スイーツ・モア・スイート

※秋企画のSS 「ラブ・パニック」の後日談となっています。
単品でもお楽しみ頂けますが、合わせて読むとよりお楽しみ頂けるかと思います。

俺は夢でも見ているんだろうか。
君に気付かれないようにこっそりつねってみるけれども、チクリと感じる痛みや、口から飛び出そうなほど高鳴っている鼓動が、確かに現実だと物語っている。痛み付きの夢もあると聞いているが、この際考えないでおこう。
かなり都合がいいものだが、でも夢なら醒めないで欲しいと思う。
例え理性の限界と戦う、苦しい思いを強いられるハメになったとしても。


「ご主人様?」


俺に笑顔で、もう聞くことは無いだろうと思っていた禁断の台詞を言う香穂子は、黒いパフスリーブの半袖ワンピースに、白いフリルのエプロン姿。学園祭の時クラスの出し物で着ていたあのメイドのコスチュームを着ていた。


でもここは学校ではなく俺の家。
リビングのソファーに座る俺の隣に、ピタリと寄り添うように座っている彼女。学園祭の時には机があって分からなかったが、座ると見えてしまいそうなほどの短めのスカートから、白い太脚が惜しげもなく晒されている。それに可愛らしい姿と直接触れ合う脚から伝わる熱が否応なく胸の鼓動を高めて、猛烈に俺の理性という命綱を焼き尽くす勢いで燃え上がっていく。
意識と視線の半分はそちらに行きながらも、なぜこんな事になったのだろうと、霞始める意識の片隅でたぐり寄せるように思い出していた。


そうだ。香穂子が家庭科でケーキを作ったから、放課後に俺の家で練習しようという事になったんだ。
俺の家に着くなり彼女は「着替えたいから」と、道すがらずっと気になっていた、大きな黒い紙のショッピングバックを持ってリビングを飛び出して行った。朝は持っていなかったなと思って中身を聞いたら、後のお楽しみだから秘密だよと、悪戯を企む子供のように笑っていた香穂子。
思えば胸騒ぎといろんな意味で悪い?予感はこの時からしていた気がする。


「どうして・・・その服・・・・・・・・」
「これ? 学園祭の後すぐに持って帰りたかったんだけど、荷物が多くてなかなかもって帰れなかったの。今日持って帰るつもりだったんだけど、蓮くんのお家に寄れることになったから丁度良かった」


どうしてちょうどいいのか・・・・・。
俺を試しているのか、はたまた誘っているのか。
天使のような無邪気ぶりと無防備さに、小さく溜息を吐かずにはいられない。
とても似合っているだけに、どれだけメイド姿が男心をくすぐるかを、君はきっと分かっていないんだろうな。
しかも月森家にずっといるのではと思わせる本物のような馴染み具合が、より一層俺を落ち着かなくさせていた。
学園祭の時には家で見てみたいと思ったが、それがこんなにも危険なものだったとは・・・まぁ今更もう遅いが。


「せっ・・・制服のままでは駄目なのか?」
「どうして? 可愛いって言ってくれたから、蓮くん気に入ってくれたんだと思ってたのに・・・・・もしかして違ったの?」
「いや、そんなことは・・・ないんだが」


嬉しそうに笑顔だった彼女の表情が、しゅんと悲しそうに沈んだ。
その瞬間の俺は、みっとも無いくらいに慌てていただろう。しどろもどろになりながら、そんな自分を見てみたいと苦笑する程に。彼女の表情一つ一つで一喜一憂する自分に苦笑してしまう。
かわいい・・・確かにとても可愛い。
だからなのだと、どうして彼女は気付いてくれないのだろう。


可愛い君の姿を誰にも邪魔されずに独占してもっと見ていたいのは山々だが、俺の理性が残っているうちに元の姿に戻って欲しいとも思う。身を引き裂かれそうとは、まさにこの事だ。
顔の表情にはおくびにも出さず心の中で葛藤していると、更に衝撃的な言葉が追い打ちをかけてきた。


「それに蓮くん、お持ち帰りしたいって言ってたじゃない」
「なっ!?」


なぜそれをっ・・・!
独り言のつもりだったし、彼女の反応ぶりからも聞こえていないと思ってた。まさかしっかり聞こえていたとは。
全身の血が沸騰したように、カッと一気に体中が熱くなるのを感じた。


「それは・・・そのっ・・・・・・・」
「学園祭の時には他にも周りに人がいっぱいいたから、蓮くん恥ずかしそうにしてたし。だから家で二人だけならいいのかなって」


良くない・・・余計に良くない。
あの時は確かに照れくさいのもあったが、気を緩めれば周囲の視線を省みずに、君を抱きしめてしまいそうだったんだ。自分の理性の限界と必死に戦っていた・・・なんて言えるわけがない。


上目遣いに不安げに揺れる大きな瞳が、縋り付くように俺を見ている。
背中を冷や汗がじっとりと伝うのが分かった。
勘弁してくれ・・・・学園祭の時と違って、自分を押さえる自信が全くないんだ。
どうなっても知らないぞ。


「香穂子こそ、どうしてそのコスチュームにこだわるんだ?」
「えっ、私!?」
「あ、いや・・・その。随分気に入っているんだなと思って」
「そっ、それはね。えっと・・・・・・」


急に話を振られて言葉尻をごにょごにょと濁しながら頬をほんのり染めて、上目遣いに見上げていた瞳を恥ずかしそうにフイと反らした。


「まずは形からっていうか・・・普段は照れくさくて出来ないことも、このコスチュームや雰囲気の力を借りれば、蓮くんにいろいろしてあげられる気がしたの。本当はそのままの私で出来れば一番いいんだけどね。やっぱり、それはまだ恥ずかしくて」
「香穂子・・・・・」


そういうと更に顔を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いてしまった。


なるほど。メイドのコスチュームにこだわりたかったのは、そういう訳だったのか。
香穂子なりに俺の為にと考えてくれたんだなと、彼女の想いが俺の胸を熱くさせた。
恥ずかしそうに俯く可愛さに今にも抱きしめてしまいたいのだが、後が止まらなくなりそうなのでここはぐっと我慢。
行き場の無くなった出しかけた手を強く握りしめて、そっと引き戻した。


「ありがとう、香穂子。君の気持ちがとても嬉しいよ」
「いいの? 蓮くん」
「あぁ・・・」


俯いていた顔をパッと上げると、まだほんのり染まった頬のまま、ありがとうと言ってはにかみながら微笑んだ。
彼女の微笑みに俺の口元も自然と緩んでしまう。甘い視線が絡み合うまま互いに暫く見つめ合っていた。


形からと言っていたが、もしかしてまた、あれもやるんだろうか。
そういえば、さっきも聞いた気がするんだが・・・・。


「ふふっ。ご主人様」
「そ、それは勘弁して貰えないだろうか」
「え〜どうして? 二人っきりなんだから恥ずかしがることないのに。今日は、蓮くん専属のメイドさんなんだから。ご用件があったら何でも言ってね」


じゃぁお茶入れてくるねと、嬉しそうに微笑むと立ち上がって、キッチンへと消えていった。
消えた姿を見届けてから、ソファーに深く身体を沈めて、頭を抱えながら大きな溜息を吐いた。
でもそのメイドのコスチュームは、勘弁して欲しいと思う。
正直いつまで持ちこたえられるか、急速に消耗し続ける俺の理性はもはや風前の灯火にも等しい。
彼女の想いを聞いたらなおさらだ。





「お待たせしました」


トレイに紅茶とケーキの皿を乗せて
絨毯に膝を付いてティーカップと彼女の手作りだというケーキの乗った皿をテーブルにセッティングしていく。


「今日のはね、久々の自信作なの。甘さを控えめにしたから蓮くんにも平気だと思うんだ」
「それは楽しみだな」


ティーポットから琥珀色の紅茶がカップに注がれていく。
目のやり場に困ってしまい、ただ揺れる水面だけを見つめていた。注ぎ終わるのを待って、カップを手に取ろうとしたところ俺よ先に彼女がカップを取り上げた。何をするのだろうかと思って見守っていると・・・。


「ちょっと待ってね。熱いから」
「・・・・・・・!!」


カップを口元に運ぶと熱さを冷ますように中の紅茶へと、ふぅっと息を吹きかけ始めた。
形の良い桜色の唇から漏れる吐息。
一瞬心臓が止まるかと思った。
激しく高鳴りだした鼓動
俺は、あれを飲むんだ・・・よな?


カップをソーサーに戻した香穂子がソーサーごと笑顔で差し出した。


「はい、どうぞ」
「あ・・・ありがとう」


やっとの思いでそれだけ口にすると、少し震える手で何とかカップの取っ手を掴んで口元に運ぶ。
シンプルなダージリンの香りの筈なのに、胸を焦がす程の甘い香りが漂ってくるのは、先程吹き込まれた彼女の吐息のせいなのだろうかと思う。香りを楽しんだ後に一口含めば、キスのような彼女そのものの甘さと柔らかさが口内に広がって熱く満たしていった。


目の前にある皿の上には、香穂子の手作りだというケーキがある。ということは、次にはあれがくるのだろう・・・。
高まり続ける気持ちを落ち着かせようと、気付かれないように小さく深呼吸をして、今にも途切れそうな理性を力の限り総動員して必死に繋ぎ止める。


香穂子が本当に楽しそうで、純粋に俺の為を想ってやってくれているのが分かるから。
ここは香穂子の為にも耐えなければ、男じゃない。
そう、思うのだが・・・・。


「はい、蓮くん。あ〜んして」


やはり、きた。
満面笑顔の香穂子が一口大にカットしたケーキをフォークの先に乗せて、落ちないように片手を添えながら俺の口元に差し出していた。ささやかな仕草の一つ一つが俺を惹き付けて、心をときめかす。
心の準備はしていても無駄な努力だったようで、先程から動揺と鼓動は抑えられぬまま彼女に振り回れっぱなしだ。


至れり尽くせりとは、まさにこのことで、男としては嬉しいことこの上ない。
沸き上がる嬉しさと少々の照れくささを押さえつつ、そっとカップを戻してォークの先に口を寄せると、息が触れるくらいに近く、彼女の顔があった。学園祭の時よりも、距離がずっと近いような気がする。
今にも額が触れそうで、目を閉じることも忘れて、俺を見つめる大きな瞳に吸い込まれるように見つめていた。
君の瞳の中に、俺が映っている・・・。きっと同じように俺の瞳にも君が映っているのかも知れない。


「ねぇ、味はどうかな・・・・蓮くん?」
「・・・・・・・・」
「ごっごめんね! 甘み抑えたんだけど、まだ甘すぎたかな。もしかして美味しくなかった・・・・よね」


何も言わずに黙ったままの俺を、香穂子はどうやら否定の意味に捕らえてしまったようだった。
申し訳なさそうに、ごめんねと必死に謝って俺を見つめる大きな瞳が、輝きを放ちながら微かに潤んで揺れている。
違うんだ。不安にさせたい訳ではないのに、けれども安心させる言葉が出てこない。


もう・・・駄目かも知れない。
君が、俺の中の引き金を引いてしまったから。


最後の力を振り絞るように、耐えて握りしめていた手の平からスッと力が抜け落ちつのを感じた。手だけではなく硬くなっていた全身から心の中まで、本能を縛り付けていた戒めが解けたように、自由に軽くなる感覚が俺を襲う。
思うより先に、身体が動いていた。
テーブルの上を片付けだそうとする香穂子の腕をグッと掴み、腰に回した手と共に強く腕の中に抱き寄せる。


「・・・っ蓮くん!?」
「美味しかったよ。それにもっと甘くても構わない。ただし、俺が欲しいのは別のものだが」
「なっ何かな?」


うろたえ始める香穂子を逃がさないようにと抱き込む腕に力を込めて、指でそっと柔らかい唇をなぞっていく。
目を反らさないようにじっと見つめながら、上唇から下唇へ味わうようにゆっくりと。
腕の中の彼女がビクッと身を震わすのが分かったが、微かな抗いの仕草さえ、もはや俺を煽る以外の何もので無くなっていた。
溜まり続けた反動で一気に放出されたエネルギーは、君だけでなく俺自身も熱く呑み込んでいく。俺にも、もちろん君にも止めることは出来ない。


「香穂子が悪い」
「何で私が!?」
「君があまりにも可愛いから」
「やっ、ちょっと蓮くんてば・・・・・・」


すっと太脚の内側を下から撫で上げる手の動きに、記憶と身体がこれから起こるであろう事を否応なく告げてくる。
しかし抗議の声は最後まで届くことなく、身体ごと覆い被さる唇の中に吸い込まれた。


甘く、そして深く交わり合う唇。
初めは触れるだけ。そして柔らかい感触を確かめるように数度押し付けた唇を、舌が誘うよう這い入り口を求める。
うっすらと空いた透き間から入り込み歯列をかすめると、口内をまさぐり、香穂子の舌を深く絡め取っていく。
静かなリビングに響く水音と、互いの熱く甘い吐息。
息苦しさに喘ぎ始めた香穂子の腕は、いつしか俺の背に強く縋り付くように、しっかりと回されていた。





長く深い口付けが終わり名残惜しげに唇が離れると、俺の胸にもたれ掛かりながら、香穂子がポソリと呟いた。
そんな彼女からは、少しだけ拗ねている感じが伝わってくる。


「せっかくケーキ作ってきたのに」
「本当に美味しかったよ。でも今はケーキよりも君の方が先だ。ずっと我慢してたから、もう止められない。それに“ご主人様”のお願いは聞いてくれるんじゃなかったのか?」
「蓮くんのイジワル。こんな時だけ調子いいんだから」


瞳を潤ませた香穂子が、腕のなかで真っ赤になりながら頬を膨らませて睨んでくる。
でも潤んだ瞳のまま上目遣いで睨まれても、逆に可愛さが増すばかりなんだ。
俺の熱さを煽るだけなのだと、抱き込む腕を更に深いものにする。


「じゃぁ月森家にメイドさんとして雇ってもらおうかな」
「そういう事なら喜んで。ただし、俺専属で」


悪戯っぽく微笑むと、俺の首に腕を絡ませてきた香穂子が柔らかく微笑んだ。
そっと彼女に引き寄せられて、耳元に寄せられた唇から、吐息と一緒に甘い囁が吹き込まれる。


「・・・・はい。“ご主人様?”」


全身を駆けめぐる痺れにも似た心地よい感覚に浸りながら、君と一緒になりきってみるのも、たまには楽しいかも知れないと思った。こんな“ご主人様”では、きっといろいろと大変だろうけれど。


顔が近づき、再び触れ合う唇。絡み合う舌と甘い吐息。
香穂子を包むように覆い被さり、少しずつ体重を掛けていく。
口付けは交わしたままで互いの身体を絡み合わせながら、ゆっくりとソファーへ深く沈んでいった。