SUNSHINE -1-

 

 

「…ふん、戯言ばかりだ」

東海道は、つい今しがた、山陽が九州より運んで来た書簡を事もなげに破り捨てた。

「まったく鬱陶しい。こんなものイチイチ私に渡すな、山陽」
「…あのさー、東海道」
「何だ」
「お前と九州がどんだけ仲が悪いか知らんが、互いの業務連絡ぐらい直接やりとりしてくんねぇ?」
「フン」
「そのたび、使い走りさせられるオレの身にもなれよ。どこぞの在来線の伝書鳩じゃねーんだから」

 

九州新幹線の山陽新幹線乗り入れに向けて、日々少しずつではあったが、目に見えて“つばめ”の影が東京にまで迫って来た。

JR東海が防御壁になっている以上、東京駅まで乗り入れる術はない。確かに。
が、東海道新幹線が結ぶのは、東京〜新大阪。そして山陽を介してさらに西へ。
東海道が“東海道山陽新幹線”の冠を掲げる以上、いつまでも無視してはいられないというのが実情である。

 

そしてそれを生理的に受け入れられない高速鉄道の重鎮がこうやってへそを曲げるたび、九州と東海の間に立った西日本──つまり山陽が被害を被る。

 

今までなんとかやり過ごしてこられたのは、ひとえに陽気で前向きで多分に大雑把な山陽自身の性格のおかげであったが、ここのところ自らのラインで怒る様々なトラブルの処理に奔走し、その合間を縫って九州との打ち合わせ。
そこへきて、せっかく届けた書類を目の前で破られては、堪忍袋の緒も切れよう。

秋田がそれを察して口を挟もうとしたが、一足遅かった。
山陽の顔から一気に表情が抜ける。これは彼が異常なまでに不機嫌な証拠であることを皆は知っていた。

 

「いい加減にしろよ!東海道!」

山陽が、足下に散らばった書類の残骸を蹴り上げた。
それが東海道に当たり、こちらも怒号を上げて立ち上がる。

「何をする!」
「うるせー!いいか東海道、お前がどんなゴネようと、2011年には博多〜新八代間が繋がって、九州新幹線はうちと乗り入れんだよ!より多くの乗客が、より遠くへ速く便利に移動できることをなんで喜べない!昔つばめと何があったか知んねーけど、いつまでもそうやってズルズル引きずってるなんぞ天下の高速鉄道らしくねぇぞ!」

それは、ある意味タブーの話題だった。
それをあえて口にすることが、山陽の怒りの度合いを示していた。

「き──貴様──よくも私にそんな口を──」
「あーきくさ!それだから、東海道新幹線は脆弱だって言われんだよ!」
「うるさい!うるさい!うるさい!」

東海道は、爪先立って、自分を見下ろす山陽に詰め寄った。
握られた両手が震えている。あまりに力を入れ過ぎているせいか、振り上げる事もままならない。

「そうか──貴様、あのつばめ側につこうというんだな!」
「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」
「九州山陽新幹線、結構なことだ!あの成金にお気に召せば、貴様のラインの修復も思いのままだろう!そういうことか!?」
「おま──本気で──そんな」

意外、ではない。心外、というべき言葉を浴びせられ、一瞬、山陽の口が怒りすら忘れて惚けたように開いた。

「貴様の腹は分かった!あんなヤツに媚びる奴の顔など見たくない!出て行け!西日本に帰れ!」

もう引けない。
山陽だけではなく、その場に居合わせた東日本の高速鉄道全員がそう思った。

「──あぁ出て行くさ!お前には山形がいればいいんだろ!そうだ!秋田や東北や──東の仲間がいりゃそれで!オレなんざ必要ないって訳さ!」
「ああ必要ないとも!貴様などここにいても煩いだけだ!」
「東海道、ちょっと言い過ぎ!そのへんにしときなよ」
「んだ、ちっとは落ち着いて──」
「黙れ!貴様らは口を出すな!」

必死で間に割り込もうとした秋田と山形だったが、すでに山陽は背中を向けてさっさと出口に向かって行った。

「もっともこいつらだって、オマエ専用路線ってわけじゃねーけどな!いつまでも甘えてっと痛い目に合うぞ!」
「山陽ったら!ちょっと!」

バン!と荒々しく扉が閉まり、後には気まずい静寂が残された。

最初にその静寂を破ったのは、ひゅ〜、という上越の鳴らした口笛だった。

「山陽のダンナ、かんかんだったねぇ。珍しいもの見ちゃったァ」
「ちょっと上越、茶化さないで」
「…東海道、さすがに今のはどうかと思うぞ」
「──!?…いや…わたし、は」

今まで一切口出ししなかった東北が発した一言が、極限まで頭に血を上らせていた東海道に理性を取り戻させた。

「…ふん、あの男のことだ、小一時間もすれば戻ってくるだろう、放っておけ」

 

 

しかし、もう山陽は戻って来なかった。

次の日も。
そのまた次の日も。

 

それで皆は、今回の言い争いが単なる喧嘩ではないことを実感した。

 

そう、九州新幹線乗り入れ計画発表より今まで、山陽と東海道の間に塵のように積もっていたわだかまりや不安を一気に燃焼させてしまった──決定的な諍い、であるということを。

 

 

 

 


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 2008/7/24