58.反魂禁術(ネクロマンシー)


 周囲をぐるりと見回すと、座っているのはウィードの重鎮ばかりである。  あくまで座っているのがそうした人間ばかりで、立っているのはラックスも知っている人物だ。
「それでは今から現状の把握、及び対策について話を進めてゆく」
 立っている人物は、キュア騎士団長であり、会議の主を務めるようだ。
「いきなりだけど質問していい?」
 恐る恐るラックスが挙手すると、何だ、と睨まれつつも発言の場を設けてもらった。
「オイラ、鍛冶師だよ? なんでこんなとこにいるのかなぁって……」
 ウィード城に来たのも、足りない武具を補うための作業員として協力を申し出たのだ。
 決して重役会議に出席するためではない。
「現状把握には貴公の知識が役に立ちそうだからな。付き合ってもらうぞ」
「その付き合ってもらうって言葉が男女間の交際としてなら喜んでお受けするのになぁ」
 周囲の人間がラックスに冷たい視線を浴びせる。彼に張り付いている薄い微笑みはただでさえ緊張感を削ぐのというのに発言もこれでは、そんな視線を受けても当然のことだ。ラックス自身は気にしていないようだが。
「ていうか鍛冶師の腕を振るうか否かの選択はあったのに、今度は有無を言わさずに協力することになってるの?」
 比較的まともの部類に入るであろう発言は、キュア騎士団長の顔色を変えさせた。――おや?
「……す、すまない。協力してくれ、頼む」
「(へぇ〜)」
 なるほどなるほど、とラックスは心内で納得した。出会いが出会いだったのでかなり強引な人だな、という印象を持っていたが、違う。キュア騎士団長は相手を強制的に従わせたりする強引な性格ではなく、単純に不器用なだけなのだ。騎士としての実力は、団長に納まるくらいだから充分にあるのだろう。しかし人事のことになると相手にどういう対応をしていいのか分からなくなるのだ。
 やや強引なカッコイイ女性という印象があったラックスにとって、この発見は心を昂ぶらせた。
「なんだ、そのにやけ顔は」
「なんだーって言われても。オイラはいつでも笑ってるだろ」
「今のは特に珍妙だったぞ」
「そうだったかな? まあ、オイラのことなんてどうでもいいでしょ。会議、始めよう」
 ちゃっかりと会議進行を促したラックスに、キュア騎士団長は悔しそうに睨みつけた。
「貴公が質問したのだろう」
 小声でぶつぶつと文句を言うが、話題を切り替えるためにふぅとため息をついた。

「ではまず現状把握。さっそくだがラックス殿から意見を聞きたい」
「さっそくの意味わかんねー。なに? 具体的に何を話せばいいの、それ」
「落ち着け。我々の質問に答えて欲しいだけだ」
「あ、なんだ……」
 何も無かったら『旅の途中に寄った国が戦争中で、鍛冶師として迎え入れられたはずが重役会議に出席している』という自分の現状を語りだすところだったかもしれない。
「まずは、あの紅い光のことだ。貴公は『特異なモノ』として感じたと云っていたな。もう少し具体的なことはわからないか?」
「あぁアレ? そうだねぇ、似て非なるものって感じだったよ」
「何に似ていた?」
「一番近いのは……蘇生の呪文かな」
「蘇生の……? 甦生魔法(ザオラル)魂回帰魔法(ザオリク)といったものか?」
「そう。だけど違う。何かとてつもないものを復活させたという可能性を考えていい」
 それが何であるかまでは、ラックスにもわからなかった。
「どうせ聞かれるだろうか先に答えておくけどさ、あのでっかい炎。ありゃただの炎じゃなかった」
「そんなことはわかっている」
 と、発言したのは大臣である。彼は激しい炎が水をかけるまでもなく消え去ったのを目の当たりにしているのだから、それが普通の炎であると云われた方が疑ってしまう。
「とは言っても、炎自体は普通の炎さ」
「どういうことだ? さっぱりわからんぞ」
「これから説明するよ」
 気の短い大臣だねぇ、と心の中で愚痴をこぼしたが、それほど気が立っているのだろう。原因はもちろんラックスなのだが、だからといってどうしようもない。
「オイラが言いたいのは、炎を構成する元が普通じゃないってことだ」
「精霊、か……」
「その通り、さすが騎士団長。オイラあの時、急速な炎の精霊の収束を感じたんだ。普通に火をつけたり、精霊魔法をぶっ放したりする時のような集まり方じゃない。つまり、一般の精霊理論とは異なる方法で火をつけた。その力の源が消え去ると同時に、炎も消えたってことかな」
「敵に、魔術師がいるということか……。厄介だな」
 魔術師一人の存在で戦局は大きく変わる場合もある。相手にその魔術師がいるというのならば、キュア騎士団長の言う通り厄介な事この上ない。
「魔術師ならまだいいんだけど」
「どういうことだ?」
「言っただろ、一般の精霊理論とは異なる方法を使ってくる。魔術師っていうより、悪魔に魂を売ってその代償を得たとしか思えないね」
 ラックスの口調は冗談とも取れるようなものだったが、その言葉自体は真実を帯びているようだ。
「敵にいるやつなど、どうでもいい。それよりも――」
「あぁ攫われた人なら大丈夫でしょ。そう簡単に殺されはしないって」
「縁起でもないことを言うな!」
 こりゃ短気というより癇癪持ちかもしれないね、とラックスは大臣を心内で評価する。
「しかしどうしたものか。作戦に支障が出るだろうな」
 キュア騎士団長が唸るのを見て、ラックスは目を瞬かせた。
「作戦?」
「そういえば言っていなかったな」
 言いつつ、キュア騎士団長は羊皮紙をラックスに投げ渡した。
 それに書いてある詳細を見たラックスは目を白黒させて何度か読み直す。
「うへ、なにこれ。ザルラーバ城内の構造? 隠し通路に、廊下の距離まで……。なになに? ザルラーバのお城を建築した人でも味方にでもしたの?」
「それだけじゃない」
 言われて見ると、渡された紙はまだ数枚続いている。全てザルラーバ城の内部構造かと思ったが、どうやら違うようだ。
「『地の騎士団』内の隊列や暗号文の意味、それぞれの欠点や得意分野まで書いてあるじゃないか」
「捕虜から聞き出した」
「どんな捕虜よ、それ」
 相手を呆れさせるのが得意分野と自負しているラックスが呆れてしまい、悔しいとは思わずに素直に呆れさせてもらった。
「地の騎士団の、騎士団長の地位にある男だ」
「ふへぇ。そんな人が国の情報をねぇ〜」
「戦争が始まったからにはどちらかが勝たねばなるまい」
「だからって……ん? 作戦って……」
「『言霊』で士気を高め、一気に攻め落とすつもりだったが……。誤魔化すこともできまい」
 まだ誘拐されたことは一部の人間しか知らない。だが秘密が漏れるのも時間の問題だろう。
 下手に隠し立てすると士気に関わる。
「捕虜も取り戻されてしまったんでしょー。やばいじゃん。捕まっている間に、結構いろいろ耳に入っちゃうもんだよ。こっちの情報、その捕虜だった人が向こうに流しちゃったら形成逆転だよ」
「ピッド殿はそのようなことなどしない!!」
「何でいきなり怒ってるのさー」
「なんでもない!」
 と、言う割には声が恐い。理由聞かなきゃオイラ怒られ損じゃないかなぁ、とぼやいてもまた噛み付かれそうなので心の中だけで言っておくことにする。
 それから会議はしばらく続いたが、結論は明日、明るくなって再検討するということになった。現状を把握したに過ぎないのはわかっているが、あまりの事態に皆が困惑しているため動こうにも動けないのだ。
「ねー、オイラどこで寝ればいいの?」
 ラックスはそのまま参謀役としてキュア騎士団長の部下という形になっている。兵士宿舎にでも案内してもらえるのかと思いきや、彼女はそのまま立ち去ろうとしたので慌てて呼び止めた。
「本来の目的である鍛冶師として城に居座るなら、他の鍛治師と同じタコ部屋。参謀役として私の部下になるなら客室を割り当ててやる。私と共にいるのが嫌なら前者を選べ」
「客室で寝たいから参謀役でいいよ。ていうかわざとそんな言い方したでしょ」
「その方が貴公も選び易いと思ってな」
「そりゃどーも」
 約束通りラックスは客室の一つに案内され、やっと一息ついた。この国について寝たり起きたり寝たり起こされて城に連行されたり会議に出席させられたりと一日がまるで忙しかった。おかげであと数時間もすれば夜明けである。
「ラックス殿」
 扉を閉める前に、キュア騎士団から声がかけられた。
「んー。なにー」
 ベッドに潜り込んでから返事をするが、その後の言葉がすぐに出てこない。
 不思議に思ったラックスは身体を起こそうとすると、その動作が完了する前にキュア騎士団長の言葉が耳に届く。
「――すまない」
 かちゃり、と扉が閉められた。
「…………ま、いいけどね」
 何を謝罪されたのか、何を許したのか、ラックス自身よくわかっていなかった。今から取る休息のための眠りと比べて、特に気にするようなことでもなかったからである。


 そして眠りについて数時間後、ラックスは叩き起こされた。
「起きろ!」
 勇ましい目覚しい時計になったのはキュア騎士団長の声で、ラックスは文字通り飛び起きた。
「なになに? どうしたの?!」
「妙な兵士がウィード領内の森林付近をうろついているらしい」
「妙なって……なにそれ?」
「詳細が分からないから妙なんだ。ともかく貴公に実物を見せようと思ってな」
「えー!? まさかオイラ、戦場に行くの」
「当たり前だ!」
「参謀って城で構えて指示を出すんじゃないの?」
「特例だ!」
「あ、そ……」
 ラックスは上着と靴を脱いだだけの格好だったので準備はすぐに完了した。
 部屋を出ると、なるほど兵士たちも慌ただしく動いている。
「こっちだ!」
「はいよ」
 オイラって一体なんのためにここに来たんだっけな、とウィードに来た本来の理由がすぐに思い出せない辺り、今の状況をそれなりに楽しんでいるのかもしれない。


 小鳥のさえずりが心地よく、森の中に入ってくる陽光もこれまた気持ちがいい。その中で、リィダがごほんと咳払いを一つ。
「えーと、今のウチらの状況をまとめるっす。現代で崩壊してしまったウィード城。それと一緒に崩れちゃった風磊(ふうせき)の一つ『風神石』。それを守るために、ウチらは星降りの精霊の力を借りて『永久への風結界(エターナル・ストーム)』を作り出す『風種』を五百年前のウィード城に植えに来たっす。ところが五百年前のウィード城に来たはいいっすけど、急に星降りの精霊さんとの接触が途絶えたっす。なんだかレイゼンって人が何か知っているみたいっすけどラグドさんはまだ何も話してくれないっす。何が一体どうなっているのか分からないっすけど、ともかく状況を把握するためにウィード城下町に情報収集に行く事にしたっす。でもラグドさんの鎧はこの時代のウィード『風の騎士団』とザルラーバの『地の騎士団』両方に似ているため、妙な誤解が生まれるのを避けて居残りすることになったっす。イサさんは、なんか姐御が『やめといたほうがいい』って言ってたっす。どういうことっすかね? んで、ウチが行っても不幸に巻き込まれてゴタゴタが生まれるだけ。ホイミンさんとキラパンは見た目が魔物だから却下。結局ムーナの姐御一人で行く事になったんすけど、魔法使いはこの時代じゃ貴重らしいっすからね。それとわからない格好、つまりウチの服と交換して街に行ったっす。だから今、ウチは姐御の服を着て姐御の帰りを待っているっす〜」
「ねぇリィダ……。さっきから誰に向かって言ってるの?」
 イサに声をかけられて、リィダはえへへと苦笑した。
「自分っすよ。声に出して今どうなっているかを確認してたっす」
「それで、どうなっているのかわかったのか?」
「えーと、まぁ、その……今に至るまでのことならなんとか」
 ラグドの質問に、リィダは曖昧に答えた。あれだけ喋っていた割には、現状を言葉にしたに過ぎない。
「たっだいま〜」
 という声と共に戻ってきたムーナはリィダの服を着ているために違和感がある。それを言うならリィダもおかしな格好に見えるのだが、一度は魔法使いを志していたためか、ムーナほど似合わないことはない。
「やれやれだよ。どうもこの服はアタイに似合わないね。なんかスカスカするし」
「ウチ、少しキツかったんすけど、胸の辺りとか……」
「あー、そーかいそーかい」
 服を再び交換してもとの服装に戻りながらの会話で、ムーナは少しだけショックを受けたようだ。
「それで、何かわかったの?」
 イサの問いに、ムーナは真剣な顔をして首を横に振った。
「アタイたちが知りたいようなことはわからなかったね。なんかウィード優勢だったはずらしいんだけど、雰囲気からして何らかの形で逆転しているみたいだったよ」
「え、じゃあザルラーバが優勢ってことだよね」
「そうなるねぃ」
「もしや……歴史が、変わっているのか?」
 難しい顔をして黙り込んでいたラグドがようやく口を開いた。そしてその言葉は皆が薄々感じていたものだ。
「まだ分からないよ。こういう逆転が続いてウィードが最終的に勝つのが正史なのかもしれないし。これが誤史なら、決定的な証拠が欲しい所だねぃ」
 あのレイゼンとかいうおじいさんのこと話してくれれば少しは分かるかもしれない、とは思ったものの口には出さない。イサが、ラグドにレイゼンのことを話させることにやたら消極的、というよりもさせないで何とかしようとしている素振りを見せているからだ。理由はよくわからないが、イサがそうしている以上はムーナもそれに従うしかない。
「(色んな意味で不利だねぃ……)」
 さてどうしたものかと今からの行動を決めようとすると、座っていたリィダがいきなり立ち上がった。
「どうしたんだい?」
「何か、北の方角から来るっす。たぶん、魔物っすよ」
「え!?」
 イサたちは慌てて戦闘態勢を整えた。いつもなら最後に気付くリィダであるのだが、もしかしたらエシルリムの一件で魔物使いとしての感覚が敏感になっているのかもしれない。
 数秒。
 数十秒。
 また数秒。
 また数十秒が経過し、やがて数分になるであろう頃、背後の茂みから(,,,,,,,,,,,,,,)何かが飛び出した。
「真逆の方向じゃないか!!」
「うわーごめんなさいっすーーー!!」
 背後からの攻撃をなんとか躱し、180度転換の回れ右。
「ザルラーバの鎧!? 『地の騎士団』か?!」
 ラグドの鎧と確かに似ているが違う。その鎧こそ、この時代のウィード敵国、ザルラーバ兵士の鎧だ。その鎧に身を包み、兜で顔を覆い尽くした兵士が続々と飛び出してきた。
「魔物じゃなかったのかい」
「そんな気がしたっすよー」
 兵士となれば当然人間だ。
「でも変だよ。殺気がない」
 戦争中の、しかも戦場にいる兵士というのならば殺気立っていて当然のはずだ。それ以前に気配がなかった。一般兵としてはあり得ないことだ。
「それに我々は端から見れば旅人か民間人だ。いきなり襲われる筋合いはないはずだろう」
「アンタの鎧見て、ウィード兵と間違えられたんじゃないのかい」
「…………そうだとしたら、すまん」
「えぇい謝るなこんな時に!」
 ザルラーバ兵が再び攻撃を仕掛けてくる。
「ムーナは距離を取って援護して!」
 イサが疾風の如く駆け抜けると、ムーナは後退した。
 ザルラーバ兵の攻撃を飛竜の風爪で受け止め、勢いに任せて蹴り飛ばしてやる。すると、案外踏ん張りが弱いのかあっさり吹き飛んだ。
「なんだ。思ったより弱いのかな」
 奇妙な相手の割には動きもそこまで早いわけでもないし、力もエシルリムのリザードマンと比べたら弱いと言ってもいい。
 相手を殺すわけにもいかないが、イサの攻撃は急所さえ狙わなければ殺してしまうこともないはずだ。足や腕を狙って、次々と飛竜の風爪で切り裂いてゆく。
「って……なに、これ?」
 何かがおかしいことに気付いた。ラグドも同様に驚いた顔をしている。
 致命傷にならずとも、すぐには動けないはずの兵士たちが、何の痛痒を受けた様子もなく再び襲い掛かってきたのだ。
「早くなってる!?」
 吹き飛ばした時よりも、その攻撃速度は比べ物にならないほど早い。
「力も上がっています!」
 ラグドが一突きで倒したはずの相手は、彼と同等の腕力になっているらしく、ラグドでさえ苦戦している。
「アタイに任せな――ヒャダルコ=I」
 氷の精霊の冷たい息吹が兵士達を包み込み、足元から氷付けにさせる――はずだった。
「嘘ぉ!?」
 進行していた氷は、兵士が紅い不気味な光を放つと途中で砕け散って消えてしまった。
「んじゃあこれならどうだい。――氷の乙女達よ、ちょいと槍となって降り注いで――ヒャダイン!!」
 無数の氷がザルラーバ兵に襲いかかった。しかしその氷槍魔法はザルラーバ兵の鎧を砕くわけでもなく、また傷つけることもなく、また紅い光を放っただけで、今度は目の前で消滅してしまった。
「もしかして……攻撃を受ける度に強くなってる?!」
 ムーナが下した結論は、イサとラグドも薄々感じ取っていたことだ。素早さで攻めれば、復活されこちらと同じ素早さを得て、力で攻めれば、復活してこちらと同じ力を得ている。
「どうするの!?」
「何でもいいから試すしかないよ」
 イサの問いに的確と言えば的確な答えをムーナは返した。
「だったら――『閃風砲』!」
 イサの振るった腕の軌道から真空波が発生し、ザルラーバ兵を切り刻んだ。やはり、相手は呻き声の一つすら挙げない。
「ウチらも行くっす、クラエス!」
「おう!=v
 先ほどの攻防の間にキラパンを『闇化』させていたらしい。ダークパンサーたるクラエスがザルラーバ兵の一人に襲いかかる。さすがにその巨体には抵抗できなかったのか、ザルラーバ兵は押し倒された。
「こ、殺しちゃダメっすよ!」
「はいよ=v
 んじゃあせめて肩を食い千切るかね、と勇んで大口を開けてそれを実行しようとする。だがそれを成す前に邪魔され、クラエスは横からの体当たりでバランスを崩して転がり込んだ。新たなザルラーバ兵だ。
「クラエス! ――!?」
 クラエスに近づこうとしたリィダだが、何かを感じて背後を振り向いた。そこには数人ものザルラーバ兵。
「うわっ!」
「背後!?」
 ムーナとリィダ、そしてホイミンが待機していた位置に、そのザルラーバ兵は何の躊躇も無く攻撃を仕掛けて来た。
「うわうわっうわ!!」
「リィダ落ち着いて! 防衛のために何か召還しときな!」
 指示を出しながらムーナは急いで魔力を集中させる。まだ何もしていない状態では弱いはずなので、今のうちに少しでも距離を取っておく必要がある。
「ちょいと風の精霊さんたち、協力してよ! 烈風の使者、舞い降りて吹きぬけよ――バギマ!!」
 激しい竜巻がザルラーバ兵たちを吹き飛ばした。
「よし!」
 思い通りになったから思わずそう呟いたが、その顔が驚愕の二文字に変換されるのはほんの数瞬後であった。
「チェーンクロス召還するつもりが〜〜!!」
 慌ててしまって精神を乱したのだろう、リィダの手には何とも頼り無い銅の剣が召還されている。
「リィダ〜落ち着きなよ〜〜」
「あぅ、ホイミンさぁ〜〜ん――ふべっ」
 ホイミンに慰められて泣きそうな声を出した上に、転んでしまった。よりによってこんな時に、と思ったがその拍子に持っていた銅の剣を投げ飛ばしてしまったようだ。
「ふぇ? ふぇぇぇぇ〜〜〜〜!?」
「どうしたのリィダ!? って、え?!」
 前方の敵と戦っていたイサがリィダの声に驚いて背後を見やると、彼女が狼狽した意味をその目で確かめた。
「なっ!?」
 ラグドも同様にそれを見たようだ。
「顔が、腐ってる!」
 リィダの持っていた銅の剣はザルラーバ兵の兜を弾き飛ばした。不幸中の幸いというか、むしろ幸いの部類に入るのだろうか。ともかくその兜の下は、腐りきった人間の顔が存在していた。
「まさか! ――()爆烈撃掌(ばくれつげっしょう)=I」
 風の爆発を起こす風連空爆を打撃に乗せ、強力な一撃へと変貌させる奥義技はザルラーバ兵の鎧の一部を破壊した。
 そこから見える鎧の下は、やはり腐りきった肉体だ。
「なにこれ! 『腐った死体』が鎧でも着てるの!?」
「かもねぃ。アタイがさっきバギマで吹っ飛ばした兵士の一人が、貨幣に変わった」
 ムーナはイサと同じ魔物殺(モンスターバスター)だ。その特殊効果として、倒した魔物を貨幣に換える能力がある。
「倒せたのか?」
 相手の正体の可能性を知るや否や、ラグドは重要項を聞き出した。相手が魔物であるのならば、躊躇う必要など無い。
「聖風に弱いみたいだよ。バギマの一発で何とかなった」
「ムーナを守りながらの陣形で行こう!」
 イサの言葉に、皆がそれぞれに立ち位置を変えた。ムーナを中心にしての配置だ。
 ムーナが詠唱を終えるまでの時間稼ぎくらいならばできるはずと思い、イサは風連空爆でザルラーバ兵を吹き飛ばした。
 その間に、ラグドは地龍の大槍から武器を変換させる。
 アンデッドを死滅させる能力を持つ剣『ゾンビキラー』と同じ効力を持つ『聖浄の槍』だ。『伝説級』に部類させるそれでザルラーバ兵を貫くと、鎧兜を残したまま中身は消滅したらしい。
「やっぱり魔物なのかなー?」
 ホイミンが皆の頭上をぐるぐると回りながら首を、もとい身体を傾けた。彼の言う通りならばリィダが一番に感づいたのも納得できるが、それにしては魔物独特の殺気が感じられない。魔物ではない魔物で、人間と比べると魔物寄り。そんな感じだ。
「ちょいと、でかいヤツ行くよ!」
 呪文の詠唱が完了したのだろう。ムーナの周囲に激しい精霊力の渦が発生した。
「全てを薙ぎ払え、巨旋風の大渦よ! 猛る巨風の術――バギクロス!!」
 バギマの上位に位置する魔法は周囲のザルラーバ兵全てを巻き込み、そしてイサたち自身もその烈風には目を開けては入られなかった。
「ちょいと近すぎたかなぁ」
 発生した竜巻に巻き込まれないように魔力を操りながらムーナは他人事のように言いのけた。

 ようやく風が収まったのを確認して、周囲を見渡すと、そこにはごろごろとザルラーバ兵たちの鎧や兜が転がっており、その近くには貨幣が落ちている。よく見ると多少形が異なっており、この時代で主流になっていたものなのだろう。
「助かった……?」
「多分ねぃ」
 とりあえずは一段落ついたのだろうと思いきや、すぐに異音が聞こえてきた。
「馬の蹄だ」
 ラグドがいち早く気付いたようだ。確かに近づいてくる音は、馬のそれである。
「も、もう動けないよ」
 上級魔法を使ってへとへとになったかムーナがその場に座り込んでしまった。これで今度は乗馬しているザルラーバ兵であったならば、逃げることも考慮せねばなるまい。
 ただ偶然近くの道を通っているということ期待したいが、先ほどのバギクロスは中々派手なものであり、人を呼んでしまうことは必至。間違いなくこちらに向かってきているようだ。
 そして草むらを突っ切り、現れた馬に乗っている者を見て、一瞬だけザルラーバ兵と勘違いしてしまったのも無理はない。
 ラグドの鎧と似ているのだ。
 しかしそれはザルラーバ兵とは違う意味で似ており、つまりそれはウィードの『風の騎士団』の鎧であった。
 見た目からしてかなり高貴な騎士だろう。
 だがそれでも目を疑ったのは、その騎士の後ろに男が一人、情けない顔でしがみついていたからだった。

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