2.活動条件




 野盗を退治したことにより、イサとラグドは報酬を冒険者ギルドから貰い受け、ムーナは城からの褒美を受け取っていた。
 三日だけだとは言っていたが、二日で用件は済んでしまったことにイサは落胆したが、さすがに再び外出許可はもらえなかった。むしろ、二日も出ることができたことだけでもよかったかもしれない。
 帰還して次の日に、城の公用で王族は出席しなければならないことがあったのだ。
 ただの会議のようなもので、実際にイサはいなくてもいいのだが、見栄えを気にしてか必ず出席をするように言われている。
「お父様が喋るだけなのに、なんで、私が、出ないと、いけないのよっ!」
 セリフの後半は単語ごとに区切り、その度に怒りを込めて発する。
「イサ様がすべきことなのです」
 イサの護衛、教育、その他諸々を請負っているラグドの言葉だが、効果は無に等しい。
「でもぉ……」
 何かをいいかけたが、ラグドの視線を受けて――といっても髪で隠れているが――イサは言葉を中断させてしまう。
「ほら……その……こういうヒラヒラしたものって苦手だし」
 武闘着ではなく、当然だが王族の服を着ることになる。それがまた派手だったり、奇妙なうえに無駄で煌びやかな装飾がついていたりして、それがイサは苦手なのだ。
「そうは言っても、イサ様の母上も同じものを着ていましたよ」
 そう言われると、イサも思わず口を閉ざしてしまう。イサの母親、アイスリン=レウ=リザベラ=ウィードは、既に他界しているが、その存在はイサの中で未だ大きな範囲を占めている。
「むぅ〜……。……わかった、わかったわよ! 出れば良いんでしょ、出れば――あっ」
 歩き出そうとしたイサは、ドレスの足裾を踏みつけ、転倒。その勢いで、装飾品の宝石がいくつか転げる。
「もうヤダぁ……」
 立ちあがろうにも、服が重くて思うように動けないのだった。


「今回の件について、政治の見直しをすべきかどうかという――」
 難しい話、というわけではない。一応、イサは一国の王女として話の内容を全て理解している。ただ、聞いていてもつまらないのだ。わがままな理由ではあるが、性格上の問題なので、仕方の無いことだとイサ自身が勝手に納得している。
 それにしても、『風の如き自由こそ全て』というウィード国共通の考えに反してまで、何故こんなことに付き合わねばならないのだろうか。
「――以上、質問は?」
 誰も挙手をしなければ、声も上げない。皆も早く終わってほしいのだ。無駄に等しい会議だと、承知しているのだから。
「(だったら、やらなきゃいいのにね……)」
 ため息一つ、イサがつくと同時に会議は終わった。


「あぁもう! 疲れたぁ!」
 装飾品を投げ飛ばし、ドレスを脱ぎ捨て、下着同然の格好でベッドにダイビング。ふかふかな感触が全身を包んだ。このまま眠ってしまおうかしら?
「イサ様、イサ様?」
 ノック音と共に、ラグドの低いがよく通る声が聞こえた。
「なぁに〜?」
 枕を抱え込み、うつらうつらと眠りかけながらの生返事。
「入室してもよろしいでしょうか?」
「いいよぉ〜」
 がちゃり、とドアが開く。
「失礼します――って、イサ様?!」
「ほえ?」
 ラグドは赤面し、慌ててドアを閉める。
 よく解っていなかったイサだったが、自分を見下ろして納得した。まだドレスを脱いだままの下着姿だったのだ。
「ん〜……ラグドなら別に良いんだけどねぇ」
 といっても、このままだったら彼は絶対に入ってこないだろう。いつもの動きやすい服に着替えて、散らかった服や装飾品を少し片付ける。散らかったままだと、それはそれでラグドに小言を言われるからだ。
「いい〜よぉ」
 少し間があって、扉が開く。ラグドが入ってくるが、髪で覆われていない部分がまだ赤い。
「……えっと、用件ですが……」
 無理に体裁を取り繕って、数回ほど咳払いで誤魔化そうとする。
「国王様が、イサ様を王の間まで連れてくるように、と……」
「やだ」
 返答速度は約0,2秒。
「しかし――」
 加えて何か言おうとしたラグドの股下を、スライディングでイサは駆け抜けた。
「お父様なら、どうせ説教でしょ? だったら、私はもう一回冒険に出るぅ〜!!」
「ちょ、イサ様!?」
 身長差がありすぎるからこそできる芸当。なんせ、イサは約135cmに対してラグドは2mくらい。ラグドの背後に回ったイサは、脱兎の如く――むしろ脱兎そのもので、走り去ってしまった。
「イサ様! イサ様ぁ!!」
 ラグドが慌てて追いかけようとしたが、身軽な格好なイサに対し、ラグドは鎧を着込んだまま。追いつけるはずがない。
「(……また逃げられた!)」
 イサはいつも毎日、必ず逃げ出す。そして、いつも追う役目はラグドである。結構、苦労人なのだ。ウィード城は、ウィード国民から見れば神聖かつ荘厳な城なのだが、中ではこうして“鬼ごっこ”と呼ばれてもおかしくないことが、毎日続いているのだった。


 王の間。そこにはウィード国王、スタンレイス=ベルディ=カル=ウィードが、目を閉じて座っていた。
 ――気配が一つ。
「着いたか」
 真後ろにいる人物の足音は聞こえない。
「お宅の“壁”は厄介だな。通るのに苦労した」
 その人物は、凛とした声で笑うように言った。声からして、若者と言っても差し支えが無い声だ。
「それはすまないことをした。だが、気付かれては困るのだ」
「承知している。用件は、聞いている通りで変更はないな?」
「もちろんだ。娘を、イサを頼むぞ……」
 終始、目を閉じていたのだがここでやっと相手を確認する。だがそこには、すでに若者の姿はなかった――。


「イサ様? イサ様ァ!」
 ひぃひぃ言いながら、というのはオーバーな例えではなく、実際にひぃひい言いながらラグドは城中を叫びながら走り回っていた。巨漢なので、走る度に少なからず辺りが振動したので、昼寝をしていたものはさぞかし迷惑だっただろう。
「ちょっとラグドぉ。五月蝿いよ? おちおち実験もできない」
 ひょこっと黒いローブに白銀髪の女が、扉からひょっこりと姿を現す。『風を守りし大地の騎士団』の魔道団長であるムーナは眠そうな目で訴えた。
「おぉ、ムーナか。イサ様を見なかったか?」
「って、アタイに謝りはしないんかい……」
 ぴぴく、とムーナの眉辺りが動いたのを見て、さすがのラグドも少し落ち着いた。
「む……すまぬ。だが、イサ様が……」
「なんだ。イサならさっき……。あ〜いや……あぁ、食堂へ走って行くとこ見たよ」
「ありがたい! では!」
 また地響きを起こしつつ、ラグドは走り去って行った。
 それを見送り、ラグドの姿が見えなくなるとムーナは自室へ入り、ため息一つ。
「……もう行ったよ」
「ホント?」
「ん。食堂へどどど〜って一直線」
 クロゼットの中から、イサが飛び出してくるのをムーナは呆れて見ていた。
「そんなに隠れたいならさ、姿消呪文の魔法教えようか?」
「無理言わないで……」
 姿を消すレムオルは賢者か優れた魔法使いにしか操れない魔法だ。下手をすれば、一生元に戻れないかもしれないし、奇妙な変身術になってしまう可能性だってある。それに、イサは初歩的な魔法すら使えないのだ。失敗すること間違い無い。
「じゃあ仕方ないね。大人しく捕まりな?」
「え? だって、もう食堂に行ったんでしょ?」
 既に追いかけているラグドは遠い食堂へ走り込んでいるはずだ。
「んっふっふ〜。実は、研究中の魔法があってね。試してみよっか」
 そう言うと、ムーナはおもむろに自室の地面に魔方陣を書き出した。
「リリルーラ、っていう合流呪文を古文書で見つけてね。それを応用して、作った魔法があるの」
「ムーナが作ったの?! 凄い……」
 魔法を作る、など並の魔法使いでは考えられないことだ。魔法の流れを完全に理解し、なおかつ再構成させるという作業は、とてつもなく難しいのだから。
「名前はまだ決まってないんだけどね」
 床に魔方陣を描き終え、ムーナは魔術師の杖を取り出す。杖職人に頼んだ特注品で、持ち主の魔力を増大させてくれるのだとか。
「――ちょいとそこらにいる自由なる風の精霊の乙女さんたち。あんたらの力をちぃっとアタイに分けておくれ。呼応の力を召喚の力を。アタイが描くその人物を今ここに――」
 偉大な魔法の詠唱――というわけではなく、親しげに話しかけるように唱えるのがムーナの特徴だった。それでいて魔法は成功するのだが、一般の魔法使いが精霊相手にこんな軽口を言うと、精霊が怒って二度と力を貸してくれないだろう。
「さぁおいで、さぁおいで、さぁ、さぁ、さぁおいで。こっちの魔方陣はあ〜まいぞ〜♪ さて、そろそろ来てもらおうか、ねっ!」
 最後に力を込めて言葉を発し、それと同時に魔方陣が光り輝く。
「名前決めてなかったんだっけ……ん〜、あ! これで行こう。特定人物召喚魔法、『リリリルーラ』!」
 魔方陣の光が一層増し、直視できないほど眩くなる。
 その光が消えた。
「やった! 成功だ!」
 ムーナの歓喜を表す言葉とは裏腹に、イサは目を見開いて驚いていた。
「ら……ラグド!?」
「ここは……あ、イサ様!」
 お互いに混乱していたのだが、イサの姿を確認するやいなや、ラグドのほうが早く正気に戻った。あっさりとイサは捕まってしまう。
「ちょっとムーナぁ……これ、どういうことぉ?」
 泣き出しそうな顔で、イサはムーナに訴える。魔法を使った本人は、にっこりと笑いながらラグドを指差した。
「『特定人物召喚魔法』って言ったでしょ? 仲間と合流するリリルーラを応用して、仲間を呼び寄せるリリリルーラを使ったの」
 新しい魔法に期待していたイサは、落胆してラグドに連れて行かれることになった。


 そして連れて来られた王の間。
 玉座に座り、ウィード王はイサを淀み無い瞳で見つめていた。それに対し、イサはどこを見るわけでもなく目を逸らしている。
「イサよ。先日、また勝手に城を抜け出したようだな」
 勝手と言われても、一応ラグドが許可してくれたのだ。だが、今ここでそれを言っても意味が無いだろう。
「お前は、ウィード国の王女なのだぞ。それなのに、城を抜け出しては冒険冒険、と……少しくらい女の子らしくはできないのか?」
 イサは黙って聞いていたが、そろそろ限界が来ていた。
「『風の如き自由こそ全て』。私はそれに従っているだけよ! 王女という位に縛られず、自由に生きたいの! それのどこが悪いの?!」
 こうして、いつものように売り言葉に買い言葉が続いた後、イサが飛び出す。かと思っていたら、今日はウィード王の様子が違っていた。
「……。うむ、そうだ。『自由』……それがこの国の第一に優先させるものだ。だがな、無責任な『自由』は許されない。それこそ、野盗と成り下がったものと同じだ。真の『自由』を貫くには、条件が存在する」
「え?」
 こんな話は初めてだった。だから、イサは黙ってウィード王の次の言葉を待つ。
「今後、お前が冒険者の活動をするというのならば、それを認めよう。ただし、条件がある。その条件、貫き通せるか、イサーリン?」
 父が、イサのことをイサーリンと呼んだのは久しいことだった。
「……条件、次第よ」
 イサはそれだけを答える。
「簡単なことだ。お前は冒険者チームを作っていい。そのメンバーを、儂が決めるのが条件だ」
 後半の言葉を、イサはほとんど聞いていなかった。冒険者チームを作るということは、本格的に冒険者活動を認めてくれるということだ。今までは隠密行動だけだったので、チームを組んで表向きにすることはできなかったからだ。
「いいな?」
「もちろん!」
「ならば、今から言うメンバーでチームを組め」
 さきほど、聞き逃した部分を聞いて、イサは焦りの表情を見せる。といっても、チームを組めるだけでもましなのだが。
「リーダーをイサ、お前がやるのだ。そして、メンバーは『風を守りし大地の騎士団』の、騎士団長ラグド、魔道団長ムーナそして……」
 最初の二人は、最も親しい人物だ。それに安心したのだが、イサは最後の一人の名前を聞いて驚いた。理由は単純である。
「そして、魔界の住人であるホイミンだ」
 この城に、そのような者は存在しないからだ。

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