*ぼくのへやへようこそ*
〜2〜
「さ、どーぞー。やだなぁ、遠慮しないで武蔵野ったら」
「…エンリョじゃねぇ…ガチで引いてんだよ…」
そこは、まるで別世界だった。
武蔵野が知る限り、JRの部屋というのは質素で簡素、というのが基本。
それが…何コレ。
部屋の壁には一面、舞浜駅で見かける城をデザインした色とりどりの巨大ポスター。
棚にも床にも何とか言うネズミっぽいヤツのぬいぐるみ多数。
同じく犬っぽいのも、きっちり服を着込んだアヒルのぬいぐるみも。
なんかヒラヒラしたものがたくさんついたカーテンと、そして一番ドン引きだったのが…
「…なんでベッドに天井がついてんだ?」
「んー、素敵でしょ?天蓋ベッドってゆーの♪」
「…そのうえなんでンな布切れが何枚も垂れ下がってんだ?」
「寝るときはアレ閉めるの。するとね、まるでベッドの中の空間がおとぎの世界のようになって素敵な夢が…」
「…もういい。オレが悪かった」
何か踏み込んではイケナイ世界を垣間見た気がして、反射的に謝ってしまった。
「えっと、じゃあまずお茶だよね、プリンの前に、あつ〜いフォションのアップルティー入れるから」
「フォショ…?」
「すっごくいい香りがするから、座って待ってて」
そう言って、武蔵野は赤と白というありえない配色に彩られた小さなキッチンに立った。
(なんだコイツ、こんな機嫌良く茶ァなんて入れて…オレ相手にご苦労なこった)
とか思いながら、目にイタイ縞模様の絨毯に腰を下ろす。
ガラスでできているのか、透明の、変な雲みたいな形のローテーブルは一体ドコに陣取るべきか迷わせるカタチで、妙に落ち着かない。
結局、部屋の隅っこに移動した武蔵野は、何気に棚の中のものを手当たり次第弄りたおしていた。
(すげー、本がいっぱい、ある)
豪華な、重そうな本が棚の幾段にもずらりと並んでいる。
しかもどれもマンガじゃない、外国風の小説ばかりだ。
とてもとても読書するアタマを持っているようには見えなかったが。
「面白いよ、どれか、貸そうか」
気づくと、京葉が花柄のカップを2つ並べてニコニコとテーブルについていた。
「…意外…お前ってちゃんと字、読めんのな」
「ひどいなー武蔵野、じゃあボクいっつもどうやって行き先表示するっていうのさ」
「そらそうだ」
「じゃあ聞くけど、けみがわはま、って書ける?」
「…え?…えと…」
「ふふっ」
「…!?…コノヤロー、馬鹿にしてんなよ!」
「あっはは、ゴメンゴメン」
まったくよぉ、ほんとウゼーお前、とか文句を垂れつつ、差し出されたカップを受け取った。
ふーん、確かにすごくいい香りがする。リンゴかコレ。
暖かい液体が喉を潤すのを感じながら──手にした本を数ページめくってざっと目を通した。
「…何かどれも魔法使いとか妖精とか王子様とかが出てくんのな」
「うん」
「おねーちゃんの水着姿の本とか、ねーの?」
「ないねぇ」
「ホント、お前、こういうの好きだね」
「だってさぁ、ボクってほら、日本中、ううん、世界中のプリンス、プリンセスを毎日夢の国まで運んでいるじゃない?」
「…それは訳すと“観光客を舞浜まで乗っけてる”って意味な?」
「ウン。バスだってあるのに、あえてボクを選んでくれた彼らが、列車に乗った瞬間から夢を味わえるような、そんな路線でいたいんだ、ボク」
「……」
「だからね、いつも夢をいっぱい、ちゃ〜んと準備しとかなきゃ、ココ、に」
京葉はそう言うと、自分の胸をポン、と叩いて見せた。
(なんだー、コイツ結構考えてんじゃねぇか、オレなんかより、よっぽどJRのこと)
悪天候で真っ先に運行停止して、それでも全然焦りもしない。
天然ボケの、ぐだぐだ路線仲間だと。すっかりそう思い込んでいたのに。
(ちぇっ、何だかな──面白くねーの)
(No.1根性ナシ路線のくせしやがって、なぁ)
「どうしたの?武蔵野?」
「…んー、何でもねぇ」
「ほんと、貸すからさ、武蔵野も一冊読んでみなよ」
「えー」
「この、孤児の少年が立派な魔法使いになって成長してくお話とか…泣けるよ」
「マジでか」
「何なら、運転再開までボクが読み聞かせしてあげようか?」
「…ンなことされるくらいなら暴風雨でも走り続けるオレは…それより、さぁ」
「んー?」
「なんか綺麗なおねーちゃんの載ってる本」
「だからないって…」
「オマエ、魔法でなんとかしろよ」
「え──!?」
さすがの天然セレブも、このツッコミには困りきった様子で。
「武蔵野って、オモシローい」
って、苦笑いさせてちょっと胸がスッとした。
まぁオモシロさでオマエに勝てるヤツいないと思うけど。