長編連載ファンタジー
 イルファーラン物語

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 <第二章 シルドーリンの宝玉> 


(後)



 プルメールへと向かう山道を下りながら、ローイは、やたらとペラペラしゃべりまくったり、時々ふっと黙りこんだりを繰り返していた。彼も、生まれてこのかた住み慣れた村を出ることで、彼なりに感傷的になっていたし、それに、どういうわけか、振り払っても振り払っても、ヴィーレの顔が頭に浮かんでしまうのである。
 アルファードだけでなくローイまでも行ってしまったと知ったヴィーレは、今ごろ、泣いてはいないだろうか。
 そう考えてローイはそっと首を振る。
(ええい、うっとおしい。俺はこれから都に行くってのに、なんだってあんなドンくさい田舎娘の顔なんて思い浮かべなきゃならないんだ。だいたいヴィーレは、もう、俺とはなんでもないんだぞ。ヴィーレが泣いているとしたら、それは俺じゃなくてアルファードのせいなんだ。ここでヴィーレの顔を思い浮かべて、なんだか気が咎めたりしなきゃならねえのは、俺じゃなくてアルファードだろうが!)
 ローイは、黙って前を行くアルファードの広い背中を睨んだ。
 ふたりは、ティーティが短剣を持ってきたあの朝、ヴィーレのことでさんざん言い争ったのである。
 アルファードが村を出ていくことについてひとしきり口論したあと、ローイはこう言って、ヴィーレのことを持ち出したのだ。
「アルファード。あんた、逃げるんだな。ヴィーレはどうなるんだ。あんたが、そんなふうにはっきりしないまま、この村やヴィーレから逃げ出していったりしたら、ヴィーレは何年でも、ばあさんになっても、あんたを待ち続けるぜ」
 アルファードはむっつりと、こう答えた。
「俺はヴィーレに、待てと言った覚えはないし、ヴィーレにそんなふうに思わせるような態度をとったことは一切ない。だいたい、ヴィーレはお前の許婚だろう」
「それはいつの話だよ。そんなの、大むかしの話だろ」
「だが、ヴィーレは今でもお前を忘れていない。それなのにお前は、いつもいつもヴィーレをほうっておいて、あちこちの娘たちを口説いて回っているから、ヴィーレだってお前のところへ帰りたくても帰れないんだ。ヴィーレがずっと俺のそばにいるのは、お前に連れ戻しに来てもらうためなんだぞ」
「……ヴィーレがそう言ったのかよ。そうじゃねえだろう」
「ああ、ヴィーレは、そんなことは口に出さない。そういう娘だ。だから、わかってやって欲しいんだ。ヴィーレは俺の大切な妹のようなものだ。これ以上、ヴィーレを泣かせるような真似はするな」
「俺は泣かしてないぞ。あんたが泣かしてるんじゃねえか。そんなにヴィーレが大切で心配なら、あんたが村に残ってヴィーレを貰ってやればいいだろう」
「俺は、村にいたって、ヴィーレとは一緒になれない。ヴィーレには、先祖代々の畑を耕してくれる婿が必要なんだ。俺に百姓ができないのは、お前だって知っているはずだ」
「そりゃあ、ひとりじゃ、できないだろう。でも、ヴィーレとふたりでなら、出来るんじゃないか? あんたは、魔法は使えなくても立派な身体してんだから、畑を耕すのにはそれで充分だし、虫除けや水撒きが必要な時はヴィーレがやってくれるさ」
「……そうして一生、ヴィーレの助けを借りて生きるのか」
「助けって、あんた、夫婦が助け合うのはあたりまえだろうが。一人でなんでも出来るんなら、最初から結婚する必要ないだろ。あんたさ、案外、依怙地だよな。なんていうか、気位が高過ぎるんだよ。何でも自分一人で、それも、人よりうまくやろうと思うからいけないんだ。魔法が使えなくたって、ほんとうは、あんたはちゃんと何でもやっていけるんだ。必要なところで他人の手を借りる勇気さえありゃあな」
「……お前に何がわかる。お前は、なんでもできるから、そんなふうに言うんだ。十何年も、世界でただ一人魔法が使えない男でありつづけてみれば、お前だって意地を張りたくもなるだろう」
「そりゃ、まあ、そうかもしれないけどさ。だけど、ヴィーレも、ヴィーレの親たちも、あんたに魔法が使えなくたって気にしないと思うぜ」
「ローイ。お前は、そんなに俺とヴィーレをくっつけたいのか?」
「いや、別に、そういうわけじゃないけどよ……」
「ローイ。たとえ百姓ができても、俺は、ヴィーレと一緒になるわけにはいかない。俺はヴィーレを妹のようにしか思っていないし、ヴィーレは今でも、心の底では、お前を想っている。だから、ローイ、お前が、ヴィーレを幸せにしてやってくれ」
「……そうか、そういうことか。あんたはリーナを選ぶから、余ったヴィーレは俺への置き土産にくれてやろうってわけだな。あんた、自分がいなくなれば、都合よく俺とヴィーレがくっつくだろうと考えやがったわけだ。たしかに、俺たち、いつまでもこのまま仲良し三人組ってわけにゃあ、いかなかったもんな。いつかは決着をつけなきゃならない時がきただろう。その時あんたは、たぶんヴィーレを泣かせることになる。あんたはそれが怖くて、自分が出ていくことで、そういう修羅場を避けようと考えたんだ。そうだろ?」
 黙り込んだアルファードに詰め寄るようにして、ローイは更に言い募った。
「あんた、それは卑怯だぜ。あとのことは知らねえってか。ものごとが何もかもあんたの思惑どおりにいくと思ったら、大間違いだ。少なくとも、俺は、あんたの思惑どおりになんかならないぜ。あんたが、いらないからって回してくれた余り物なんか、俺がありがたく頂くと思うか?」
「そういう言い方は、ヴィーレに失礼だ」
「あんたのほうが、よっぽど失礼だよ。ヴィーレに気が無いんなら、はっきりそう言ってやれよ。そうすれば、俺じゃなくても、あいつはあれで、けっこう隠れた人気があるんだ。ただ、みんな、あんたが目を光らせてるのが怖くてヴィーレに近付けなかっただけでさ」
「俺は別に目を光らせてなどいない」
「あんたにそのつもりがなくても、みんなは、そう思ってたぜ」
「誤解だ」
「とにかく、あんたが出ていくことについては、あんだけ言っても無駄なら、もう言わねえが、でも、これだけは言っておくぞ。あんた、ヴィーレの幸せを願うなら、出ていく前に、はっきり言ってやんな。『俺は帰らない。お前じゃなく、リーナを選ぶ』って」
「なんでそんな嘘をつく必要がある」
「嘘って、あんた、そういうつもりじゃねえのか?」
「別に俺は、ヴィーレとリーナのどっちを選ぶとか選ばないとか、そんなつもりは、まったくない。それに、俺とリーナは、まったくそういう間柄じゃない」
「あのさあ……。あんた、もしかして、コレ、かあ?」
 ローイが、この世界でホモを意味するゼスチャーをして見せたので、アルファードは思わず力が抜けて溜息まじりに答えた。
「……おい、どこからそういう突拍子もない発想が出てくるんだ」
「だってさあ……。そういうウワサ、昔からあるんだぜ。いや、俺は、信じてなかったけどな」
「なんでまた、そんな素っ頓狂な話になってるんだ……」
 アルファードは、額に手を当ててうめいた。
「あんたが、いい年して、まるで女っけがなかったからさ。ヴィーレだって妹扱いしかしないしさ。特に、リーナがきてからは、ますます言われてるぞ。だって、あんたら、どう見たってヘンだもん。リーナがあんたに惚れてるのは、一目瞭然なのにさ」
「……たしかに、リーナは俺のことを慕ってくれているが、それは兄のように父のように思いなして懐いてくれているだけだろう」
「うん、その点についちゃあ、俺も同感だけどよ。でも、他のやつらは、あんたらのことを俺ほどよく知らないから、『ありゃあ、どう見てもヘンだ、今まで冗談半分で噂してきたけど、もしかしてアルファードは本当に噂通りのコレだったのか』って話になってるんだよ」
「興味本位の下卑た勘ぐりは迷惑だ。俺とリーナは、みんなが勘ぐるような、そういう関係じゃないんだ」
「だから、そういう関係じゃねえのがヘンだって言われてるのさ」
「そんなことは、俺たちの勝手だ。まわりにとやかく言われるようなことじゃない」
「そりゃ、そうだけどなあ……。それじゃあリーナは、あんたの何なんだ?」
「何だと言われても、困るが……。俺は、行き倒れていたリーナを見つけて、リーナには他に行くところもないから家に置くことにした。それだけのことだ。俺がじいさんに拾われて、ここに住むようになったのと同じだ。それで俺とじいさんが結婚しないから変だなどとは、誰も言わなかったぞ」
「あたりまえだ、この大バカ! まじめな顔してすっとぼけたこと言って話をはぐらかそうったって、そうは行かないぜ。じゃあ、何か? あんたはただ、リーナが自分の仕事の役に立つから連れてって便利に使ってやろうと思っただけか?」
「俺がリーナを使うんじゃない。俺とリーナは、対等にコンビを組むんだ」
「ああ、ああ、対等だろうよ。あんたとミュシカがそうなのと同じくらい、な。あんた、そういう下心があったから、リーナが魔法を消さずにいられるだけじゃなく、自由に消すこともできるよう、あんなにしつこく練習させてたんだな」
「いや。俺は彼女のためを思って……」
「ふん。そりゃあ、あんたの役に立つ人間になるのが、リーナがこの国で飯を食っていく早道だろうからな。でもなあ、言っとくが、いくらあんたがリーナを助けたからって、リーナを好きなように連れ回していいわけはないぜ」
「俺は一方的にリーナを引っ張り回そうとしているわけじゃない。リーナには、対等な人間として話を持ちかけ、納得してもらったんだ」
「あんたの『対等』は、いつも口先だけさ。リーナも可哀想にな。あんたに、いいように持ち物扱いされてさ。まるでお礼奉公だよな。……あんたはさ、何だかんだと言い訳しちゃいるが、結局のところ、やさしそうなふりして、リーナもヴィーレもいいように利用してるんじゃねえか。あんた、世の中で自分だけが偉くて、あとのやつは自分の思い通りに動かせるコマかなんかで、何でも自分だけで決めていいと思っているんだろ。だいたい、そうでなきゃ、こんな大事なことを決めるのに、あんたの一番の友達のはずの俺にさえひとことの相談もないなんてこと、あるか?」
「だから、それは、悪かったと……。何しろ、リーナにもゆうべ初めて話して……」
 こうして話は降り出しに戻って、結局その後、彼らはケンカ別れしたのだ。
 今、そのことを思い出すと、ローイは、また、腹が立ってくる。アルファードは、今になっても、まだ、ローイに向かって、『ヴィーレはどうするんだ』などと言うのだ。
(たしかに、アルファードが春になっても戻らないとなりゃあ、村中のやつが、よってたかって俺とヴィーレをくっつけようとするだろう。ヴィーレも、そのうちに、家のことを考えて俺と一緒になろうとするだろう。でも、俺は、ごめんだぜ。内心じゃまだアルファードのことを想い続けているヴィーレと結婚するなんてさ。だいたいヴィーレなんて、他の男を想っているのを承知で、それでもありがたがって一緒になっていただかなけりゃならないってほどの、そんなたいそうな女じゃねえさ。俺、百姓はいやだしさ。あの村にいたら、俺の将来なんか、決まり切ってるもんなあ。ひそかにアルファードを想い続けているヴィーレの婿になって、少しばかりの畑だの羊だのを守って、日がな一日、土にまみれて野良仕事をして、そのうちおいぼれて死ぬんだ。なんにも面白いことなんか、ありゃあしない。ちくしょう、俺は行くぞ! ヴィーレはヴィーレで、なんとかするだろうさ!)
 ローイは、足元の雪を長靴の先で蹴り飛ばして、青空を見あげた。


 三人がプルメールにたどりついたのは、短い冬の日が暮れかかるころだった。
 これまでイルゼールから出たことがなく、この世界の町というものを、ただイルゼール村を大きくしたようなものとしか想像できていなかった里菜は、プルメールの町並の意外な立派さや市場の賑いに呆然と見とれて、ローイに小声で叱られた。
「おい、リーナちゃん、そんな、口開けてキョロキョロすんなよ。いかにも田舎者みたいじゃんか。こんなんで驚いてたら、イルベッザに行ったら目を回しちまうぜ」
 アルファードやローイは、日頃からしばしばこの町を訪れているのである。この町は、この地方の中心地であり、イルゼールを含めて、この地方の村々の農産物の多くはこのプルメールに運び込まれるし、村のものが何か村の雑貨屋では間にあわない特別な買い物をする時には、みんなプルメールに来るのだ。
 三人は、ローイの分の堅パンや、旅に必要ないくつかの品を買い整えてから、安宿に泊まった。その宿はイルゼールの村人がよく使う常宿で、アルファードも何度か泊まったことがあり、主人とも顔見知りだった。そこでアルファードは、ローイに内緒で、主人に、近い内にここに泊まりに来るはずのイルゼール村のものに渡してくれと、書き付けを託した。それは、ローイの兄に宛てて、ローイは自分と一緒にいるから心配いらないと知らせるものだった。
 翌朝早く、三人は凍り付いた地面を注意深く踏み締めて出発した。
 その日は、前日とは打って変わって、この地方の冬にありがちな、どんよりとした空模様だった。ときおり小雪がちらちらと宙を舞うが、新たに積もるほどでもない。
 ローイは歩きながら、寒さを気にするふうもなく、気持よさそうに両手を伸ばした。
「ああ、旅はいいなあ。な、リーナちゃん。俺さあ、旅芸人の一座に入って国中を旅するのが、ガキのころの夢だったんだ。昔、国中が平和だったころは、うちの村にも、ときどき旅芸人が回ってきたもんさ。歌ったり、踊ったり、芝居をしたり。キレイな女の子もいたりしてな。一度、俺、一座の女の子に惚れて、荷物に潜り込んでその一座についていっちまったことがあるんだ。ななつの時だったかなあ。おやじが置き手紙見て、血相変えて馬飛ばして連れ戻しにきてさ。俺があのまま一座に加わってたら、今頃、すっげえ花形になってただろうなあ。見目はよいし、歌はうまいし。どこの町にいっても、女の子がキャーキャーいって大騒ぎになってたぜ。な、そう思うだろ?」
「えー。どうかなあ。でも、ローイ、置き手紙と家出は今回が初めてじゃなかったんだ」
「だから、今回のは、家出じゃねえってばよ!」
「それに、女の子のあとをおっかけるのも、ななつの時からやってたんだ」
「ああ? それは、もっと前からだよ! でもよ、ほんと、キレイな子だったんだぜ。北部から来た一座でさ、妖精の血を引く女の子だったんだ。茶色い肌にオレンジ色の髪してさ、大きな目は琥珀色の、そりゃもう、パッと人目につくような派手な器量よしで、村ではちょっとお目にかかれないような垢抜けた様子をしてな。その子が、大きな白いリボンを髪に飾って、まっ白い服着てかわいい声で北部の民謡を歌うところは、もう、ほんとうに夢のようだった」
「へえー。あたしも見たかったな。妖精の子孫かあ。神秘的よね」
「だろ? あの子、いくつくらいだったのかなあ。俺はそのころ、自分よりふたつ、みっつ上だろうと思ってたんだけど、もっと上だったのかもな。妖精は人間より一回り小さい種族だったから、今でも妖精の血筋はみんな小柄なんだ。それに、妖精の血筋の人は、年より若く見える。そういえば、その子の母親が、やっぱり妖精の血筋の、すげえ美人で、同じ一座で伝説の妖精をたたえる古い詩なんかを語ってたんだが、みんな、最初はその親子を、てっきり年の離れた姉妹だと思ってたもんな。
 あのな、妖精っていうのは、もともと人間よりずっと長命な種族だったんだ。けれど、神代の終りとともに妖精たちが『魂の癒し』の力を無くしてから、身体よりも先に魂が老いて弱ってしまうようになって、だんだん寿命が短くなってきたんだと。だけど妖精は、もともと長命だったから、時々しか子供が生まれなかった。それでだんだん数が減って、しまいには滅んでいったんだ。
 妖精はシルドーリンの丘の下に住んでて、めったに人間の前に姿をあらわさなかった。そのころ、シルドーリンは、結界じゃなかったけど、人間は立ち入らない聖域だった。でも、ほんとにめずらしいことだったんだけど、ときたま妖精がシルドーリンを出て人里に降り、人間と愛しあって子孫を残すことがあった。それが、今の妖精の血筋のはじまりさ。だから今でも妖精の子孫は年のわりに若く見える人が多いし、長寿の人も多いんだ。今、この国で百才以上の年寄りは、ほとんどみんな妖精の血筋だろうと言われているんだぜ。ついでに言えば、妖精は、男も女もとても美しい種族だったそうで、今でも妖精の血筋と言えば美人の代名詞みたいなもんなんだ」
「あの、お話に出てくるラドジール王も、妖精の血筋だったから、『妖精王』って言われてたんでしょ?」
「もちろん、そうさ。なんでも、黒い肌に銀の髪、青い瞳という、いかにも妖精風のすばらしい美貌の持ち主だったってことだ」
「妖精の血を引く人は、肌が黒とか茶色なの?」
「ああ。伝説の妖精は、肌は坑道の土と闇の漆黒、髪は炎と金属の色、瞳は宝石の色って言われてるが、実際は、肌は、茶色いな。人によって濃かったり薄かったりするけどな。ラドジール王の黒い肌っていうのも、まあ、言葉のアヤで、実際は濃い茶色だったんだろうと思うぜ。髪はだいたい伝説どおり、赤か金か、その中間の色のことが多くて、必ず、金属でできてるみたいにツヤツヤした巻き毛だ。目は、サファイアの青とかエメラルドの緑とか、変わったところではアメジストの紫とか琥珀色とか、そういう、たしかに宝石みたいな明るい色のことが多い」
「肌の色は、ずっと昔に混血してそのまま何世代もたってるんだから、だんだん薄くなってきたんじゃない? 妖精が滅びたのって、いつごろ?」
「妖精は人里離れた山のなかの洞窟にすんでいて人間とほとんど交流がなかったから、いつの間に滅びたのか誰も正確には知らないんだけど、とにかく、もう何千年前だかもわからないくらい昔だよ。でも、妖精の血は人間の血より濃くて、親の片方が妖精の血筋ならその子供はまずまちがいなく妖精の特長を受け継ぐし、そのまた子供や孫も、代々、妖精の特徴を受け継ぐんだそうだ。そして、たまに、妖精と人間の間に妖精の特徴を持たない子が生まれた時も、そのまた子供や何代も後の子孫に、突然、妖精の特長を持つ子供が生まれたりして、そこからまた、妖精の特徴を持つ子孫が増えるから、妖精の血筋の特徴を継ぐ人は、何千年もたっても絶えないんだ」
「ふうん……。ねえ、都に行けば、あたしも妖精の子孫に会えるかしら」
「そりゃあ、会えるさ。昔は、妖精の血筋は、ほとんどシルドーリンの近辺にしかいなかったそうだけど、でも、国が統一されてからは、ほかの人がみんなそうしたみたいに妖精の子孫もあちこちに移り住みはじめて、今じゃ、だいぶ散らばってるんだ。俺も都で何人も見かけたが、女の子が、みんな、えらいべっぴんで、みんな小柄だけどスタイルはいいし、ちょっと声をかけて見ようか、なんて……おおっと、そんなことは、どうでもいいんだ。とにかく、都の大通りに一時間も立ってりゃ、何人でも通るよ。でも、妖精の血筋の女の子は、気位が高いぞ。日頃から、美人だといってちやほやされつけてるせいか、けっこう高飛車なコもいて、俺なんか、あやうくひっぱたかれそうに……ああ、いや、いや、何でもない、何でもない」
「ローイ……。あなた、都へ行ったときも、通りに突っ立ってナンパしてたんだ?」
「ま、まあ、いいじゃねえか。でもよ、妖精の血筋の女の子に声かける時には、気をつけないといけないぜ。はたちをいくつかすぎたばかりと思ったのが、俺くらいの年の子供のいるおばさんだったりするからな」
「あたし、ナンパなんかしないもん」
「そりゃそうだ。そうそう、あんた、軍隊に入るんだったら、きっと、いくらでも妖精の子孫と知り合いになれるぜ。軍の宿舎や練兵場はイルベッザ城の敷地内にあるんだけど、同じ敷地内に、国立の治療院があるんだ。妖精の血を引く人がひとところにたくさん集まっているってことでは、多分、シルドーリンの麓の村以外では国中で一番だ」
「えっ、どうして? 妖精の血筋の人は、身体が弱いの?」
「ああ、違う、違う。患者じゃなくて、治療師のほうだ。妖精の血筋には、癒しの魔法が得意な人が多くて、歴史に名の残るような優秀な治療師といえば、たいていは妖精の血筋だ。妖精は、もともと癒しの種族だったからな。あと、鍛冶屋とか貴金属細工師なんかにも、妖精の血筋が多いぞ。妖精は、癒しの種族であるだけでなく、もともと、シルドーリンの鉱山で金や宝石を掘って、それを鍛えたり細工したりして暮していた鍛冶の種族でもあったからな。だから癒しの魔法だけじゃなく、火を扱う魔法も得意な人が多い。もちろん例外もいるし、妖精の血筋だから当然癒しの魔法が得意だろうとか決めつけられるのを嫌う人も多いそうだけどね」
 ローイの話を聞きながら、里菜は、黒い肌に金や赤の髪という、見たこともないような姿の人々を思い浮かべて、わくわくしていた。最初に妖精と聞いた時には、里菜は、背中に羽のある、てのひらにのるような小人を想像してびっくりしたのだが、そうでないと知った今でも、やはり妖精の末裔という存在は、里菜の心を引きつける。
 だいたい、この世界は、別世界とは言っても、魔法の存在に慣れてしまうと、ふだんはあまり変わったところがないように思えるのだ。
 ドラゴンはいるが、しょっちゅう目にするものでもないし、あとはそう変わった生き物を見かけることもない。植物なども、大半は『あちら』にも存在するようなものだ。
 ただ、見かけは『あちら』の動植物のどれかに似かよっていても性質がちょっと違ったりすることはあるし――たとえば、まきばで時々見かけたヒナギクそっくりの可憐な花は毒草だそうで、アルファードは見つける度に、羊がうっかり食べないようにと引っこ抜いていた――、麦だの羊だのといった『あちら』と共通の動植物も、里菜にはまったく同じものに見えるけれど、詳しい人がつぶさに見れば、どこかしら多少違うところがあるのかもしれない。また、中にはこの世界に独特の花や作物もあるようだ。
 だが、そういう独特の動植物も、ただ単に知らない種類だというだけで、それほど変わった様子はしていない。別の世界というより、ちょうど、ちょっとだけ気候の違う外国に来たような感じだ。
 村の人々もまた、そういえば、里菜から見てあまり違和感がない容姿の人が多かった。
 白い肌に空色の目のヴィーレを見たときには一目で外国人だと思ったが、村ではたいていの人は日焼けして小麦色になっているから元の肌の色はよくわからないことが多く、顔立ちもそれほどバタ臭くない。アルファードなどは、日本人だと言われれば納得してしまっただろうと思うような顔立ちだ。
 そして、髪や目の色は、みな、わりと似通っている。
 髪は、ほとんどの人が茶色の濃淡で、人によって多少赤っぽかったり黄色っぽかったり、まれにはヴィーレのように亜麻色に近いほど色が淡かったりはするが、金髪や黒髪の人はいなかった。目の色も、ほとんどが茶色の濃淡で、たまに空色がいるくらいだ。
 それで里菜は、最初、この世界の人はみな、ああいう容姿なのだと思っていたが、あとで、そういうわけではないことを、ローイに教わった。
 あの村は、何百年も人の出入りがほとんどないので、村人がみな、互いに似通っているのだという。
 ローイの話によれば、この世界でも、昔は地域によって住民の容姿にけっこう特長があったのだが、国の統一以来、人の移動が多くなって、今では、特に都会では、みんな混じりあって住んでいるということだ。
 だから、あの村のように村中の人の髪の色がほとんど同じなどというのは、『ど田舎』の証明なのだとローイは言っていた。
 プルメールでは、里菜はたしかに、いろいろな容姿の人を見かけた。色の白い金髪の人も、彫りの深い異国的な顔立ちの人たちの一団も見たし、中には、日本人かと思うような小柄な黒髪の人もいて、思わず駆けよって声をかけたくなったくらいだった。だが、ローイの話によるとプルメールにもいくらかはいるはずの妖精の末裔は、運悪く見かけることができなかったのだ。
 けれど、里菜は、イルベッザにつくのを待たずに、このあとすぐ、妖精の末裔と遭遇することになる。
 それは、道端の空き地で、水と携行食の簡単な昼食をとっている時だった。
 ローイは、堅いの不味いのパサパサするのと、さんざん文句をいいながら、アルファードの二倍、里菜の三倍は堅パンを食べた。プルメールでパンを買ったのは、まったく正解だった。
「ローイって、ほんとに、痩せの大食いね」と、里菜がからかうと、ローイは口いっぱいほおばったパンをもぐもぐ噛みながら答えた。
「ああ、兄貴の嫁さんにも、よく言われる。ろくに働きもしないで、食べるのだけは十人前、なんてね。でも、十人前ってのは、いくらなんでも大袈裟だよな。せいぜい三人前だよ」
 そうして、ローイが、デザートにヴィーレの焼き菓子を食べようとして口を開けた時だ。
 ふいに、すぐ耳元で、子供の声がしたのだ。
「それ、ちょうだい!」
「うわあっ!」
 いきなり間近から声をかけられたローイは、菓子を手にしたまま、飛び上がった。
 里菜とアルファードもぎょっとして、顔を上げた。
 ローイの横に、いつのまにか、小さな女の子が、当然のような顔をして立っていた。
 背格好からすると、八、九才だろうか。
 その容姿に、里菜は目を見張った。
 ビロードのような漆黒の肌に、光輝く黄金の巻き毛。信じられないほど大きな、明るい緑の瞳。『あちら』の世界ではアニメやマンガの中でしかお目にかかることが出来ない現実離れした色彩の、絢爛豪華を絵に描いたような、唖然とするような美少女である。
 まちがいなく、妖精の血筋だ。
 少女は、冬だというのに、なぜか袖なしの薄衣一枚をまとって、震えるでもなく、かわいらしく小首をかしげて、落ち着いた様子で立っている。
(か、かわいい! お人形さんみたい!)
 里菜はとっさにそう思ったのだが、そんなのんきなことを考えている場合ではない。いくら街道ぞいとはいえ、こんな山奥に、子供がひとりでいるわけがない……。


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☆期間限定臨時アンケート結果発表(2003.5.25)☆
新キャラの耳についてのアンケートにご協力くださった皆様、ありがとうございましたm(__)m
アンケートフォームと掲示板での回答の合計は以下の通りです。
尖った耳がいい……9票
普通の耳がいい……8票
どちらでもいい……3票
以上、計20票。
……というわけで、僅差ながら、9対8で尖り耳に決定しました!
次回の新キャラの描写時に耳の描写を加筆させていただきます。

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この作品の著作権は著者冬木洋子に帰属しています。

掲載サイト:カノープス通信
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