいだからね。聞かないでおくよ」
 ツバサも深く追及するつもりはなくしたらしい。
「でも、調査ってなんなの? ウィードの近くにあるようなこと?」
「おいおい、関わろうとするんじゃねぇよ。下手に関わったら、報告することになっちまうぜ」
 せっかく話が収まりそうだったのに、と言わんばかりにジェットがあからさまなため息をついた。すると、ふと表情を変える。あまりに小さな変化だったので気のせいかと思ったが、彼は明らかにイサの後ろに控えているセナスを見ていた。
「あんた、吟遊詩人か」
「え、そうですけど」
「ちょっと、私の質問は?」
 イサは回答を貰えなかったことに抗議の声をあげると、ジェットは苦手なものを見るような顔でイサを見下ろした。
「だーかーらー。関わって深い事情を話しちまっていいのかよ?」
 ジェットの言う通りなのだが、イサとしてはウィード近郊で起こっていることを見過ごすわけにはいかない。
「……国命を安易に話すことはできない。君たちの事情を深く聞かない代わりに、僕らのことも聞かないでくれるかな?」
 ツバサの言うことが最もである。
「そうそう。言えるわけねーじゃんか。うちの国が研究していた『願いの幸せ歌伝説』に対して脅迫状を送ってきた奴が星降りの山の近くにいるらしいから調査しにいくなんてよ」
 ジェットがこの話は終わりだ、と言わんばかりにイサとツバサの間に入った。だが、間に入りながら言った言葉に、イサたちは目を丸くし、ツバサは呆れ顔で手を顔に当てた。
「ジェット……」
「なんだ?」
「全部言っている……」
「……あ」
 自分で言ったことを気付いていなかったらしい。後ろでサウン老人もやれやれと首を振っている。
「『願いの幸せ歌伝説』?」
 イサはその名前に聞き覚えはなかった。いろいろな物語や伝説の類は名前だけでも聞いたことのあるものが多いが、イサの知識にその伝説の名前はない。
「あ、私、聞いたことあります」
 そう言ったのはセナスだ。
「さすが吟遊詩人ね。何なの、それ?」
「えっと、確か……『誰も奏でたことがない旋律。誰も知らない唄。誰も聞いたことのないその歌を奏で、歌いきることができれば願いが叶い、幸せとなる』っていう、吟遊詩人の間じゃ笑い話になっているような話ですよ」
 そんなものがあったらいいな。しかしそんなものがあるはずがない。ただの与太話。ただ話の種くらいにはなる、程度のものらしい。
「しかしうちの国では、その伝説が本物らしいって分かってきたんでね。研究を進めていたんだ」
「おい、ジェット!」
 セナスの説明に便乗しだしたジェットは、ツバサの叱責にむしろにやりと笑った。
「話しちまったんだから、いっそのこと深く関わってもらっちまおうぜ」
 関わるなと言ったり、関わって貰おうと言い出したり、ジェットという男の考えが全く分からなくなってきた。言い換えるなら、何か怪しい。騙されているのではないかという疑いさえ持ってしまう。
「それによ、やっぱり現役の吟遊詩人のアドバイスも貰いたいじゃねぇか」
 ジェットの視線がセナスに集中する。
「私、ですか?」
 いきなり期待されたセナスは、現役の吟遊詩人というのが自分以外の誰かとさえ思ってしまった。
 そういうことか、とイサは納得した。
 見たところ、『ブレイク・ペガサス』に吟遊詩人の経験者はいないようだ。吟遊詩人たちの間で伝説となっていることなら、確かに現役は仲間に加えておきたいところだろう。セナスを取り入れるために、わざとジェットは話したのだ。
「あなた達の国にも、吟遊詩人はいるんじゃないの?」
 ベンガーナは軍事国家である。戦い慣れた者で吟遊詩人を『職』として経験している冒険者を募れば、すぐに集まりそうなものだ。わざわざ実力も分からない道中であった吟遊詩人に頼ることもないはずだ。
「いたよ。たくさんね」
 ツバサが心苦しそうに言った。
 その沈んだ表情を見て、聞いてはいけないことを聞いてしまったと悟る。
「脅迫状が届いた翌日、ベンガーナ中の吟遊詩人が姿を消したんだ」
 悲痛な声と顔は、大げさに話しているわけではないことを物語っていた。


 その手紙は、ベンガーナの王室に届けられた。
 差出人もないそれは怪しすぎるもので、ベンガーナ王の所に届くより前に処分されてしまいそうなものだが、捨ててはならない雰囲気をその手紙は纏っていた。
 軍事国家という、戦に慣れている国にいる者の直感なのだろう。怪しみながらも、王に渡すことを決断したのだ。
 ベンガーナ王も手紙を受け取ったとき、並大抵ならぬものを感じたらしく、険しい面持ちで封を解いた。
 そこに書かれていたのは、ベンガーナ国で最近活発になってきた『願いの幸せ歌伝説』の研究を中止しろ、という内容であった。
 ベンガーナはその国の性質上、敵を作ってしまうことも多い。同じ国内にでさえ、国が行っている研究に反対する団体がいるのも珍しくはない。だから今回もそのようなところからの反対の声からと思っていたが、どうにも違う。違うと思ったのは、やはりその手紙自身に纏っている雰囲気であった。
 そして手紙の内容に、初めて差出人らしき情報があった。
 仮面の魔導士。
 手紙ではそう名乗っているのである。
 しかしいくらその手紙が尋常ではないとはいえ、手紙一通で国の研究を止めてしまうわけにもいかない。ただのいたずらだった、という可能性もあるのだ。
 警備に力を入れることで様子を見るべきだ、ということになった。
 研究室付近を警護する兵の増員。研究者たち一人一人に護衛兵をつけ、中止しないにしろやりすぎではないか、と思えるほどであった。

 ところが。

 翌日、ベンガーナ王室に緊急の知らせが入った。
 誰かが行方不明になった、という知らせが殺到したのである。
 人探しなどは冒険者ギルドが担っているので、最初は冒険者ギルドがその知らせを受けていた。だがその数の多さに、国に報告すべきだ、という判断になった次第だ。
 冒険者ギルドに通さず、ベンガーナ国の衛兵にも既に相談している者もおり、その数を合わせると明らかな異常事態になるのである。
 しかも、行方不明になった者の親しい間柄や関係者に、どこからともなく例の仮面の魔導士から手紙が届いていた。内容は、その人物がいなくなっているから確かめてみると良い、というものだったらしく、行方不明者が一斉にわかりだした理由はそれである。
 そして行方不明になった者は全て、吟遊詩人であり、または吟遊詩人の『職』を経験したことがある冒険者たち。
 そのことが分かった時を見計らったように、仮面の魔道士から手紙が一通、ベンガーナ王室に届けられた。

 『これがいたずらの類ではないことは理解できただろう。即刻、研究を中止せよ』

 短くまとめられた文章は、ただひたすらに『願いの幸せ歌伝説』の研究を中止させることであった。
 『願いの幸せ歌伝説』の研究成果は、ベンガーナにとって大きな国益になる可能性を秘めていたため、おいそれと止めるわけにはいかない。
 だが、行方不明者たちの件は既に国中に知れ渡り、表向きは中止せざるを得なくなった。
 研究を中止したからと言って、行方不明になった吟遊詩人たちが戻ってくることもなく、そこでベンガーナは『ブレイク・ペガサス』に行方不明者たちの救出の任務を与えた。
 国民には行方不明者たちは捜索中と説明し、騒ぎを一時的に鎮静化させている。
 もちろんそれも表向きの内容であり、仮面の魔道士の正体を突き詰め、討伐するということも任務の一つとなっていた。


「う……=v
「キラパン! 目が覚めたっすか?」
 ジェットとツバサが今までの経緯を話し終えた頃、キラパンがうっすらと目を開けた。まだぼんやりとしているのか、辺りをきょろきょろと見渡し、『ブレイク・ペガサス』の面々を見たときにその眼差しがはっきりとしたものになる。
「テメェら!=v
「わわ! 落ち着くっすキラパン! あの人たちは敵じゃないっすよ」
「あぁ?!=v
 リィダはいきなり飛び掛りそうになったキラパンの首に抱き着いて宥めようとしたのが効いたのか、キラパンは説明を求めるようにリィダを見た。
「えっと、ともかく今は敵じゃないんすよ」
「なんだよそれ=v
 リィダは動揺していて説明には向いてなかった。
「あなた、勘違いで襲われたのよ」
 仕方なくイサが横から説明した。とはいえ、キラパンとの会話が成り立つのはリィダと、この場にはいないホイミンだけなので、イサが一方的に喋るだけになってしまったが。
 あらかたの説明を終えると、キラパンは納得がいかないように鼻を鳴らした。
「ふぅん……『願いの幸せ歌伝説』ねぇ=v
 少し考え込んだような素振りを見せたかと思うと、キラパンはリィダに向けてこう言った。
「おい、俺も連れて行け=v
「えぇ!?」
 キラパンの声はリィダにしか聞こえていないので、リィダが大声をあげたことに周囲は驚いた。
「どうしたの?」
「いや、キラパンが連れてけって……」
 リィダは恐る恐る『ブレイク・ペガサス』たちを見た。
「おいおい、俺たちが連れて行きたいのはそっちの吟遊詩人さんだ。魔物使いに用はねぇよ」
 確かにその通りだろう。リィダはどうしたらいいか分からず、涙目になりながらイサたちに助けを求めるような視線を送った。
「キラパンが行くってことになると、リィダも行かなきゃならないし。でもリィダだけじゃ不安だから私たちも行くわ」
「ちょっと待て、なんでもう付いてくることが前提になっているんだ?」
 先ほどイサの意見を無視した仕返しのつもりか、勝手に話を進めている。いつもなら止めに入るラグドでさえ、ぽかんとしていた。
「あの……私も行くならイサさん達と一緒が良いです」
 セナスが発言してもいいものか迷いながら手を挙げて言った。
信用されるほどイサたちともそれほど長くいたわけではないが、男ばかりの所に行くのを不安にでも思ったのだろうか。
「ほら、セナスだってこう言っているし」
 『ブレイク・ペガサス』たちからすれば、吟遊詩人という人材は魅力的で、その本人がイサたちの同行を望むというのなら強く出ることはできない。
「それに、星降りの山の近くに行こうとしていたってことは、本当はウィードの様子を見に来たんじゃなくて、ウィード城地下の『旅の扉』を利用しようとしていたんでしょ?」
 ジェットがうっかり喋ったことを、イサは聞き逃していなかった。彼は間違いなく、星降りの山の近くと言っていた。ベンガーナから星降りの山へ行くには、ウィードの近くは通らないのである。わざわざウィード城付近までやってきたということは、一瞬で移動できる『旅の扉』目的に他ならない。
「残念だけど、ウィード城が崩壊してから『旅の扉』も全部使えなくなっているよ」
「なんだって?!」
 その驚き具合で、イサの予想は完全なものになった。
「でも、私は星降りの山に行ったことがあるから、転移呪文(ルーラ)でそこまでなら行ける」
 これは交換条件だ。『ブレイク・ペガサス』は少しでも早く仮面の魔道士の所へ行きたいはずだ。星降りの山へ普通に行こうとすると、かなりの時間がかかる。だからウィードの旅の扉を利用しようとしていたのだが、それが使えないとなるとここまで来た意味がなくなってしまう上、その時間消費も惜しい。無駄に使ってしまった時間を取り戻すには、イサの転移呪文(ルーラ)に頼るしかないのだ。それも、同行を許す、という形で。
 やがてツバサが諦めたように言った。
「わかった。君たちに協力を要請するよ。でも本当は危険なことに巻き込みたくないんだ。それだけは分かってくれ」
 ツバサが手を出しだす。
「その危険が近くで起きているなら放っておけないもの」
 イサがその手を握り返した。
 その固い握手で、二つの冒険者チームの協力は締結となった。


 一度リィダの小屋に戻り、必要な道具を揃えようということになり、一行は小屋まで移動した。
 小屋に入ると、いきなりスライムがリィダに飛びかかった。
 飛びかかったといっても、襲いかかるようなものではなく、懐いた犬が主人の帰りに喜んで飛びついてきたようなものだ。
「スラリン! 無事だったんすね」
 キラパンと一緒に返していたスラリンは『ブレイク・ペガサス』たちに斃されることなく、先に逃げていた。むしろスラリンを逃がすためにキラパンは囮になる様な形でやられてしまったらしい。案外、後輩の面倒見はいいのだ。
「ピー!」
 嬉しそうにリィダの肩に乗った後、キラパンの前に下り立って嬉しそうに鳴いた。どうやら、自分を逃がしたキラパンを心配していたらしい。
「別に気にすんじゃねーよ=v
 そう言っているキラパンが照れているように見えて、リィダは笑い出しそうになった。
「こんなもんでいいかな」
 道具袋を漁っていたイサが立ち上がった。
 道具袋には薬草と毒消し草、アモールの水など傷を癒すための道具が詰め込まれている。邪魔にならない程度に持ち歩く数としてはぎりぎりで、だがそうでもしないと危険な地に足を踏み入れるにあたり不安が残るからだ。
 用意できるもので他に役に立ちそうなものがないかあれこれ検分しているのはイサたちだけで、『ブレイク・ペガサス』の三人は外で待機していた。
 三人はイサたちの作業が終わるのを待つばかりだったが、ぽつりとツバサが呟いた。
「ごめん」
 それはジェットに対しての言葉だった。
「気にするなよ。道化役は俺がやる。俺が道化になることで、あいつらを巻き込ませることができるし、それがお前の望みならな」
 ジェットはツバサの意図をすぐに汲み取っていた。吟遊詩人の人材が欲しいということも、本当の所はイサたち『風雨凛翔』に協力を要請したかったということも。
 だからあえて喋った。うっかり喋ってしまったように演じながら。それでイサたちから協力を申し出るように仕向けたのだ。
「お主はわし等のまとめ役だからな」
 滅多に喋らないサウンが薄く笑いながら言うと、本当に申し訳ない気がする。
「仮面の魔導士の実力は、お前が良く知っているらしいからな」
 ジェットが、こればかりは嘆息するように言った。

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