SUNSHINE -2-
「あー、やっちまった…」
山陽の方はと言えば、上官室を飛び出して間もなく頭が冷えて、自分の言動を思い起こして意気消沈とした。
大人気ない。マジギレするなんて。しかも東海道を相手に。
あんなの、あいつのあんな我が儘、いつものことじゃないか。
何十年あいつと走ってるってんだよ、俺。ったく情けない。
何を言われても、懲りずに数時間もすればまたすぐあいつの元に顔を出す。
これが、東海道新幹線と山陽新幹線のいつものパターン。
「でも、さすがに、なぁ」
今度ばかりは、足を戻す気にはなれなかった。
東海道の決定的なセリフが、耳について離れない。
──あのつばめ側につこうというのか!──
あの一言で、もしかしたら、秋田や、山形たちもそんな風に思ったかもしれない。
そう考えると、胸の内が鉛のように重くなった。東京には居辛い。
実際、自分は九州とつながることになるのだし、協力体制だって今以上に生まれるのは必須なのだ。
「まったく──バ海道」
自分の発言が東の高速鉄道たちにどれだけの影響力を与えるのかなど、考えもしないのだから。
「…東での俺の居場所、なくなっちまったじゃねーか…どうしてくれんだよ、あの馬鹿」
とりあえず、新大阪へと向かう。
それから博多へ。
その間、不思議と頭をよぎるのは出会ったばかりの頃の東海道の姿ばかりだった。
『宜しくお願いします…貴方とこうしてお話出来るようになるなんて、光栄です』
──相手に何の興味もないまま、お義理で並べ立てた挨拶や笑顔。
初めて顔を合わせた東海道は、ウワサどおり尊大で近寄りがたくさらに気難しかった。少なくともそう見て取れた。
しかしそんな第一印象は、彼を深く知れば知るほど記憶の向こうへ消え去ってしまった。
たった2人きり。
ともに走るうち、すぐに彼の“本当”が手に取るように分かるようになったから。
あの態度の裏に隠された繊細さ、ガラス細工のような脆さ。
それでいて、根はすごく優しくて(ここんとこはあんまり自分には反映されないけど)結構イイヤツで可愛さ満載で、何よりすごく努力家で誰よりも頑張り屋なのだ。
いつしか、彼とうまくやっていくこと自体に喜びを覚えるようになった。
地形と距離の関係で本来の速さが出せない彼のために、西日本で自分が最速をマークする──それで東海道の心も充たしてやろうと思った。
『これから一緒に日本一、いや世界一速くなろうな東海道!』
『望むところだ、根を上げるなよ!』
遠い日の約束。
互いに夢を語り、握手なんかしたりして。
今思い出すとちょっと気恥ずかしい。
きっともうアイツは覚えてないだろうけれど。
それからずっと、「日本一」と誰かに言われるたび、オレはその言葉の冠に必ず「東海道山陽新幹線が」…と思い浮かべた。
あの東海道の顔とともに。
──その、日本一、も──
もうすぐ明け渡す。東北に。
それがイヤだなんて思ったことはない。いや、なかったはずだ。
でも
「…なんだかなぁ」
日本一にも、なれなくなった。
日に日に侵食し、補修に追われる己のライン。
常に新しい技術が上塗りされていく東日本の高速鉄道との溝など分かりきったことなのに。
どうあがいても、自嘲の笑いしか浮かんでこない。
「…何、オレ、今、めっちゃネガティブ?アホらし…」
こんな思いに引き摺られていてはいけない。
自分は西日本唯一の高速鉄道。
間もなく九州新幹線を新たな相棒として受け入れる。
それは揺るぎのない事実。
──自分が、自分らしくあること。
それが数少ない長所であることぐらい、自覚している。
最初にそう言ってくれたのは、確か東海道だった。
そのためにも
「今は、逃げるか、なぁ、山陽サンよ…」
そう自分自身につぶやいて、息苦しさから逃れるように、染み一つない高速鉄道の制服の襟元を大きく肌蹴た。