38.不幸日和


 極寒地帯エルデルス山脈の麓にある港町アショロ。夏であるにも関わらず雪が降ったため、またしばらく寒い日が続くと思われたが、今日は意外にも晴天で、いつもより暖かく感じる。珍しいほうだ。
「うぅ〜〜〜ん。むむむ!」
 集中のしすぎというか、なんというか、妙な呻き声をあげているように聞こえるのは、リィダの声である。彼女の手に光が宿り、やがて具現化し武器が召還される。イメージ通り、先端に分銅のついた鎖の鞭……チェーンクロスが召還された。
「できたっす! 『一般級』の武器、ついに召還できたっすよ!」
 知り合いには『伝説級』を召還できる人間もいるし、その人たちが現在持っているのも『龍具』の複製品だが、だからといって『一般級』を馬鹿にはできない。『下級』しか召還できなかったリィダが、一端の冒険者までに成長したのだ。ここは褒めるのが普通だろう。
「よかったねぇ」
 それを眺めていたムーナに言われて、リィダは笑顔で頷いた。
 キラパンに言われた通り、『言霊』を使っての戦闘を行い、場数を踏んだおかげかだいぶレベルアップしていたようだ。

 つい昨日動けるようになったにも関わらず、キラパンはその日に賭けバトルを再開するように申し出た。最初のうちはいつも通りでリィダの『言霊』も手伝って圧勝だったが、しばらくすると傷口がまた開いてしまった。だから強制的に一時中断し、丸一日経過したのが今である。
「それじゃあウチ、練習してくるっす!」
「毛皮の外套、間違えるんじゃないよ」
「わかってるっすよぉ」
 リィダは先日、特別製の毛皮の外套と普通の代物を間違えて地獄を見たばかりだ。早々に間違えるはずはないのだが、リィダのことだから不安になるのも無理は無い。事実、リィダが手に取ろうとしたのは武器仙人印の特別製ではなく、普通の外套だったのだから。

 そうやって町に出てきたはいいが、一言に練習と言っても良い場所がそこここにあるわけではない。そこらで振り回そうなら通行人に迷惑がかかるだろうし、木を相手にするにしても、町の公共自然を破壊したり傷つけたりしたら補導されかねない。
 とにかくまずは広い場所を、ということで近くの公園に踏み入れた。賭けバトル初日の昼休みに来た場所だ。
「さて、と」
 リィダはおもむろに雪玉を作り始めた。山育ちだから、というが関係あるのかどうかは分らないが、すぐに目的のものは完成した。二つ重ねると、自分と同じくらいの慎重になる雪だるま。これならば壊してしまっても文句は無い。
 イメージを強く持ち、集中力を高める。一度は召還できたのだから、二度目は比較的簡単にできるはずだ。問題なく、チェーンクロスが召還された。同じ『一般級』なら別に鋼の剣などでも良いと思うのだが、魔物狩人の冒険職に就いている以上、鞭系統が召還しやすくなっているはずだとムーナに教わっていた。
「よぉし……行け!」
 狙いを定めて、鎖状の鞭を操る。目標は雪だるま。周囲に人はいないので、思わぬ方向に行っても誰かが巻き添えになることはないはずだ。まだ慣れていない武器なので、すぐに命中することはないと思ってはいたものの、それよりも予想外のことが起きたのは、彼女が不幸の女神に微笑まれているからかもしれない。
「って、うわぁぁぁ!」
 チェーンクロスの先端にある分銅は、雪だるまにかすることすらなく大きく旋廻し、むしろリィダに巻きついてしまったのだ。これが茨の鞭だったら最悪だが、運よく鎖なので傷つくことはなかった。まぁ鎖でも傷がつくのだが、特別製毛皮の外套が身を守ってくれたのか、ただ動けないという状況に陥ってしまった。
「ど、どうしよう……」
 まるで逮捕されてしまったかのように、見事に両腕は不自由になり、歩くことが精一杯になってしまった。そのうえ、慌ててしまったがために、転倒。つい先日も転んだばかりなのに、これで何回目だろうか。
 雪に顔をぶつけて頭が冷えたのか、リィダは倒れたまま、おもむろにチェーンクロスを光に変えて自分の精神に戻す。すっかり忘れていたのだが、自分の武器は召還したものなのだから、消してしまうことも可能なのだ。すぐに思い出して入れてば転ぶ必要もなかったのに……。
「お母さんのバカぁぁ!」
「あぅ、確かにバカっすよねぇ……って、『お母さん』?」
 聞きなれない女の子の声に思わず返答してしまったが、すぐに自分のことではないと悟る。こんな状況でバカと言われたら自分のことしか思わなかったので無理は無いが。
「そんなことを言ってもね」
 子供が文句を言った本当の相手――母親が困った顔で困ったように言う。
「お母さんの分からず屋!」
 そう叫ぶと、女の子は泣きながら走り出す。涙で前が見えていないのだろうか、その方向にはまだ倒れたままのリィダが……。
「ふぎゃああぁー!」
 立ち上がる前に、思いっきり背中を踏まれてしまった。うん、やはり不幸である。

「いったい、どうしたんすか?」
 母親が何度も謝り、リィダの背中を踏んだ子供当人も謝ったからいいものの、こうなっては理由を聞かずにはいられない。
「実は先日、空き巣に入られまして」
「空き巣?」
「はい。それで、この子が誕生日に父親から貰ったペンダントを盗まれてしまったのです」
「現金じゃなくてペンダントっすか?」
 たとえ高級なペンダントであったとしても、普通の空き巣なら現金を狙うはずだ。
「ペンダントが目立つ所に置いてあったのです。たまたま私たちが家に帰ってきたら、その犯人と鉢合わせしてしまって、ペンダントだけを取って逃げられてしまいました……」
「はぁ、なるほど。そりゃ災難っすね。でも、明らかに空き巣と分っているなら、冒険者ギルドに犯人探しを依頼するっていう手もあるっすけど……」
 冒険者ギルドの依頼には、泥棒退治や盗品の取り返しなどという仕事もよくあることだ。こうした事件ならば、冒険者ギルドに頼むのが普通だろう。
「依頼はしているのです。でも、引き受けてくれるお方が未だ現れず。この子も、もう待てないと文句を言ってしまって……」
 それで先ほどの騒動に繋がるわけだ。
 リィダは、ペンダントを盗まれたという女の子のを見た。もしこの場にイサがいたとしたら、彼女の半分くらいの年齢だろうか。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「サン……」
「じゃあサンちゃん。その依頼、ウチが引き受けるっすよ!」
「ホント?!」
 サンの顔が一気に明るくなる。
「良いのですか?」
 母親が心配そうな顔で問う。なんだか無理やり押し付けたように感じたのだろう。
「大丈夫。これでも、一端の冒険者なんすよ」
 まだ『一般級』の武具を召還できるようになっただけで、その扱いはひどい物だが、正式にも『一般級』が召還できるようになると一端の冒険者と認められているため、嘘ではない。
「赤い水晶のペンダントで、裏にはサンへのメッセージが彫られているのです。よろしくお願いします」
 母親のほうも、依頼したのに引き受ける人が全く現れないことをもどかしく感じていたのだろう。お願いします、という言葉にはどこか重みがあった。
「(失敗は許されないっす)」
 サンのためにも、母親のためにも、自分のためにも、リィダは心の中で成功させて見せると強く誓った。


 冒険者ギルドで依頼の引き受け処理を正式に済ませ、行動開始。ギルドの方でも、最近は空き巣被害が多い、と言っていたので、サンの件が初めてではないのだろう。
 しかし行動するにしても、情報が少なすぎる。サンと母親が犯人と鉢合わせたときは、毎日決まった時間に買物に出かけ、それから帰宅してから。その時間は夕暮れ。ちなみに父親は年に二,三十回ほど帰宅する出稼ぎをしているとのこと。
 分っていることは大体これくらいだ。これだけで犯人が分るのならば苦労はしない。
 ということで、やってきましたはアショロの酒場。情報収集といえば、やはりここである。
「よぉし、行くっすよキラパン!」
 ……。
 静寂。
 ……。
「キラパン?」
 振り返った先に、キラパンはいない。今はムーナの家で安静にしているはずだ。
「え、え〜と……これはまさか」
 情に流されて、というか勢いで、というか聞いてしまったからには断れないという気があって引き受けたこの依頼。
「ウチ一人でやるっすかぁ?!」
 誰に言うわけでもなく、リィダは狼狽した。キラパンがいると思い込んでいたからこそ、易々と依頼を引き受けたのだ。せめてムーナに相談すればよかったのだろうか。いいや、自分のことでわざわざ迷惑をかけたくはない。キラパンをつれて来る、というのも無理。傷口が開いて、まだ安静にしていなければならない。
「ひ、一人でもやるっす。サンちゃんのためっす。頑張るっす。一人でできるもん、っす」
 自ら暗示をかけているようだが、後半はなんだか違うような。
 ともかく、気持ちを落ち着けて酒場を睨む。酒場を睨んでも何も変わらないのだが。
 酒場、となるとイサたちの出会いを思い出す。リィダと彼女らが出会ったのも酒場でのことだった。あの時と同じように、今は一人。とにかく、相手に足元を見られるようなことは避けなければならず、気持ちもあの時と同じようにする。
 自分のほうが強い、と相手に思わせることに成功すれば、自然と口を割る人間は少なくない。情報屋も同じようなもので、素人は相手にすらしないが、玄人にはいろいろと喋ってくれるものだ。情報料を払えば尚更である。
「行くっす!」
 気合を入れて、酒場のドアを派手に開ける。勢い良く開いた扉の音は、酒場にたむろしていた人間たちの注目を浴びるには充分だった。

「……」
 値踏みするように、酒場内を見渡す。そうして情報屋らしき人物をすかさず発見。人を見極めるのは得意なリィダである。情報屋らしき人物は、確かに情報屋だったのだから、ここまでは成功と言えよう。ただし、問題はその情報屋がいるテーブルに辿り着く前であった。
 先ほどイサたちと出会った時のことを思い出したからか、何に躓いたのか、派手に転んでしまったのである。酒場内の人間ほとんどが注目していたため、酒場内は緊張から一気に哀れみの雰囲気で満たされてしまった。本当に、こけたのはこれで何度目だろうか……。
「大丈夫かい?」
 情報屋と目をつけた男が手を差し伸べてくる。
「あぅ、どうもっす……」
「(また失敗しちゃったすぅ……)」
 鼻を押さえながら、立ち上がるのを手伝ってもらった。
「おれに用があるんだろ。金さえ払ってくれりゃ、いろいろ教えてやるぜ」
 情報屋として気楽に生活しているのだろう。思ったよりも気さくで、これならばわざわざ気張る必要もなかった。
「多発している空き巣事件について調べているっす。何か知らないっすか」
 単刀直入にリィダは用件を伝え、男は考え込む素振りを見せた後、手を差し出した。もう転んでいないのに、と不思議がることはさすがにせず、リィダは目で訴えかけた。いくらぐらいだ、と。
「……五十ゴールド」
「……」
 要求された金額を、リィダは素直に渡した。そういえば成功報酬は三百ゴールドくらいだったような……。
「こいつは風が歌っていたんだが……」
 そう前振りした後、男は情報らしい情報を語ってくれた。
 町の東にある誰も居ないはずの廃屋に、最近明かりが灯っていると。今の時期、盗賊の町シルフからの流れ者が現れてもおかしくはないと。そうした流れ者は、たいてい盗賊ギルド入門試験に落ちた者ばかりであると。ケチな野郎が多いので、小規模な泥棒まがいなことで生活しているんじゃないかと。その小規模な盗賊まがいって言えば、空き巣とか思いつくなと。そういえば廃屋には人間五人分の下品な歌が聞こえるので、風が迷惑していると。
「以上で風の歌はお終いだ。お気に召したかい?」
 それは答えに近かった。むしろ間違いないだろう。
「ありがとう、助かったっす」
 まさかこうもあっさり情報が手に入るとは思っていなかったため、リィダは追加料金として十ゴールドを渡した。男も快くそれを受け取る。
「気をつけなよ」
 酒場から出て行くリィダに、そんな言葉が投げかけられた。
「もちろん」
 言葉を返したが、その時は既に外に出て町の東を目指していた。


「んん?=v
「おや、どうしたんだいキラパン?」
 気持ちよさそうに眠っていたキラパンが急にむくりと起き上がったので、ムーナは魔道書をめくる手を休めて聞いてみた。
「……別に、なんでもない=v
 とは言ったものの、ムーナにその言葉が通じてはいない。彼女のほうも、キラパンが何かを言ったということは分っているのだが、「いや、わらないんだけど……」と言って頭を軽く掻くことしかしなかった。
「それにしてもリィダったら遅いねぇ。どこまで練習に行ったのやら……」
「…………=v


 東の廃屋、というのはすぐに見つかった。町からそう離れもいないし、隠れ家にもちょうどいい。灯りがついているようだし、まず間違いないだろう。あとは証拠を見つけて、空き巣の犯人を冒険者ギルドに突き出すだけだ。とはいえ、これが最も難しいのだろう。相手は五人、こちらは一人。キラパンもムーナもいない。
「なんとかしてみせるっす」
 盗賊崩れの可能性もあるという情報があるので、下手に中の様子を眺めようものなら見つかってしまうかもしれない。そうならないためにも、先手を打つ必要がある。まだ慣れていないとはいえ、本番には強いほうだとキラパンに言われたことを思い出し、武器はチェーンクロスを召還した。
「気高き壮麗なる氷の精霊たちよ 汝らの息吹、凍てつく刃となりて 我が敵を震わせよ――」
 忘れてもらっては困るが、リィダは転職前、魔法使いだったのだ。初歩的魔法なら多少使える。この雪の降り積もった場所なら、氷の精霊力が高めだから成功する確率も上がると踏んだのだ。
「具現せよ氷弾――ヒャド=I」
 リィダの魔力自体が弱いので魔法の威力も低めだが、ヒャドの氷の刃は窓ガラスを割り、中の人間を驚かせるぐらいにはなったようだ。すかさず、リィダは入り口から強襲を仕掛ける。
「なんだテメェは!」
 驚いた矢先に謎の侵入者である。狼狽している男を無視して、リィダはテーブルの上に置かれていた盗品らしきものを発見し、その中に赤い宝石のペンダントを見つけることに成功。男たちが体制を立て直す前に、リィダはペンダントがある場所まで走り、それを掴んで確認。裏には『我が娘サンへ 六歳の誕生日にこれを贈る』と彫られていた。
「やっぱりアンタたちが空き巣事件の犯人っすね!」
「だったらどうしたぁ」
 ようやく事態が呑みこめて来たのか、男たちはそれぞれナイフや短刀などを片手に持ち出した。誰も召還しないところを見ると、全員が魔物殺(モンスターバスター)かと思いきや、彼らの腕には紋章がない。つまり冒険者職にすらついていない、ただのならず者ということだ。そのような者たちに負けるわけにはいかない。
「冒険者ギルドに引き渡すに決まっているっすよ!」
「冒険者か……!」
 一瞬ざわめくが、相手が女一人であるということが強気になった理由だろう。
「やっちまえ!」
 一人の男が飛びかかろうとすると、全員がそれにつられて動こうとした。それよりも先にリィダが攻撃に転じる。チェーンクロスは扱いが難しい分、上手く使えば大人数を一度に攻撃できる代物だ。なんとか多人数相手にも対処できるとは言え、やはり問題があった。
「ぐふぁ!」
 五人という数の中で、全員を狙ったのにも関わらず命中したのは一人だけ。これだけの人数なのだから、むしろ偶然だろう。その上、戻ってくる分銅を取り損ね、先頭の分銅は大きく旋廻。雪だるま相手の時と同じように、自分の身体に巻きついてしまったのだ。
「わぁぁぁ!」
 急いで再召還しなければ、と慌てたのがいけなかったのだろう。
 大きく、派手に、また転んでしまったのだ。
「…………」
 運悪くリィダの一撃を受けた男以外の、他の四人は呆れた表情でそれを見下ろしていた。

「離すっすぅ! ほどくっすぅ!」
 わんわん喚きながら、リィダは男たちに訴えた。チェーンクロスで縛られているのではなく、今は普通の麻縄で縛られている。縄抜けの術なんてものはできないから、一人ではどうしようもないのだ。縛り方も相手は慣れたもので、簡単には緩まない。
「うっせーな。静かにしやがれ!」
「じゃあこの縄をほどくっすよ!」
「んなことするかよボケぇ!」
 縛った相手がうるさいからと縄をほどく人間はそういないだろうな。
 リィダの一撃を運悪く受け、気を失っていた男が、目を覚ましたのだろう。気が付けば周囲が五人になっている。
「それにしても冒険者ギルドか。最近、活動が目立ちすぎたか」
「どうする?」
「こいつが冒険者ギルドに『犯人は見つからなかった』って言わせるのは?」
「他の冒険者が来るかもしれない」
「じゃあ『犯人を見つけた』って言わせて、そこらへんの人間を犯人にさせるのは」
「お、そいつはいいねぇ」
「でもこいつにそんなことできるのかな」
「俺たちがこいつの仲間を装えばよくね」
「なるほど。そんじゃそれで決まりだな」
 口論が行われているのを、リィダは冷や汗をかきながら聞いていた。どうやら、自分の嘘をつかせるらしい。
「よぉし、んじゃ早速……」
 言いかけて、男がリィダを見下ろして黙る。
「な、なんすか。ジロジロ見て」
 男の視線はリィダの顔を見下ろしていたが、すぐにその下、胸元まで視線が下りて、その後は全体を眺めた。
「その前に、こいつで遊ばね?」
「……へ?」
「お、いいねぇ。なかなか良い身体付きしてやがるもんなぁ」
 男たちが下品な笑い声を上げる。
 さすがにリィダも、何をされるか予想はついた。
「わー! やめろっす! 来るなっすー!」
 両腕を縛られているために思うように動かないうえに抵抗もできない。
 好色なにやけた顔つきで男たちはにじり寄り、リィダは叫びながら何とか後退する。しかし屋内。壁にぶつかり、最早逃げ道なし。魔法の詠唱なんていうのも今からでは無理だろう。

 もう駄目だ。

 そう思った瞬間である。
 最初にリィダがヒャドで割った窓ガラスから、吹雪が渦を巻きながら入ってきたのである。その吹雪の渦は男たちを一気に吹き飛ばした。
「ふぇ……」
 何がどうなったのか分らず、リィダは目を瞬かせる。
 遅れて、窓ガラスどころか壁ごとぶち破って、魔物が進入してきた。殺戮の魔豹と云われるキラーパンサーだ。さらにそのキラーパンサーに乗っている人物が一人。
「キラパン!? それに姐御?!」
 見間違えることもなく、それはキラパンとムーナであった。
「ったく、何やってんだよお前は……。お前が休めって言ったのによぉ、おちおち休んでもいられねぇのかよ=v
 悪態をついて、キラパンが男の一人を突き飛ばす。
 ムーナのほうはキラパンから下りて、魔龍の晶杖を取り出し、それに魔力を込めた。室内であるために、魔法そのものを使ったら自分やリィダまで巻き添えになり兼ねない。そうならないためにも、彼女オリジナルの魔法を具現化させる。
「バギマ・ブレード!」
 剣の形に圧縮したバギマの嵐は、男たちを次々に倒していった。ついでに、ブレードの追加効果として風の束縛を受けて全員が動けなくなる。
「はい終わりっと」
 動けない男たちを無視して、リィダの縄を解く。動けるようになったリィダは腰でも抜けているのかすぐに立ち上がることはしなかった。
「どったの?」
 涙目で見られ、動こうとしないリィダを眺めてムーナが先に聞く。
「あ、姐御……特別休暇中って、魔法とか使ったらいけないんじゃ……」
「んふふ。例外ってもんもあるの。仲間を救う場合などはオッケーってわけ。他にもいろいろあるけどね」
「でも、でも……これじゃあ意味がないっす。姐御に休んでもらいたくて、ウチが申請したのに……」
「あのねぇ。あんまり気を遣われると、逆に疲れることだってあるんだよ」
 それでも何か言おうとしたリィダだが、ムーナが人差し指で彼女の口を押さえる。
「アタイが良い、って言っているんだから良いの。わかった?」
 こくこく頷いたのを確認して、ムーナはリィダの口から指を離す。
「だけど、依頼を受けた時はちゃんとアタイとかキラパンに相談しなよ」
「ごめんっす……。そういえば、姐御たちはどうやってここを……」
「あぁ、それならキラパンに礼を言いな。あの子がアタイを無理に引っ張っていくからどうしたのかと思ったら酒場に連れて行ってさぁ。そこで情報屋の兄ちゃんからアンタのこと聞いてね」
 キラパンの方を見ると、少しは動けるようになった男たちを牽制するかのように睨んでいる。そのため、男たちも逃げようとすらしていない。
「ありがとうっす、キラパン」
「ふん……=v
 そっぽを向いた割には、なんとなく照れているな、と思えた。
 キラパンは急な胸騒ぎを覚え、まだ痛む傷も気にせずムーナを連れ出し、リィダの匂いを辿り酒場まで辿り着いた。そこで出会った情報屋からリィダのことを聞いて、ムーナが大体の事情を呑み込み、東の廃屋に向かったとのことだ。

 冒険者ギルドに空き巣事件の犯人たちを突き出し、サンにもペンダントを返したことにより依頼完了。成功報酬も受け取り、一件落着ということになった。
 もう夕暮れが近く、今日という日が終わりに近づいていた。
 アショロに来て一週間になるが、未だにウィード城から連絡は来ない。
 イサたちは今頃、何をやっているのだろうか……。

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