SUNSHINE -5-

 

 

「…上越か」
「いい加減にしてくんない?」

1人でパソコンに向かう東海道がドアの開閉音に振り向くと──そこにはワイシャツ姿の上越が立っていた。
見た事ないほど真剣でこわばった表情を浮かべて。

「…またそんなだらしない格好をして…きちんと制服を着ろ」
「はぐらかさないでくれる?」
「……」
「ねぇ、会いたいんだけど、山陽に」
「…勝手に会え」
「バカぬかしてくれてんじゃないよ。どっかの誰かのせいで彼がコッチに来られない。障害が何かくらいキミにも分かるでしょ?」
「分からんな、貴様の言う事は」
「ボクね、山陽が好きなの」
「……」
「特別なの、知ってるでしょ?」
「…それで?」
「ボクはキミの部下でも家来でもない。キミの独り善がりな考えでボクまで振り回さないでよ」
「言いたい事はそれだけか」

東海道はピタリと手を止め、椅子から立ち上がった。
上越が近づいて来て、その顔を見下ろす。

視線をぶつけあったまま、しばしの沈黙。

「…今のキミのやってることは変わらないんじゃないの?その “つばめ”サンとやらと」
「…何!?」
「自分の力で他人を思い通りにしようとして、それがままならないと怒って拗ねて。子供じみて我が儘で傲慢で甘えたで自己チュー」
「だま──」

東海道が上越の襟元に掴みかかった瞬間、上越が先にその手を捉え、相手の体を力任せに壁に押し付けた。

「──ッ!」
「言っとくけど」

上越が、東海道の頬に顔を寄せ、挑むように呟く。

「キミを傷つけるなんて──すごく簡単なことなんだから」
「……」
「それを何でしないか、分かる?」

ねじり上げていた手をあっさり離すと、もう一度鋭い視線で睨みつけた。

「…よく考えてみるんだね」

そして背中を向ける瞬間、東海道の耳元に囁くように、しかしはっきりと告げた。

「──いつまでも勝手やってんじゃねぇよ、バーカ」

 

 

パタン…

 

後ろ手にドアを閉めた上越が、疲れたように扉に背中を預け、何度も深呼吸を繰り返す。

ふと隣を見ると、東北が、いた。
上越と同じように制服の上を脱ぎ、しかもカッターシャツの襟裳と袖口のボタンを外して肘までめくり上げて。

「……臨戦態勢だね東北、ご苦労様」
「……」
「本当にぶん殴ると思ったの?ボクが東海道を?ははっ、まさか!高速鉄道一の稼ぎ頭に、ボクなんかがそんなこと!立場ってもんがあるでしょ!?」

上越は一気にそうまくしたてると、再び深呼吸し、手の平の汗をシャツで拭った。

「…落ち着いたか」
「…まぁね」
「…久しぶりに、お前の…」
「…何?」
「開業当時の姿を見たな」

小さく舌打ち。

「……それで?東北上官?力づくで仲裁するつもりだった?でもこんなトコに立ってちゃ間に合わないよ?」
「……」
「飛び込んで来たときには、あの可愛い顔に2、3発喰らわした後だったかもよ?」
「…それもいいかと」
「はぁ?」
「2、3発くらいはいいかなと…思った」

ぷ───っ!

突然、上越の長身が折れんばかりの勢いでつんのめった。同時に、こらえきれないように肩を震わせて笑い始める。
おなかを押さえて、息が苦しい、と言わんばかりに。まるで子供みたいに。

「…おい?」
「あっはっは!もうっ!東北ったら!おかしい──」
「……」
「キミのそういうとこ、大好きだよ!」

上越はすっかり機嫌を良くしたように、両腕を伸ばして東北の首に巻きつけた。

「…好きなヤツがたくさんいて忙しいことだな」
「あれー?しっかり聞いてたんだ?さっきの東海道とのハナシ」
「…臨戦態勢、だったからな」
「あのね、それってイイコトなんだって。山陽が言ってたよ」
「ほう」
「好きなひとがたくさんいたほうがいいって。そのぶん、楽しく頑張って走って行けるからってさ」
「……なるほど」

 

──まったくかなわんな、山陽には。

東北は抱きついてくる上越の背中をあやすように叩きながら、口の端を緩めた。

そんなこと、そんな考え、自分には思いつきもしなかった。
ほんとうに、なんてのびやかで、自由な感性の男なんだろう、あの西の高速鉄道は。

何かと扱いの難しい上越にこんな表情をさせられるのは、もしかしたら山陽だけなのかもしれない。

それを思えば──

 

「…早々に帰ってきてもらわねばな、山陽には」
「東日本は干渉しないんでしょ?さっきそう言ったよ」
「…する気はない…いや、する必要がない、と言った方が正しいな。あの2人なら、な」
「…言ってくれるねぇ」

 

東海と西日本、東海道新幹線と山陽新幹線、所属だって気質だって、まったく別々の2人なのに。

接続どころか──いつもひとつになって走っている。

いつも一緒に。まるで風のように日本の大動脈を駆け抜けて。

 

いつだってあいつらがどんなに羨ましいか。

 

東海道山陽新幹線。

日本の高速鉄道に、どちらかが欠けても何ひとつ成立しない。

 

「東海道は…ちょっと自覚した方がいい」
「……」
「自分がどれだけ特別なのか。自分がどれだけ大切にされてるか」
「……」
「無自覚は、ときにすごく重罪。そう思わない?」
「…お前をあれほど怒らせるぐらいに、な」
「まぁ、ね」
「結構好きだろう、東海道のこと」
「あ、分かる?」
「…本当に忙しいヤツだ」
「ふふっ」

 

だからあいつらのどっちも、傷付くの、イヤなんだよ。
少なくとも、ボク以外の誰かに傷付けられるのは我慢できない。

 

 

 

 

 


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 2008/8/4