*たまにはこんな記念日*

 

 

2009年7月28日。

『よぅ、宇都宮』
「やぁ、高崎」
『なんか携帯、ノイズ多いなー』
「ほんと、これも天候のせいじゃない?どうなってんだろうねこの異常気象は」

いつもの開業記念日ならそれなりに互いの時間を共有している宇都宮と高崎だったが、今年は少々事情が違った。
梅雨明けなどとはほど遠い、大雨の日々。
東北方面──特に秋田地方は洪水や土砂崩れによる甚大な被害が続出し、東北新幹線や秋田新幹線もそれなりの打撃を受けた。
その後処理やこれからも起こりうる災害防止対策のために、上官組とともに宇都宮も仙台まで召集されているのである。”東北本線”として。

「高崎は今、東京?」
『いーや、高崎駅。コッチもゲリラ雨ばっかでさー、いつ何があるか分からないから待機。東京はジュニアと京浜に任せてる』
「そう。それじゃあ随分心細いだろうねぇ、僕がそばにいなくて」
『ふざけんな!お前に心配してもらわなくても俺のそばにはちゃーんと…』
「…誰か一緒なの?」
『まーな』
「誰?…まさか上越上か…」
『えっへっへー、こいつ』
“うつのみや、うつのみや、ぐんまっていいなぁー♪”
「なんだ、だるまるじゃないか」
『なんだじゃねーよ、何想像してんだよバーカ』
「まったくキミって奴は…どこまでガキなんだい…」

はぁっとため息をつきながらも、つい柔らかな笑みが浮かぶ。
本当は──こういう他愛のない会話にどこかホッとしていた。
現在、お互いの置かれている状況が決して楽天的なものではないから余計に。
携帯電話の普及が有り難いと心から思った。
こうして距離を感じることもなく、いつもの2人でいられるのだから。

『こいつも雨とか雷で怯えちゃってさ、なるべくそばにいてやろうと思って』
「ま、だるまるが一緒ならちょうどいいかな。高崎も“悪さ”できないだろうから」
『“悪さ”?何だよ“悪さ”って』
「えっちなコト」
『!?──ばっ!おまっ!』
“えっちー、えっちー”
「おお、上手上手」
『だるまるっ!変な言葉覚えてんじゃねー!うっつのみやぁ!テメー一体何ぬかして──』
「だめだよ、しちゃ」
『は!?』
「僕以外のひとと、えっちなコトしちゃダメだよって」
『ば、バッカかテメーは!しねーよそんな!じゃあもう切るぞ!』

大慌てで通話を終了する高崎の真っ赤な顔が想像できて、つい笑いが込み上げてしまう。
彼が不用意に残した言葉を頭の中で反復しながら、宇都宮は携帯電話をポケットに突っ込み、上官たちの待つ部屋に戻った。

「おかえり宇都宮、高崎とは電話…無事につながったみたいだね、その様子だと」
「ちゃんと話せたか」
「YES、秋田上官、東北上官。申し訳ありません、私だけ先に休憩をいただいてしまって」
「気にするな。無理を言って来てもらったのだからな」
「職務ですから、上官」
「それにしたってねぇ…」

秋田は、端正な横顔をふっと傾げて東北と視線を合わせた。
今日が、宇都宮と高崎にとって特別な日だということは当然知っているからこそ。
あくまで天災は自然の力だから自分たちでどうにもならないことと分かっていても、2人を引き離していることに後ろめたさを感じてしまうのだ。

「せっかくの開業記念日だったのに」
「我々は鉄道です。彼も私も職務第一です。どうぞお気遣いなどなく」

判で押したような優等生的回答に、秋田の少年のような悪戯心がむくっと首を持ち上げた。

「…ねぇ宇都宮、是非聞きたいな、キミの本音を」
「本音、ですか?」
「そうそう。いいじゃない、東京じゃないんだし。ここには私たち3人だけだし。無礼講ということで、ね?」
「おい、秋田」
「東北、キミも聞きたいよねぇ?部下と腹をわってコミニュケーションをとるって大切だと思わない?」
「……」

一旦火がついた秋田の好奇心はもう止めることはできないようだ。
東北は深いため息をついて、この会話の流れを見守ることを決めた。

「で?高崎線と会えないで今日という日を迎えるキミの本音は?宇都宮線?」
「…本当に本音を申し上げてよろしいのですか上官?」
「うん、許可する。思いっきり本当のところを聞かせて欲しいな」
「本当のところ、ですか…そうですねぇ…」

宇都宮は、上司を凌ぐ長身をうん、と伸ばすと、腕組みをして高らかにこう言い放った。

“大雨の糞ったれくたばりやがれ!”──と、まぁこんなところでしょうか?」

その罵声があまりにもさらりと笑顔で言ってのけられたものだから、東北も秋田も一瞬何が起きたのか分からず唖然、と。息をすることさえ忘れた。
そして我に返り──途端、ゲラゲラゲラ!と高速鉄道の威厳も忘れて大笑いを始めたのは秋田だった。

「あっはっはは!ねぇ東北、今夜は宇都宮に大いに奢りたい気分なんだけど…どう?」
「…ふっ…そうだな」
「おそれいります、上官」

宇都宮は素直な返答とともに頭を下げると、再び机に向かってやりかけの書類に手を伸ばした。

──まぁ、たまにはいいかな。こんな開業記念日も。

 

 

 

 

 


その頃の高崎

 2009/7/29