■旧市街のもうひとつの楽しみ

クラック・デ・シュバリエからダマスカスに戻ってからは、ずっと旧市街をぶらついて過ごしていた。この街はやっぱりツアーとかで来ちゃいけないな。2〜3日くらいは滞在すべきだろう。

ところで、ダマスカス旧市街に来たら、スークやモスク以外にぜひ行っておきたいところがあった。それは、ハンマームと呼ばれる、アラブの伝統的な銭湯だ。なかなか異国の地の銭湯なんて行けるものではない。外国人旅行者でも気軽に入れる所らしいので、以前から行こうと思っていたのだ。

旧市街には10軒以上ものハンマームが営業しているそうだ。ダマスカス滞在中、私はそのうち2軒のハンマームに行った。ひとつは、まっすぐな道からアゼム宮殿に向かう道沿いにあるところ、12世紀ごろに作られたハンマームで、今でも営業を続けるハンマーム・ヌルディーン。そしてもうひとつはウマイヤド・モスク北側に位置する、ハンマーム・シルシアである。伝統的なハンマームを楽しむならヌルディーンの方がよいのかもしれないが、個人的にはシルシアの方が気に入った。ハンマームには、マッサージをしてもらう所があるのだが、ヌルディーンの場合は風呂場の外で待たなければならず、ヘタすると湯冷めして風邪を引いてしまうという難点があったからだ。

ここでは、シルシアでのハンマーム体験記を述べることにする。

■なりゆきで散髪

私がシルシアに赴いたのは午後4時ごろ。なので、客は2〜3人くらいしかいなかった。まずは受付(番台?)で貴重品を預け、ハンマームをフルコースで注文する。この場合のフルコースとは、お風呂、マッサージ、垢すりである。そしてスポンジ、小瓶のシャンプー、石鹸もついてくる。スポンジは、なんだかヘチマのような植物で作られた、擦ると痛そうな感じのモノだ。また石鹸は、なんと100%天然のアレッポ石鹸(次節参照)をもらえた。これはちょっとウレシイ。

受付のすぐそばが脱衣所だ。脱衣所といっても、服を入れるためのカゴのようなものはなく、ソファとテーブルだけが並んでいる。そして壁にはフックが並んで取り付けられている。なるほど、服をこのフックに掛けるということだな。じゃあ、フックに掛けられないパンツとかはどうすればいいのかというと、適当にソファの上において置けばいいのだそうだ。

さあ風呂に入ろうと浴場に向かおうとしたら、ハンマームのスタッフから声をかけられた。「髪を切るか?」と。なんとこのハンマーム、脱衣所の脇に散髪する場所が併設されているのだ。銭湯に床屋。それはちょっと面白い。せっかくだから髪を切ってもらうことにした。ヒゲ剃りつきで日本円で500円とのこと。安い。

とは言え、さすがに変な髪型にされるのは怖い。シリアの一般的な髪型がどんなものかもよく分からない。ひょっとしたら日本人からすればダサい髪型かもしれない。そういった価値観の違いがあるだろうから、「ちょっとだけ切って」とお願いした。

…が、どうも私は英語を間違えたようだ。この理髪師のオヤジ、最初のカットでバッサリ短く切ってきた! オイオイオイオイ…!!! アンタいきなり何やってんの!

いきなりこんなに短くやられると、もうどうにもならん。私は投げやりに「ああ…。もういいよ。好きにしてくれよ」とあきらめモードである。それから後はもう、やりたい放題といわんばかりに短く切られていき、「ちょっとだけ切って」のつもりが、最後には自分の頭の方がちょっとだけになってしまった。これまでコミュニケーションは適当な英語で何とか通じると高を括ってきたが、このときばかりはその重要さをひしひしと感じさせられた。

しかし、シリアのカッティングって、ハサミ1本でやるんだな。すきバサミとかも使ってくれればまだマシになるのに。

■ムチャな脱毛

カットもヒゲ剃りも終了したので、ようやく終わりかと思って席を立とうとすると、「まだ座っといて」とスタッフに止められた。どうやらまだ頬っぺたの所に毛が残っているので、それを取るというのだ。

ハサミを使って切るのかと思いきや、そのオヤジは、何やら新しいものを出してきた。小さなカップの中に茶色い液体が入っている。オヤジは、割り箸のような木の棒でその液体を取り出す。まるで水飴のような、粘り気のあるドロドロした液体だ。木の棒に付いた水飴を、オヤジがフーフーと息を吹きかけて冷まし、そのまま私の頬っぺたにベチョッと付けた。熱っつい!

頬っぺたに水飴を付けられた状態で、しばらく待機する。するとその水飴は、冷めてだんだん固くなってきた。「もういいだろう」と言って、オヤジはその固まった飴に手で触る。そして次の瞬間、思いっきりその飴をベリッ!と剥がした。痛ったーーーーいッ!! オヤジ、私のリアクションに大笑い。そしてそのひっぺ返した飴を見せて「ほら、毛が取れた」と笑顔である。イヤイヤイヤ…これじゃガムテープ使って脱毛するのと変わんないじゃん、何でわざわざそんなモン使うんだよ。シリアの人ってみんなこんな水飴脱毛してんの?

■ようやくお風呂

木のサンダルを履いて、いよいよ脱衣所から風呂場に入る。まず洗い場に行ってみると、そこは、壁に蛇口と半円形の水盤が設置してあるだけのシンプルな部屋だった。ここで自分で髪と身体を洗うらしい。ハンマームは日本の風呂とは違い、お湯を溜めるような浴槽はなく、代わりに別の部屋にサウナのような蒸し風呂が用意されている。しかも普通のサウナと違って、蒸気がモクモクと出ているスチーム風呂だ。これがやたらと熱い。でもこの蒸し風呂でたっぷり蒸した後、頭から水をかぶると、こりゃまたすごく爽快でたまらない。

髪と身体を洗い終わると、洗い場内にいたスタッフに、その場にあぐらで座るよう促された。そのスタッフの手には垢すりをするためのグローブ。おお、いよいよ垢すりだな。全身垢すりなんて、初めて経験するなあ。まずは腕からゴシゴシッと。おおーぅ、うわさには聞いていたけど、やっぱり痛いなー。特に腕の部分はパルミラで日焼けしてて赤くなってる所だから、そこを擦られるのは強烈だ。でもなんだろうか、ヒリヒリとした痛みは一時的なもので、すぐに気持ちいい感覚になるのは不思議なものだ。なるほど、この気持ちよさが全身垢すりの魅力なのか。これはハマりそうである。

さらにうつ伏せになって背中、そして仰向けになって胸からお腹にかけてゴシゴシッと擦られる。痛いけど、旅行中に蓄えられた垢が取れたようで何より。

垢すりからそのままマッサージに入る。マッサージは、ビーチリゾートのような癒しのマッサージを期待してはいけない。なんせゴツイ男のスタッフがやるんだから、豪快に手、足、首をモミモミッと揉み続ける。でもこれはこれで意外に気持ちよかった。

マッサージを最後に、フルコースは終了である。せっかくだから、また最後に蒸し風呂に入り、ユデダコ状態になるまで蒸してから外に出た。外に出たときの涼しさといったらもう快感だった。

脱衣所では、地元の人に倣ってチャイを頂いた。日本の銭湯でいう牛乳みたいなものである。風呂上がりにホットな飲み物はどうかと思ったが、これがあながち悪くもない。大変美味しい。

しばらく脱衣所でボーっと時間をつぶしてから、シルシアのお店を出た。シルシアから自分のホテルへ帰るときは、まさに日本の銭湯を出た後と同じサッパリ感を満喫できる。いいなぁ、ハンマーム。これはなかなかいい体験だった。昔からこの地に根付いているのも分かる気がする。

他の方々も、ダマスカスに旅行に来た際は、ぜひハンマームを試してみてはいかがだろうか。ちなみにハンマームは、基本的には女人禁制と言われているが、お店によってはOKな所もあるそうなので、スタッフなどに聞いてみるとよいだろう。

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