I don't know, You know -1-

 

 

それはまったくいつもと変わらぬ日常の光景。
いつもと同じ、単なる悪戯心だった。

手にした書類に没頭しながら部屋に入って来た東海道をからかってやろうと、上越はそっと背後に忍び寄り、腰掛けようとしたその先にあるはずの椅子をさっ!と後ろに引き抜いたのだ。

「──え!?」

当然、空気に腰掛ける格好となった東海道は、あっという間もなく床にひっくり返る。

ガラガラガッシャーン!

盛大な音が部屋中に響き渡り、ミーティング中だった秋田や山形が驚いて振り返ると、東海道は倒れた弾みに思わず掴んだ隣の椅子とともに床に大の字に転がっていた。

「ちょっと!何やってんの!東海道、大丈夫!?」
「東海道?」

予想外の派手なコケ方に、仕掛けた上越も少々面食らって倒れたままの東海道の顔を覗き込む。

「ちょっとォ、東海道新幹線殿…高速鉄道ともあろうお方が、これじゃあまりに運動神経がないんではない?」
「上越!またキミだね!早く謝って!東海道を起こして!」

秋田に鬼の形相で怒鳴られ、上越はやれやれと肩を竦めて東海道の腕を掴んだ。

「ほらー、もう、東海道ったら!起きてよもう。そんなに痛かった?それとも腹が立って動く気すら起きない?」
「……」
「…?東海道?」
「…東海道、大丈夫なの?ねぇ?」
「東海道…東海道、聞こえるか?なァ?」

秋田と山形も駆け寄って声をかけるが、目を閉じたまま床に転がった東海道はピクリともしない。

「アタマ打ってかもしんねぇ、動かさねぇ方がいい」
「……うっそ……」
「ドクターを呼んだ方がいいね」

秋田が内線で医務室を呼び出そうとしたまさにそのとき──
突然、東海道の瞳が大きくぱっちりと開いた。

「秋田!起きた!東海道、起きた!」
「え?本当に?」
「東海道」
「……ん……」

東海道は、ぽかん、と一瞬3人の顔を見つめ、やがてむくりと起き上がると大きく息をついた。
まるで何もなかったかのように。

「…でぇじょうぶか?東海道?」
「ああ、もう、びっくりさせないでよ、東海道」
「ねぇ、やっぱり医務室には一応…」
「東海道?」

まるで他人の名前のようにそれを口にして、さらに続けて飛び出した言葉に、一同は凍り付いた。

「…誰だ?それは……ええっと…君たちは……誰?」

最初はふざけているのかと思った。

しかし、打った頭を撫でながら、きょろきょろと回りを探るように見回す東海道の顔は至極まともで真剣だ。
やがて再びその瞳がぴたりと秋田たちを捉えた。
まっすぐな視線には、疑問と不安の色が濃く浮かんでいる。一体自分が何故ここにいるのか、と言わんばかりの──

真っ先に我に返ったのは秋田だった。
まだ尻餅をついた格好の東海道の元にしゃがみ込み、大きく深呼吸をひとつ。
そして──

「山陽を──山陽新幹線を呼んで!早くッ!」

 

 

 

「一時的な、ってか?一時的な記憶喪失?」
「…ドクター曰くそういうことだった、一応、脳波とか詳しく調べてもらったけど、記憶以外には特に異常ナシ。小さなコブが出来たくらい」
「医務室で寝ていなくていいのか?」
「本人が嫌がるんだもの。仕方ないよ、別に僕たちのことをすっかり忘れちゃってる以外は健康体なんだし…」
「…にしてもなぁ、やっかいだなこりゃ」

博多から呼び戻された山陽と、急遽駆けつけた東北。
2人は部屋の隅のテーブルで山形から失った記憶の説明を受けている東海道の姿を見やりながら、どうしたものかと顔を見合わせた。

「とりあえず、運行に支障はないのか、山陽」
「あー、それは問題ナイ。東海道が出るはずのミーティングは全部リスケジュールかけといたし、幸いにもあいつ自分が高速鉄道だって部分はしっかり覚えてくれてったからさ。決められた時刻通りに走ることだけならいつも通り、見事にこなしてくれてる」
「そう…それならまぁ、とりあえずは一安心、だけど…」
「そんな顔すんなよ、秋田」

山陽は、眉間に深く皺を寄せる秋田の額をちょこん、とつついた。

「あのヤブ医者、時間がたてば治るってちゃんと言ってたんだろ?」
「そりゃそうだけど…こんなの在来線に漏れたらエライことだよ」
「わーってるって。しばらくはジュニアとも隔離だな、こりゃ」
「長野が研修中で本当に良かった…あの子が帰ってくるまでには治っててほしいけどなぁ」

「あの」

そこへ、おずおずと口を挟んできたのは、まさに話題の主である東海道。

「あ、えっと…どした?ん?東海道?どっか痛いか?」
「…あやまりたくて」
「…え…」
「君たちには申し訳ないと思っている。私のせいで迷惑や気遣いをかけてしまって。やれることは精一杯やるから許して欲しい」
「…は…」

──誰?誰ですか?
この殊勝な態度で殊勝な顔で殊勝な事を言う好青年(?)は。

「ちょうどお茶を煎れてみたんだ。山形新幹線から君たちの好みを教えてもらって」
「え?お茶?オマエが煎れてくれたの?みんなの分を?東海道が?」
「うん、美味くはないかもしれないがどうぞ座って…お茶菓子も買い出してきたから」
「……」
「あ、そうだ、洗濯がたまっているんだったな。ここを出られないのだからせめてそれくらいは私にやらせて…」

──別人だ──!!!

「とっ!とっ!東海道ッ!」

むぎゅーっ!

山陽がいきなり目の前の東海道を抱きしめる。

「…?!…あの」
「ヤバい!何この可愛い物体!?ちょー萌えるんだけど!」

そしてむぎゅむぎゅと黒髪にほっぺをなすりつけて子犬のようにじゃれついて──

「あっはは、山陽新幹線、君はこういうスキンシップが好きなのか?まるで外人のようだな、くすぐったいぞ」

…ああ、こんなことして殴られないなんて…まるで夢のようだ…(涙目)

「今のうちに、いっぱいさわっとこーっと♪」
「…記憶が戻ったら1000倍にして殴られるから一緒だと思うんだけど…」
「オレ、もーこのままキュートな萌え萌え東海道ちゃんでもいいっ!」
「──冗談でもバカなことを言うな、山陽」

今までむっつり黙り込んでいた東北が、苦々しく口を開いた。

「…まったく…上越も今度ばかりはとんでもないことをしてくれた…本当に困ったヤツだ」

 

 

 

 


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 2008/11/2