I don't know, You know -4-

 

 

「ついこの間のことのようだな。2004年10月23日──」
「──!?」

顔を伏していてもじりじりと感じる、東海道の視線。
あの自信に満ちた眼差し。
己の信念だけを追い求める、不器用なまでの真摯な瞳。

「──17時56分、新潟県中越地震発生。マグネチュード6.8。そのとき、東京発新潟行きの“とき325号”が時速約200キロで走行中だった」
「…東海…道?」
「当該列車は、長岡駅付近で8両が脱線。新幹線の歴史で始まって以来の脱線事故」
「ねぇ、もしかして、記憶、が」
「しかし、“とき”は転覆することなく、乗員・乗客155名に死者おろか負傷者の1人も出なかった。“とき”の脱線は、結果的に日本の高速鉄道がいかに安全であるかを国内外に示す結果となったのだ」
「……」
「そのとき職員の誰かが言った。『運が良かった』と。──『運だと!?とんでもない!』──私は怒鳴った。腹が立ったからだ」

 

『あれを何だと思っているのだ?上越新幹線だぞ!日本の誇る高速鉄道の雄(ゆう)!』
『上越は、恐ろしい揺れと予期せぬ災害事故に見舞われながら、踏ん張った!』
『己の身を投げ出して、乗客と乗員の命を見事に護ったのだ!』
『それを“運”などと!二度と口にするな!』

 

「……とう……」
「同時に私は誇らしかった。我らの名誉を守った上越新幹線のことが。まるで自分のことのように」
「………」
「それをさっきから聞いていれば嫌いだとか何とかぐだぐだと…実にくだらん。あまりに低次元過ぎてお話にもならんな。そう思わんか?上越?」
「……ふ……戻って来たんだ……東海道…」
「悪ガキに目の前でベソをかかれてはな。戻ってこんわけにはいかんだろう?」
「……キミに言われちゃオシマイだ」
「まったくな」

くしゃっ、と、東海道の手が上越の滑らかな黒髪に伸びた。

こんな風に触れられるのは初めてかもしれない。
結構大きいんだな、東海道の手って…

「上越」
「……」
「上越」
「……ちょっと…ちょっと待ってよ」
「ああ、いいとも」

温かな掌が、後頭部をゆっくり行き交う。

「今度は私が待つ番だ。そうだろう?」
「……ほんと、ズルイよ…とうかいどう…」

両腕に顔を突っ伏したまま、そんな文句を垂れてみた。

 

ああ、そうだ。きっと東海道はまだ記憶がちゃんと戻ってないんだ。

でなきゃ、こんなに優しいはずない。
こんなに優しく僕の頭を撫でたりするはずない。

こんなの別人。ほんとありえないって。

 

「…やっぱキミはまだ治ってないみたいだね、東海道」
「ほう?」
「本当のキミなら、今頃きっと“貴様のせいでこんな目に!”とかってわめいて女みたいにヒステリー起こしてさ」
「なるほど」
「だからキミは治ってない」
「…で?そうだとしたらどうする?」
「そうだとしたら…」

 

それなら安心だ。
安心して言えるよ。

 

僕は──

 

「…ごめんなさい…」

 

ごめんね、東海道。

キミはいつだってボクのことを信じてくれていたのに。
ありのままのボクを見ててくれたのに。

ボクの方は全然信じてなくてごめん。

そして、ありがとう。

キミのおかげで、失くしかけてたほんの僅かな高速鉄道としてのプライドを、取り戻すことができたみたい。

これは口には出さないけれど。きっと一生出せないけれど。

 

「…もういい上越。もう全部終わった」
「…うん…」
「そろそろ顔を上げたらどうだ?」
「…ヤだね」
「では私は自室に戻る。もう遅い。この件はまた明日にでも。貴様も寝るなら机ではなくベッドにしろ、明朝一番には現場に戻ってもらうからな」
「…あは…」
「何が可笑しい?」
「やっぱり本物の東海道だ」
「当たり前だ、私は私だ。本物も偽物もない。いつだって」
「……」
「では、おやすみ」

カタリと椅子の動く音がする。
立ち上がり、ドアの方へ歩き出す人の気配。

「東海道」

硬い靴音がピタリと止まった。

「今度は何だ?」

口調の割には穏やかな相手の問いかけに、くぐもった声で答える。

「…おかえりなさい、東海道」
「ああ」

 

そのとき、東海道がどんな顔をしていたか。
確かめることはできなかったけれど。

きっと困ったように照れたように笑っていたに違いない。

次にこの顔を上げたらもう二度と見られない、貴重な表情だったんだろうな。

でもいいや。
明日、いつもの東海道が目の前にいてくれたらいい。
それでいい。それが一番いい。

 

「ただいま、上越」

 

 

ああ、走りたい、と思った。心の底から。

 

たとえ乗客がたった一人でも。
どんな悪天候でも。雨でも雷でも、大雪でも。

日本海の潮風を肌に感じることができる終着の地まで今すぐ駆け出したい。

 

 

風を切って走り抜ける上越新幹線の姿を、見ていて欲しい。

 

 

 

 


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 2008/11/23