3.活動開始



「……誰、って?」
 イサはウィード王の言葉が信じられず、聞き返した。
「だから、ホイミンだ。魔界の住人の」
「ま……魔界ぃ?!」
 間の抜けた声は、イサ本人のものだ。
 当然のことだが、ここウィード城は魔界に通じているわけでもなく、魔物が住んでいるわけではない。
「ウィード王! それは一体どういうことですか?!」
 その場にいたラグドの狼狽声を、しかしウィード王は完全に無視して、視線をイサに送っていた。肯定か、否定か、というわけである。
「ウィード王!」
 それでもなお、ラグドは意見を主張した。
「ラグドよ。お前には関係ない。イサが認めるか否か……それだけが答えだ」
 そこまで言われれば、ラグドも黙るしかないのか口を閉ざしてしまう。
「……魔界の住人……。強いの?」
「弱くても儂の命令に従ってもらうぞ?」
「……いいわ、お父様。例え魔界の住人だろうと、神界の住人だろうと、仲間に加えるわ」
 諦めるようにいったが、イサはできればその魔界の住人とやらを仲間に入れたかった。理由など、『おもしろそうだから』の一言で済む。
「そうか……よし、入れホイミン!」
 手を軽く叩き、呼ばれた者が現れる――。

「はぁ〜い」
 姿より先に、能天気な声が響いた。子どもっぽい、イサも子どもではあるが、同年代かそれより幼いか。少年(?)の声から数秒遅れて、その者は皆の視線を浴びた。
「…………は?」
「…………あらま」
「……………………」
 イサが一言、ムーナが感心(?)、ラグドなどは口を開けたまま何を言うわけでもなく硬直している。
「ほ……ホイ……ス……ム?」
 イサが言葉になってない言葉を言いつつ、皆が見つめる先、そこには一匹の――
「なんで、ホイミスライムが!?」
「アハハハ〜」
 驚愕している人々を見て、そのホイミスライムは無邪気に笑っている。一応、人間の言葉だ。
「って、ちょと待って! お父様、コレが……ホイミン?」
 イサは通常のホイミスライムよりもマヌケな顔をしたホイミスライムを指差す。
「うむ、そうだ」
 力強く即答。
「魔界の住人って……ホイミスライムならどこにでも生息してるじゃない!」
 ホイミスライム程度の魔物なら、ウィード周辺でも見かけることはある。
「いやいや、ホイミンはまさしく魔界の住人だぞ」
「証拠、あるの?」
「うむ、普通のホイミスライムより、触手が一本多いのだ」
「嘘だあぁぁ!!」
 ホイミスライムの触手など、数えられる量ではないし、ホイミスライムは個別で触手の本数が違うのだ。
「文句は言わせぬぞ。否定するというのなら、冒険者家業は絶対に認めないようにするだけだからな」
「卑怯だ……」
 大きな溜め息をついた後、イサはホイミンを眺めやった。話題になっていた本人(人?)は、その場でクルクル回りながらアハアハ言っている。
「アハアハハ〜〜〜」
 という具合にだ。つまり、アハアハ言っているというのは、例えではなくそのままなのである。
「……ホイミン!」
 イサは大声で彼の名を呼んだ。
「アハハ〜。なぁ〜に、イサ様ぁ〜?」
 一応、イサに『様』を付ける所からして礼儀は心得ているようだ。
 イサは近くの人間に、短剣を持ってくるように命じた。イサの要求はすぐに通り、目の前に装飾された短剣が掲げられた。儀礼用のものではあるが、少なからず切れ味はある。本物の剣であるので、斬ることはできるのだ。人の、身体くらいなら。 
 イサはそれを手に取り、一度深呼吸してから狙いを定め、剣を振り下ろす。
「っ!」
「イサ様?!」
 ラグドが叫び声に近い声を上げた。それも当然だろう、イサはその短剣で、左腕を斬りつけたのだ。血が流れ、皆が驚愕している中、ホイミンは未だにアハアハ状態で、イサは真っ直ぐホイミンを見つめている。
「ホイミスライムなら、『ホイミ』くらい使えるんでしょ? さぁ、治して見せてよ。アナタでも、やれることはあると証明してちょうだい!」
 紅い液体が流れる左腕を、ホイミンの目の前に差し出す。当人(人?)は、血を見ても全く動じていない。神経が太いと言うか、鈍いと言うか、どちらにしろ変化を見せないのだ。
「イサ様ぁ〜」
「な、何よ?」
「『ホイミ』って、何?」
「…………え?」
 全員が、ピタリと動きを止める。むしろ、ウィード王までもが唖然としているのだ。
「いたっ――!」
 気が抜けてしまったせいか、左腕の傷に激痛を感じてしまった。左腕は出血が止まらず、イサは右手を当てて少しでも出血を防いだ。痛みにより、その場に崩れ落ちる。ラグドやその他の者が駆け寄ろうとする前に、ホイミンが口を開いた。
「痛いの?」
「……当たり前でしょ」
「ふ〜ん」
「ふ〜ん、て……アンタねぇ!」
 ホイミンは少しイサの傷を見ていたが、おもむろに触手でその傷に触れた。そこから、金色の光が流れ走る。
「え!」
「もうこれで痛くないでしょ?」
 光が消えるころには、イサの傷は完全に無くなっていた。
 全員がその場で安堵の息を洩らし、呆れた目でホイミンを見る。
「……ホイミは、使えるではないか!」
 ラグドは不機嫌そのもので言い放ったが、それを否定された。
「違う……ホイミじゃなかった」
 否定したのは、回復の光を受けたイサ自身である。
「ホイミでは、なかった?」
「ええ。今のは、『ベホマ』……」
「な……!?」
 全員がホイミンを見るが、やはり青いホイミスライムである。ベホマの使えるベホマスライムではない。
「まぁともかく、仲間は決まったな」
 ウィード王がそう締めくくったが、誰もがまだ唖然としていた。


 冒険者メンバーを組む、ということは、チーム名を決めなければならない。
 そういう理由でウィード城の会議室を乗っ取ることができるということは、イサがウィード国の王女であり、ラグドとムーナが『風を守りし大地の騎士団』の団長を務めているからである。
「イサーリン傭兵連盟!」
「ム〜ナファイタ〜ズ!」
「ホイホイ軍団!」
「地風魔騎士軍」
 と、見事四人の希望した名前がバラバラになるのも当然である。
「ちょっと! 私がリーダーなのよ? 私の名前入れて当然でしょ!」
 ついさきほどのケガの支障など見せずに、イサが主張する。どうやら、ホイミンの回復魔法は痛みが全くないほどの回復力であったらしい。
「リーダーの名前で決めるもんじゃないでしょ。ほら、魔王ジャルートを倒した英雄四戦士だって、リーダーはロベルだけど冒険者名は全然違うじゃない」
 ムーナがイサを諌めるように言った。今や、魔王を倒した英雄四戦士は至る所で聞く名だ。あの四人に憧れて、冒険者を始める人も少なくはない。その中心人物はロベルであるが、冒険者名は『英雄四戦士』である。どこにも彼の名前など入っていない。わざわざ自分の名前を冒険者名に入れるという行為は、いかにも子供らしい考えだ。
「我々はウィード国の代表冒険者なのですぞ? もっと格式を!」
「ホイホイ軍団〜!」
「ホイミン……少し黙っていろ」
 ラグドが睨みつけるが、髪が目まで落ちているので怒りの篭もった眼を直視することがないから、そこまで怖く無い。
「にしても、ウィード国代表ってのも一理あるよねぇ」
「おぉムーナ! 解かってくれるのか!!」
 ぼそり、とムーナは呟いたつもりだったのだが、しっかりとラグドの耳には届いていたらしい。そして、またぼそりと言った「地獄耳……」と毒づくのも当然聞こえていたわけである。
「とにかく! 私の上げた案にせずとも、ウィードの国に相応しい名を付けなければなりませぬぞ!」
 どうやらラグドは、完全にそこだけは譲る気がないらしい。
 こうなっては、何を言っても聞かないラグドである。イサやムーナも承知している。ホイミンは……まぁ知らないだろう。まだホイホイ軍団と言っているだけだ。

 ホイミンの披露宴(?)からの数日間、ずっと上記の問題、つまり冒険者名をどうするかだけで時間を潰してしまった。
 まだ完全には決まっていないまま、イサたち四人はまたウィード王から呼び出しを受けた。今回は、『冒険者』として召集をかけたと言われれば、イサは当然喜んで玉座の間へと走り去って行った。
「あれから数日……どうだ? チーム名は決まったか?」
「え、えぇ。まぁ……一応」
 実はまだ解決していない問題をいきなり出されて、イサはどもって誤魔化そうとした。それに気付いたのか、それとも最初から聞こうと思っていたのか、恐らく前者だろうが、ウィード王は単刀直入に聞いてきた。
「して、名前は?」
「あ、え〜と……」
 言って良いものか悪いものか、とにかくチーム名にしておくには変な名前なのだ。
「決まっておるのだろう?」
 口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ所を見ると、やはりイサをからかっているのだろう。やがて、イサは大きく溜め息をつくと、決心をつけたのように言い放った――のではなく、最早どうでもいいという口調で言った。
「……『風魔の大地騎士』(仮)よ」
「……仮?」
「まだ決まってないの。正確にはね」
 無論、冒険者ギルドには既に登録してある。(仮)を付けたままではあるが、こうすることで後から変更可能になるのだ。
「そうか……。まぁいい。では『風魔の大地騎士』(仮)のメンバー達よ。そなたらに、冒険を依頼しよう!」
「……はぁ?!」
 イサが一番驚きの声を上げ、ラグドとムーナはやはりという顔でウィード王の次の言葉を待った。ホイミンは、事態を理解してないのか笑っているだけだ。
「そのために呼んだのだ。お前達の初仕事だぞ、『風魔の大地騎士』(仮)よ」
 茫然自失、というわけではないが、理解と認識が追いついてないため、イサの表情は完全に固まっている。
 あれだけ冒険者家業を嫌っていた父親が、あれだけ冒険者家業を反対していた父親が、強制と説教ばかりの父親が――。ウィード王が、自分たちに依頼? 他の冒険者ではなくて自分たちに? そんなことが有り得るのだろうか? いや、実際ここで有り得ているのだが、しかし、だけれども……。
「……して、依頼内容は?」
 このままでは話が進まないと思ったのか、ラグドが内容を促す。
「うむ。この手紙をエルフの森まで行き、そこの族長に渡してもらいたい」
「……ハ……?」
 あっさりと言ったウィード王に対し、今度はラグドまでもが認識と理解が追いつかず、固まってしまった。残るはムーナとホイミン。ムーナは、ふ〜ん、とだけしか思ってないし、ホイミンは笑っていただけだから、まだ話ができる状態なのだ。
「ウィード王様ぁ、それって何処にあるんです? その……『セルフの森』って」
 口をぽかんと開けているイサとラグドに変わって、ムーナが言葉を発した。
「『エルフの森』だ」
「あ、そうそう。それです。で、何処に?」
「東大陸に存在しておる。近くへは、第一地下室の『旅の扉』で行くことが可能だ」
「ふ〜ん。んじゃ、その依頼引き受けました〜」
 リーダーがまだ呆然としているのに、勝手に決めて良いものだろうか。まぁイサならば絶対に引き受けるだろう。気軽にムーナが承諾の返事をした。
「あぁいや、ムーナよ。お前には任務がある」
「ほぇ?」
 ウィード王は、玉座から立ち上がり、持っていた手紙をイサに受け渡した。わけのわからないまま、イサは機械的にそれを持って、数秒後にハッと我に返った。
「お父様が、私達に依頼!? しかもエルフの森って?!」
 本来、今言うべき疑問ではないのだが、聞いたところで答えは決まっているのだからウィード王はあえて無視して、ムーナの前へと立つ。
「『風を守りし大地の騎士団』魔道団団長ムーナ=ティアトロップ。お主には、こっちの手紙を、ある人物へと渡してもらうぞ」
 どこからだしたのか、もう一封の手紙。それをムーナに押し付け、誰宛にかを耳打ちする。ムーナはその人物を聞いて、ピクリと眉を動かした後、いつもののほほんとした顔へと戻した。
「とくかく頼むぞ、『風魔の大地騎士』(仮)!!」
 偉大で寛大な声が玉座の間に響き渡り、それのせいかやっとラグドが我に戻る。
「エルフの森ですと?!」
 そのおかげかその所為か、本来ならばもっと前に言うべき疑問を、やっと理解できたラグドは堂々と大声で言い放ったのだ。もちろん、イサに対してしたことと同じように、ウィード王はそれを無視しておいた。

 風闘士イサーリン、大地騎士ラグド、闇魔術師ムーナ、魔界人ホイミン。
 この四人の冒険の始まりが、今日という日を持って開始された――。

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