-37章-
闘拳、炎水



 闇空間からの帰還。
 気が付けば、そこに立っていた。あの場へ行く前の、デュランと会談した部屋。部屋の――というよりもこの闘技場の主はもうおらず、そのせいか静けさが一層増しているように感じられる。
「無事だったようだな」
 迎えてくれたのは、ムドーの心から安堵しているような声だ。闇の空間に切り離され、戻ってくるのがエンたちかデュランであるか、どちらがこの場に姿を現すかを最も不安に思っていたのは彼だったのかもしれない。
「勝ったのか。あのデュランに」
「なんとか、な」
 今はもう回復魔法により全員の傷は塞がって体力もそこそこに回復している。とはいえ、流れた血までが消えるわけでもない。鎧は今にも崩壊しそうなほど皹が走り、血で汚れていない部分を探すのが大変なくらいだ。見た目こそ満身創痍だが、その顔は絶望という言葉が似合わない。
「さすがというべきかな」
「倒したのはオレじゃないけどな」
 デュランを討ち取ったのはエンだと思っていそうだったので、苦笑いしながらラグドの方を見た。その視線を受けて、ラグドは首を横に振った。
「仲間がいなければ、ここには立っていなかった」
 ラグドは実際に刺し違える覚悟でデュランに攻撃を仕掛けた。それこそ、最期の攻撃のつもりだったのだ。デュランの隙を作り、一瞬の差を生み出したのはエンとイサのおかげである。その前も、ルイナがデュランの動きを封じてくれたからこそ。もし一対一なら、確実に負けていただろう。
 デュランは確かに圧倒的な力を持っていた。だが、闘王は独りで闘い、そして敗れた。部下に戦友と名乗らせていたのも、もしかしたら本当に戦いの仲間が欲しかったのかもしれない。
「あ、いたいた〜♪」
 突如、緊張感の無い声が乱入してきた。その声音と、場の雰囲気をあっさり崩すのは、一人しかいない。
「ホイミン、どうだった?」
 ふらりと部屋に入ってきたホイミスライムのホイミンに、すかさずイサが聞いた。ラグドとルイナから聞いていた、島の民の若者たるフィンを救出すべくホイミンとしびおを送り出したのだが、本当は不安で仕方なかったのだ。ホイミンが人の姿に戻ればその不安も少しは解消できるというものだが、最後の最後まで彼は間の抜けたホイミスライムのままだった。
「う〜んとねぇ、う〜んとねぇ」
 クルクル回りながらあはあは言うだけで、肝心なこと言わない。いつものことだが、今回ばかりは急を要する。
「ど、う、だ、った、の?」
 イサの言葉が途切れているのは、その度にホイミンの頬を両手で引っ張っているからだ。
「いふぁいよいひゃひゃまぁ〜」
 これだけ頬を両端に広げられては喋れても聞き取れまい。真面目に話してよね、というお仕置きの意味で最後に一度だけ力強く引っ張って離す。
「この通りです」
 ホイミンが触手で自分の頬を擦っている間に、もう一人(一匹か)が割ってはいる。姿形こそホイミンに似ているしびれクラゲのしびおだ。その後ろには、ターバンを巻いた青年――フィンがばつの悪そうな顔で立っている。
 デュランはさもいつでもフィンの命を失くせるようなことを言っていたが、その姿を見る限り無事だったようだ。
「フィン……」
「何が、どうなってんだよ」
 無事を喜ぶ言葉を言うより先に、フィンが遮った。
「どう、とは」
「俺自身もよく覚えてない。いきなり記憶が吹っ飛んだような、気が付けばこいつらが俺の目の前にいて助けに来たとか言い出してさ」
 フィンが指差したのは当然ホイミンとしびおだ。ホイミンは人の姿をフィンには見せていないのだろうか、もし晒していたのならばもっと混乱していそうだ。
 まだ困惑しているフィンをなんとか落ち着かせながら、フィンの覚えていることを聞き出した。
 闘技場でラグドとルイナの前を飛び出した後、いきなりデュランが目の前に現れて仲間にならないかと誘ってきたらしく、考えるまでもなくフィンとしての答えは否だった。ところがその辺りからの記憶がなく、覚えているのは最後にデュランの瞳が怪しく光った事くらい。間違いなく、そこでデュランに洗脳されてしまっていたのだろう。
「そういえば。これを」
 頃合を見計らって、というわけでもないだろうが徐にラグドが黄色に輝く宝珠を取り出してフィンの前に差し出した。デュランを倒した後、闘王の肉体は消滅し、代わりに宝珠が二つ、その場に残されていた。これは、その一つである。
 差し出されたそれが何であるのか、フィンはすぐ理解できなかったのか、目を瞬かせると、その次に大きく眼を見開いて口をぱくぱく動かしてる。
「イエロー・オーブ?!」
「島の民が探していたのだろう」
 そう言われて、フィンは気まずそうに目を逸らした。
「お、俺は別に島の民なんかじゃ……」
 確かにフィンは一度もそのような話をしていない。だが、ラグドはエンとイサから出会った放浪の民となった島の民のことを知っている。その話と付き合わせれば、そこから抜け出した若者は目の前の青年であるということが窺い知れたのだ。
 そもそもフィンは明らかに動揺しており、これでは嘘をついていると公言しているのも同じである。
「イエロー・オーブを探している島の民たちに、砂漠で会ったんだ」
「あいつらに!?」
 思わず反応してしまって、しまったと慌てて顔を伏せる。
「知っているんだろ。なんで、お前だけが砂舟を使って単独で行動してたんだ?」
「……あいつらから、聞いてるだろ」
 観念したのか、島の民の一員であるということは認めるらしい。
「イエロー・オーブを探しながら願いの神殿を見つける旅に不満を抱いたから、だっけ」
 放浪の民から聞いたことをなんとか思い出そうとしているが、主だった話は別のことだったのであまり鮮明には覚えていない。
「……あいつらと一緒にいたら、行動が制限される。あの砂舟も定員があるし、なにより他の誰かがいると面倒で仕方ないだろ。願いの神殿があるってのなら、俺が一番に探し出して、俺だけの願いを叶えさせるつもりだったんだ」
 だから砂舟を使って一人で旅を始めた。そうして粋がっていただけに過ぎない。その道中にルイナたちに出会い、そしてこの闘技場に訪れた。そのままデュランの操り人形になってしまったが、今は解放されている。
「俺一人でも生きていける。それを証明したかっただけの、我侭だったのかもな」
 若いうちは、特に血気盛んな男児は得てしてそう思うことがある。それこそが時には新たな時代を切り拓く力になる時もあれば、ただの迷惑で終わることもあるだろう。後者であれば、残るのは後悔であることが多い。フィンの沈んだ表情を見れば、結果がどちらであったのか一目瞭然というものだ。
 イエロー・オーブのことが話題に上がった時、フィンは必ずしも良い顔をしなかった。それは、心の奥底で同郷の民を裏切ったという、自責の念があったからではないだろうか。
「これから、どうするのだ?」
 ラグドの問いに、フィンはただ肩を竦めるばかりだ。自分の心情を吐露したおかげか、その顔はどこか吹っ切れて見える。
「また旅を続けるさ。始めたことを途中で放り投げるのは、尚更悪い気がするし」
 今さら仲間たちの元へは戻れない。エンとイサがあった島の民は既にこの世に存在しないが、まだ旅を続けている別の集団が砂漠のどこかにいるはずである。それを探すことではなく、最後までフィンは願いの砂漠を自力で探すことを選んだ。それがフィンなりのけじめなのだろう。
「あんた達こそ、どうすんだよ?」
 そもそも今回この闘技場を訪れたのは偶然が始まりだった。今回はルイナに会う事と、デュランからフィンを救い出してルイナの自由を取り戻すという二つの目的があったが、それが達成された今、ここに残る必要はない。
「そりゃあ、残りのオーブを見つけに行かないとな」
 今、エンたちが所有しているのは四つ。デュラン消滅後に残っていた宝珠は、イエロー・オーブのみならずグリーン・オーブも存在していた。何故デュランが、ロトルが持ち去ったはずのグリーン・オーブを所持していたのかは知らないが、こうして手元にあるのは事実だ。
「残りの……オーブ」
 それを聞いたフィンが、己の頭を抑える。言葉をきっかけに、記憶の片隅が蘇ったらしい。どうしたのかと問いかける前に、彼は搾り出すような声で言った。
「……なんとなくだけど、思い出せる。操られてる時の記憶かな……黒髪の男が、デュランにそのグリーン・オーブを渡していたんだ」
「それって!」
 誰がと聞くまでも無い。英雄ロトルのことだろう。
「あいつが、デュランにグリーン・オーブを?」
「帰り際に、あいつが俺に向けて言ったんだ」

 ――君も可哀そうなことだね。揃わない宝珠にあれほどご執心な主の操り人形だなんて。
 ――教えておいてあげるよ。オーブの二つが、既に存在していないんだ。ラーミアは蘇らない。

 あやふやの記憶を辿ってのことだったが、実際にロトルがそう言っている場面が想像できてしまうから不思議だ。ロトルもこの世界を訪れ、デュランにオーブを渡していたのは驚きだが、もっと驚くべきはその言葉の内容である。
「オーブが……存在しない?!」
 四つが集まりいよいよ残り二つというところだというのに、そんなことを聞かされるとは思いもよらなかった。
「二つってことは……え〜と」
輝光の宝珠(シャイン・オーブ)と、深闇の宝珠(ダークネス・オーブ)よ」
 ラーミアの壁画を解読したルイナから一度説明されていたのだが、エンが思い出せていないのかと思ってイサが名を挙げると、本当に忘れていたのかエンは納得するように頷いた。
「その二つが存在して無いって、どいうことだよ」
「俺にもわからない。ただ、あいつがそう言っていただけだし」
 ロトルが言うからには本当のことだろう。持ち去ったグリーン・オーブをデュランの手に渡しているという行動も納得できるというものだ。恐らく不要になったオーブを、気まぐれにデュランへ渡した、というところか。
「ってことは、オーブを集めるのは無駄なことだったのか?!」
 せっかくここまで集めてきた苦労が、ただのくたびれ儲けにしかならない。それは同時に、旅の目的の一つが唐突に消滅してしまったことになる。そもそもオーブを集めるのは時空を駆けるラーミアを復活させるためで、複数の空間世界を持つ魔界の移動手段になるはずだったのだ。
 そのラーミア復活が望めないとなると、魔界の全てが一つになるというのを待つのみだ。既に空間の主同士が戦い、より強い者のみが残っているはずである。それらを従えさせれることができれば、魔界の脅威は想像を絶する。そして魔王ジャルートはそれを可能にして見せるだろう。
「……ラーミア神殿に行き、ましょう」
 唐突なその台詞に、誰もが言葉を忘れたかのように静まり返る。驚愕に次ぐ驚愕で、ルイナから発せられたその言葉の意味が浸透するまでに数秒を要した。
「場所がわかるのか?」
 向かう理由も謎だが、行くとしても場所が問題だ。しかしエンの問いに、こくりとルイナは頷いた。そのまま、ゆったりと視線をフィンに移す。
「砂舟を、お願い、できますか」
「あ、ああ。いいけど」
 いきなり話題を振られ、そもそもエンたちの状況を把握しきれていないフィンは、勢いに飲まれたかのように返事を返したのだった。


 ルイナの話では、ピラミッド内部でデュランにラーミアの伝承を解読させられた際に、神殿がこの砂漠にあると確信していたらしい。ラーミアに関する壁画に書かれていた文章もそうだが、えらく直接的なのだ。仮にルビスフィアが一つの時代に描かれたものだとしても、それほど遠くない場所にあるため、分裂した世界に切り離されたという可能性はきわめて低い。
 空間世界の分裂はかなりの規模で行われているので、砂漠一帯は同一世界になっているはずだ。
 そして、ルイナの確信は正解である。
 確かに、ラーミアの神殿は砂漠に埋もれた地下にあった。
 ルイナが予測し、砂舟を向かわせている方角も見事に的中している。
 仲間が再び揃い、ラーミア神殿に向けてデュランの闘技場を出た頃より、やや早い頃だろうか。


 その砂漠の地下神殿に、一人の青年が踏み入っていた。
 燃えるような赤い髪を軽く束ねた男の目は鋭く、表情も険しい。
 それを迎えるのは、神殿の入り口に腰掛けている男で、対を成すかのように青い髪を流れるように伸ばしている。その美しい見た目よりも実年齢は遥かに上だ。それは赤髪の男にも言えることである。
目を瞑っているその姿は、眠っているようにも、黙祷を捧げているようにも見える。
 そんな彼の様子が、急変した。
 無表情といえた顔が、口の端を持ち上げることで笑みを形作る。満足そうな、期待が叶った笑みだ。
「果報は寝て待て、というけど……確かにその通りだね、カエン」
腰掛けていた彼は悠然と言葉をかける。
「のんびり眠っていたというわけではないだろう、ルイス」
 この場に現れた者――カエンが苦笑を返す。こちらは逆に、厳しい表情でルイスを睨み据えており、言葉も刺々しい。
「言葉の例えだよ」
「わかっている」
「でも、眠っていたのはあながち間違えじゃないかもしれない」
 妙な言い回しに、険しい表情から更に眉を寄せた。
「何が言いたいんだ?」
「何を言っていると思う?」
 互いが問いかけると、二人の合間で見えない何かがぶつかり合った。もしここに第三者が端から見ていれば、それだけで身を震わせていただろう。
「ここに来たからには、覚悟はしているんだろう」
 カエンはこの空間世界に訪れてから、何となくだがルイスがいるような気がしていたのだ。ラグドを救出した後、その予感を優先させたのはただの我が侭ではあったが、そもそも自分の旅を優先させることが同行するための契約である。
 ただの予感だけで本当に相手の場所まで行けたので、驚くと同時に呆れてしまいそうだ。
「もう僕たちの間に言葉は必要ない。必要なのは、決める事だ。僕と君が闘い、どちらが立っているのかを!」
 ルイスは言いながら立ち上がり、その殺気篭った目でカエンを見据える。
「……ルイス、お前は」
「行くぞ!」
 カエンの言葉を無視し、ルイスが地を蹴った。静まり返っていた地下が一斉に騒ぎ出したかのような錯覚に襲われ、身の毛がよだつ。それほどまでにルイスの殺気と魔力が膨大だというのか。
 躊躇っていては、自らの命を無駄にしてしまうことになる。
「く……『風連空爆』!」
 迫るルイスに対して、カエンが風の爆発を起こした。今度は錯覚ではなく、爆風の音により静寂がかき乱される。
「甘いね」
 風の爆発はルイスを捕えず、その効力は虚しくも見当違いの場所で発動した。
「『雷駁掌(ライバクショウ)』!!」
 ルイスが腕に雷を纏わせ、その拳を突き出す。風連空爆を放った直後の隙をつかれ、カエンは避けることができない。避けることができずとも、無防備に受けるつもりもない。
 カエンが使える、風連空爆を拳に乗せる颶爆烈撃掌よりも強力であろうルイスの一撃は、その軌道がやや外れる。
「またそれかい」
 ルイスが呆れたように言った。かつてベンガーナで戦った時も、水死龍の一撃をこの守りで防いだ。
 『鎧風纏』。カエンは風の鎧を纏うことで狙いを外させた。だが完全に逸れることもなく、威力がやや落ち、急所から外れたくらいだ。できれば無効化までしたかったが、ルイスを相手にそれは許されないらしい。
「さすがだな」
 カエンが笑って嘯いて見せるが、内心では焦りが生じている。ルイスを相手に、先に一撃を受けてしまった。それは大きな差に繋がるだろう。その差が明確になる前に、決着させねばならない。
 ルイスの追撃が来る前に、大きく距離を取るために反対側へ跳ぶ。すかさず、ルイスがそれを追った。
「遅いよ」
「(速い!)」
ルイスの素早さは想像以上だ。すぐさま間合いが詰められ、カエンの懐に入り込む。
「『連雷電(レンライデン)』!」
 雷を拳に纏わせながらの四度の打撃。まともに受ければ動くことさえ困難になりきれない技は、しかしカエンを捕らえない。
「これは……」
 拳は空を切り、妙な違和感が襲い掛かる。違和感の正体は、風。強烈な風が身体の自由を奪っている。
 カエンは風流しを使い、見事にルイスはその技にはまった。
「『颶爆烈撃掌』!!」
 背中からというのは卑怯かもしれないが、今はそんなことを行っている場合ではない。やらなくては殺られる。
「『流水陣』!」
 風の爆発を乗せながらの一撃は、勢いよく吹き出した水の壁に阻まれた。カエンの鎧風纏のようなものだろう。水の壁が消える頃には、ルイスは既にその場から消えている。当然、風の束縛から逃れていることはカエンにもわかっていた。
「上か!?」
 ほとんど予想と勘だったが、正解だった。ルイスは上空から、その全身に雷を纏わせ襲いかかってきた。
「『雷烙閃羽(ライラクセンハ)』!」
「『風連空爆』!」
 上空からならば避けることは困難のはずだ。それを踏まえて、カエンは再び風連空爆を放った。だが、風の爆発は確実にルイスを捕えこそしたものの、その爆風はルイスを吹き飛ばすまでに至らなかった。
「な?!」
「甘いと言っている!!」
 風連空爆によりルイスの纏っている雷は弱まり、消失したに近い。それでも、ルイスの狙いは全く逸れていない。カエンが風連空爆を使ってくるだろうと予測し、もとより雷の力は使い捨ても同然だったのだ。
「が、はっ」
 水の精霊力を乗せているわけでも、雷を纏わせているわけでもない、ただ純粋な拳による打撃。単純な攻撃だが、ルイスほどの達人にもなれば絶大なる威力を誇る。まさに、痛恨の一撃。それをまともに受けてしまい、目の前が一瞬にして暗闇に落ちそうだった。
 それでも、カエンも本能的に反撃に出ていた。無意識に近い状態ながらも、狙いは正確にルイスの急所へ伸びる。ルイスはそこまで予想できていなかったのか、舌を打ちながら跳び下がった。
 追撃の心配がなくなったとはいえ、ルイスという脅威が去ったわけではない。痛みを堪えながらも素早く体勢を整えると同時に、ふと気付いたことがあった。
「(――違う)」
 違う。何かが違うのだ。言い知れない違和感。すぐ分かりそうなことなのに、明確な答えになっていない。妙な感覚が、カエンの胸中に渦巻く。
「そろそろ大技で決めよう、と言いたい所だけど」
 カエンの戸惑った様子に気付いていないのか、相変わらずの口調でルイスが言った。
「君と僕では属性こそ違っても技がほとんど同じだからね。防御の奥義の特性も同じだと思うんだ」
 カエンの操る武闘神風流の『守』の秘奥義たる風王鏡塞陣は、相手の技を風に乗せて返すカウンターだ。相手が大技であればあるほど、その威力はさらに強大になって使い手に向かっていく。
 ルイスの言う通り、互いの技は操る精霊が異なるだけで特性そのものはほぼ同じである。ならば、ルイスも風王鏡塞陣と同じ原理を持つ防御技を編み出しているはずだ。そしてその強さも理解している。
「ここで僕が雷牙水死龍を仕掛けても、君は守りに回るだろう」
 かつてベンガーナで戦った時、カエンはルイスの奥義に『攻』の奥義で立ち向かった。風王鏡塞陣を使用し、相手の龍に風を纏わせながら返せば勝利は確実だった。それをしなかったのは、ただのわがままのようなものだ。どれだけの力が通用するのか試してみたかった。立ちはだかる龍に、自分がどこまで越えられるかを見てみたかったのだ。
 だが、今は違う。更なる高みへの階段ではなく、皆と共に歩ける平らな道を選ぶ。
 だからこそ、ルイスが何か大技を仕掛けてくれば、『守』の秘奥義で対応するつもりだった。しかし、ルイスがそれを繰り出さなければ何も意味は無い。ただの単純な技や攻撃に使っても、力を無駄に浪費するだけだ。
「僕には君の思っていることが手に取るようにわかるよ。そう、自然なほどに簡単なんだ」
 ルイスの瞳がぎらりと刃のように鋭くなり、その笑みは口元こそ笑っていても視線だけで凍えそうだ。
「なんと言っても、僕たちは親友なんだから」
 ルイスの口から漏れた台詞は、皮肉を言っているようにも、呪詛の言葉を言っているようにも聞こえた。


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