§5  10代の修行僧 (チャウドック、ブンハー村)

チャム族の集落を後にして、チャウドックでのメコン河下りはこれで終了です。河を上って船着場に到着した後は車に乗り換え、次の観光地へ向かうことになります。どうやら、きのう故障した車は修理を終えたらしく、その車でドライバーさんが待機してくれてました。結局原因が何だったのか、今でもわからずじまいです。…まいっか。

車でメコン河と反対の方向へ5kmほど走ります。チャウドックの南西には、信仰の山と呼ばれるサム山があり、そのふもとには一風変わった寺院があるそうです。我々一行はその寺院の一つであるバーチュアース廟に到着です。うわー、すごい人の数です。建物の外は参拝客でいっぱいです。また廟の周りでは、参拝客のために線香を売る店や食堂がぎっしりと軒を連ねていて賑わいを見せてます。チャウドックの市場の周りとはまた違った感じの賑わいです。

  
バーチュアース廟

一見何だか仏教の寺院に見えますが、実はここで信仰されているのは天女信仰という、主に中国系の人々が信仰している独特の宗教なんだそうです。ちなみにこの廟ではチュアスーと呼ばれる女神様が奉られています。一説ではこの宗教、仏教が派生したものではないかと言われてますが、まだ歴史研究が行われている最中であり、よく分かっていないそうです。

実際に廟の中へ入ってみることにします。するとこれがまたすごい人だかりでした。巨大な女神像の前にお供え物や線香をあげようとする人でもみくちゃになってます。おかげで蒸し暑いし、線香臭いし、とてもこんな所で長居はできそうにないですな。

お祈りする光景をしばらく拝見してると、やはり他の宗教とは違って独特であることが分かります。まるでろうそくのような太い線香を3本くらいおでこに当て、何やらボソボソと経文らしき言葉を唱えます。唱え終わると、その線香を女神像の前に出向いて差し出していました。


廟の中はカラフルなお供え物でいっぱい
この宗教、祈り方も独特ですが、何よりも印象的だったのが、やけに派手だったということです。女神像には人間が作った衣服が着せられているのですが、それがすごいカラフルなのです。金や銀はもちろん、虹の七色全てが、その衣服には入っていました(←女神像の写真撮影は禁止されているので、残念ながら視覚的には紹介できません)。またお供え物も、豚の丸焼きであったり、巨大な果物であったりと結構ダイナミックなものばかりでした。…こんな宗教もあるんですねー。意外な宗教に触れることができて大変貴重でしたよ。

昼食をとった後、今度はクメール人が多く住んでいる集落へ向かうことになりました。しかし、チャウドックの近くでクメール人の集落を見つけようとなると、ここからさらに北上してカンボジア国境ギリギリまで近づかないといけないそうです。というわけで、一時チャウドックを離れ、そこから車で北へ向かいます。本来国境近くは危険なので、あまり外国人は近づかない方がいいとされており、そのためかヘウさんもドライバーさんもやや緊張気味になってます。…イヤあのさ、そんなにやばい所なら、最初からツアーに組み込まなきゃいいんじゃないの?

チャウドックの北にある小さな街を通り越したあたりから、だんだん風景が変わってきました。もはやメコン河の姿はなく、道路の両端には畑ばかりが広がるといった風景です(どこ走ってんだ一体…?)。 そうして走り始めて約15分後、ブンハー村と呼ばれる、クメール人が多く住む集落に到着です。さすがにこんな所まで来ると、外国人の観光客などは一人も見かけませんな。

ここの人たちは、普段、外国人をほとんど見ないという人たちばかりらしいです。したがって、そのような所に私が訪問すると、驚かせてしまって立ち入りを拒否される場合もあるようなので、比較的寛容な仏教寺院(クメール寺)の方だけを観光することになりました。寺院に到着した時は1時半ごろで、どうやら修行僧の方々はお昼休みのようでした。寺院の広場で休んでいた若いお坊さんに許可を取って、寺院の中を見学させてもらいます。

ベトナムでは、およそ8割の人が仏教を信仰しており、このクメール人もそのうちの一部に入ります。ちょっと他とは異なるのが、寺院の建築様式ですね。今までホーチミンなどで見てきたものは中国様式が多かったのですが、ここはやはりカンボジアからの影響を受けているだけあって色が異なってます。寺院の中を見てみると、お釈迦様がどのように生まれて、どう教えを説いていったかという逸話が、絵画として壁や天井にびっしりと描かれていました。以前ネパールに行きましたけど、そこで見た仏教寺院と似ている気がします。


クメール寺

寺院の中には、数人のお坊さんが休憩をとっていました。外国人の突然の訪問でみんな目が点になってます。見たところ、先ほどのお坊さんと同様に、みなさん若いお坊さんばかりです。それもそのはず、どうやら聞くところによると、全員、年齢が10代なんだそうです。実はこの集落、昔からのしきたりというものがあるらしく、男性は15〜19歳までの5年間は強制的に寺に入れられ、修行僧としての生活をさせられるのだそうです。その5年間、少年たちはお祈りはもちろん、寺での掃除をしたり、新しい寺院の建築を手伝ったりすることが日課になります。…うわぁ、私からすれば考えられないしきたりですね。

このしきたり、元々は親たちの要望から生まれたものなんだそうで、自分の子供が15〜19歳の時に寺に入れておけば、悪行を働くことはなく、いい大人に育ってくれるだろうという考えからきているらしいです。……何だか、親側の単なる育児放棄のようにも聞こえますな。しかし、15歳からの学校教育がここには存在せず、だからといって急に働かせるのはちょっと心配だという、そういった親側の想いの結果が、このようなしきたりを生んでいるのでしょう。


若いお坊さんたち (左が私)

実際に、そのお坊さんたちに本音を聞いてみることにしました。すると、やっぱり望んでこんな所にいるわけではないので、みなさん不満を持っているようでした。うーむ、なんか分かる気がするなー。自分は今こうして自由に旅をしている身なのですが、もし自分が彼らのような境遇だったら、きっと彼らと同じく不満を言うでしょうな。「昔ながらのしきたりだから」とか言ってますけど、そのしきたりが青春と呼ばれる大事な時期を侵すことによって、大きく失ってしまうものもあるような気がしますからね。しかし、当然ながらその逆のことも考えられ、このような経験をすることで、彼らにしか得られないものというのも存在するでしょう。親が望むような、悪行を起こさない大人というものを、彼らは実際に得ることができるのかもしれません。

しきたりというものは大事なものでもありますが厄介なものでもあります。そう考えると、長く続いているからといって、それが正しいしきたりであるとは、安易には肯定ができないような気がしますね。しきたりなどの伝統の意義というものについては、改めて考えてみる必要があるのではないかと感じます。(…だからといって、観光が勝手に伝統を壊すというのはやっぱりいけないでしょうな。先ほどのチャム族の集落に関しては、そういう意味で問題かもしれません。…ま、我々のような輩が原因なんですけど。)

彼らを指導している成年のお坊さんにも話を聞いてみたかったのですが、残念ながら今は不在とのこと。仕方がないので、このままこの寺院を後にすることにしました。若いお坊さんたちと握手をしてお別れです。私たちが車に乗り込み、寺院の外に出るまで、彼らはずって見送ってくれました。

午後3時ごろ、チャウドックに到着。今日の観光はこれで終了です。ヘウさんと別れた後は、またチャウドックの市場の回りをぶらぶらとしてました。やっぱいいね、この雰囲気。

夜になると、市場の近くでフルーツシェイク屋が営業を始めました。ベトナムではこのフルーツシェイクのことをシン・トーと呼んでおり、主にコンデンスミルク、砂糖、氷、そして新鮮なフルーツを混ぜて作られています。このシン・トー、日本人の間では、人気のあるベトナムデザートの一つに挙げられているらしいですよ。そんなわけで、私も試しに飲んでみることにしました。

ちなみにその店のディスプレイには、パインやらマンゴーやらバナナやら南国の果物でいっぱいです。なかには、何かの葉っぱらしきものまでもが陳列されていました。へぇ〜、こんなものまでシェイクになるのか。それで、とりあえず私は、王道であるパインのシントーを注文です。言葉が通じそうになかったのでパインを指さして注文を伝えます。すると、その店のおばちゃんが、何やら言葉を発して聞き返してきました。…えっ? なに言ってるのかさっぱり分からんぞ? とりあえず言葉が分からないふりをしていたら、おばちゃんは「OK、OK」と言いながら、そのまま調理を始めました。(←後から気づいたのですが、どうやらこのとき、シェイクの甘さをどうするかを聞いていたようです。そしてこちら側が、言葉が分からない状況だったので、おまかせの甘さで作ってくれたみたいです。)

このとき、おばちゃんがシェイクを作ってる過程をしばらく拝見させてもらいました。パインを適当な大きさにぶつ切りし、ミルクやら氷やら砂糖やらは全て目分量で手際よくポンポンとジューサーの中に放り込んでいきます。ジューサーを動かしているときも、中身がしぶきとなって外にボタボタこぼれ落ちているのですが、全然気にしてる様子はありません。かなり豪快な作り方ですな。そのおかげでシン・トーが出来あがるまではわずか30秒ほどでした。…早い。

で、実際に飲んでみると……これがまた美味いわ。甘さもちょうどいいです。値段も3000ドンと安いし、おまけに最後にはちゃんとお茶をサービスしてくれるし、言うことないなこりゃ。


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