■前から行ってみたかった

「シリアに行く」と言っても、「どこそれ?」と尋ねられる。「中東の国だ」と答えると、「危ないんじゃない?」というコメントが必ず返ってくる。毎回思うのだが、中東と言ってもエリアは広い。泥沼の紛争状態にある危険な国、リゾート施設が充実している観光の国、そして偏ったメディア報道のせいで危険だと仕立て上げられているが、実はなんてことはない穏やかで治安の良い国……などなど。いろんな国があるのだから、中東地域を一緒くたにして判断はしない方がいい。まあでも、中東について詳しく調べるのは私のような旅行好きくらいのものだから、そういう答えが返ってくるのは仕方ないのではあるが。

シリアには以前から興味を持っていた。私は旧市街をぶらつくのが好きで、旅行者の間で人気のあるダマスカス旧市街にはぜひ訪問してみたかった。またシリアには、中東の三大遺跡のひとつ、パルミラ遺跡がある。ローマ帝国時代のこの遺跡もけっこう評価が高いそうだ。旧市街と遺跡…私のテンションを高める要素が揃う国に、いつか行きたいと思っていた。

本当は行こうと思えばすぐ行くことはできた。しかし北アフリカやら東南アジアやら、他の国からの誘惑があって、ずっと先延ばしになってしまっていた。基本的に気分屋だから、いろんな国に目移りしてしまう。それで、ようやく2006年のゴールデンウィーク、何の誘惑もなくなったということで、シリア行きが実現した。

■新市街

シリアの首都ダマスカスに入って最初に向かった所である。新市街というのは特に見るべき所もないのだが、実際に滞在するにあたってお世話になる街だ。確かに旧市街にもホテルはあるのだが、数は少ない。よりよいホテルを探したいなら新市街の方がいいだろう。

特に新市街で私がオススメしたいのは、マルジェ広場と呼ばれる場所だ。新市街の中でもホテルやレストランの数が特に多く、旧市街や駅へのアクセスもいい。夜も賑やかなので、逆にひっそりとする旧市街よりは安心して滞在できるだろう。私も今回のダマスカス滞在では、マルジェ広場のホテルに身を置いた。最初は1泊20ドルの中級ホテルに泊まっていたが、だんだん金がなくなってきて、最後には3畳くらいのベッドしかない狭い部屋で、トイレ・シャワー共同の安宿に落ち着いた。確か1泊250シリアポンド(500円)くらいだったか。


マルジェ広場

■ダマスカス旧市街

ダマスカスという街は中東で最古の都市の1つらしい。なんと紀元前3000年ごろから形成されたのだとか。このうち旧市街は、13世紀から14世紀にかけて、十字軍やモンゴル帝国の侵略を防ぐためにアラブ人が建築したものである。歴史的に貴重な街であることから、1979年、ユネスコの世界遺産に登録された。

城砦を中心にした旧市街は、外敵を迷わせることを目的として、細い路地が迷路のように張り巡らされたつくりになっている。今でも人が住み、その人達向けのスーク(市場)やモスクが点在している。私が中東地域の旧市街を好む理由はこれだ。路地、あるいはごちゃごちゃした市場が好きな人間にとって、中東の旧市街は聖地に等しい。

旅行者の多くは、「好きな旧市街」としてダマスカス旧市街を上位に挙げる。私もこの旧市街を歩いてみて、何となくその理由がわかった気がする。

以前、チュニジアのチュニス旧市街に行ったことがある。ここも路地が多くてすばらしい旧市街ではあるが、何となくだけど今回のダマスカス旧市街のほうが好みかなと思った。印象的だったのは建物が違うということ。チュニスでは白と青の、美を意識したカラーに塗り替えられている建物を多く見かけた。修復という名目で、新しい建物のように見せかけているものが多かった。でもダマスカスにはそれが比較的少ない。古めかしい石造りの建物が、改装されずにたくさん残っている。このことが、いわゆるクラシカルな、即ちいかにも「旧」市街っぽい印象を与えてくれたのだと思う。特に驚いたのは、スーク・ハミディーエと呼ばれるスークと、ウマイヤド・モスクの間の広場にローマ時代の神殿の列柱が並んでいたことだ。旧市街のど真ん中で古代遺跡に出逢えるなんて、チュニスではありえない。


今も残る神殿の列柱
■スーク・ハミディーエ

ダマスカス旧市街を歩くにあたっては、どこを出発点にしてもいいのだけれど、新市街で宿を確保した場合は、そこから近いスーク・ハミディーエが出発点になるだろうか。600メートルもある長いアーケード付きのスークで、昼も夜も観光客や地元客でごった返している。旧市街の中で最も賑やかな場所だ。このスーク・ハミディーエと交差する路地にもお店がずらっと並んでいる。ごちゃごちゃ感を楽しみたい人はこの路地をぶらついてみることをオススメする。

ちなみにスークの入り口の横には、現在のシリアの元首である、アサド大統領の看板が掲げられていた。…この国、別に独裁国家でもないんだけど、アサド大統領の肖像画がいたるところで見受けられる。国民から相当な支持を受けている元首のようだ。反イスラエル思想を強く貫いている姿勢が受けているんだろうか。
■ウマイヤド・モスク

スーク・ハミディーエを東に歩いていくと、こじんまりとした広場に出る。そして目の前には、8世紀に建てられたという世界最古のモスクの外壁が仰々しくそびえたつ。ウマイヤド・モスクである。聖地のひとつとも言われており、他の国からも巡礼としてこの地にやってくるイスラム教徒は多い。

ダマスカスに滞在中は、このモスクに何度も足を運んだ。朝、昼、夜……いろんな時間帯に訪問した。個人的にオススメなのは夜かな。ライトアップされたモスクはすごく綺麗。


ウマイヤド・モスクの外壁とミナレット
ちなみに午前中に来たときは、他の地から巡礼に来たと思われるイスラム教徒が大勢いた。うち女性はみな「アバヤ」と呼ばれる黒ずくめの民族衣装に身を包んでいた。聖職者らしき人が、このモスクの説明をしていたが、みんなほとんど無視していてペチャクチャおしゃべりしていた。中にはビデオカメラを持ってモスク前の広場を撮影しながらはしゃいでいた。…巡礼という言葉を聞くと、何だか厳かな感を受けるが、彼女達にしてみれば単なる観光と変わらないようだ。

巡礼者も多い
実際にモスクの中に入ってみる。異教徒は入場料を払って北側の門から入る。靴を脱いで門を抜けると、まずは大理石の床でできた広い中庭に出る。この床の上に座っておしゃべりする人、横になって午睡をむさぼる人、あるいは追いかけっこしている子供たち。まるで公園みたいな雰囲気だ。

モスクの中庭(昼の光景と夜の光景)
ここでは、見事なモザイクを見ることができる。1960年代に修復されたものであるが、その壮観な美しさから、私はいつものごとく調子に乗って何枚もパシャパシャと写真を撮ってしまった。モスクをはじめとするイスラム建築は、このような精巧なモザイクが随所に見れるから面白い。建築物に興味がなくても見とれてしまう。
今度は建物内部に入ってみる。そこには絨毯で敷き詰められた広い部屋がある。イスラム教徒は実際にここで礼拝を行うようだ。

これまでもいろんな国のモスク内部に入ったことがあるが、やはりこういう所は何度訪問しても緊張する。なんせ実際に礼拝する所だ。本来なら異教徒は立ち入れない神聖な場所である。たまたまこのウマイヤド・モスクは観光客が立ち入ることを許しているが、とは言え、観光気分で調子に乗って何かしらの粗相があると、すぐにでも周囲から怒られそうな雰囲気である。アジア人だから、ただ歩いているだけでもたくさんの視線を浴びてしまう。そんなわけで、なるべく目立たないように部屋の隅に座って、礼拝の光景を眺めることにした。

イスラム教には、大きく2つの宗派がある。ひとつはスンニー派、もうひとつはシーア派である。ここシリアは、スンニー派のイスラム教徒が大多数を占める。そういえば以前イランに行ったとき、現地のガイドがこんなことを言っていた。「スンニー派とシーア派とでは礼拝の仕方に違いがあります。立っているときに、手を前に組むのがスンニー派、手を体の横に添えるのがシーア派です」。なるほど、確かにここでの礼拝の仕方を見ると、みな手を前に組んでいる。彼らがスンニー派であることが容易に分かる。

イスラム教に限らず、これまでいろんな宗教に触れてきたが、「人はなぜこうも真剣に祈るのか」という疑問に対しては、相も変わらず答えを見出せていない。それは私の知る宗教とはまったく違う宗教だからだろうか、あるいは私がそれほど熱心な信仰心を持っていないからだろうか。何にせよ、いつまで経っても特異なものを見ているような感想を持ち、私は場違いな所にいるなぁと思ってしまうのだ。

■居住区

ウマイヤド・モスクからさらに東に進んでいくと、居住区に入る。ここから先、路地フリークにとってはパラダイスとなる。そう、無数の細い路地で形成された迷路だ。うっかり適当にぶらぶら歩いてしまうと、方向感覚がつかめなくなり、自分が今どこにいるのかさっぱり分からなくなる。モスクのミナレット(礼拝を呼びかけるための高い塔)が目印になるかと思いきや、旧市街にはモスク自体が多数に点在しているので、まったくアテにならない。どれも同じミナレットに見えてしまい、余計に迷ってしまう。

以前、友人達と雑談していたとき、「迷子になることが快感だ」ってなことを言ったら、周りがキョトーンとした雰囲気になってしまったことがある。おそらく変人みたいに思われたかも。でもモノは考えようで、遊園地で迷路のアトラクションに入るのと同じことだと思う。迷路のアトラクションは迷うことに意義があり、そこで迷いたいと思うから皆が入場する。同様に、旧市街という迷路に惹かれ、迷いたいと思う人がいてもおかしくはない。

別にずっと迷路の中に取り残されるわけじゃない。ここは普通の生活圏。道に迷ったときには、周りの人に道を聞けばいい。観光客が多くやって来る街だから、外国人が道に迷っている光景はよく見ているはずだ。だからこそ、見ず知らずの外国人が相手であっても、あまり抵抗も躊躇も持たずに道を教えてくれるんじゃないだろうか。また中東の旧市街は比較的治安も良く、寂しげな路地を一人で歩いていたって問題は起きない。安心な迷路だと思う。

■イスラムとキリストの共存

ダマスカス旧市街には旧約聖書に登場すると言われる「まっすぐな道」というのがある。その名の通り、地図で見るとまっすぐな道路が旧市街の真ん中を貫いている。このまっすぐな道の中間ほどにローマ記念門という門があるのだが、この門より西側がイスラム教徒地区、東側がキリスト教徒地区だそうだ。てっきりシリアはイスラム教徒だけかと思ったけど、そうでもないらしい。

イスラム教徒地区からキリスト教徒地区に入ると、光景が一変するのが分かる。特に女性の格好だ。イスラム教徒地区では、およそ全員の女性がへジャブ(ベール)やアバヤで髪・肌を隠しているが、キリスト教徒地区に入ると、髪をたなびかせ、肌を露出して闊歩する女性を目にすることができる。

キリスト教徒は自分たちの地区だけしか歩かないなどということは全然ない。Tシャツ姿の若い女性達がアイスクリームをほおばりながら、イスラム教徒地区のスークでウィンドウショッピングなんてのは当たり前の光景だ。逆もまた然りである。

ひとつの街の中でイスラム教とキリスト教がうまいこと共存しているというのは、なんだか珍しい印象を受ける。日本人からすると、イスラム教とキリスト教というのは対立しているというイメージを抱きがちだが、どうやらこの街を見る限りではそうでもないようだ。自分の固定観念がこんなふうに崩されていくのは、何とも面白いものだ。

ところで、街中を歩いてみて改めて思ったのだが、やっぱりアラブ人女性ってのは美しい人がホント多い。道ですれ違ったときに思わず振り返ってしまうなんて経験はなかなかない。以前、隣国のレバノンに行ったときも同じような感想を持ったことがあるのだが……うーむ、やはり何度も同じ感想を持ってしまう。アラブ人女性はこれからも見逃せない。これだから中東はやめられない(←不純)。

■スパイス・スーク

「まっすぐな道」のイスラム教徒地区側にはスーク・ミドハド・パシャと呼ばれるスークがある。先述のスーク・ハミディーエと平行に形成されている。スーク・ハミディーエが観光客向けだとすれば、スーク・ミドハド・パシャは現地の人向けの市場という感じがする。だから個人的には、こちらのスークのほうが好きだ。

ここは別名スパイス・スークとも呼ばれ、その名の通り、スパイスを売る店がたくさん並んでいる。この通りを歩くと、スパイスのツーンとした匂いが鼻を刺激する。この匂いを嗅ぐと、異国の地にやってきたいう実感が湧き立つ。

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