-44章-
騎士道の戦



 ドスン――。
 真横に岩が落下し、少しでも立ち位置がずれていたら下敷きになってしまっていただろう。落下した岩はその場で砕けたが、その砕ける位置が自分の頭だったらと考えただけで身震いしてしまう。
 背筋にも寒気が走るが、だからといってぼやぼやしていたら本当に岩の下敷きになってしまう。
「く!」
 前に進みながら落下してくる岩を避けていたが、さすがに躱すことが困難となり、地龍の大槍を突き出してそれを砕く。
 岩だらけで歩きにくいとばかり思っていた通路だが、まさか岩が上空から降ってくるとは思ってもいなかった。侵入者を防ぐためのトラップなのだろうが、岩魔将軍ガーディアノリスとの戦闘になると思っていただけにこの事態は最良の対処で応じることが出来ない。
 足場が悪いうえに、どこから降ってくるともわからない岩を相手に、ただ通路を道なりに進むしかないのだ。
 どうせなら、辺り一体の岩を大技で吹き飛ばしておけば少しは楽になっていたかもしれないというのに。
 さすがに今からそれを実行しようものなら、確実に振ってくる大岩に潰されてしまうだろう。上を見上げても天井は高いうえに暗いため、どういう仕組みで岩が降っているのかはわからない。
 体力には自信があったが、さすがに呼吸も荒くなっている辺り、どれほどの時間と距離を費やしたかがわかるというものだ。
「今度は、何だ?」
 何度目になるか解からない落石をうまく回避できた時、数瞬前までの立ち位置で砕けた岩の震動とは別の震動が連続して鳴っている。永続的な震動は、やがて音量と質量を伴って近付いてくる。
「まさか!」
 ついさっきまで大岩を避けながら進んだ通路から、それは転がってきた。
 通路全体にすっぽりとぎりぎりに入るほどの大きさを持つ巨大な岩。この通路自体が少し傾いているのか、巨大岩は地面に散らばっている岩をものともせず――むしろそれらをあっさりと砕きながら転がってきている。
 さすがに横幅に回避できるような幅はなく、このまま呆けて立っていたら間違いなくぺしゃんこだ。
 相変わらず上から岩は降り、後ろからは巨大な岩が転がり、下には大小の岩が足場を邪魔している。岩の紋と名前いうには相応しい岩っぷりだが、感心している暇などない。
「ただの岩に、ここまで苦戦するとはな」
 例え相手が魔物であろうと、死魔将軍であろうと、魔王であろうと。怯むこと無く立ち向かうラグドだが、さすがにこればかりはどうしようもない。
 とはいえ、これまでの苦労が水泡に帰すということも、どうやらないらしい。
「あれは!」
 一際大きな扉が前に見えた。
 後ろから転がってきている大岩との距離もまだ充分にあるとはいえ、速度も徐々にあがっており、すぐに距離縮まるだろう。その前に何とかして扉の向こうに行かなければ。
「おぉぉおおおぉ!」
 頑丈な扉であろうそれは、ラグドの雄叫びを上げながらの突進で半ば砕けるように開いた。ここまできて悠長に両手で開ける等と云うことをやっていたらただの自殺行為である。
 ラグドの判断は正しかったのか、扉を突き破って向こう側へと転がり込んだ。扉の向こうは広い空間が広がっており、地面は岩であるが今度は足場を邪魔するような岩があちこちに置かれているというわけではない。
 遅れて、質量を伴った轟音がすぐ背後から聞こえた。転がってきた大岩が壁に激突し、その衝撃が伝わってきたのだ。その差はほんの数秒であり、扉を開けることに手間取っていたら、大岩の餌食になっていたことに間違いない。
「――あの罠を突破してきたか」
 低く、腹の底に響くような声がかけられた。声の主は、部屋の中央に静かに佇んでいる。
「お前は……」
 初めて見るその姿。
 血色が悪いように見えるのは、肌の色が黄土に近いせいだろうか。しかし体格はラグドより少し大きいくらいで、見た目のバランスがおかしい。全身を強固な鎧で包んでおり、騎士のように見えなくも無い。
「我が名は岩魔将軍ガーディアノリス。ここを通りたくば、私を斃して行け」
 問答無用というわけか、岩を司る死魔将軍は手に持った槍の矛先をラグドに向けた。

 ラグドはガーディアノリスの構える姿を見て、一つ感じ取る事ができた。
 あくまで感覚的に掴んだものであり、確証は持てない。
「闘う前に、聞いておきたい事がある」
 ラグドは地龍の大槍を召還したが、すぐに戦闘態勢には入らなかった。その様子を見たガーディアノリスも、続きを促すように動こうとはしない。
「お前達は人間としての転生を遂げたのだろう。ならばお前達にもあるはずだ。何のために闘うのか、その心が」
 魔物は通常、より強い魔物に従う。どのような命令であれ、それは本能であり魔物としての摂理だ。死魔将軍とて、言葉を繰り意志を持つとは言え魔王ジャルートの命令には絶対であったはずだ。
 その呪縛が、人間として生まれ変わった今ならば解き放たれているはずである。
「愚問。貴様と同じ事よ」
 ガーディアノリスの言葉に、今度はラグドが黙り込んだ。
「我が命を捧げた主君のために、この力を使う。ただそれだけだ」
 忠誠心。ガーディアノリスが闘う理由として、それがあれば充分なのだ。
 そして、ラグドにも同じ事が言える。
 ウィードの、そしてイサのために、闘ってきた。
 ガーディアノリスを見て感じ取ったのは、そうした主のために闘う騎士としての共通意識だ。
「そうか。ならば、互いに避けては通れぬ道なのだな」
 主が違えば、当然その道も違う。主君同士が戦っていれば、それに従う者もまたそれと同様に。
「我が名は、風の大国ウィードが誇る『風を守りし大地の騎士団』騎士団長ラグド=ゼウンディス。我が主のため、突破させてもらう」
 ラグドが地龍の大槍を構える。
「「――行くぞ」」
 互いに譲れぬ道を歩む者同士として、同時に地を蹴った。

 一見からして防御力の高そうな鎧を貫くには、最初から大技を狙いに行くしかない。ラグドの連携奥義は技を重ね、その流れにより更なる技を放ち威力を高めていくのだ。最初の技は、外れても構わない。
「『岩塵衝』!」
 相手が間合いに入った瞬間に、地龍の大槍を足元に突き立てる。大地の精霊に干渉し、地面を爆発させ足元を奪おうとするが、効果はなかった。
 それというのも、ガーディアノリスの姿がいつの間にやら消えている。間違いなくなく技の効果範囲に入った瞬間だったうえに、急な方向転換も緊急回避行動も見られなかった。それでも、最初からそこにいたかのように、まったく違う場所に立っているのだ。
 ラグドは誰も居ないところに技を放ち、端から見れば大道芸の芝居にしか見えない。
「岩を司る私にとって、この空間は最適なのだよ」
 一瞬でまたガーディアノリスの姿が消えたかと思うと、背後から異様な気配を感じた。咄嗟に振り返ることすらせず、前に転げるようにその場から離れる。それと同時にちょうどラグドが立っていた場所に、鋭い突きが撃ち込まれる。
 振り返っていたら、ガーディアノリスの槍に貫かれていた。
「ふむ、つい声を出したのが仇となったか」
 避けられた事実をガーディアノリスが冷静に判断する。ラグドとしても、直前の声がなければ反応が一瞬だけ遅れていただろう。その一瞬が生死の境界線だったのだから、油断ならない。
 連携技は中断されたが、だからと言ってすぐに諦めるようなラグドではない。
 地龍の大槍を握る手に力を込め、地を蹴る。
「『岩砕槍』!」
 目にも留まらぬ五連突き。しかし、手応えは返ってこなかった。
 五連続の突きが、かすりすらしなかったのだ。
「これは……」
 思わず絶句する。つい先ほどまでとは、またガーディアノリスの立ち位置がまるで変わっている。
 幻惑呪文(マヌーサ)の類か、とすぐに予測をつける。予測が当たっているにしろ外れているにしろ、ラグドが不利な条件下にいることは間違いない。
 いや、とラグドはすぐに自らの予測を打ち消す。
 ガーディアノリスが放った一言。岩の足場。そして、かつてデュランの世界でエンたちが死魔将軍と対峙した時の話を思い返した。
それが意味することは、自然と一つの答えに結び付く。
「さすがに気付き始めたか。気付く前に仕留めるつもりだったのだが」
 先ほどの一撃で決着できると思っていたのだろう。しかし生憎とこうしてまだ立っている。
「岩場の上なら自在に動くことができ、瞬間移動が可能というわけか」
 エンたちが放浪の民たちを庇って場所を移したのに、何故か放浪の民たちの場所に戻されたと言っていた。そのとき、足もとが岩の足場になっていた。恐らく、ガーディアノリス自身ではなく、岩場に立つ者であれば自在に操ることができるのだろう。
「判ったところでどうだというのだ」
 自信に満ち溢れているのは、いとも簡単に背後を取ることができるからか。
 不可解なことに動揺するという事態は避けられたようだが、ガーディアノリスの言う通り対処法があるわけでもない。
 内心、厄介だと思わざるを得ない。そのような表情や雰囲気はおくびにも出さないが、岩を司る死魔将軍はお見通しらしい。余裕を持った笑みさえ浮かべており、それは勝利を確信した、不敵の笑みだ。
「不利な条件であろうと、負けるわけにはいかない」
 せめて不屈の闘志で対抗する。何事にも全力で臨むラグドにとって、それが最善たる方法なのだ。
「我も敗北は許されぬ。再び命を与えて下さった魔王様の為に」
 揺るがない魔王への忠誠心。それがガーディアノリスを動かす唯一無二の理由なのか。
「我々は一度、勇者たちに敗れた。こうしてまた魔王様に仕えることができたのだから――」
 負けるわけにはいかない。ラグドが言った言葉がそのまま続くのだろうが、ガーディアノリスは無言で槍の先端をラグドに向けた。
 ラグド自身、思うところはある。自分をガーディアノリスの立場に置き換えたらどうだろうか。イサの、ウィードの為に戦い、その途中で無念のまま敗れ、しかし再び好機が巡ってきたら。
 ガーディアノリスと同じく、その意気込みは推し量れないものになるのではないだろうか。
 ラグド=ゼウンディスという人間は、イサに忠誠を誓った人間なのだから。
 共感してしまったからには、尚更負けるわけにはいかない。主に仕える騎士同士の戦いは、そのまま主の勝敗に関係してくるのだ。
 ラグドは深く息を吸い込んで気合を溜める。
 ガーディアノリスがとどめを刺さんとばかりに地を蹴った。
 また背後から狙ってくるだろうと予測はしていたが、意外にもガーディアノリスはそのまま直進してきた。
「おぉおぉぉっ!!」
 正面から来るのならば、こちらも正面で迎え撃つまでだ。
 溜めていた気合を声とともに放つ。
 しかし返ってきた感触は、余りにも硬い。
「我の勝利である」
 ガーディアノリスの言葉が、嫌によく聞こえた。
「ぐ……!」
 ラグドの顔が苦痛で歪む。ガーディアノリスの槍は、ラグドの鎧を貫き、内部まで侵入している。
 だが瞬間的に致命傷を避けていたようだ。すぐに崩れ落ちるほどでもないが、だからといってこの一撃は厳しい。
「我は鉄壁の守りを持つ岩の死魔将軍なり」
 不敵な笑みを浮かべるガーディアノリス。攻撃自体は、ラグドのほうが速かったのだ。しかし、岩魔将軍の鎧を貫くことはできなかった。
 数歩ほど後ろによろめき、なんとか間合いを取る。
物理遮断結界(スカラルド)、か」
 ただの防護呪文(スカラ)であれば、いくらなんでもラグドの攻撃を弾くことはできないはずだ。すぐさま、防御魔法の最上位に位置する結界魔法を思いついた。結界魔法は通常の精霊魔法とは異なり、より強力な効果を及ぼすものが多い。魔法を使われることは予測できていたが、まさか結界魔法まで扱えるとは思っていなかった。
「さすがに鋭いな。だが、解ったところでどうする?」
 岩場の上の瞬間移動に加えて、物理攻撃をシャットアウトする結界魔法を自身に張り巡らせている。
 その要素は、ラグドに敗北の二文字を背負わせるには十分である。
 もともと速度重視ではないラグドにとって、受け身になりがちだ。それに加えて、ラグドの技はほとんどが物理攻撃に分類される。大地の精霊に干渉して放つ技も、通常の攻撃魔法とは異なるのだ。
 物理遮断結界(スカラルド)は攻撃魔法に弱いが、ラグドにとってそちらの経験は皆無。
 ガーディアノリスの言葉通り、それが教えるのは絶望だ。
「試すことは、色々とある」
 とはいえ、致命傷を避けながらも先ほどの一撃は大きく響いている。あらゆる攻撃手段を試そうにも、身体が満足に動かなければ意味はないのだ。
 脇腹を押えている手は自身の血にまみれ、尚も濡らし続けている。早めに止血しなければならないが、生憎とラグドは回復の手段を持ち合わせていない。
 ここを突破し、回復魔法が使えるホイミンかルイナと合流しなければと思い、ふと気付いたことがあった。
「(ルイナ……)」
 自然と手が動き、腰に括り付けておいた道具袋から丸薬を取りだす。魔王城に入る前に、ルイナから手渡された調合薬である。
 何かあった時に使え、とは言われているが、実際の使用方法などは聞いていない。ただ自然と、使うのならば今しかないと感じる。確信したわけでもなく、ラグドは迷わずその白い丸薬を、噛み砕くことすらせず飲み込んだ。
 硬いものが喉を通っていく感覚に嗚咽しかけるが、それも一瞬である。
「これは……」
 唐突に身体が燃えるように熱くなってきた。それだけではない。止まらなかった流血がぴたりと静まり、痛みも引いている。
「貴様、何をした」
 ガーディアノリスが、急激なラグドの変化に慄く。
「仲間を、信じただけだ」
 今なら――。今なら、どんな敵にでも打ち勝つことができる。そんな気分の高揚を覚え、かつて経験した王族の『言霊』を身に受けているかのようだ。
 それでも、ガーディアノリスを打ち破るにはまだ足りない。
「(だから――)」
 ラグドは一人の女性を思い起こした。かつて同僚であり、死を看取った魔道師。彼女が所持していた魔道師の杖の欠片に呼びかけるように心で叫ぶ。
「(力を貸してくれ)」
 彼女はラグドが知る、最高の魔道師だ。魔道師としての実力は、マナ・アルティや『大賢者』リリナに劣るかもしれない。けれど、ラグドにとって最高の魔道師は彼女だけだ。
 彼女が――ムーナが力を貸してくれたならば、これ以上に心強いものはない。
「深き眠りに在る 大地の精霊たちよ 我が声に従いて集え」
 ラグドの周囲に、精霊力が集束した。
「魔法の詠唱!?」
 岩のように表情を変えなかったガーディアノリスが、初めて顔色を変えた。
 ラグドが攻撃魔法を扱わないと判断していたのだろう。
 事実、ラグド自身も使うのは初めてだ。
 だが、今まで使う機会がなかったとも言える。大地の精霊ヴァルグラッドの力を手にしてからは、精霊の理を多く学んだ。この攻撃魔法も、本来ならばありとあらゆる精霊の力で行使できる。もちろん、使う精霊によって威力は千差万別だが、結界魔法を壊すくらいならば充分だ。
「全てを揺るがし 全てを砕け 解き放て――極大爆撃呪文(イオナズン)=v
 圧縮された精霊力と魔力が一気に弾け飛んだ。轟音と共に、巨大な爆発を起こす。
 狙いは外さなかったが、威力を見誤っていた。限度が解らずに、目標に対してかなりの至近距離で放ってしまったらしい。爆風でよろめき、閃光で目が眩む。
 それだけでなく、疲労とはまた違う気だるさが全身から気力を奪っていく。魔法を扱う経験がないのに、いきなり極大呪文を放てば負担もかなりのものだ。
 貧血にも似た感覚に意識が朦朧とするが、なんとか踏み止まった。
「ガーディアノリスは……」
 さすがに失敗したと思ったのは自身が引き起こした爆発の砂煙で、どうなったのかが解らなくなってしまったことだ。この一撃で斃せたとは思っていないが、向こう側にも何らかの支障が出ていないとラグドの努力は水泡に帰す。
 見えたわけでもない。聞こえたわけでもない。だが、本能的に感じ取った。
 避けろ、と。
「っ!!」
 反射的に身を反らすのと、爆煙の中からガーディアノリスの槍が突き出されたのは、ほぼ同時だった。
 煙の中から躍り出たガーディアノリスの表情は明らかな焦燥の色がある。物理遮断壁(スカラルド)の効力が切れたのだろう。これで、ラグドの攻撃も通るはずだ。
「躱したか。だが――」
 ガーディアノリスの姿が消える。まだ、瞬間移動という切り札を持っているのだ。死角からの攻撃からとなると、さすがに何度も上手く躱せる自身はない。
 故に。
「それすらも打ち破る!」
 ガーディアノリスの猛攻が始まる前に、ラグドは地龍の大槍を足もとに突き立てた。だが今からやろうとしていることに対して、ガーディアノリスのほうが一歩だけ速い。
 しかし急所を狙った容赦ない突きが繰り出される前に、大地が不自然に揺れる。その振動に足場が不安定になってしまったせいか、ガーディアノリスの突きは狙いが逸れた。
「大地の精霊たちよ! 今一度、力を貸してくれ!!」
 地面の岩に亀裂が走り、次の瞬間、鈍い音を立てて砕かれる。
「なんだと?!」
 信じられないほどの広範囲にまで、その破壊は行き渡った。粉々になってしまった岩では、ガーディアノリスの力を引き出すことはできない。
 驚愕が作るのは、一瞬の隙だ。その隙をラグドは逃がさない。
「『岩砕槍』!」
 再びの目にも止まらぬ五連突き。また瞬間移動で逃げられる、ということはなく全てに手応えが返ってきた。
「貴様ぁ!」
 さすがに物理遮断壁(スカラルド)がなくとも、防御力の高さは並大抵ではない。普通の相手ならばこれだけで怯むものの、ガーディアノリスは反撃の態勢を取ろうとした。
「『岩閃発破』!」
 地龍の大槍を旋回させて、強力な一撃を放つ。それと同時にガーディアノリスもがむしゃらに槍を突き出し、互いの一撃のタイミングは完全に一致した。
 ラグドは先ほどと同じ場所に突き込まれ、塞がったはずの傷口が開いてしまった。痛み顔が歪むが、それは相手も同じだ。ラグドの一撃はガーディアノリスの鎧を破壊し、その内部まで届いている。
 ガーディアノリスが浮かべている顔は、苦痛によるものなのか。それとも完全勝利が可能と思っていた相手に深手を負わされた屈辱からきているのか。
「(まだだ!)」
 地龍の大槍を引き抜き、一連の動作から更なる技へと繋げる。
 極大呪文を使った疲労感と重なる苦痛で身体が休眠を欲しているが、ここで倒れるわけにはいかない。まだ、敵はそこにいるのだから。
「おぉおぉぉおぉおおぉぉ!」
 荒々しい雄叫びは、自分のものなのか。ガーディアノリスのものなのか。恐らく双方だったのだろうが、それを確認する余裕などない。
 最大の一撃を先に放ったのは、ラグドであった。
「『岩龍爆極槍破』ァ!!」
 
――オオォォオオォオォン!!――
 
 猛る龍の咆哮。それは、全てを飲み込む一撃となる。
 躱すこともできず、ガーディアノリスがその攻撃をまともに受けた。
 身を守っていた鎧は粉々に砕け、地面に叩きつけられるように吹き飛ぶ。
「が、はっ……」
 呼吸さえ困難になっていたのか、仰向けに倒れたガーディアノリスは何度かえずいた後に、口惜しそうな表情を浮かべた。
「魔、王……様。再び頂いたこの命……申し訳、ありません」
 この場にはいない相手を見ているのか、震える手を虚空に向けて伸ばす。
「だが、使命は、果たした」
 いっそ恍惚とさえ言える笑みを浮かべたガーディアノリスの言葉に、ラグドは眉を顰めた。
「どういうことだ……?」
 魔王からの使命というのは、侵入者たるラグドたちを抹消することではなかったのだろうか。
 ガーディアノリスは全てを語らず、ざまあみろと言わんばかりの笑みを浮かべて――その意識は途絶えた。


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