*ぼくのへやへようこそ*
〜1〜
「遅れてゴメン高崎…どう?状況は?」
「あー京浜東北、オレはもうちょっと踏ん張れるけど…宇都宮はもうダメ」
「そっか」
「ボクも、川越までの直通切ったけど、時間の問題」
「んー」
上陸し損ねた台風が置き土産とばかりにやたら手強い雨雲を残して行った。
ざんざん音がするほどの雨脚の中、そろそろヤバイと感じた在来線たちが集まり出す。
「で、現時点で止まっちゃってるのは?」
「えーと、JR東日本最強へたれコンビの…」
「待て!マテマテマテマテ!」
と、コンビ(?)の片割れ、武蔵野線が不満の声を上げた。
こういう反応は実に珍しい。いつもは自他ともにもとめる“ゆるゆる”路線だから、どんな言われようでもヘラッと聞き流してる男だ。
それがここまで異論を唱えるのは──
「んー、自然の脅威の前では、どんな魔法もかなわないって感じ?自然ってほんと、ミラクルだよねぇ?」
「──オレをこの馬鹿セレブと一緒にすんじゃねーっ!」
…と、いう訳である。
「あ、京葉も止まってたんだ、やっぱり」
「うん、一番乗りー、ゴメンネー、えへっ」
「“えへっ”じゃねー!“やっぱり”とか言われてんのに疑問はねーのか疑問は!」
「京浜東北―、武蔵野がボクをいじめるー」
「まぁまぁ、とりあえず止まったものは仕方ないから…えっと、東海道は?」
「それがまだ頑張ってんだよ…」
「わぁっ、これこそミラクル!」
「お前は黙ってろ、京葉」
「兄貴の手前でしょ?でもさすがにもう無理なんじゃない?」
「ちっ」
武蔵野は、小さく舌打ちして立ち上がった。
あのブラコンの東海道、人の顔みれば偉そうに“やる気がない”だの“JRの名前を汚す”だの説教を垂れる。
いつもは無視しているけれど、運休になってココに足止めを喰らえば嫌でも顔を突き合わせて…
「あー、またネチネチ絡んでくるんだろうなあいつ…ウゼー」
「どこ行くの?武蔵野?」
「どーせ当分動けねーんだろ、ちょっとフケるわ」
「でも、連絡つく場所に居てくれないと困るよ」
「だいじょーぶ!」
ポン★
「──は?──」
「武蔵野はボクんトコで一緒に休んでるから♪」
「──え?──」
すっかり存在すら忘れかけていた、いや、アタマが存在を追い出そうとしていた男…京葉がニコニコと武蔵野の肩を抱きかかえるように手を置いている。
そして反対の手は目の前で派手にピース。どこのギャルだお前は。
「待て!オレはンなこと一言も──」
「ボクだって、東海道に会ったら長々お説教されちゃうもーん、ね、だから一緒に、逃・げ・ちゃ・お♪」
京葉は、少しだけ高い身長をかがめ、武蔵野の耳元で優しく囁く。
何かどっかで聞いたコレ。
ああ、ベッタベタの昼ドラの口説き文句だ。
「──とか思ってる場合じゃねぇ!ええぃその手をどけろ京葉!誰が行くか!お前のトコなんて行くか!あー、そうだ!死んでも行かねーぞ!オレは──」
「ちょっと!ケンカはやめなよ武蔵野っ!」
「うるせーっ!」
京浜東北の静止を振り切り、武蔵野の拳が振り上げられそうになった、まさにそのとき──
「プリン」
「──は?」
「好き?」
「──え?」
「プ、リ、ン、好、き?」
ちょこん、と可愛らしく(?)首を傾げて繰り返す京葉。
武蔵野はあまりに唐突な相手の言葉に、拳を握り締めたままフリーズしている。
「…プリン?…ってか?」
「うんっ!おいしーの、あるんだよねーうちに」
「…プリン…」
「よーく冷えてるの、プリンプリン!」
「…プリンプリン…」
「一緒に食べようよー、ごちそうするよー」
「……まぁ……そこまで頼むなら……行ってやらねーこともないけど」
──さっき死んでも行かないって言ってたじゃん!
──つか、お前にとってプリンは死に勝るのか!
と、皆が胸中でツッコミを飛ばす中、
「さ、行こう行こうむーさーしーの♪じゃあまた後でねー、みんなー♪」
ゴーイングマイウェイ京葉は、鼻歌まじりに武蔵野の背中を押すようにしてさっさと会議室を出て行った。