41.風磊盗難


 案内された部屋はおそらく客室でも豪華なほうだろう。ウィード城にある、最高の客室と比べて大差ないほどだ。強いて差を言うなら、窓から見える景色だろう。エシルリム城は塔のような形をしており、その高さは天空を突くほどだ。自動移動装置に乗ったので、どれくらいの高さまで登っているかは実感できないものの、それは外の景色が教えてくれる。
「なんだか、天空人になった気分だね」
 イサは色々な英雄譚(サーガ)を読んだりしているため、多くの捏造された逸話を知っていた。その一つに、遥か天空に浮かぶ城に住む天空人というものがあるのだが、イサはまるでその天空城の一室にいるようにさえ感じた。
「だけどさ……」
 少し窓の外の景色を楽しんだ後、イサは視線を転じさせた。他の仲間も、同じ方向に視線を向けている。その先には、毛皮の外套を着た一人の女性。
「どういうこと、リィダ?」
「ウチにもわかんないっす〜!」
 リィダは泣きそうになりながら、むしろ目の端に涙を滲ませながら叫んだ。
 守護神リィダ。衛兵は間違いなくそう言って、扱いもまさにどこぞのお偉いさんを相手しているかのようだった。しかしリィダ本人には心当たりなどなく、いきなりこのような事態になって混乱している。
「ラキエルペルって人の名前を出した途端に衛兵たちの顔が変わったよねぇ。そんなに有名なのかい?」
「うぅ……そんなはずないっす。もともとウチが冒険者になりたてのころ、ギルドに斡旋してもらった魔法の師匠がラキエルペルって人だったんすけど、多少の実力がある程度で、国が騒ぐほどじゃなかったっすよ」
 もしかしたらリィダがエシルリムの地を離れた数年の間に何かが起きたのかもしれない。ともかく、ここで何かを推測しては否定しあるいは確信が得られず、何もわからずに時が進んでいった。真実を知るにはラキエルペルという人物本人に会ってみるか、国王に会うしかないだろう。
 ここに案内してくれた衛兵は、エシルリム王への謁見の準備のために、ここにいてほしいと言っていた。事情を知っているだろう人物の一人とは確実に会えるのだ。その場にラキエルペルがいる可能性も否定できないので、結局は待つことが今の謎を解決してくれるはずだ。
「これで人違いとかだったらどうなるんだろうねぇ」
 ムーナがおどけた口調で言って、リィダの肩をぽんと叩く。冗談のつもりだろうが、リィダにとっては死活問題のように肩を震わせた。守護神などという大層な身分に間違えられ、勝手に偽ったことにされたりでもしたら、処刑されるかもしれない、とでも考えているのだろう。
「準備が終わりました。ご案内します」
 エシルリムの兵士が、扉を開けて入ってきた時、リィダはもう限界とばかりに泣き出しそうになっていた。


 待機していた客室よりも更に上階にあるのだが、最上階というわけではないようだ。とはいえ、さすがに玉座の間だけにあって、至る所に美しい装飾が施されている。そのほとんどが魔法に関する、何かしらの魔力の働きをする紋様だということに気付いたのはムーナ一人だけだ。
「おぉ、よくぞまいった」
 エシルリム王――クレイバークが歓喜に溢れて言葉を洩らした。
 玉座に座るエシルリムの王はまだ若く、年代はラグドと同じくらいではないだろうか。ベンガーナ王や自分の父スタンレイスくらいしか『王』を見たことがないイサにとって、このことは驚きであった。ただ若いだけではなく、端整な目鼻立ちは精悍さに溢れていた。夕日に向かって砂浜を走っているのが似合いそうだ。
「……王様の隣にいるのがラキエルペル。ウチの元お師様っす」
 最初に目が行くのは、その豪奢な服装だろう。むしろエシルリム王よりも豪華で、それでいて悪趣味なものだ。しかもその服装を除けば、威厳のかけらも感じられないどこにでもいそうな中年男性なのだから滑稽に見えて仕方がない。
 他に玉座の間にいるのは、重鎮であろう臣下が数人。
「これで我が国の念願がついに果たされるのだ!」
 まるで演劇を間近で見ているかのような声だ。若いというだけで済ませるには、この王は元気すぎる。
「そのことで質問があります。守護神というのはどういうことでしょうか。本人は心当たりがないと言っておりますが……」
 全員を代表してイサがクレイバークに質問をする。彼女の言葉に、リィダが必死に何度も頷いた。
「それはわしが話そう」
 ラキエルペルが一歩進み出た。
「お師様……」
「久しいな、リィダ。わしはつい最近、宮廷魔術師としてエシルリムに仕えることになったのだよ」
 口の端を持ち上げてラキエルペルは笑った。どうも好感を得そうにない笑みだ。
「それで、だ。エシルリムはここ数年、とある封印魔法の研究を進めていた」
 魔王ジャルートが勇者ロベルに倒される前の時代。魔王の居城があるダークデス島はエシルリムと同じ東大陸に存在し、とうぜん魔道国家として知られるエシルリムは攻撃の集中を受けた。だが強力な魔法兵団を擁していたエシルリムは、幾度の襲撃にも打ち勝って見せた。とはいえ、さすがに無傷とはいかず、兵団の人数は減るばかり。
 活路を見出すため、もしくはエシルリムが魔王を倒すために、伝説の魔法を使おうとしたのだ。しかしその魔法の研究は困難を極め、ついに勇者の手によって魔王が倒れる時までに解明することはできなかった。伝説魔法の研究は、凍結はせずとも緩慢な速度で進んでいた。
「しかし、魔王は復活した」
 さすがに同じ大陸の国だけあって、その事実を受け止めているようだ。それでなくても、魔王が西大陸ウエイスに現れたという噂を聞いたことがある。
「そのために、魔を封ずるための封印魔法の研究が再び急速化したのだ」
「ラキエルペル殿は多くの資料を提供し、我が国の研究に貢献してくれた。おかげで封印魔法の解明も、一気に進んだ!」
 語られずにはいられない性格なのだろうか、説明を買って出たラキエルペルの言葉にクレイバークが補足するように言った。
「そしてついに、封印魔法の解明まで後一歩というところまできたのだよ」
 しかしその一歩が問題であった。
 その封印魔法が記された魔道書を頼りにあらゆる準備を済ませたものの、一つの存在が足りなかった。
 その存在が、守護神というわけだ。
 しかし守護神というものが、具体的には何のことだかわかるはずもない。
 ラキエルペルは毎日、神に祈りを捧げた。魔道士ではあるものの、僧侶の経験もあるのか、やがて祈りは届き、神の啓示が下された。それがリィダ=アシュリルの存在だったのだ。
「だけど、守護神と言われても何をすればいいのか……」
 事の成り行きは大体わかったのだが、今度は役目がわからない。リィダは意見を求めるように元師匠の顔を見上げた。
「心配するな。守護神はただその場に佇むだけでいい。お前は何もせずに、ただ封印魔法の復活を見るだけでよいのだ」
「そんなもんでいいんすか?」
 大層な名前の割に、やることは特にない。このことに拍子抜けしたのか、リィダはつい疑ってしまった。
「うむ。魔法復活までこの城に留まるようお願いしたい」
 守護神の話は終わったのか、クレイバークが話題を打ち切る。
「さて、守護神殿をここまで導いてくれた護衛たちにも何か褒美を渡そう」
 一瞬、誰のことかわからなかった。しかしすぐに自分たちのことだと気付いて、曖昧な愛想笑いを浮かべた。クレイバークは、イサたちのことをリィダの護衛と思い込んでいるのだ。身分を差別化されたようだが、この国にとってリィダはそれほど貴重な存在なのだろう。
「エシルリム王。実は、我々はある物を求めてこの魔道国家へやってまいりました」
 一同を代表してイサが口を開いた。わざわざリィダの護衛ではない、と主張するのではなく、どうせ褒美を貰えるのならば風魔石の情報をこのまま得た方がいいだろう。
「ある物?」
「はい。『風磊』が一つ、風魔石なるものがエシルリムの地にあると聞き……」
 途端に、クレイバークの顔色が変わった。他の重鎮たちも困惑したようにざわめきだす。
 もしかして何かまずいことでも言ったのだろうか、と焦りを隠せずにイサは言葉を途中で切ってしまった。
 それに気付いたクレイバークが他の者を沈めるように咳払いをした。
「ううむ。たしかに風の精霊力を感じる魔石はこの国に在った」
 おそらくそれが風魔石だろう。ベンガーナ王が悪魔神官アントリアから聞いたという情報は、どうやら間違いないらしい。だが、重鎮たちのざわめきといい、クレイバークの困惑顔といい、なにかがおかしかった。
「在った、と申しますと……?」
「……今、この城が警戒態勢中であることはご存知かな」
「はい」
 それで最初は、城に入れなかったのだ。知らないはずがない。
「実は先日、宝物庫に賊が侵入してなぁ……。いくばかりの宝石と、魔法の宝物が盗まれてしまったのだ」
「まさか……!」
「そのまさかだ。風魔石とやらも、盗まれてしまった」


 エシルリムは塔城を中心にして街が広がっている。その北通りを、イサたちは馬をつれて歩いていた。
「風魔石が盗まれているなんて思ってもいなかったねぇ」
 簡単に在り処が分かったと思ったら、盗難事件である。エシルリムは魔道国家として知られ、その宝物庫は厳重な魔法の鍵が施されている。それを掻い潜って宝物を盗み出すとは思っていなかった。イサの言葉に全員が頷くほど、誰もが同じ思いだ。
「でもさ、取り戻したらそのまま自分たちのものにしていい、なんて太っ腹だよねぃ。馬だって提供してくれたし、アタイはあんな王様好きだよ」
 風魔石を盗んだ犯人の目星はついていた。
 クレイバークの話によると、エシルリムから北の、シャンパーニの砦という場所を根城にしている盗賊カンダタの仕業の可能性があるという。むしろ風魔石が盗まれる際に、カンダタという男が宝物庫からそれを持って逃げ出すのが目撃されている。
 そのため、少しでも移動を早く行えるように、と馬まで用意してくれたのだ。また、リザードマンに襲われないように、とも聖水も預かっている。
 イサは一応、馬術も習っていたがその身長の低さのためになかなかと合う馬に巡り会うことは出来ない。ここエシルリムでも同じ事が言えて、結局イサはムーナが操る馬に乗せてもらうことになった。魔道士なので馬には乗れないと思えた彼女だが、意外と『風を守りし大地の騎士団』の中で馬術の成績は上の方らしい。
「また四人になっちゃったねぇ〜♪」
 ホイミンはラグドにつかまっていくことになっており、リィダとキラパンはお休みだ。エシルリム王が勘違いしていることもあって、彼女は城に留まることを強く要請された。
 そのため、風魔石奪還は当初の『風雨凛翔』のメンバー、イサ、ラグド、ムーナ、ホイミンということになったのだ。
「……随分と活気付いているな」
 周囲に視線を漂わせていたラグドがぽつりと呟いた。ムーナだけはその声に気付いて、口の端を持ち上げた。
「そりゃそうさ。国全体の願いだったんでしょ、封印魔法の復活。街の皆も、あと少しで何かが起きるって感じ取ってるのさ」
 エシルリムはもっと落ち着いた所だという噂とは裏腹に、ラグドの言うとおり国全体が祭りをやっているようだった。具体的に何が何をしているから、というわけではなく、雰囲気そのものが、だ。
「封印魔法、か……。知っているのか」
「うん、一応ね。確か……魔を滅する、聖でも邪でもない無の魔法『マジャスティス』。沈黙魔法とは違って、その場にある魔力そのものをその場所から消し去る……だったはずだよ」
 伝説の究極魔法マナスティス。それと対を成す魔法マジャスティス。前者は術者の肉体を魔の存在に変えるという危険極まりない魔法だが、後者は確かに復活できれば魔に対抗するには最強の武器となり得る。あらゆる呪いや魔法を打ち消し、魔物から魔力を消し去る力も持っている。魔力を消された魔物は、ただの動物になるのだとか。
「マジャスティスか。……お前は使えるのか?」
 ラグドの言葉に、ムーナは呆れ顔を作る。
「あのねぇ、無茶を言うんじゃないよ。そんなに簡単に使えるなら、魔道国家として名高いエシルリムが国の総力あげてまで復活の解明をしたりなんかするわけないじゃん」
「そうだろうな」
 ラグドが苦笑を浮かべ、今更ながらムーナは彼にからかわれていたことに気付いて、意地が悪いねぇ、と頬を膨らませた。
「相手がイサだったらそんなことしないくせに……」
 ぶつぶつとムーナが文句を言う間に、いつしか街を抜けて北の街道に出ていた。さすがに街中で馬に乗るのは他の人間に迷惑がかかるから、とエシルリムを抜けるまで徒歩だったのだ。
 さっそくそれぞれの馬に跨り、さらなる北を目指す。
 いざ行かん。目的地はシャンパーニの砦。敵は盗賊カンダタ。取り戻すは、風魔石。


 普通に歩けばだいぶ時間がかかっただろう道のりは、半日で辿り着くことが出来た。
 貰った聖水のおかげか途中でリザードマンに襲われることも無かったので、シャンパーニの砦についたころには少々拍子抜けしたくらいだ。
 既に星空が見えており、周囲は夜の闇に覆われている。その闇の中にひっそりと佇むシャンパーニの砦は、『砦』というにはだいぶ手入れがされていなかった。かつては魔法の儀式に使われた地、と聞いてはいたが、それも随分前の話らしく、今では盗賊が住み着いている。その盗賊こそ、風魔石を盗んだ犯人カンダタである。
「本当に風魔石を盗んだかどうかはともかく、誰かいるのは間違いないみたいね」
 イサが見上げる先。砦の奥は、ぼんやりと明るかった。魔法的な光ではなく、人為的は松明などによる焔の光だ。
「どうする?」
 適当な所に馬を繋いで、ムーナが魔龍の晶杖を取り出しながら聞いた。それは、もう答えを聞かずともイサが何を言い出すか分かっているうえでの行為だ。
「正面から行く!」
 やっぱりね、とムーナは肩をすくめた。誰かこの砦の内部に詳しい者がいるわけでもなし、今の所、それしか方法はない。
「魔法の鍵で保管されていた宝物を盗み出すほどなんだ。充分注意しなきゃねぃ」
 とはいいつつ、ムーナはあくびをひとつ。集中力が足りん! とラグドに小言を言われてしまった。
「とにかく、行きましょう」
 本当に何も考えず、イサは砦に入り込んでいった。
 砦の内部は所々に篝火が配置されており、人気の無い夜でも歩きやすい。
 魔法の儀式に使われていた割に、そこまで複雑な構造はしておらず、『風雨凛翔』の一行は最奥であろう大部屋へいとも簡単にと辿り着いた。
「なんだぁ、お前さんは?」
 そこに、一人の男が座っていた。
 男は整理された宝の山に囲まれて、むしろその宝の一つであるかのように、宝物の中心にある宝箱に腰掛けている。
「あなたが、カンダタ?」
 イサが聞いたのは確認のためであるものの、あまりにもその男が意外だったからだ。名前や行動からして、もっと凶悪なやつかと勝手に想像していた。そしたらどうだろう、今イサたちの目の前にいるのは優男風の、少年か青年と言っていい年代の男である。
 頭には深緑色のターバン。上半身は裸の上に黒い上着を着ているのみ。身軽そうな格好をした青年は、間違いなくイサの問いに軽く頷いた。
「いかにも。オレ様が大盗賊カンダタよ」
 それの弟子です、とでも言ってくれればまだ信用できた。せめて、エシルリム王に人相でも教えてもらっておくべきだったと今更ながらに後悔するがもう遅い。
 イサがためらった理由は他にもある。カンダタは、何をしているわけでもなくそこに座っていた。まるで、自分たちが来るのを待っていたかのようだった。
「風魔石を盗んだのも、あなたなの?」
 彼は言葉で答えず、宝の山の中からあるものを取り出しイサたちに見せ付けた。
 形状は、今回はウィードに置いて来た風神石と全く同じもの。違うのはそれから発せられる雰囲気だ。風神石は名の通り神々しいものだが、それはどちらかというと魔を思わせるもの。間違いなく風魔石だろう。
「こいつを探しているんだろうが、まだ渡せないね。オレ様が受けた依頼は済んでいないからな」
「依頼?」
「あぁそうよ。依頼さえ果たせば、こんな石っころ、欲しけりゃくれてやるさ」
 風磊を石ころ呼ばわりするカンダタだが、確かに使い道を知らなければただの石ころと何ら変わらないものだ。
「風魔石を盗め、なんてことを誰が依頼したのよ!」
「そいつは依頼人の秘密を守るオレ様の口から言えないね。まぁでも、誰かが追ってくるとは予想していたが、見たとこエシルリムの魔法兵団じゃないみたいだな。冒険者か?」
「……そうよ」
 本来なら、盗んだ犯人の目星がついているならエシルリムの兵士がやってくるはずだ。それなのに今、ここにはイサたちしかいない。それというのも、リザードマンの異常発生や封印魔法の解明、そして侵入盗難事件と国が混乱の傾向にあるためだ。
「まぁ、オレ様にとっちゃどうでもいいことだ。しかし悪く思うなよ、理由はどうであれ、この石を求めるやつは始末しとくのも仕事のうちなんだ」
 カンダタはおもむろに立ち上がり、くるりとイサたちに背を向けて歩き出す。言っていることと行動が合っていないために、イサたちは怪訝な顔を彼に向けた。
「……もうちょっとこっちに来な」
 壁際まで歩いたカンダタがまたこちらを向いたかと思うと、ひとしきり推定するような目で見たあとにそんなことを言った。
 実力行使で取り戻すにしろ、その言葉に従うにしろ、カンダタの所までいかなければならない。
 だから、イサたちは一歩一歩、慎重に歩を進めた。
 そして、部屋の中央くらいにまで移動した途端、カンダタが手を挙げた。
「はいストップ。そこだ」
「そこって……?」
 いつの間にか、カンダタの片手は壁をついていた。そして、ゆっくり力を込めると、壁の一部がへこんだ。
 ゴウン、という音ともに床がなくなった。
「え?!」
「な!?」
「ありゃ」
 理解するより先に、重力に従って身体が落ちる。落とし穴だ。
 ホイミン一人を除いて、全員が暗い闇の底へと落ちてしまった。


「痛……。大丈夫?」
 そこまで深くはなかったのだろう。どこも折れたりはしていないようだが、身体中が焼けるような痛みに襲われていた。
「うぅ、アタイはなんとか……。ラグドは?」
「平気だ」
 鎧を着ているものの、さすがに彼だけは痛みを感じた様子はない。
「ホイミンはまだ上かな?」
 見上げると、なくなった床が元に戻るところだった。光が遮断されて、地下にあたる部屋は真っ暗になる。ムーナが照明呪文(レミーラ)を使い、なんとか互いの姿を確認できるほどにはなった。
「……イサ様……」
「うん」
 ラグドの緊張した声に、イサも真顔で頷く。すぐに気付いたのは、部屋の暗くて見えない奥から、生臭い殺気――瘴気を感じ取ったからだ。
「なにか……いる!」
 ムーナがレミーラの効果範囲を広げると、そこに佇むのは魔物が一匹。
 今にも飛び掛りそうな鋭い眼で、こちらを睨んでいた。
 鋭い殺気の元は、一匹の大型魔物。
 一匹分の巨大な獅子に、腕が四本追加された猛獣。
「アームライオン?!」
 四腕の王獣。リィダに従っているキラーパンサーと同じく、魔獣に部類される魔物だ。
「ガァァァァアァァ!!=v
 イサたちを敵とみなしたのだろう、アームライオンが轟々と吼えた――。

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