*初夏の魔法使い*
〜1〜

 

 

別に、たいしたことじゃない。

 

あれは、京葉のおとぎ部屋(と、勝手に命名)に遊びに行くようになってしばらくして。

うまい酒が手に入ったからって。
初めてサシで飲み明かした。

 

「ふわー、気持ちイイー」
「おー、飲んだ飲んだァ」

おつまみ代わりに出されたネズミ型のビスケットを口に放り込むと、ふわふわカーペットに寝転がる。

「くっそー、先に酔ったじゃねーか、馬鹿京葉!オマエ酒、強過ぎ!」
「えー、そんなことないよ、ボクも相当酔ってマス」
「マジでー?あー…オレもーダメー」
「じゃあ、紅茶でも入れようか。今日はストロベリーのがあるんだ」

ストロベリー、って、日本語で何だっけ・・・とダメな思考を空回りさせていると、すぐに苺のほのかな香りが漂ってきた。

「はい、武蔵野、ストロベリー・ティー」
「さんきゅ」

寝転んだまま器用にカップを受け取って、首だけ持ち上げて啜った。

「んめ!」
「でしょー♪」
「はぁ〜あ、極楽極楽、もうこのまま一生寝ていたい」
「ダメだよー、運休は」
「・・・分かってるっつーの」

アルコールの心地よさとカーペットの温かさに甘えて目を閉じる。

「はーあ、コレがイケてるおねーちゃんと、だったらなぁ」
「んー?」
「キレイなおねーちゃんとだったら、イロイロお楽しみもあんだけど」

いつもの冗談ごとだった。
酒も回っていたし。喉から滑るように出た言葉。
京葉の困った顔が見たいという意図もある。

が──

「ほんとに、そう思う?」
「・・・はぁ?」

降ってきた返事は、いつものものとは違った。
そして目を開けると──視界いっぱいに──逆さになった京葉の笑顔。

「おねーちゃんじゃなくちゃ、ダメ?」
「・・・えーと・・・」
「試してみてよ、ダメかどうか」
「え?は?ちょ・・・近・・・」
「武蔵野」

そう囁いた唇が、ゆっくりと自分の唇に被さった。

そっと触れて。
そっと離れて。

さらりとした長髪が頬をくすぐる。

 

あー。
コイツ。

──やりやがった。

 

「・・・どう?」
「・・・オマエなぁ」

どうすっかな。ブン殴るか。
とか考えながら、苺の甘さが残る唇を舐めた。

生理的にイヤな相手なら、渾身の力を込めてタコ殴りだが。
特に嫌悪感はなかった。不思議なことだが。

「ねぇ、武蔵・・・!?・・・ッ!イダダダダ!」
「いーかげんにシロ、酔っ払い」

調子に乗って、もう一回・・・と降りてきた端正な顔の、両頬を引っつかんで左右に引っ張った。

「イタイイタイイタイ!──や──め──!」
「てめぇオレの純情奪いやがって!どーオトシマエつけんだよ!ええ?」

大げさに騒ぎ立ててやると、真っ赤に腫れた頬を押さえながら涙目で睨まれた。

「武蔵野ォ」
「何だよ!」
「奪ったんじゃないよー、あげたんだよー」
「ンなもん、ノシつけて返すわーっ!」
「でも、そんなイヤじゃなかった・・・でしょ?」
「・・・っ」
「ね?」

賭けてもいい!ぜってーコイツ酔ってねぇ!
ニコニコニコニコ満足げに笑いやがって。
あー、もう!それが一番ムカつく!

「・・・オマエさぁ」
「んー?」
「誰にでもヤってんだろ」
「・・・え・・・」
「どうせ誰にでもヤってんだろ、こんなこと。ったく、オマエの悪い冗談に付き合ってらんねー」
「・・・・・・」

 

──沈黙。

 

え?反論ナシ?

首を伸ばして視線を上げると・・・

そこには、見たこともない京葉の顔。
口元から笑みは消えてないけど。
それはそれは寂しそうな、苦しそうな、そんな目でオレを見て。

「・・・そんな風に思った?」
「は?」
「・・・武蔵野、も、ボクのことそんな風に思ったんだ・・・」
「・・・・・・」

 

 

なんて答えたのか覚えてない。
どうやって帰ったのかも覚えてない。

ただ気がついたら、おとぎの国は消えていて。

足元には、静まり返った冷たいホームが横たわっているだけだった。

 

 


2につづく

 2008/6/19