40.四面魔歌


 盗賊ギルドの試験も終わり、いよいよ『風磊』探求の旅が再開される。
 ムーナに与えられていた特別休暇も解除され、退屈すぎてつまらなかったよ、と彼女は言ったものだ。魔道士であるムーナは専ら魔道書をめくるなりをしていたらしいが、それでも行動が制限されるのは辛く、イサが王族という立場に束縛されるのを嫌がったのを少しだけ理解してくれたようだ。
「魔道国家エシルリムか……」
 誰かがぽつりと呟いた言葉に、皆が沈んだ表情になる。
 ここはウィード城の会議室。今では、アショロから戻ってきたムーナとリィダとキラパンを加えたイサたち『風雨凛翔』が占領し、地図を広げている。
「魔道国家エシルリム。地図で指さすだけなら数秒で終わるのにね」
 ムーナが皮肉めいた口調で東大陸の一部分に指を置いた。そこにはエシルリムの国紋章が描かれている。
「もう! 片道だけで半年はかかるってどういうことよ!」
 明日にでも出発、ということで旅の準備をしていたのだが、一つだけ問題が起きた。
「仕方ないでしょ。北大陸ノースゲイルから東大陸ルームロイへの船は全くと言っていいほど無いんだからさ」
 問題とは、交通のことである。ベンガーナへはカエンが赴いたことがあったのでキメラの翼を使用したのだが、今回ばかりは北大陸出身者にして、東大陸に赴いたことのない者ばかりだ。イサは当然として、ムーナが魔道の大陸として有名な東大陸へ行ったことがないのは驚きだった。
「休暇の時、東へ行けばよかったかもしれませんね」
 ラグドは一度、西大陸ウエイスのバーテルタウンへ行ったことがあるのだが、その逆の東大陸へは行ったことがなかった。
「話を整理するよ。北大陸から東大陸へ渡る船は、コナンベリーから出てる『賢者の島』行きの船だけ。だからまずは中央大陸クルスティカまで行って、そこから徒歩で東部の港町まで移動して、東大陸行きの船に乗る。東大陸に渡ったら渡ったで、また歩き通しでやっとエシルリムに到着。これの予想時間がだいたい半年ってわけ」
 ムーナがまとめるが、解決にはならない。むしろ問題が明確になっただけである。
 東大陸への船が滅多に出ないのは、魔王の影響である。数年前に滅びた魔王は、東大陸の一部、ダークデス島に居城を作っていた。そのため、人々は恐れ、東大陸へ渡る船がめっきり減ってしまったのだ。数年やそこらでは、まだその辺りの交通能力が回復しておらず、むしろ魔王が復活したという噂が流れているために、交通能力が回復するどころか、船は減るだけだった。今では、中央大陸から渡れるかどうかさえ怪しい。
「調査隊の船は使えないの? ほら、ダークデス島を調べてたやつ!」
「無茶を言わないでください。あれでダークデス島まで行けるとしても、エシルリムまで持つような大きさではありません」
 ラグドの言う通り、その船でエシルリムまで行こうとするならば食料と水がすぐに尽きてしまうほどの小さい船なのだ。もともとウィードは山脈に近い場所にあるので船は実際に不必要なのだから、ウィードが所有する船は全て必要最低限の機能しか持ち合わせていない。
「魔法でなんとかならない?」
「それも無理だねぇ。ルーラは一度行った場所……しかも周囲の風景やらを強くイメージしないと行けないから。イメージしようにも見たことないんじゃ本当に想像だけになっちまうよ」
 下手したら空間の歪に迷い込んで一生出られないかもしれない、とおどけた口調で彼女は付け加えた。
「はぁ……。やっぱり半年かけてエシルリムに行くしかないのかな」
 旅が嫌なのではない。目的地が明確しており、すぐにでも風磊を入手したいのに、それまで半年もかかるというのがもどかしいのだ。
「あ、あのぉ……」
 この議論が始まって以来、始終なぜか青い顔で黙っていたリィダが、しぶしぶと言った感じで手を挙げた。
「なに?」
 全員の視線が集まり、リィダは居心地悪そうに頭を掻いたり目を逸らしたりしている。
「……東大陸ルームロイの、エシルリムに行くんすよねぇ……」
「うん」
 確認するように言ったリィダに対してイサが頷く。
「それで、すぐに行きたいけど半年もかかるんすよねぇ……」
「そうだ。だが仕方あるまい」
 それなりの準備をせねばな、とラグドも頷く。
「キメラの翼やルーラって、一度行ったことがないと使えないんすよねぇ……」
「そうだよ。あんたも魔道士の修行したことあるなら知っているよね」
 今更なにを言い出すんだい、とムーナが訝しむが、リィダはため息をついてキラパンの頭を何気なく撫でた。
「あのぉ……黙っていて本当に申し訳ないって思っているんすけど……」
「なに?」
「……東大陸の出身者なんす、ウチ……」
 開いた口が塞がらない、というのはこういうことを言うのだろうか。
 しばらく、誰一人として発言することなく、ただただ呆けていた。


 東大陸は多くの小島から成り立っている。賢者の島、ダークデス島は有名として、他にも無数の島々が存在する。しかし昔は、一つの大陸だったらしい。それというのも、大昔に大いなる賢者が究極魔法なる力をその大陸で使ったのだが、大地はその力に耐え切れず、地面に亀裂が走り、大陸が分断されてしまったのだ。
 その時に消し飛んだ大地、長い年月の末に沈んだ島は、元の大陸の二割分ほどもあるという。そのせいか、東大陸には大きな川かと思ったら海だったりすることもしばしばある。東大陸ルームロイを横断するならば船は必須になるのだ。
「でも、ウチが住んでいた場所はエシルリムのちょっと南にある山だから、別に船は必要ないっす」
 説明してくれたリィダは、確かに東大陸に詳しく、この大陸出身者であることを証明していた。彼女が言うには、このことをなかなか言い出せなかったらしいが、イサたちにとってはありがたいことなのでもっと早くに言ってほしかった。
 現在、イサたちが立っている場所は山の中だ。キメラの翼を使用し、リィダが住まいとしていた山へと一瞬で飛んできた。
「直接エシルリムへは行けなかったの? リィダ、行ったことあるんでしょ」
 そう、山の中なのだ。エシルリムではない。彼女は当然エシルリムに行ったことがあるはずだったから、わざわざ山の中ではなくエシルリムへ飛べるはずだ。
「いや、その……こっちの方が想像しやすかったもんすから……」
 聞いて納得した。つまり、エシルリムの地をよく覚えていないのだ。目的地の周囲を強く思い描かないとルーラの魔法は成功しない。キメラの翼も同じである。魔道士の経験がある割には、リィダはそこまで記憶力が良い方ではないらしい。
「道順は覚えているっす! 行くっすよ、皆さん」
 かくして、リィダを先頭にして歩くという珍しい行動に出たのであった。


 山を下りて抜けた途端、北の方角に巨大な建物があるということがすぐに解かった。巨大、というよりも、塔のようなものが高く聳え立っている。リィダの話によると、エシルリム城は塔のような形をしており、遥か天空をも突き抜けるほど壮大なそれは、ウィードとはまた違う美しさを見せるのだとか。
「ところで、あの穴はなに?」
 街道の脇は平原が続いているのだが、そこかしこに奇妙な穴が存在しているのだ。モグラが土の中へ入っていった跡のようにも見えるが、それにしては大きすぎる。
「あぁ、リザードマンが隠れていたりするっす。巣穴みたいなもんっすよ」
 彼女の口調からすると、どうやらエシルリム地方では当たり前のことらしい。だが、リザードマンはそれなりに凶暴かつ好戦的な魔物のはずだ。街道の脇に、しかも大量に住んでいるとなると危険ではないだろうか。
「でもおかしいっすね。こんなには多くなかったような……」
 最初はいつもより多いな、とくらいにしかリィダも思っていなかったのだろう。エシルリムに進むにつれて、だんだんと顔色が悪くなる。その理由は、リザードマンたちの巣穴の数だ。明らかに、異常なほど多すぎることに気付き、今更ながら他の皆に注意を促した。
「気をつけて進んだほうが良いみたいっす」
「あはは〜♪ もう遅いみたいだねー」
 それを否定したのは、意外にもホイミンであった。
「え――?」
 どういうことか聞き返そうとしたイサは、すぐに顔色を変え、手にある飛竜の風爪を確かめて周囲に気を配った。
 ムーナが懐から魔龍の晶杖を取り出し、ラグドが地龍の大槍を召還する。
 それからしばらく待った。相手もこちらの出方を伺っているようだが、所詮は魔物。己の破壊衝動に耐え切れずに、もう待てないとでも言うように無数のリザードマンが襲いかかってきた。
 リザードマンは青い肌に鎧と兜と剣と盾と……一通りの武具を身に着けた半竜人の魔物である。二本の足で立ち、左右の手を駆使して剣と盾を使う。魔物の中ではあまり戦いたくないほどの実力がある相手だ。
 そのリザードマンの数は、数える気にもなれないほど多い。
「いくらなんでも多すぎよ!」
 どこにこれだけが潜んでいたのだろうと疑わしくなるほど、その数は圧倒的であった。正確ではないにしろ、軽く見ただけで五十匹はいるのではないだろうか。
「『風連空爆』! ――『風牙・連砕拳』!!」
 イサが四,五匹を一気に吹き飛ばし、身体の向きを変えて別方向から迫ってきたリザードマンを六打撃で沈める。
「風の精霊さんたち! ちょっくらあたいらを守り、あいつら吹き飛ばす息吹を具現化してちょうだいな――バギマ=I」
 広範囲のリザードマンに真空渦の竜巻が直撃するが、それで動けなく者よりも、ただダメージに怒り狂っただけのリザードマンの数の方が多い。ヒャダルコで相手の動きそのものを封じるべきだったかな、と今更ながらに後悔するが、そんな暇はない。ムーナは次の呪文を唱えるべく、精神を集中させた。
「岩砕槍!」
 地龍の大槍による目にも留まらぬ五連突き。それは一突きに一匹を確実に葬り、ラグドの周囲にはリザードマンの死体が一瞬で五つも作られた。集団戦にも慣れているが故に、彼が最も活躍しているようだ。
「キラパン! 『ガンガン行く』っす!」
 主人(マスター)であるリィダの言霊により、キラパンは普段以上の力を得る。疲れや恐れを忘れ、ただ戦うための力が体中に漲る。雄叫びを上げ、すぐさま炎の息を吹きかけた。吐き出された炎は、リザードマンたちを確実に燃やしていく。竜族であるリザードマンだが、意外にも炎に弱いらしい。
 イサたちは善戦していた。多少の傷ならば、ホイミンがすぐに回復してくれたのだが、やはり相手もホイミスライムを標的にし、彼を守りながらの戦いになる。それでいてもリザードマンたちの息の根を確実に止めていっているのだが、一匹倒すころには三匹ほどがどこからか増えており、いくらイサたちが強者揃いとはいえ相手の数が多かった。
 ホイミンを中心に少しずつ密集しつつ、ムーナは、普通の魔法なら皆を巻き添えにしてしまう、と判断するほど互いの距離が近かった。そのため、彼女は接近戦用の魔法剣を使用しての戦闘となった。それでも尚、やはりというべきか相手の数が多すぎる。気付けば、最初の倍くらいになっていた。


 イサたちがリザードマンと戦っている場所から少し離れた街道を、四人の魔道士がエシルリムの方向からやってきていた。全員が似たような魔道のローブを纏っているが、そのうちの一人は金色の髪を一層美しく見せるような賢者の杖を持ち、もう一人は神聖の杖を持っている。他の二人は素手なのか、武器らしき荷物は持っていない。ただし、そのうちの一人は胸に何かの勲章のようなものをつけており、額に輝く知識の(サークレット)も立派なものだ。
「リーダー。前方にリザードマンと戦っている冒険者らしき集団がありますよ」
 最初にイサたちに――というかリザードマンの群に気付いたのは金髪の、賢者の杖を持っている女性だった。
「ん……そうだなぁ」
 答えたのは、一行の中で唯一勲章をつけている男。どこか幼な顔をしているが、これでもこの集団のリーダーであるらしい。
「いや、そんなのんびりしていいのか? なんか、そこら中のリザードマンが寄ってたかっているようだけどなぁ」
 リーダーののんびりっぷりと大して変わらず、事態を告げる口調はやたらと軽い。素手の男は、言った後に欠伸をかきつつ武器を召還した。マジカルメイスの調子に手を慣らせるかのように二,三度その場で振り回す。
「まぁリーダーの気持ちもわかるよ。日常茶飯みたいなもんだし。助かる奴は助かる、助からない奴は助からないってやつ」
 最後に言ったのは、神聖の杖を持った女性。
「なぁ、やっぱりそのリーダーっていうのやめてくれないか?」
「では隊長ですか」
 金髪の女性がやんわりと微笑みながら首を傾げる。
「それも嫌だな……」
「でも仕方ないっしょ。王様からリザードマン討伐隊の任命を受けたんだし」
 からかうように肩をすくめて、男はマジカルメイスを片手で持て余すように振り回した。
「僕は今まで通りが良いんだよ」
「それじゃ行きましょうよ。アールス」
 神聖の杖を持った女性に言われて、彼らのリーダー、アールスはやっと頷いた。
「やっぱり名前の方が気楽でいいな。よし、『マナ・アルティ』突撃だ!」
 アールスの言葉に、全員が応えた。


「いくら倒してもキリがないじゃない! リィダ、これがエシルリムでは当然なの?!」
 文句を言いつつ、イサはリザードマンの剣を片手の爪で受け止め、もう片手で鎧ごと貫く。
「こんなはずじゃないっすよぉ!」
 もしかしたら彼女の不幸の一つになるのだろうか。泣きながら訴える。
「これじゃキリがないねぇ……」
 魔道士であるムーナは体力が乏しく、既に息が上がっている。ホイミンがすかさず回復魔法をかけるが、傷は治っても体力までは回復しない。多少は楽になるものの、それこそ気休め程度のものだ。
 リザードマンは増える一方、こちらは集中力や体力が削られる一方。さらにリザードマンは筋力倍増呪文(バイキルト)守備力減退呪文(ルカナン)という厄介な魔法をも使い、一撃でも直撃したら致命傷になりかねないほどの威力になっていた。
 リザードマンたちの鳴き声は重なり、四面から――いや八面方向からそれは聞こえる。まるで呪詛の歌を聞いているようだ。
しかし、もうダメかもしれないと誰もが思った時、リザードマンたちの動きが変化する。
 魔物の攻撃が、ことごとく空振りになったのだ。一部ではいきなり眠りこけているものさえいる。誰かが幻惑呪文マヌーサと睡眠魔法ラリホーマを使ったようだが、ムーナではないようだ。
「これは!」
 その範囲は次第に広がり、魔物たちも何が起きたのかと警戒して動きを止めた。
「おーい、そこから離れてこっちに来なー」
 呼びかけながら走ってきた男は、マジカルメイスを振り回してまだ正常状態にあるリザードマンたちを威嚇する。
「あなた達は……?」
 彼の後ろには、他にも三人の魔道士のローブを纏った人間がいた。それぞれ武器を持っている所を見ると、冒険者なのだろうか。ともかく相手を疑うにしても、いきなり攻撃を仕掛けくるリザードマンよりは信用できる。すぐさまイサたちはリザードマンたちからの包囲から抜け出した。
「オッケーオッケー! あとは俺たちに任せな」
 イサたち全員が自分の後ろに行ったことを確認するなり、マジカルメイスの先端に手を置いて彼は魔力を集中させた。
「眼に見えぬ重力の精霊たちよ 我が思いのままに 標的なる魔たちの進攻を防ぐ足枷となれ――ボミオス=I」
 鈍足呪文と呼ばれるボミオスの鈍い光に照らされて、リザードマンたちの動きが遅くなった。中にはその場に座り込んでいたりもする。ボミオスの効果は、信じられないほどの数に影響していた。
「よぉし、まずはこんなもんだな」
 役目は終わりとでもいうかのようにマジカルメイスを消して、彼も後退を始める。
 その先には、胸に勲章をつけ、額には知識の兜を装備している男が見たことのない杖を構え、その隣には美しい金色の髪をした女性が賢者の杖を構えていた。
「ご苦労様ぁ。あとはアールスとレヴィナに任せなよ」
 マジカルメイスを持っていた男に声をかけたのは、神聖の杖を持った女性である。
 どちらがアールスでどちらがレヴィナか。名前からして、男がアールス、女性がレヴィナだろうとイサは判断した。他の皆も同じらしい。そして驚いたことに、魔法は使えないイサでさえ圧倒されるほどの魔力がそこで渦をまいていた。
「破壊の精霊 大気の精霊 爆炎の精霊 全てを無の荒野へと還さんとする この世ならざる精霊たちよ
 破壊 破壊 また破壊 全てを打ち砕く鉄槌となりて 魔を持ちて魔を砕かん――」
「灼熱の精霊 紅蓮の精霊 煉獄の精霊 紅き閃光は悲しき定め 打ち震える涙はその焔を持ちて蒸発せん
 焦熱 熱傷 光の火 燃え盛る叫び 天をも焦がせ――」
 アールスとレヴィナと呼ばれた二人が、歌うように詠唱していく。いや、歌うようにどころか、歌そのもののようにすら聞こえる。まるで吟遊詩人が謡う英雄譚(サーガ)を聞いているようだった。リザードマンたちの鳴き声が奏でる歌に比べたら、この歌はなんと心安らぐ歌なのだろうか。
 二人の詠唱は完成し、二人の魔力は溶け合うかのように一つになり、更なる力を得て、そして打ち出される。
「「壊せ 燃やせ 全てを滅する力となれ――イ オ ラ ゴ ン=I」」
 二人の声が重なり、イオナズンとベギラゴンの合成魔法はリザードマンたちを瞬時に消し飛ばしていった。破壊の爆発と紅蓮の灼熱。魔法の効果範囲も広く、また威力も絶大だったがために、生き残ったリザードマンもさすがに身の危険を感じたのか逃げ出していった。

「ありがとう、助かったわ」
 生き残った全てのリザードマンが逃走するのを見て、ようやく一息がつけてまずは助けてくれた冒険者たちに礼を言った。
「こっちは仕事だからね。気にしなくていいよ」
 そう言ったのは、最初にボミオスを使った男性である
「仕事?」
「そう。この付近で、リザードマンが異常繁殖していてさ。それの原因を調べるなり、ここらのリザードマンを駆逐するのをエシルリム国王から直々に言い渡されたんだ。魔道士だけの冒険者チームに任せる王様も王様だけど、引き受ける俺たちも変人ってわけだな、うん」
 自らや国王を変人呼ばわりする男の発言に、相手の様子を疑り深くうかがっていたラグドがはたと思い出す。ムーナも同様に何か思い当たるものでもあるのか、口を開こうとした。とはいえ、ラグドと同じ内容だったために、彼が先に言ってしまって結局黙ったのだが。
「魔道士だけの冒険者ということは……もしや貴公らは『マナ・アルティ』では?」
「お、もしかして俺たちって有名?」
「えぇ!? 『マナ・アルティ』って、あの『マナ・アルティ』?!」
 気付いていなかったイサが驚き、つい声を荒げてしまった。
 『マナ・アルティ』といえば東大陸一番の冒険者チームと噂されており、その話は北大陸のウィードにまで伝わっている。有名な冒険者の名前はよく耳にするものの、イサはこうして実物に出会うのは初めてのことだった。
「それで、俺らがいざ行動に出た矢先、君たちがリザードマンに襲われていたってわけ」
「喋りすぎだぞ、ルナクロズ」
 ルナクロズと呼ばれた男に注意したのはアールスだ。隣にはレヴィナが控えている。
「余計な事を言って、他人を巻き込んだりしたらダメなんだからね」
 神聖の杖を持った女性が補足するかのように言う。
「えぇー。でもさレムティー、あれだけのリザードマンに囲まれて生き残っていたんだ。協力してもらったら、かなり楽になると……」
「無関係の旅人を巻き込むものじゃないでしょー!」
 レムティーの強めの語気に、ルナクロズは子供のように口を尖らせて黙った。
「悪いが、聞かなかったことにしてくれないか」
 仲間内での話題は終了したのか、アールスはイサたちに話しかけた。
「え、えぇ……」
 いつもなら協力を申し出ていたかもしれないイサは、曖昧ながらも彼らの要望に応える。
 そもそも、リザードマンの異常繁殖というのはエシルリムの問題だろう。いくら冒険者としてこの地に来ているとはいえ、国問題に別国の王女が介入するのは好ましくないうえ、自分たちにも使命というものがある。さすがのイサも、事の大きさが分かっているだけに、彼ら自身が助けを要求しない以上は関わるつもりはなかった。
「しばらくはリザードマンたちが襲ってくることはないはずだ。何ならエシルリムまで一緒に行ってもいいのだけれど」
「いいえ、わざわざそのようなことは……」
 別に相手が他国の要人でないとはいえ、有名人には変わりない。イサがつい畏まってしまったのも、彼らが東大陸で一番の冒険者と噂されているからかもしれない。
 しかし、断っても相手の性分なのか、せめて転移魔法でエシルリムまで一気に送ってくれるらしい。普通に歩けば三日ほどの距離らしいが、彼らの魔法を使えば数瞬で移動が終わるとの事だ。早く着くに越したことはないうえ、東大陸最強の冒険者の親切心を断るのも気が引けるのでイサたちはそれに甘んじることにした。
「まあ、ともかく気をつけなよ」
 それは定型な社交辞令のようにも思えたが、どこか含みのあるような言葉にも聞こえた。
 彼らはリザードマン異常繁殖の原因を追究するために、街道とは離れた場所へと向かうらしい。
 ここで、イサたち『風雨凛翔』と『マナ・アルティ』は一時の別れを告げることになる。


「『マナ・アルティ』か……かっこよかったねぇ」
 エシルリム領内に入り、ようやく安心したと思ったら今更ながら興奮してきたらしい。
「ウチも初めて見たっすよ。エシルリムを拠点として活動をしているとは聞いたことあったんすけど、エシルリムは広いっすからね。なかなか会えるものじゃないっす」
 エシルリム地方の出身であるリィダでさえ、『マナ・アルティ』を見たのは初めてらしく、彼女はイサと共にはしゃいでいた。
「さすがに魔道士だけで名を馳せるだけはあったな」
「全くだよ。アタイもまだまだだねぃ。あの中の誰かと一対一の魔法対決をやったとして、勝てる気がしない」
「それほどだったか」
「それほどだったよ」
 イサとリィダがはしゃぎながら先頭を歩くのを見やりながら、ラグドとムーナは喋りながらも周囲の様子を伺っていた。
「すごかったよねー♪ バーンってなって、ドーンってなって、ドッカーーンって!」
 ホイミンが自らの触手を盛大に使ってイオラゴンの再現をしようとしているのだが、さすがに表現には限界があり、むしろ可愛く見えた。
「耳鳴りがしたけどな=v
 キラパンの言葉はリィダのみに聞こえた。動物系の魔物である彼は、人間よりも耳が良いらしい。確かにあの爆発は死人も目覚めるほどの轟音だったため、キラパンにとっては一種の苦痛だっただろう。

 一行は街中を進み、やがて全員がそれを見上げた。
 遥か天空をも突き抜けるほどの高層塔。山を下りた時に見えた正体はこれなのだろう。
 エシルリム城の壮大さは、確かにウィード以上だ。
「うわぁ。高いねぇ」
 天辺が見えないどころか、低い雲に覆われてすらいる。どうやって最上階に行くのか、もしこれが階段だけだったならば気が滅入ってくる。しかし、エシルリム城の中には、魔力で動く自動移動装置(エレベーター)があるのだという。風魔石を探求に来たものの、せっかくここまで来たのだから噂に名高いそれを見るなり使用するなりもまた一興。
「それじゃあ行こうか」
 はりきって城の中へ入ろうとしたが、衛兵によって引止められてしまった。
 二人の衛兵は物々しい槍で道を塞ぐ。それ以上近づいたならば攻撃するという意志だ。
「え……」
 エシルリム城の門は基本的に開放されているとのことだったので気軽に入ろうとしたのだが、衛兵の様子を見る限りはその噂は全くの逆である。
「現在、警戒態勢にあるため入城は何人なりとも通すわけにはいかない」
「警戒態勢って?」
「旅人には関係のないこと。引き返すがよろしかろう」
 衛兵たちはイサたちを睨みつけ、そこから退く気配を見せない。他国の王女と知ればもしかしたら相手の対応も変わるかもしれないし、城にも入れるかもしれないが、王女という立場を利用するのはそれこそイサが最も嫌っていることだ。それにここへは冒険者『風雨凛翔』として訪れている。安易に自分が王女だとは知られたくもない。
「仕方ない。日を改めるしかないね」
 ムーナが淡々と言ったので、イサも事の追求を諦めた。
「でもこれからどうしたもんかねぃ?」
「あ、ウチの師匠でも探してみるっすか」
 ムーナの問いも最もで、彼女のためならば何でもするようなリィダがすかさず案を出す。いつもこれくらいなら嬉しいのだが。
「そういえばリィダって最初は魔道士志望で、誰かを師事していたんだよね」
 イサは初めて彼女に会った日のことを思い出していた。あの時の話には少ししか出ていないが、確かリィダはその師匠から逃げ出してきたのだとか。
「そうっす。エシルリムに住んでるはずっすよ、ラキエルペルって人なんすけど……」
 リィダのその言葉で、仏頂面だった衛兵たちの顔色が一瞬にして変わった。
「ま、待て! 貴様、ラキエルペルと言ったな?」
 物凄い剣幕で迫られ、リィダは言葉にできず、ただコクコクと必死に頷いた。あまりの恐怖に泣き出してしまいそうだったが、それよりも早くその衛兵は「そこで待っていろ!」と一言怒鳴ると城内へ駆け込んでいってしまった。

 そして待たされること十数分。
 先ほどの衛兵が慌てて戻って来たが、その顔はまるで他国の要人に無礼を働いたかのような罪悪感が見て取れた。
「申し訳ありません! すぐに城内へご案内します!」
 ついさっきとまでとは全く違う態度を疑い、その混乱に追い討ちをかけるように衛兵は言葉を続けた。
「ご無礼お赦しください、守護神リィダ様」

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