SUNSHINE -3-

 

 

「…以上で、阪急電鉄との協議についての報告を終わります」
「うん、ご苦労様。よくやってくれた。オレが介入するほどの問題はないようだな」
「YES、上官!」
「ありがとう、もう戻りたまえ」
「では失礼いたします、山陽上官!」

新大阪にある上官専用室。
用を済ませて出てきた西の在来線を、他の在来線たちが待ち構えていたように一斉に取り囲む。

「なぁなぁ、ほんまに?ほんまに山陽上官お一人やの?」
「ああ、本当だ、確かにお一人だった」
「東海道上官付き、じゃないんだー、マジでー!?珍しいー!」
「うわぁ、そしたらいまのうちにボクも書類見てもらおー♪」
「なんでやねん!いつもは怖がって上官室に近づきもしないくせに!」
「そんなん、こわいんは東海道上官だけやもーん!山陽上官と直接お話するチャンス到来やー♪」
「おい、抜け駆けすんなよー!」
「こんなん早いもんがちや!」

「…声デカイっつーの。丸聞こえじゃん。まったく、あいつらときたら」

東とは違い、西は在来線と上官(山陽だけだが)の間は案外気安い。

もっとも、このように気安すぎて困る場面もあるが…これも西日本クオリティというやつか。聞かなかったことにしておこう。

山陽は、おさまることを知らないドアの外の騒ぎに苦笑を浮かべながら、久々に古巣で一人のんびり過ごしていることを実感した。
たいていは東京の司令室近くで過ごすことが多いし、こちらに来ても東海道が一緒のことがほとんど。
西の在来線たちのさっきの会話を聞いたら、果たして東海道はどんな顔をするのだろうか。

そうして、ふと、手元の携帯に目を落とした。
東海道からは、あれからウンともスンとも連絡がない。

それはそうだろう、あれほど見事に皆の前で啖呵を切ったのだ。
プライドの高いあいつが早々に折れてくるはずもない。

一応、上越からは(頼みもしないのに隠し撮り画像付きで)近況お知らせメールが届いている。
案の定、東海道のなだめ役に、山形が四苦八苦しているようだ。

ああ、ごめんな山形。でも、東海道を託せるのはお前の他にいない。

「…今頃アイツの膝、東海道の涙でびしょびしょだったり………しねぇか」

そうだったら良いのにな。
──と、考える自分に苦笑した。

毎日運転を行っているわけだから、当然東海道とだって顔は合わせるし共に走りもする。
だが、そこに交わされる言葉はなく、必要最小限の関わりを持つ以外はそれぞれ東と西に別れる日々。

果たしてあんな風に別れてしまった後の東海道が業務外でどんな様子なのか。
今の自分には計り知る術もない。

「…そういや、山形来るまで、凹んだアイツどうやってなだめてたんだっけ…」

手の中の書類を上の空に眺めながらふと考えたが、どうにも思い出せない。
それだけ、自分の存在が希薄なものに思えた。

 

 

「…山陽せんぱい、今日もいらっしゃいませんねぇ…」
「……」
「まださくらんぼの茎を口で結ぶやり方、最後まで教わっていないのに」
「長野…ほら、コッチにおいで」

秋田は長野をそばに呼び寄せ、お菓子の箱を開けてやった。
でも、小さな手はしょんぼりと膝に乗せられたままだ。

「とーかいどーせんぱい、は?」
「…さぁ…どこかな」

秋田にはらしからぬ、少し冷たい口ぶり。
上越はその横顔をチラリと見やりながら、眠そうに欠伸を噛み潰す山形に視線を移した。

「山形なら知ってるんじゃない?だって東海道は、ここ数日ずっと山形の部屋に入り浸りだもんねぇ」
「……」
「一体、何やってるのさ?」
「…何も」
「何も?でもキミはどう見たって睡眠不足みたいだけど?」
「…東海道は落ち込むと煩いぐれぇ喋るのが常だけんども…ここんとこは来てもただ黙って座ってるだけで…ベッド貸してやっても眠れねぇみてぇで一晩中寝返りばっかうってるしなァ…」
「いい加減にせんとな」

東北が、読んでいた書類の束から顔を上げると、いつになく強い口調で言った。

「山形だってこう連日では疲れるだろう。運行に支障を起こしでもしたら大変だ」
「オレぁ大丈夫だべ、東ほ──」
「お前に、東海道のお守りばかりをさせるわけにはいかない」
「だども」
「在来線たちの目もある」
「……」
「心配は無用だ」

よく通る涼やかな声が、扉の方から飛んだ。
皆が振り返ると、そこにはいつもと変わらぬ威圧的な態度で立つ東海道の姿。

「ここのところ少し不調で、山形には迷惑をかけた。すまない。しかしもう大丈夫だ。貴様ら東日本に面倒をかける気はない」
「……」
「ほら、東海本社からの書類だ。追加ばかりで申し訳ないが、イベントに関わるものもあるので早速目を通してくれないか、東北」
「…了解した」
「ではな。私は隣の部屋で調べ物をしているので何かあれば声を…」

そうして東海道はいつものように微笑んだ。正確には微笑もうと努力した。
しかし、そこには明らかに疲労と憂いの色が見え──誰もが答えを返せないうちに、東海道の姿は静かに扉の向こうに消えていった。

「……」
「……」
「……」
「…なんかさぁ…」

上越が、制服の上着を乱暴に脱ぎ捨て言い放った。

「…ぶん殴りたい気分」
「誰をだ?東海道か?山陽か?それとも──オレか?」
「さぁ?全員、なんじゃない?」
「…この際だからはっきりしておいた方がいいと思うが…」

いつになく饒舌な東北が、皆の顔を見回しながら再び口を開いた。

「東海道と山陽のことだが…これは東海と西日本、ひいては九州と両者の問題だ。九州はいまのところ東京に乗り入れる予定はない。我々がここでヘタに口出しして、何かと繋がりの深い東海との関係までまずくなるのはよろしくないだろう」
「ちょっと待ってよ東北!じゃあ西日本とは──山陽とは──直接繋がっていないから放っておくって言うの!?それはあんまり冷たいんじゃない!?山陽は僕たちにとって先輩でもあるんだよ!?」
「秋田」
「…ッ」
「別に東北はそういうつもりで言ったんじゃないと思うよ、ねぇ」
「……」

秋田がここまで感情的になるのも珍しい。
これじゃいつもと逆だな…と思いつつ、上越がなだめるように声をかけると、固い表情のまま長野を抱えるようにしてプイッと背を向けてしまった。

東北はももう何も言わずに東海道から手渡された書類に没頭し始め、隣の山形は何かをじっと考えるように窓の外を見つめている。

「…あーもう…ボクには無理だよ、山陽のダンナ…」

上越はソファに身を投げ出すと、大きなため息とともに呟いた。

 

太陽が輝きを失ったとて、その代わりになれるものなどあろうはずもない。

山陽新幹線の予期せぬ不在は、まさに今、その様相を呈していたのだ。

 

 

 

 

 


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 2008/7/27