今日は俺が作るよ

気だるい意識に包まれながら目を覚ますと、ぼんやり眩しく映っていた白いシーツの光りが少しずつ焦点を結んでいく。身体がベッドに張り付いたまま鉛のように重くてどんどん沈んでいくのに、意識だけがフワフワ浮かんで離れていきそうになる・・・このまま再び眠ってしまいたいくらい。

部屋を照らす光りの具合を見れば分かるけど、やっと動かす事の出来た頭を巡らせてベッドサイドのテーブルにある置時計を見れば、予想通りお昼とはいかないまでもだいぶ日が高くなっている時間だった。
いけない、せっかく蓮が休日なのに、甘えてつい寝過ごしちゃったよ。


だからだろうか、ころりと寝返りを打てば、何も言わなくても・・・例え彼が眠っている時でさえ、無意識に引寄せ抱き包んでくれる筈の温もりは既に私の隣に無くて。すぐ目の前にあるであろうあなたの微笑を思い浮かべながら期待に膨らんでいた胸の高鳴りは、緩んだ私の頬と共にシュンとしぼんでしまい、心の隙間にやってきた少しの寒さと物足りなさを扉の前で拒むように、枕の裾をきゅっと握り締める。

・・・シャワーでも浴びているのかな?
まだぼんやり霞む頭の中でそんな事を考えながら、彼の枕をじっと見つめた。
   


いつもは朝の弱い蓮の方がお寝坊さんなのに、彼が休日の朝の私はそれがくるりと形勢逆転してしまう。決して無理して起こさずに、私が起きるまでそっとしておいてくれるの。でも甘やかしてくれているのは、きっと休日の前の夜はいつも以上に時間をかけて、たっぷり愛してくれるからなんだと思う





もう駄目・・・という私の言葉は熱い吐息と共に彼の唇へと吸い込まれ、開きかけた口はあっという間に塞がれると入り込む舌に絡め取られてしまった。言葉を発しようとする度に深いキスへを変わってゆき、何度となく繰り返されて。聞こえないからもう一度・・・そう耳朶を甘く噛みながら囁いてくるんだもの。

心も身体も求められるままに彼の激しく熱い波に翻弄されて、意識を手放しかけながら、結局私は朝になればこの有様。心の中を引き出されるままに自分も乱れ求めたのが分かるから、思い返すだけでも恥ずかしさが込み上げてきて、あちこちに刻まれた熱さが蘇ってくるようだ。


ちゃんとお願いしたら聞いてくれるって言ったのに、蓮のウソツキ!
それに『聞こえない』じゃなくて、言わせてくれなかったんじゃない・・・。


直接言いたいけど張本人は今ここにはいないから、その代りにぷうっと頬を膨らませて彼のいた方を睨めば、困ったように微笑む蓮の姿がふわりと浮かんだ。例え私の心が映した姿であっても微笑を向けられれば怒る気も失せてしまい、大好きだからこその弱みなのかやっぱり彼には敵わないと思い知らされる。

でもどんなにあなたに熱い波に翻弄されたとしても、目覚めた時には側にいて欲しい。
大切な人の腕と広い胸の温もりに包まれていたい・・・柔らかな琥珀の瞳で、おはようって言って欲しいから。
ゆるゆるとシーツから腕を伸ばして蓮の枕を掴むと、シュルシュルッ・・・と軽い布の擦れる音を引き連れつつ私の方へと引寄せて、握った拳で広い胸の代わりにポスンと叩く。


もう〜蓮てば、どこに行っちゃったの?
私を一人ぼっちにしないでよ・・・・・・。


しがみ付くようにふかふかの枕に顔を埋めて両腕でキュッと抱き締めれば、ほんのり残る香りと温もりから、ついさっきまで私の側にいてくれたのが分かった。私が寂しくないようにと彼が残してくれた香りと温もりに包まれれば、本当に抱き締められてるみたいに気持良くて、ざわめく心がだんだん落ち着いてくるようだ。


心地良さに再び意識が宙を漂い始め、眠りの淵へ誘われそうになったその時、コンコンとノックの音がして寝室のドアが開いた。




「おはよう、香穂子。目は覚めたか?」
「蓮・・・おはよう。ごめんね、つい寝過ごしちゃった・・・・・・」
「いや、気にしないでくれ。その・・・俺のせいでもあるのだから・・・。どこか辛いところは無いか?」
「うん、大丈夫だよ」


両手には、食事やティーポットが並んでいるライトオークル調の少し大き目なトレイを持っており、起きている私に気が付くと、照れくさそうに頬を染めてはにかんだ笑顔で私のいるベッドへと歩み寄ってくる。枕を抱き締めたまま重い身体を叱咤してゆっくり半身を起こすと、膝を立ててシーツの上を擦るように、彼が座るであろうベッドの淵ぎりぎりまで近づき、ペタリと腰を下ろした。坂道を転がるビー玉のように真っ直ぐ引寄せられながら。

ベッドサイドのテーブルに持ってきたトレイを置くと私の隣へと深く腰を下ろし、片手を支えするように重心を乗せて身体を私の方へと傾けてくる。スプリングがキチリと音を発てて僅かに軋むと、伸ばされた腕がふわりと優しく私の髪を撫で降ろしながら頬を包み込んだ。


しかし寝室に現れた蓮は何故かパジャマの下だけを着ていた姿だったので、何も来ていない上半身の引き締まった体のラインが惜しげもなく露になってる。どうしよう、そんな姿を見るだけで高鳴る鼓動が止められない。
互いに絡み合う視線もどことなくくすぐったくて、恥ずかしくなってしまったのはそれだけでなく、私の声も昨夜の余韻でちょっぴり掠れていたからかも知れない。


「少し遅くなってしまったが、朝食にしないか? お腹が空いたろう?」
「・・・! もしかして蓮がベッドにいなかったのは、朝ごはんの用意をする為だったの?」
「あぁ。ずっと君の寝顔を眺めていたんだが、とても気持良さそうに眠っていたから起こすのに忍びなくて。無理をさせてしまったというのもあるし、俺が休みの日くらい、たまにはゆっくり休んで欲しかったんだ」
「蓮・・・・・・」
「とは言っても、大した物で無くてすまないが。やはり香穂子が作るように美味しく、とはいかないものだな」


驚きに目を見開き、ハッと弾かれたようにベッドサイドのテーブルへ置かれた木製のトレイを見れば、用意された二人分の朝食。白く眩しいお皿の上に卵料理とソーセージやサラダが仲良く寄り添い、湯気に包まれた彩りのハーモニーを作り出していて、わざわざ温めてくれた焼きたてパンの甘いバターの香りが、とても美味しそうで食欲をそそられる。

ティーポットの脇に並んで私に笑いかけているのは、蓮が以前私にプレゼントしてくれた二人でお揃いのマグカップたち。小さなガラスのボウルには彼の大好きなヨーグルトが入っていて、無糖が苦手な私の為に一つはブルーベリーのフルーツソースがかかっていた。


料理が得意ではないのに私の為にと一生懸命作ってくれた朝食はシンプルだけれども、どんなシェフにも敵わない最高のご馳走なの。優しさと気遣いがいっぱい詰まっていて、出来立てを届けてくれたこの料理の温かさは、彼の想いと心の温かさそのものなんだと思う。


用意された朝食からゆっくり視線を戻すと、私は胸が詰まり言葉が出ないまま、隣に座る彼をただじっと見つめていた。そのまま縋るように瞳寄せて固まる私へ、蓮は大したものではないがと申し訳なさそうに・・・そして私をあやすように微笑みを向けると、腕を伸ばし頭を包むように優しく髪を撫でてくる。

このまま黙っていれば分からない事だと思うけれど、彼の気遣いが嬉しくて、どうしてもごめんねって言わずにいられなかった。だって、自分の事しか考えずにあなたを責めて勝手に拗ねてたのが、あまりに恥ずかしかったらから申し訳なくて・・・愛されるんだなって感じるから余計に。

ふと視線を逸らし僅かに俯いて。震える心の中心から湧き上がる滲み出そうな涙を堪えながら、ぐっと唇を噛み締め抱き締めた枕越しに両手を強く握り合わせると、力を振り絞るように真っ直ぐ振り仰いで柔らかに揺れる琥珀の瞳を見つめた。


「ごめんね・・・」
「どうして香穂子が謝るんだ?」
「蓮が頑張ってくれた事、全然知らなかった。それなのに私・・・目が覚めたら蓮がいないって・・・どうしていなくなっちゃうのって、一人で拗ねてたの。何でだろう・・・今日に限って凄く寂しかったから・・・ごめんなさい・・・」
「・・・香穂子の手の中にある枕は、俺の?」
「えっと・・・う、うん。そうなの、つい・・・・・・どうしよう、しわしわになっちゃった・・・かな・・・」
「いや俺こそ、黙っていなくなって、寂しい想いをさせてすまなかったな」


私が抱き締めていた枕が自分のものだと気がついた彼は、じっと手元に視線を注いでくる。まるで内緒の悪戯を見られた感じで、恥ずかしさのあまり一瞬のうちに全身から火を噴出しそうだけれど、勇気を振り絞って小さく頷いた。抱き締め過ぎて皺になった表面をポンポン手ではたくように伸ばすと、慌てて放してしまいたい気持をぐっと抑えながら、両手でそっと差し出し彼に返した。

もう平気、だって目の前に本物の蓮がいるんだもの。

私から大切そうに受け取った枕を静かに脇へ置くと、腕を伸ばしそっと私を抱き寄せて。広く引き締まった胸に閉じ込められれば、目覚めた時からずっとずっと欲しかった温もりと彼の香りに、身体も心も包まれる。
香穂子・・・と囁かれる吐息に身を捩りつつ腕の中からちょこんと振り仰げれば、私の視界いっぱいに広がった顔が急速に近づいてきて、柔らかい唇が私のそれに重なった。


言葉と瞳のように優しい、おはようのキス。


笑みを浮かべたままお互いに確かめ合うように触れて重なるだけなんだけど、微かに開いた唇の隙間から舌を
ちょっぴり差し出せば、離れ際にペロッとなめて軽く啄ばんでくる。大好きだって気持が伝わって私の中にある想いと混ざり、2倍に溢れて心と身体中をじんわり満たしてゆくから、すっぽり抱き包まれている腕と心の中の想いで温かさがいっぱいなの。

やっぱり蓮のキスがないと私の朝は始まらない。
本当はいつもみたく目が覚めた一番最初に欲しかったけれど、今日は特別に許してあげる!
そう思って私からも首に腕を絡めると少し膝を立てて背伸びをして、頬と瞳を緩ませながら大好きだよとの言葉を乗せつつ、チュッと音を奏でたキスを贈った。




「ねぇ蓮、どうしてパジャマの上は着ていないの? 朝食の用意だけじゃなくて、シャワーも浴びてきたの?」
「いや、香穂子が着ているから」
「えっ、私?」


さっきから気になっていた事を質問すると、そう言って熱い視線を注いでくる。きょとんと首を傾げつつ、そう言えば袖が長くて胸元がスースーするような気もしてたけど・・・と思いながら視線の先を追っていけば、確かに彼がいつも来ている水色のパジャマを私が着ていた。

しかも素肌の上にそれだけを・・・・・・。

男性用だから、私には一回りも大きくぶかぶかして肩も袖も余ってしまい、広く開いた襟元から際どくちらりと見えかけているのは、胸のふくらみと、彼が昨晩咲かせた赤く小さな花たち。それだけでは無く、ベッドの上にぺたんと座っているからいいけれど、いくら大きめで裾が長いとはいえ少し身動きしたら、裾が割れて脚が見えてしまうじゃない・・・。



「やっ・・・やだっ・・・もう! 見ちゃ駄目ーっ!」


今までは枕を前に抱き締めていたから気付かなかったけれども、熱いまなざしの意味がようやく分かった。
でも凄く嬉しくて幸せなのに、今更だけれどもそれ以上に恥ずかしいから、慌てて襟元をかき寄せるとピタリと膝を閉じつつ、裾を押さえながら耳まで熱く感じる身体を硬く丸めずにはいられない。すると再び攫われるように腕の中に閉じ込められてしまい、私の全てが蓮の温もりに包まれる。

息が止まりそうになって必死にもがく私を抱き締める腕の力が更に強まり、やがで薄いパジャマ越しに伝わる素肌の温もりと、どちらのものか分からない高鳴る鼓動。耳元に降り注ぐ熱い吐息に混じる情熱が、背筋を電流のように走り抜けて、私は掴まれた心と共に動きまで封じられてしまう。


「香穂子・・・すまない、機嫌を直してくれ。俺を想って枕を抱き締めていた君や、俺のパジャマに身を包む君があまりにも愛しすぎて・・・どうにかなってしまいそうだ」
「もう・・・蓮ってば、怒ってないよ。だって私はいつでも蓮のものだもの。枕をギュッと抱き締めていたりパジャマを羽織っていると、私が寂しくないようにちゃんと残してくれた蓮の温もりや香りに包まれて、本当に抱き締められているみたいだった。だからね、そんなに寂しく無かったよ」


そう言って腕の中から見上げて微笑めば、瞳が少しだけ眩しそうに細まり、私に注がれる口元も頬も瞳も・・・表情の全てが柔らかく緩んで笑みが一層深いものになる。


「あ・・・でも目覚めた時には側にいて欲しかったな。やっぱり寂しかったし、本物の蓮が一番温かくて気持ち良くて、素敵なんだもの」


上目遣いで睨みつつちょっとだけ頬を膨らませると、苦しいほどにギュッと抱き締められ引き締まった胸に押し付けられながら、額に温かくて柔らかいものが降ってくる。優しい唇を額で受け止めると、では明日からはそのように・・・と微笑を乗せつつ、拗ねてすぼめた私の唇も軽く啄ばんできた。




ゆっくりと互いの身体を離すと蓮が立ち上がり、ベッドサイドに置いたトレイからランチョマットを取って私に渡してくれる。綺麗に折り畳まれたブルーと白の細いストライプ模様のランチョマットを受け取って座った脚の上に広げれば、小さな青空が膝の上いっぱいに広がったみたい。

早く食べたい気持と、何だかピクニックみたいで胸がわくわくする感覚を抑えきれずに、広げたランチョマットをポンポンリズムを取るように叩きながら待っていると、食べやすいようにとベッドの上にトレイを置いてくれた。
今用意をするから少し待っていてくれと可笑しそうに私を宥めて、ティーポットを手に取り、マグカップに紅茶を注いでくれる。


「お腹が空いたろう? さぁ、冷めないうちに食べようか?」
「うん! ありがとう、いただきます。うわ〜、蓮が作ってくれた朝ごはんなんて久しぶりだから、とっても嬉しい」


満面の笑みを浮かべてフォークを握り締めている私を見つめる彼も、今日はいつもより一際笑顔が眩しく見えるようだ。手を・・・そう言われてきょとんと見返すと、そのままでは食べにくいだろうと私の手を取り、長い袖ですっぽり隠れてしまった腕を丁寧に捲り上げてくれる。

ちょっとだけぎこちない仕草や優しさ・・・触れる温もりが嬉しくて、心がなんだかとってもふわふわしているの。
だからつい堪えきれずに小さく笑ってしまったけれども、どうした?と訪ねてくる彼の口元も緩んで笑っていた。




マグカップの中には入れてくれた紅茶が揺らめいていて、まるで私に注ぐ大好きな琥珀の瞳みたい。
あっ・・・蓮がマグカップを手に持ったまま、全身に緊張を漲らせじっと私を観察するように見ている。下される審判を待つように神妙に眉根を寄せて固唾を呑んで見守りながら、何をそんなに不安そうに心配しているのか、何が言いたいのか・・・すぐに分かったのは、いつもの私と同じだったから。

私が毎日やるからうつっちゃったのかな? 
そう、気になるんだよね。でも心配しなくても平気だよ。

くすっと小さく笑ってお皿の上に乗ったスクランブルエッグをフォークに乗せて一口食べると、この胸に溢れる気持を言葉ととびっきりの笑顔に込めた。


「とっても美味しいよ!」
「そうか・・・良かった・・・・・・。でも何で分かったんだ?」


大役を果たし終わると、別人なのではと思うくらいに緊張していた表情がホッと緩み、真剣な蓮には申し訳ないけれど、可愛らしさのあまりに笑みを誘われてしまう。目を見開き、何で分かったのかと驚いた顔をしていたけれども、もちろん蓮の事は分かるもの。あ、でも・・・ということは、いつも同じ事をする私を見て彼もそう思っているっていう事なのかな? ちょっと恥ずかしいかも・・・。


「やっぱり作ってもらう食事は美味しいね。特に大好きな人に作ってもらう手料理は、最高のご馳走たから。ふふっ・・・私もね、蓮がいつもおいしいよって言ってくれるから、とっても嬉しいの。ねぇ、早く蓮も食べようよ」
「あぁ・・・そうだな」
「毎日は困っちゃうけど・・・たまにはこんな朝もいいよね、私とっても幸せだよ」 
「俺も君に喜んでもらえて、とても嬉しい。だが・・・そうだな、俺はもう少ししてから食べようと思う。もう少し、このまま君を眺めていたいから・・・」



私が嬉しさを押さえきれずに笑みを向けながらそう言うと、穏やかな微笑で受け止め返しながら長い指を伸ばし、私の口元に付いたパンの欠片を取ってくれた。そのまま自分の口元へ運ぶ仕草を動きを止めて魅入ってしまい、私は手に握られたパンを眺めながら、このままパンを食べ続けようかどうしようか・・・照れくさくなって迷ってしまったけれども。




あなたのパジャマに包まれて手料理を啄ばむ私をずっと見ていたいと言うけれど、私もこのままでいたいって思う。それは大好きな人が心を込めて作ってくれる朝食を、二人一緒にベッドの上で食べる幸せなひと時。

こんな朝なら毎日でもいいなって思ったけれど、たっぷり愛される夜と引き換えにするのはちょっと大変かな?
そのまま朝もたっぷり愛されて甘やかされて、でも・・・たまにこんな朝もいいよね。




(Title by 恋したくなるお題)