SUNSHINE -4-
『東海道!東海道!とうかいどうちゃーん!』
『やかましい!煩い!公衆の面前で人のことを“ちゃん”などと呼ぶな!』
『いーじゃん、呼びたいんだもーん♪可愛いしー♪』
『ええい、あっちへ行け山陽!』
『えー?!でも、次の列車は岡山行きなんだけどぉ?』
『……ッ』
不思議だ。
あいつがこちらに来なくなってから、やたら昔のことばかり思い出す。
東海道はそんな自分を苦々しく思いつつ、一人個室に閉じ篭り、キーボードに指を走らせていた。
出会った当初こそネコを被っていた山陽だったが、すぐに化けの皮が剥がれて、以後、月日は流れて三十余年。
壊れたスピーカーのようにやたら騒がしいあの男とともに走ってきた。
正直、鬱陶しい、箱詰めにでもしてどこかに捨ててしまいたい、と、そう思うことだって少なくなかったはずなのに。
今回の“つばめ”事件を機会に、その夢(?)が叶うはずだったのに。
「ああ、まただ──ったく!」
何故、自分はこんな簡単な入力操作でミスばかり繰り返しているのだろう。
何故集中できない。
何故──
『東海道!なぁ!オレ、海の向こうに行ったんだぜ!九州まで行けるようになったんだぜ!』
『そんなことは分かっている。一体何度同じことを言えば気が済むんだ?』
『だって!すんげー気持ちいいぜ!海を渡るのって!あー、お前も連れて行ってやりたいよなぁ』
『無茶を言うな、山陽』
──思わず、笑った。あのとき。
だって、俺には行けない。俺は東海道新幹線だ。海を渡ることなど到底できない。
山形だってそうだ。秋田だって、東北だって上越だって長野だって。
海を渡れるなんて、お前だけだ山陽。
お前の代わりになれるヤツなんてどこにもいないのに。
「…何故だ、何故いつものように、笑って受け流してくれなかったんだ山陽…」
「何故?」
「…え?」
「何故、みんなじっとしてるべ?」
「えっと」
「だから、かければええんだ、山陽に」
「はぁ?!」
「電話」
一方、何となく重苦しい雰囲気に包まれた東日本の面々。
山陽のことで意見の対立した秋田と東北に挟まれた格好の山形が、突如、すっくと立ち上がるとポケットから携帯を取り出した。
「本人と話せばええことだ」
普段は穏やかで地味なイメージの山形だが、一旦強固な意志を示すとこのように即、行動に移す。
皆がポカンと見つめる中、てきぱきとそらんじた山陽の番号をプッシュした。
プルルルッ…プルルルルッ…ピッ
『はい、山陽の携帯…』
2コールののち、聞きなれた明るい声が対応した。
「もしもし、山形だけんど」
『…だよな…いや、名前表示で分かったけども……珍しくねぇ?』
さすがに、受けた側の山陽も戸惑っている。
何しろ、普段は業務連絡以外、滅多に電話などかけない男だ。
「山陽」
『うん?』
「おめぇ、大丈夫が?」
『…え?…オレ?!…何?東海道じゃなくて?』
「おめぇのごとだ、山陽」
『……』
そして新大阪には、思いがけぬ人物からの電話に未だ唖然と携帯を握り締める山陽がいた。
山形からの、それも余所行きの会話(電話のときヤツは意識して標準語を使う)ではなく、いつも通り山形弁丸出しの優しく落ち着いた語り口──
『みんな、心配してっど、秋田も、上越も、長野も…東北も』
「…山形…」
『おめぇはオレといると癒されるって言ってくれたなァ?でもこんな離れてたら何もしてやれんよ』
「──!?」
『いつ?いつ帰ってくる?』
いつ?
…帰る?
帰る。
ああ、いい言葉だなぁ。
山陽は、頭の芯がじーん、と熱くなるのを感じていた。
帰っていいのか。
オレの居場所、まだあんのか。東の、あいつらの中に。
「──ボクもっ!」
この成り行きを見つめていた上越が、山形の携帯に駆け寄り大声で呼びかけた。
「山陽ッ!ボクッ!」
『上越?おー、元気か?』
「ねぇ、早く帰っておいでよ、もうちまちまメール送るのに飽きちゃった」
『何だよー、オマエがどっかのエロメールみたく勝手に送りつけてきてたくせにー』
電話越しの笑い声。
でも、あの笑顔も、肩を揺らしながらポケットに手を突っ込む癖も、まるで手に取るように脳裏に浮かんだ。
「…山陽、会いたいよ」
『…上越…』
飾らない素直な言葉が、何より胸をつく。
「東海道のことはもういいよ、帰っておいでよ、ねぇ」
『…ありがと…ありがとな…上越…山形も…みんなも』
「山陽、なァ」
『うん…だからこそ』
ちゃんと整理して帰るよ。
東海道とのことも。
九州とのことも。
オレの心の中も。
何もかも。きちんとケリをつけて。
『…帰るよ、近いうち、きっと』
「そうしてくれ、こないだもらったコロン、もうなくなりそうだべなぁ」
『…あはは、りょーかい』
ガタン!
「上越!?ねぇどこ行くの?」
そんな山形と山陽の会話が終わらないうちに。
秋田の声を振り払うようにして強い足取りで踵を返すと、上越は隣の部屋へ──東海道の元へと──一直線に向かった。
拳を固く握り締めて。