*ぼくのへやへようこそ*
〜3〜

 

 

「フォション、気に入ったの?美味しい?ねぇ武蔵野?」
「まぁな…」

確かに気に入った。
面倒臭くて、テキトーに手元にある日本茶ばっか飲んでる身にとって、ほわっと甘い香りのする紅茶なんてなかなか口にする機会がない。

あーでもこれで、目の前にいるのがかわゆいメイドさんだったらなぁ。

現実は──テーブルに両肘ついてゆる〜い笑顔を浮かべる、ワインレッドのセレブ(自称)野郎ときたもんだ。

「…って何だよ!気持ちわりーな!人の顔見てニヤニヤしやがって!」
「だってー、ボク、一度こうやってゆっくり武蔵野とお茶してみたかったんだもーん♪」
「はぁ?」
「だってさー、武蔵野、直通で顔合わせても、いつの間にかいなくなっちゃうし」
「それはとことん噛み合ない会話が辛いからだよ!悟れよ!あと、目が合うたびにブンブン手ェ振られるのも恥ずい!」
「もー怒りんぼさんだなー、武蔵野はー」
「…っ」

(確かに、オレって何かいっつもコイツに怒鳴ってるよな…フツーは怒鳴られる側のオレがな)

ふと、そんな想いが頭をもたげた。

(よくつるんでる東上とか有楽町とかにも、ンな怒鳴ったことねーのに)
(…そっか、考えたら、オレが強く出られるのってコイツくらいしかいねーからか)
(皆オレのことバカにするか説教するか無視するかだけど)
(こいつはそゆことしねーから逆にオレが噛み付けんのな)

「でも今日は来てくれたよねー、嬉しかったよ」

そして怒鳴られても怒鳴られても、相変わらほよよん、と平気な顔の京葉。

(何ホントこいつ。もしかしてM?)

宇都宮のヤツが高崎がMだとかってからかってたけど、セレブで能天気なMって方がかなり怖くねぇか?

「…変わってんな、お前」
「え?」
「オレと茶ァして何が楽しい?」
「だって、武蔵野はさー、一緒に居てすっごい楽なんだもん」
「楽?」
「うん」
「でもオレ、いつも怒鳴ってるだろ、お前のこと」
「んー、でも、武蔵野の言う事、全部ホントのことばっかだし」
「…自覚はしてんのな、反省はねーみたいだけど」
「えっとそれから何て言うかー、ウソないでしょー、裏表?っていうの。ボクそういうの苦手なんだ」
「裏表なんて面倒くせーもんオレが持ってっか」
「うん、ソコがいいとこ」
「いいとこ?」
「うん、武蔵野の、いいとこ」

──オレのいいとこ?

(オレのいいとこなんて、誰かに言ってもらったことあったっけ?)
(なんか覚えねーな)
(バカにされることはあってもな。所詮貨物上がりだとか何とか)

やっぱこいつちょっと、いや、かなりおかしい。おかしいから。
だからオレ──
何だかすごく楽に息ができるんかな。

「あ、ゴメンゴメン、武蔵野のお目当てはプリンだったよねー!お待たせしちゃったー!いよいよプリンちゃんたちのご登場デース♪」
「…“たち” …?」

そして席を立ち、再び戻ってきた京葉の手には──

「うっわ!すっげー!」
「じゃ〜ん!“プリン・ア・ラ・モード・京葉&武蔵野・ホワイトマウンテン・スペシャル”」

花形の皿の真ん中に、つるりとしたプリンが2つ。
そこにこんもりと生クリームの山脈。
さらにチョコやらイチゴやらキャラメルやらのソースが惜しげもなくかけられ、てっぺんには棒チョコがえいっとばかりに刺さっている。
かなり美味そう…ネーミングにはちょっとひっかかるが。

「おま…コレ自分で作ったの?」
「まぁねー、でもインスタントと既製のお菓子の組み合わせだからカンタン」
「イヤすげーよ、いっただきまぁす♪」

お宝のようなデザートを前に、思わず正座。

「もし良かったらおかわりして、まだあるから」
「まだって…何個作ったんだよ」
「んー、勢いで…10個くらい?」
「10個ォ!?作りすぎだろ!他にも誰か客来んのか?」
「来ない」

京葉は、自分の皿のプリンを崩しながらあっさり答えた。

「誰も来てくれないよー、だから今日はすごく嬉しい」
「……」
「いいねぇ、誰かとこうやって一緒に食べるの♪」

 

夢の国の王子様は──

誰もいないお城の中で──

 

いつも一人ぼっち。

 

(アホくさ)

んなアホみたいな場所にいて、どうやらオレのアタマもぶっ飛んだらしい。
でもクリームたっぷりのプリンはマジで美味くて、叩きつけるような雨音もいつ再開できるか分からない運行状況も、うっかり忘れそうになってしまうほど。

まぁつまり、これがひとつの魔法ってヤツか?

「…なぁ」
「ん?」
「お前、やっぱセレブっての自称だろ?」
「えっ何で?」
「こんな美味くプリン作れるヤツが、セレブってことあるか」
「あはははー♪」
「…まぁでも、プリンが喰えるなら…また来てやってもいいぜ」
「ホント!?」
「あとお茶な。いい匂いのするヤツ。忘れんなよ」
「うん!」
「それから」
「綺麗なおねーさんの本、ね。無修正版がいいかな?」
「おっとォ!王子様からすごい発言出ましたァ!」
「それは魔法じゃムリだから、駅の売店で」

ンなトコで無修正のエロ本売ってるかーっ!

…って調子で。
結局、またまた怒鳴りつけた。

 

いつもと違うのは、2人とも笑ってたってコトかな。

 

 

 

 


おまけ

 2008/5/27