深く深く
クスクスと君が笑うと、バスタブの中いっぱいに溢れた白い泡がふるふると揺らめき、彼らも楽しそうに笑う。
水音と共に、前に座らせるように抱き締める彼女のしなやかな腕が泡の中から伸ばされ、その下に隠れるお湯を両手ですくえば、乳白色が浴室の明かりを受けて煌きながら、さらりと零れ落ちてゆく。
湯船に戻るその様子を楽しげに眺める君と、楽しそうな君の顔に魅入る俺。
漂う心地良い香りが安らぎをもたらし、柔らかく滑らかなお湯と泡が、俺達の心まで優しく包み込んでくれる。
穏やかで甘く流れる時間・・・それは君と過ごす大切なひと時なのだから。
今日のバスタブを彩るのは、香穂子のお気に入りだと言う白い泡の入浴剤だ。
一緒に過ごす時に、彼女は濃い色のついた入浴剤を好んで使う事が多い。雪野原のようなミルク色、南の島の海を思わせる淡いブルーや夕焼けを写したオレンジ、照れてしまいそうなピンク色まで・・・。
彼女が手の平ですくう乳白色のお湯を眺めながら腕の中の身体を引寄せつつ、ふと思いついた疑問を耳元に問いかければ、背を預けてもたれかかる頭を甘えるように俺の胸へとすり寄せ、肩越しに仰ぎ見る。
「香穂子」
「なあに、蓮?」
「色や香りを楽しむものだとは思うのだが、何故香穂子は俺と入る時にいつも必ず入浴剤を使うんだ?」
「えっ!? それは・・・好きだからっていうのもあるけど。だっ・・・だって・・・お湯が透明なままだと、恥ずかしいんだもの・・・・・・」
頬を真っ赤に染めてそう言うとプイと顔を逸らしてしまい、誤魔化すようにバシャバシャと大きな音を立てて、水面を波立てて行く。俺に背を向ける君の表情は見えないけれども、目の前に惜しげもなく晒されている首筋は、髪をぬらさないようにと纏め束ねる為に露になっており、ほんのり赤く染まっている。
お湯の火照りのせいか、それとも恥ずかしさの為なのか・・・。
機嫌を直してくれと心で呼びかけながら、言葉の代りに小さく弾けさせた湯を、手の平で彼女へとかけていく。
拗ねたのか照れたのか最初は頬を膨らまして俯いていたけれど、やがて諦めたのか大人しく身を任せて俺に寄りかかり、ちゃぷちゃぷと一緒に音を奏でながら湯と戯れだす。そんな彼女に背後から微笑みかけ小さく笑うと、そっと首筋に唇を寄せて軽く吸い付、ひときわ紅い花を咲かせた。
俺に背を預けてもたれかかる香穂子が両手でふわふわ漂う泡をすくい、ふっと息を吹きかければ、泡の欠片やシャボン玉が冬の空に舞い散る風花のように浴室内を舞い踊る。瞳を輝かせてくすくすと楽しげに笑いながら舞い散る風花を眺めては、再びすくい取りあちらこちらを向いて泡を泡を飛ばすのだ。
君が楽しいのならば、もう少しこのままでいようか・・・と。
俺に向ける満面の笑顔に、我慢の限界を訴える理性を叱咤しながら、心の中で俺は苦笑を漏らすしかない。
飛ばした風花をその手で掴み取ろうと、無邪気に手を伸ばしてはしゃぐ君。
でもそんなに遠くに手を伸ばしては、俺の腕から抜け出てしまうだろう?
腰を浮かせて身を乗り出し、飛んでゆくシャボン玉を求めて俺の腕から離れようとする彼女をやんわりと引き戻し、泡に隠れて見えない脚は身じろがないようにと優しく絡めて閉じ込める。
確かに君の言う通りお湯が透明でないというのはお互いが目で見えなくて、俺の動きをぎりぎりまで知らせずに済むから、こんな時に便利かも知れないな。
「楽しそうだな」
「うん、凄く楽しいよ〜。蓮もやってみる?」
「いや、遠慮しておく。飛んでくる泡と君を見ている方が楽しいから」
上半身を捻って俺に泡を差し出しながらそう言う彼女は、鼻先や頬に小さな白い泡をあちこちにつけており、まるで無邪気に遊ぶ子供のようだ。泡だらけだぞと笑いを堪えながら言えば、慌てて顔をこすり、小首を傾げて可愛らしく見上げてくる。
「泡、落ちた?」
「まだ付いてるぞ」
「えっ、本当? ・・・・・・きゃっ!」
俺を見上げる香穂子の背を抱き寄せれば、泡に隠れる乳白色の湯がちゃぷんと弾ける音がして、倒れこむように縋りつく柔らかな身体をそっと胸に押し付ける。息を詰めて大きく見開く瞳に目元を緩ませ微笑みかけると、鼻先に残っていた泡の欠片に熱くなる吐息を吹きかけた。くすぐったい〜と、小さく笑いながら瞳を閉じて首を竦める彼女を、湧き上がる愛しさで抱き包みながら・・・。
「ねぇ、蓮・・・・」
「どうした?」
甘くねだる様な呼びかけで見上げる視線に緩んだ瞳を絡ませたけれど、何か彼女の様子が違うと思ったのは視界のすぐ下・・・ちょうど胸の辺りの位置で、両手ですくった一際大きい泡の山が盛られていたから。
俺の目の前にスッとそれを差し出しながら、香穂子はニコリと意味ありげに笑う。
悪戯な光がキラリと宿る大きな瞳にまさか・・・と思ったが、時既に遅く。
大きく息を吸い頬いっぱいに空気を溜め込み、可愛らしくすぼめられた唇は差し出すように、俺の顔へと狙いを定めていて。真っ直ぐ息が吹きかけられると、小さな泡たちが一斉に俺へと襲い掛かってきた。
「・・・・うわっぷ・・・こらっ、香穂子!」
「ふふっ、可愛い〜。蓮も泡だらけ〜!」
一瞬油断して手を離した隙に彼女はするりと抜け出し、楽しそうに声を立てて笑いながら、ぱしゃぱしゃと手ですくった乳白色のお湯を無邪気に俺へと飛ばしてくる。泡にまみれた顔を手で拭い、軽く頭を振るうと小さく溜息を吐きながら濡れた前髪を掻き揚げた。
君はいつもこうして俺の引き金を引くのだと、そろそろ気が付いて欲しいと思うのだが・・・。
でも、俺からは言わない。
いつでも俺を熱くする、真っ直ぐで天真爛漫な君が大好きだし、ずっとそのままでいて欲しいから。
「香穂子・・・」
「きゃっ・・・!」
俺に向かって更に大きな泡を飛ばそうとしていた香穂子の腕を掴んで強く引寄せれば、大きく音をたてて弾けた湯と飛び散った泡が、勢い良く俺達に降りかかる。座らせるように前に抱く香穂子は、これから何が起こるのかを察知したのか必死に抜け出そうと身じろぐけれど、両腕と両足で挟み込み、しっかり閉じ込めた。
さぁ、君の時間はもうおしまい。
俺も、そろそろ限界だから・・・。
「もう、充分に楽しんだだろう?」
「え、えっと〜まだかな? もう少し・・・遊びたい・・・かも」
「駄目、今度は俺が楽しむ番だから・・・香穂子と一緒に」
「んっ・・・蓮・・・・・・」
さっきの仕返し、と耳元に熱い吐息を吹き込めば、始まりの予感のように震わせる君。触れる肌から伝わる心地良い振動が俺の心をも震わせて、逸る想いのまま柔らかな感触を確かめるように手を彷徨わせてゆく。
胸のふくらみを包み込み、もう片手はしなやかなラインを辿り更に下へと・・・。
「んっ・・・やっ・・・・・・」
仰け反り肩越しに振り仰ぐ瞳は縋るように甘く潤み、浅く早く喘ぐ呼吸が漏れる薄く開かれた唇は、求めるように誘っているようにさえ見えてしまう。指で顎を僅かに上向かせ肩越しに顔を回し覆い被さり、吸い寄せられるまま唇を重ねた。
深く絡み合う互いの脚と身体を、バスタブに溢れる白い泡と乳白色の湯が隠してくれて。
口付けを交わしながら、吐息と唾液を交わすように舌を深く深く絡めてゆく・・・・。
繋く事の出来る身体の全てだけでなく、熱く宿る心までも、深く深く溶け合わせて一つに重ねたい・・・・。
このバスタブを溢れるほどに満たす白い泡が消えてなくなるまで・・・君と一緒に。
お題 恋愛10title 「嫉妬心」の続篇ですが
単品でもお楽しみ頂ます。