*GAME FOR YOU*
カツカツ、と、固い靴音とともに、休憩室の扉が開いた。
お茶を飲んだり新聞を読んだり携帯ゲームをしたりと、短い休憩時間をのんびり過ごしていた在来線たちが一斉に扉口に目をやると──
「さっ、山陽…上官!?」
そう。颯爽と姿を見せたのは──彼らが滅多に関わる機会のない西の上官であった。
和やかだった部屋の空気が、一気に緊張の色を見せる。
「あのぅ…何かありましたでしょうか、上官?」
いつもは沈着冷静を誇るリーダー・京浜東北もさすがに動揺を見せる。
ところが山陽はそんな心配などどこ吹く風、と言った様子で、さらりとした茶髪を書き上げながら鼻歌まじりの笑顔でぐるりぐるりと何度か一同を見回し──
「えーっと……キミ!高崎線!」
「うひえぇっ!?」
いきなり名指しされた高崎は、声というより変な音を上げて後ずさりする。
「よ〜し高崎線!キミに決めたぁ!」
──いや、高崎はポケ○ンじゃないんで──
──モン○ターボールには入りません山陽上官──
…という全員のツッコミは大人しく胸の中にしまわれ。
「うっ!?ひっ!ひえっ!あのっ!?…あああ」
「「「行ってらっしゃ〜い」」」
と、硬直したまま涙目で山陽に拉致(?)されていく高崎を、一同は小さく手を振り笑顔で見送ったのだった。
「…すんませーん、兄貴がこちらに戻ってきてません…か……って……え?」
東京駅の上官室。
東海道ジュニアの目の前には異様な光景が広がっていた。
テーブルを仲良く(?)囲んでいる山陽、そして山形。
いや、ここまではいい。ここまでは良くある光景。
が──
「…ジュニアぁ…(助けて〜!)」
「!?…何やってんだ高崎…」
こんな場所にいるはずもない東の同僚、高崎が泣き出さんばかりの情けない顔で上官2人に挟まれるように座っていたのだ。
「…ええっと…何やってんですか、山陽サン」
「見れば分かるだろう!ババ抜きだ!あっはっは!」
「ん(こっくり)」
「…ジュニアぁ…(早く助けて〜!)」
「……」
──いまだかつてこんな悲惨な顔でババ抜きをしている男を見たことがない──
ジュニアは高崎を見てそんなことを思いながらため息を落とした。
「あー…ツッコミどこは山ほどあんですけど…とりあえず何でここで高崎がナチュラルにババ抜きのメンバーに加わってるかというあたりの説明を…」
「あ、それ俺オレ!オレが連れて来たの!ちょうど休憩時間だったみたいだからさっ♪」
「〜〜〜(ひぇ〜ん)」
「…無理やり拉致って来ましたよね、高崎の意思は不問ですよね、わかります」
「まぁ、ジュニアも、座れ」
「…はぁ」
高崎の手前、いつもと違って標準語を駆使する山形に促され、席に着く。
するとすぐにパラパラと手元に札が配られ、今度は4人でババ抜きが再開された。
「いやいやいや!俺加わるとか一言も言ってな──」
「わっはっは!ココに座ったらそれはイコール我ら“ババ抜き倶楽部”のメンバーに加わるということなのだ!大人しく参戦しろジュニア!」
「いや山陽サンの言ってる意味全く分かりませんから!つかそんな倶楽部ねーし!」
「では、じゃーんけーん」
「山形さーん!ハナシ聞いてくださーい!」
「……」
「高崎―!お前も半泣きでペア札選んでんじゃねー!一体これどうなってんだよ!」
「…寂しいからって…」
「は?」
「…上官お2人でババ抜きはあまりも寒いからって…俺が選ばれて…」
「いやだから何ですべてが“ババ抜き”前提なんだよ!」
「まぁま、ジュニアだって今は待機なんだろ?」
「──!?…ぐ…っ」
「ニュース速報、じゃんじゃか流れてんぜぇ。東海地方、すんげぇ大雨みたいだなぁ」
「…はい…つい先程止まりました…」
そうなのだ。
全国的に天気がぐずついている現在、東海地方は局地的な大雨に見舞われ、ついにジュニアは一時運休の身となった。
意地というかプライドで走り続けようとしていた兄・東海道新幹線も雨量計には勝てるはずもなく、間もなくうなだれてここにやってくるはず…
「……!?……って……や、ヤバ!」
「んーどした?ジュニア?」
「だって山陽サンっ!このままじゃ…っ」
どっぷり落ち込んだ東海道がやって来れば、否が応でも高崎と顔を合わせることになる。
そうしたら高速鉄道の威厳は!?東海道新幹線の立場は!?
「ま、お前の心配は分かってる。な、山形?」
「…(こっくり)」
「え?!じゃあ、何で──」
「まぁ見ておけ、って」
バタン!
「う〜〜〜〜〜」
「あ」
噂をすれば!
「…兄さん…」
案の定、あと数秒でマリモと化し湖の底に沈みこむ──様子の東海道(兄)が現れた。
「ああジュニア…山陽…やまが…や……?……!?……う…ウォッホン!高崎!なぜこんな時間にここにいる!?」
堪えたー!
偉い、偉いよ兄さんー!(涙)
ジュニアは、高崎の姿を眼にした途端、力を振り絞って落ち込みの底から浮上した(ように見える)兄に感嘆の涙を流した(心の中で)。
「こ、こんなところで油を売っている暇などあるのか!貴様ら在来に!」
「え、や、い、YES、上官、あの、これ、は」
「あー、怒らないでやってよ東海道ちゃーん、俺っちが連れてきたの」
「山陽ッ!貴様ッ!いったい何を考えて──」
「…座れ、東海道」
「や、山形まで!だからいったい何を──」
「運転再開までにほれ、なんつーの、メンタルトレーニング?…ってことで、ババ抜きでどうかなーって思ってさ」
ああ、怒鳴られますよ山陽サン、いや、高崎の目すら忘れてどつかれますよ…
と、修羅場を覚悟したジュニアだったが、意外や意外、“ババ抜き”の単語を耳にした東海道の瞳は一瞬にして光と生気を取り戻した。
「ふ、ふむ…なるほどな…メンタルトレーニング…ババ抜き…か」
「名案っしょ?」
「うむ、貴様の発案にしては悪くないな」
えぇえええ──!?
ジュニアは両手で口を押さえ、叫びだしそうになる自分を必死で制した。
いやいやいや、だって、ダメっしょ!?
兄さんはそういったゲームとかカードとか仕事以外の遊びの世界にはとんと疎いというかダメダメっていうか──!?
「ウソみてぇ…」
しかし、その十数分後。
ジュニアは、そんな自分の考えが180度間違っていたことに気付く。
なにせ、ババ抜きに興じる兄の姿はまさに“水を得た魚”の如く。
あっと言う間に連戦連勝。
こういった場で負け知らずの山陽ですら、あっさりと勝者の座を譲り渡しているのだから。
「ちぇーっ、相変わらず引きが良いよなーっ!また負けたァ!」
「…強いな、東海道」
「はっ、山形。今更なことを言うな!このような頭脳的カードゲームなど私の手にかかれば子供騙しのようなものだ!」
「やっぱ人間、何か取り柄ってあるもんだよなー、ははは」
「……(山陽、あとでぶん殴る)」
「にしても、マジで強い…」
弟であるジュニアですら愕然とするほどの怪勝っぷり。
この調子だとまだまだ兄には隠された素顔があるような──ないような。
「しかし、こう勝ち続けては張り合いがないな…高崎線!」
「い、いいいいYES、上官っ!何か!?」
「まさか貴様、上司である私にエンリョしてわざと負けたりしていないだろうな?」
「めっ、滅相もないです!」
「そだそだ、それ濡れ衣だぞとーかいどー」
「…それはないだろう」
「うむ、まぁ…そうだな。この高崎にそんな芸当は無理だったな。京浜東北や宇都宮でもあるまいし」
「(ホッ)」
──そうかそうか、高崎をメンバーに選んだのにはちゃんと理由があったわけか。
ジュニアは、札を繰りながら心の中で大きく頷いていた。
在来線一と言われるほど馬鹿正直で単細胞な高崎なら、八百長などするわけがないという安心感。
流石は山陽サン、抜け目ない。
にしても兄さん…結構、東の在来の性格を的確に掴んでるんだな。
〜♪〜♪♪〜〜〜♪〜
「「おっ!?」」
ここで、ジュニアと東海道の携帯が同時に鳴った。
メール着信。
東海道本線ならびに東海道新幹線、間もなく全面復旧との連絡。
「良かったなぁ、東海道」
「うむ、10分もすれば出られるだろう」
「よ、良かったです…ホント」
いろんな意味で心からそう告げる高崎に、東海道が滅多にない晴れやかな笑顔を向け、
「ということで、あと一回は勝負出来るな!では札を配れ!」
「!?(まだやるんスかぁ────!)」
「何か?」
「…いいえ…」
涙をこらえて「YES、上官」と応える高崎の肩を、左右に座るジュニアと山陽が励ますように優しく叩いた。
「よし、では始めよう!このまま勝ち逃げさせてもらうぞ!」
「おーお、言ってくれるねぇ。運転再開したらその勢いでガンガン走ってくれよ」
「まかせておけ山陽!遅れなどすぐに取り戻してやる!」
「…安全第一、に」
「はは、分かっているとも山形」
そして言葉通り、最後まで勝ち続けた東海道は、奇跡的にもマリモになることなく、意気揚々と一足先に己のラインに戻って行った。
ようやく解放の身となった高崎は部屋に逃げ帰り(熱でも出なきゃいいが)、後に残された山陽と山形がやれやれと大きく伸びをするさまを横目に、ジュニアは散らばったトランプ札を片す。
「…山陽サンも山形サンも…知ってたんですね、兄貴が“ババ抜き”に強いってこと」
「んー、や、恥ずかしながら、知ったのはごく最近なんだけども」
「ババ抜きなんて、早々皆でやったりしねぇからなぁ」
「ま、そりゃそうでしょう」
自分だって。この年になって、兄弟一緒にトランプ、で遊んだ記憶などない。
だからかー。あんな生き生きした兄を見たのは久しぶりだ。
…若干一名は気の毒だったが。
「あ〜、あいつのどんより曇った顔見なくて済んで助かったぜ〜」
「雨はいつかやむもんだべ。何事も前向きが一番」
(あーあ、もう)
──結局、みんな、東海道新幹線の、凹んだ顔が見たくなかっただけなのだ。
──山形さんも、山陽さんも、そしてこの俺も。たいがい兄貴には甘んだよなぁ。
東海道ジュニアは、そう苦笑いしながら、後で差し入れをもって高崎を見舞ってやろうと心に決めた。
精根尽き果てた同僚が明日車両トラブルでも起こした日には──今度は京浜東北から自分に雷が落ちるそんな気がする。
いや、宇都宮かもしれないけれど。
END