I don't know, You know -2-

 

 

「山陽、事の重大さが分かっているか?一刻も早く治ってもらわねば…東海道は高速鉄道の大黒柱なのだから」
「あー、わーってるってわーってるってぇ。ンな怖い顔して迫るなよー、東北じょうかーん」

東北の険しい表情に、山陽は降参、と言わんばかりに両手を上げた。

「あれ?そう言や、騒動の張本人…上越はドコにいんの?全然姿見ないけど?地元?」
「いや、東京で謹慎中だ。東海道の書類仕事をやらせている。このままではたまる一方だからな」
「おやま、お気の毒」
「東海道が治るまで何処にも行かせない。当然だろう?上越の責任問題についてはこれから東日本全員で意見をまとめて上に提出──」
「ちょっとまぁ落ち着けよ、東北」
「…しかし」
「東海道が不安がるだろ」
「……」

珍しく感情を露にして語る東北の肩に手を回すと、そっと椅子に腰掛けさせる。

「上越のこと責めるのは…もうそのへんにしといてやれよ、な?」
「……」
「今回のことはさ、不運が重なったってこともあんだし…本人もきっとすっげぇ反省してるだろうし」
「…そうは思えんな。あの男に普段から“反省”という気持ちがあればこんなことは起きなかった。そうじゃないか?」
「まぁまぁ…それにさ…その、なんつーか…お前は上越の保護者でも何でもねぇし」
「……何が言いたい?」
「つまり、あいつはあいつ。早々にお前の思い通りにはなんねーってこと」
「…お前が東海道の思い通りにならないようにか?」
「そーゆーこと。わかってんじゃん、東北ぅ♪」
「……」
「上越新幹線、は、部屋にいるのか?」

やはり遠慮がちに、東海道が声をかけてきた。

「彼は私が検査や診察で手つかずだった仕事をすべて引き受けてくれている、申し訳ないことだ」
「それは自業自得だから、東海道が気にすることはない」
「しかし…ああ、そうだ!」

東海道は手元のティーポットを抱えてにっこり微笑んだ。

「上越にもお茶を差し入れしてあげよう。どうかな?」
「うん、それがええ、きっと喜ぶべ」

山形に同意され、東海道は安心したように微笑むと、いそいそとポットの用意を始めた。

「疲れているだろうからな、このお菓子も持っていってやろう」
「も、ほんといい子!東海道ちゃんはいい子!(ぎゅー)」
「山陽、触り過ぎだから…後で顔が変形する目にあっても知らないからね」
「じゃー、オレも一緒に上越んとこ行くわー、な?東海道?」
「うん、それは心強い。是非」
「よっし、んじゃレッツゴー♪」
「おい、山よ──」
「東北」

大きな盆を手に振り返った山陽の顔は、口元に笑みこそ浮かべているものの、滅多に見ることのできない至極真剣なものであった。

「なー東北、オレ、冗談言ってんじゃないの。本当に今のままの東海道でも問題ないのよ」
「……何だと?」
「だって、東海道は東海道じゃん」
「……」
「何があってもどんなこいつでも、オレは東海道新幹線のパートナー。その事実は変わらないからな──一生」

 

 

 

「…山陽ならきっとそう言ってくれるって思ってたよ」
「おやま、へらず口は健在だね。もっと凹んでると思ったのに」
「お生憎サマ」

ここ連日軟禁状態の上越は、山積みの書類の中で確かに疲れ気味ではあるものの、いつものどこかふてぶてしい笑顔そのままに山陽たちを迎え入れた。

「上越、すまないな、私の仕事を一人で引き受けて」
「やぁ東海道、もう寝ていなくっていいの?」
「ああ、差し入れと思ってお茶を持ってきたのだが…そこのキッチンを使わせてもらっていいか?」
「へぇ東海道新幹線がお茶を、ねぇ…どうぞどうぞ、自由に使って」
「では、お言葉に甘えて」

いそいそとカップを用意する東海道に、さすがの上越も目を丸くした。

「いやなんていうか…外道承知で言うけど、今の東海道ってものすごい萌えキャラだねぇ?」
「な?な?お前もそう思うべ?な?」
「ちょっとこれは、永遠の心のアルバムにおさめておかなくちゃ♪」

書類の間から探し出したデジカメを構えて、シャッターを切る。
いつもは肖像権侵害だなんだと怒る東海道が、逆にカメラ目線で笑顔まで見せるから、上越も調子に乗って「ねー、もっとコッチ見てー、ちょっと上向いてー」などとグラビアカメラマン気取りだ。

ほんと、東北の言うとおり、懲りてねぇこいつ…と呆れかけた山陽だったが、何気に手にした書類の束を見て一気に表情を強張らせた。

「…上越」
「あー、満足♪可愛い東海道ショット満載だよこのメモリ」
「上越!」
「わぁ、いい香りだ、東海道の入れてくれるお茶…何だろう、アップルかな?ピーチ?」
「おい上越!ハナシそらすな!…これ、東北から押し付けられた書類じゃねぇな?!」
「……」
「これはまだ〆切がずいぶん先のだ。こっちも。これも…オマエ、これだけの量の書類、1人で処理してんのか?こんな短期間で?ありえねぇ…」
「……」
「オマエ、もしかしてずっと寝てねぇだろ、コラ上越!」
「…東海道がいつ治るかは分からないって、ドクターが言ってた。だったら先の書類まで済ませておくにこしたことないじゃない?」

さらっと言ってのける上越に、別に意味で呆れたと両手を広げる。

「無理しやがってこのバカ…東北はこのこと知らねーんだろ?」
「うん。でもキミが知らせてくれるんでしょ?ねぇ、お節介な山陽新幹線殿?」
「……」
「そしたらきっとボクの心証も少しは良くなるよ。そうでないとねぇ。今度の件でボク、東日本の本社会議で吊るし上げられて断罪されて──北陸の開業を待たずに即刻主線落ち、になりかねないもの」
「何言ってんだ、東北はそんなことしねぇ──」
「するさ!」

きっぱり言い切る上越の目はもう笑っていなかった。

「キミも見たでしょ?東海道がこんな状態になったと知ったときの彼の顔──いつもの鉄面皮が崩れてあんなに焦ってさ!おかしいったら!」
「……」
「そして口に出るのは“責任”“責任”だ──ああ、責任なんてイヤっていうほど感じてるさ!分かってるよ!自分のやらかしたことがどれだけ重罪かなんて!ボクと違ってかけがえのない存在なんだから東海道新幹線は!そうでしょう!?」

忘れられない、あのときの東北の表情。
東海道を見る、不安そうな目。

「山陽だって本当は思ってるんだろ?大切な東海道じゃなくってボクが記憶喪失になれば良かったって!ボクが──ボクだったら──」

もしも、もしも、ボクが同じようになったところで──

 

一体誰があんな顔してくれるって言うんだろう。

 

「…ったく、オマエってやつは…」

山陽は、書類の山を押しのけ、机の上にどっかり腰を下ろすと、上越の黒髪に指をからめて乱暴にかき混ぜた。

「…イタイよ、やめて山陽」
「そんなこと思ってたんかよ」
「…え?…」
「オレ、もちっとオマエから信頼されてるって自信持ってたのになー」
「……」
「山陽おにーさんは哀しいよ、ホント」
「さんよ──」

それから山陽はフイッと上越から目をそらせると、東海道に向かって、

「んじゃー、オレもう行くわー」
「え…そうなのか?!山陽の分のお茶も煎れたのに…」
「おー、サンキュサンキュ東海道ちゃん♪んじゃこれはいただいて…っと」

熱いはずの紅茶を、こくこくとほぼ一気に飲み干すと、「サンキュー」と空のカップをお盆に戻した。東海道にだけ笑顔を向けて。

「博多に行く用事思い出したからさー。あ、東海道ちゃんはいいのよ、まだゆっくり療養してな」
「…負担をかけて悪いな、山陽新幹線」
「いーの、いーの。代わりに帰って来たらまたぎゅーっ!ってさせて。疲れ取れるから」
「あっはっは、分かった、いってらっしゃい」
「いってきまーす」

そして山陽は、二度と上越に目を向ける事無く話しかける事もなく部屋を後にした。

そりゃそうだろうねぇ。
さすがの山陽兄貴も、こんなヤツには愛想が尽きるって。

「上越、お茶」
「…ああ…」
「砂糖は?」
「いらない…ボクはいつもストレート…いや」

綺麗なガラス瓶に刺されたスティックシュガーを2本、引き抜いた。

「…やっぱりもらうよ」
「甘過ぎないか?」
「んー、疲れたときには2本…何となく自分ルール」
「…それも私のせいだな…じゃあ、お茶が終わったら一緒に作業をするから。私にもできそうな書類から教えてくれないか?」
「……分かった」

そうしてにっこりと微笑む邪気のない東海道の顔を見ていたら、甘いはずの紅茶でさえただ苦々しくまるで泥水を飲み込むように感じられた。

 

 

 

 


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 2008/11/5