第二章 巡り会い 「おはようございます!」 元気の良い声がエイミーの家に響く。 爽やかな声に相応しく、爽やかな朝の日差しが家の中にも入ってきていた。 「おはようルーク君。お迎え、ありがとう」 エプロン姿でエイミーの母が玄関にでた。 ルークは長袖長ズボンで動きやすそうな、まるで山登りにでも行くような格好をしている。勿論、装備は別に持っているのだろう。大きなリュックの他にも大きな肩掛けのカバンに長剣も持ってきていた。 その大荷物ぶりにエイミーの母親はくすくすと笑った。 「ちょっと待っててね」 彼女はまた、家の奥に引き返す。 奥からは、エイミーをせかす母の声とそれに文句を言っている娘の賑やかなやりとりが聞こえてきた。 相変わらずだな、とルークは思った。 小さい頃からエイミーは朝に弱くて、ルークが迎えに行くと大抵まだエイミーは寝ていた。ごくたまに起きていても機嫌が悪く、八つ当たりをされる事も少なくなかった。昔はルークもそのやりとりに加わっていたものだが、さすがにこの年齢になるとそうはいかないだろう。 「……おはよ〜」 賑やかな騒ぎが一通り終わった頃、荷物を抱えたエイミーがよろよろと玄関に現れた。 いかにも眠たそうな顔をしている。 「おはよう。忘れ物はないか?」 ルークはそれに対してにこやかに答える。とても対照的だ。 エイミーはルークの言葉に荷物を入れた大きなリュックの中を点検する。どう見てもぼんやりしているので、確認しているといっても何だか見ているほうが不安だ。 「ん、大丈夫。みんな揃っているから平気。行きましょう」 エイミーは荷物を背負うと眠そうなまま玄関に降り、靴を履く。 「……まて、エイミー。その靴で行く気か?」 皮製の上品な靴を履こうとしているエイミーにルークは驚いて声をかける。これから山へと出かけていくにはあまりにもふさわしくない靴だ。 その言葉にエイミーは靴紐を結ぶ手を止める。どうやら気が付いたらしい。 「あ、間違えた」 ごそごそと靴箱から動きやすそうな靴を取り出し、そちらに履き替える。 相変わらずぼんやりしたままだ。 ……朝には何も起こりませんように。 ……エイミーの行動に。分かってはいても一抹の不安をルークは覚えたのだった。 「……ねえルーク、ちょっと聞いても良い?」 ヴィンラン山に向かう途中の街の中。朝の出勤時間のため、人通りが多い。とはいえ、朝も早いので人が多くても賑わいとは縁がないのだけれども。 それでも足早な人達の行き交う朝は、今日の活気への始まりを感じさせていた。 その道行く途中でさすがに頭がしっかりしてきたのかエイミーが隣を歩くルークに声をかける。 「ああ、良いよ。知っている範囲だったら話すよ」 ルークは人懐っこい笑顔でそう答える。 その背中にはリュックを背負い、腰には長剣を帯び、肩には自分の鞄とエイミーの分のリュックも抱えていた。その様子からでも彼が非常に力があることが分かる。 「あのね……これから調べるのって……予想だと犯人って……良い方?悪い方?」 エイミーにとってはこれは重大な事である。 一応、基本的な魔法は使えるし、攻撃魔法も習得はしている。特に守備系の魔法では優秀だといつも褒められるほどだった。だが、本来は争いそのものが嫌いなのだ。 ……正直に言って、手伝いだといっても凶悪なものには関わりたくはない。 しかし、ルークにとっては答え難い質問だった。まだ、分かっている事が少なすぎて、予想を立てるのも困難な状況なのだ。 彼はしばらく答えに困っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。 「……そうだな。その判断は今の段階では難しいんだけど……俺は結構ましな相手だとは思っているかな。確かに奇妙な事は多いんだけど……例えば誘拐されたといってもほとんど1日足らずで帰ってくるし、傷つけられているわけでもないんだ。これは精密検査もしてみたから確証がとれている。つまり、傷つける気はないんじゃないかと思う」 「……でもグリズリーとかは死んでいたって……」 ルークの言葉にエイミーは小さな声で反論する。 この話はエイミーが一番恐れたものだった。もし未知の敵なら対処の仕様が無い。しかも、見たことの無い方法で倒されていると聞いている。それは、相手の危険性も示唆していた。 だがルークは軽く肯定して頷くものの、危機感を持った顔をしていなかった。ルークにとってはこの点はどうやらあまり重要ではないらしい。平然とした顔をしていた。 「……死んでいるのは……全部人を襲うとかなんとかで害をなす連中なんだよ。こういう事を言うのはあれなんだけど……あの辺に出ていた被害届の害獣や魔物は大体それで片付いてるんだよ。……もしかして襲って返り討ちにあったのかもな」 「……それって変じゃない?返り討ちに出来るくらい強いのに襲われるなんて」 「……そこなんだよな。分からないのは」 ルークの仮説にエイミーは反論する。 生き物というものはそもそも生きるために生まれてきたものなので、多くの生き物は自分より強い相手には相当の事が無い限り襲い掛かるものではない。それはグリズリーや魔物にも言える事である。 少なくともエイミーの知っている情報では、相手はかなり強いと思われる。それなのにルークが言うように襲われたというのは考え難い。 どうやら仮説を立てた本人もそこで悩んでいるようだ。 「まあ、その辺は助っ人も来てくれたし。期待しているから、宜しくな」 そう言ってルークは笑う。 エイミーは自分に期待がかかっている事を改めて感じて気が重くなった。 やっぱり、あまり関わりたくなかったと、改めて思うが…ここまで来てしまっては腹をくくるしかないと、ぐったりと頭をうなだれたのだった。 ところが実際の所、ヴィンラン山での調査というのはエイミーが心配しているほどの事ではなかった。 集合している場所にはレイス班長が待っており、にこやかにエイミーに必要な薬草を指示したメモを渡された。 エイミーは最初は訳が分からなかったのだが…早い話が薬草採取をすると山の中を歩き回るため、騎士団に同行というよりは騎士団がエイミーについて来るという形だった。事件そのものが不規則に起こる為に、騎士団としてはどこにいても状況は大して変わらないからだろう。 本日は、エイミーの知り合いという事もあり、ルークがついて来てくることになった。 そんな訳で、山の中をエイミーとルークはうろうろとする事になったのだが……。 「エイミー、まだか〜?」 大きな採取籠を背負ったルークが声をかける。本日、何度目だろうか。 一緒に行動するのは良いのだが、エイミーは本来の目的の薬草以外にも何か見つけると、夢中で観察したり採取したり…とにかく寄り道が激しいのだ。 その間は、ルークはする事もなく、辺りの警戒をしているのだが特に何かある訳でもなく、ひたすら待ちぼうけをくらう結果になった。 普通なら、魔物がそれなりに現れる危険地区のはずなのだが、一連の怪事件のためか魔物の気配もほとんど無く、はっきり言って、かなり暇だった。 せめて知識があれば何をしているのかくらい分かるのだが、ルークには魔法やそれに関する知識がほとんど無いので、ただ見ているだけだった。 少し前に会った時、彼女の背が縮んで見えた。 別にそれは嫌味とかそういうのではなくて、純粋に分からなかったのだ。 それは裏返せば、それだけ実際に会って話すことが無かった証拠だった。 話は聞いていたし、彼女の家の人にはしょっちゅう出くわしている。遠目に見かける事もあった。だから、そこまで距離を感じてはいなかった。 だけど、こうしてみるとあまりにも知らない事ばかりで……小さい頃はいつも一緒だったのに、改めて開いてしまった距離を感じていた。 でも、本当はこの距離にもう少し前から気がついていた。 いつからか、エイミーはルークから距離を置くようになっていた。話しかけても軽く流されてしまう事も多かった。 ……正直、何故この間はまともに話す事が出来たのか、その理由は良く分からなかった。 ルークからすれば何も変わっていないつもりだった。だけど彼女にとっては違うのだろう。その理由が見つからず、ルークはそっとため息をついた。 自分と彼女の価値観の違い、それが原因だろう。 しかし、ルークにはこの開いてしまった距離をどうしたら良いのか分からなかった。 一方、エイミーはそんなことを考えているルークに気が付く事も無く、いつも通りに薬草の採取に励んでいた。 ルークが来ている事もあり、いつもと違って薬草探しにしっかりと専念できるので、うっそうと茂った森の中で屈み込みながら、野草を掻き分け、目的のものを見つけては採取し、一つ一つを包んでは自分の腰に付けているウエストポーチに仕舞い込んでいく。 こうやって丹念に探せる機会が少ないため、ついつい目的以外の薬草を見つけても採取に励んでしまい、確実に移動が遅れていた。 だが、本人は夢中になっているため、ルークが待ちぼうけを食らっている事など気付く事も無く、せっせと木々を掻き分け、草を掻き分け、木の実を拾ったり、キノコを採取したりととにかく忙しく動き回っていた。 頭の中にはもう、騎士団に協力とかいう事は消えているようだった。勿論、ルークの声も聞こえているようで頭にはさっぱりと入っていない。完全に自分の世界に入ってしまっていた。 そうやって、せっせと草をかきわけて何かをしていたエイミーだったが、ふっと顔をあげ、近くの岩場に目をやる。そして厳しそうな顔をした。どう見ても、エイミーがよじ登るには困難な高さだった。 その時、ルークの事を思い出し、彼女の表情はぱっと明るくなった。ルークなら、あのくらいの高さだったら平気だろう。 「ルーク、こっちに来て」 呼ばれたルークは、特にこれといってする事も無いので呼ばれるままにやって来た。 「あのね、あの岩場の所に生えている薬草を採ってきて欲しいの」 「はい?」 エイミーの指差す方向には岩場があり、ここから5メートルくらいの高さの所に小さな緑のぎざぎざの葉が見える。 つまり、早い話、よじ登って採れというのだ。 「私じゃ届かないから……宜しくね」 期待のこもったキラキラとした眼差しでそう訴えるエイミーに、ルークはまあいいか、という顔をして、頷いて見せた。 どうせ暇だったし、辺りにも特に変わった気配も無い。 そうなれば特に心配はいらないだろう。 ルークは岩場に手をかける。そして身軽にどんどんよじ登っていった。 その身軽さにエイミーは感心する。小さい頃からルークはやんちゃ坊主で、何でも簡単にこなしていたが、どうやらそれは大きくなってさらにパワーアップしているようだった。 ルークは目的の薬草を掴むと、ひょいひょいっと、岩場を飛び降りて着地する。 そして下で待っていたエイミーに薬草を手渡した。 「はい、これ」 「わ〜、ありがとう!これ、結構貴重なのよ。本当にありがとう」 本当に嬉しそうに笑うエイミーに、ルークもにっこりと笑う。人に喜ばれるのは、やっぱり嬉しいものだ。 そう感じていたときのこと。 辺りの気配が急に変わる。 今まで感じた事の無いような、魔力の波動。 それは、不快なものというよりはむしろ不思議な感覚に近い。 魔法に敏感なエイミーは、その魔力の気配に周囲をきょろきょろと見回す。だが、特に何も見当たらない。しかし、その気配は確実に強いものになっていく。 近寄ってきている。 それだけは確実に言える事だった。 エイミーはルークに知らせようとして、ルークの方を向いたが、すでにルークも長剣を構え、神経をとぎらせているようだ。真剣な顔つきになっている。 ルークは魔法関係にはうといはずなのだが、気配を感じているのだろう。エイミーが感じる方向を警戒しているようだった。 緊張感が、エイミーとルークを襲う。この気配に不安を覚えたりはしないものの、得体の知れない不安感は常にあるのだ。 風が木々を揺らし、葉が重なりざわめくような音が辺りに響き渡る。聞こえるのは風とそれによってさざめく葉の音だけ。先程まで明るく照らしていた日の光も輝きをかすめていた。 静寂の中に風が踊るように草や木の葉を舞い上げる。 「うわっ!」 「きゃあ!」 突然、目が眩むような光が現れ、思わず、ルークとエイミーは目を瞑る。 そして光が収まり、おそるおそるエイミーが目を開いてみると……。 「ソル?ソルだ〜!」 「うわ〜?なんなんだ〜?」 目を開いたエイミーの目の前で起きていた光景は……淡い若葉のような色の髪の少女に抱きつかれているルークの姿だった……。 「……なにしてるの、ルーク」 「俺に聞くな〜!なんとかしてくれ〜!」 状況がさっぱり分からないエイミーの口からでた言葉に、ルークは必死の顔でエイミーに助けを求める。どうやら、ルークにも事の事態がさっぱり分からないらしい。しかし、淡緑色の髪の少女は嬉しそうにルークに抱きついたままだ。 そのおかしな光景に、エイミーはどうして良いのやら分からず、呆然としていた。 「エイミー!頼むからなんとかしてくれ!」 呆然としているエイミーにルークは再度、必死に助けを求める。ルークの方はたまったものではないらしい。真っ赤になって、なんとか引き離そうとしているが、そういう状況に慣れていないらしくばたばたしているだけだ。 「……なんとかって……その子、ルークの知り合いじゃないの?」 抱きつかれるような相手なのだから、知り合いなのでは?とエイミーは考える。 勿論、呆然としたままなので、お世辞にも頭が回っているとは言い難いのだが。 「知り合いって……俺には羽の生えた知り合いなんていない!」 ルークの反論を聞いて、エイミーは耳を疑った。 羽の生えた知り合いはいない? エイミーは改めてルークに抱きついている少女も見つめた。 淡緑色の軽くウェーブのかかったふわっとして肩より少し長い髪、金色の瞳。そして少し尖った耳。そして何より特徴的なものは……まるでトンボのように透けた長い二対の羽。 エイミーの思考回路が一瞬、機能を停止する。 この姿は……どこかで見覚えがある。そう、どこかで。 それも現実とは縁も所縁も無いような所で……。 そう、御伽噺にでてきた……架空のはずの登場人物。 「も……もしかして……妖精(フェアリー)?」 エイミーの言葉に、やっとルークに抱きついていた少女は彼から離れ、エイミーの方に興味深そうにやって来る。 小柄なエイミーだが、少女はエイミーよりも背が低いのだろう、浮いている状態でエイミーと背が変わらなかった。人懐っこそうな顔に好奇心旺盛な金色の瞳がくるくるとしている。まるで小さな子供を思い起こさせるが、体つきは女性そのものといった感じだ。 「へえ?私の事、見えてるんだ?」 好奇心丸出しの金色の瞳にじっと見つめられてエイミーはたじろぐ。あまり、じっと見られるのは得意じゃない。 助けを求めようとルークに視線を移すが……肝心のルークは真っ赤になったまま硬直していた。……とても助けを求められそうに無い状態だ。 とりあえず、このじっと見られている状態をどうにかしないと。 そう思った時、エイミーはある事に気がついた。 私の事、見えてるんだ? どういう意味だろう。ルークにも見えているはずだ。なのに、彼女はエイミーに対してそう言っている。ルークには見えていないと思っているのだろうか。いや、そんなはずは無いだろう。では、何故? そんな疑問がエイミーの中で渦巻いていた時、目の前の少女はポンと手を打つ。今まで疑問に満ちていた表情がパッと明るくなった。 「そっかあ、この子、私と魔力の波長が同じなんだ。へ〜、珍しい!」 少女はぐるぐるとエイミーの周りを物珍しそうな顔でくるくると飛び回る。ぐるぐる回られているエイミーはもうどうして良いのだか分からなくて、俯いてしまった。じろじろ見られるのはやっぱりどうしても気恥ずかしかった。 「……お前、なんなんだ?」 低い声がする。警戒心に満ちた声だ。 エイミーは顔を上げる。その目の前には、先程とは違う光景が広がっていた。 ルークが剣を構え、妖精と思われる少女と対峙している。どうやら、本職を思い出したらしい。そう、彼女は不信人物なのだ。それも正体の不明な。 だが、少女は驚く風でもなく、むしろ楽しそうにコロコロと笑った。 「あはは!さっきはごめんね。あんまりソルと似てるもんだから。ふふ、でも本当に似ているね〜、そういう所とかもよく似てるよ」 少女は、そうルークに笑いかけると、今度はエイミーに向き直る。そして、にっこりと笑った。人懐っこい、警戒心さえ無くしてしまう様な笑顔で。 「それから、正解。私はあなたの言う通り、妖精よ。本当はこの世界とは違う次元に住む住人だけど……もう千年ほど前からこっちに住んでるけどね」 「せ……」 「……千年?」 少女からでてきた言葉にエイミーとルークは目が点になる。 既に、御伽噺の妖精だと言った事でも十分に驚きの対象だというのに……千年前から居るというのは、信じるとか、信じないとかの世界でさえない。 呆然とする二人を見て、少女はころころと笑う。そういう反応をされるのは、彼女からすれば予想済みだったらしい。 「あはは!そう言っても信じてなんてもらえないか。でも信じてもらうしか無いんだよね」 彼女はスイ〜ッと飛んで、ルークの傍に近寄る。そして、彼の顔を覗き込んだ。金色の瞳にルークの顔が移りこむ。 ルークは構えていたはずの剣から手の力が抜けていく。何故だろう、この瞳には魔力があった。懐かしいような、よく知っているような感覚が脳裏を被っていく。自然に、手から剣が離れた。 少女は再びにっこりと笑った。 「赤い瞳。ソルと同じ。あなたを探してたんだよ」 そう言うと彼女はもう一度、ぎゅっと彼を抱きしめた。 その感覚にルークは、先程とは違い、何か懐かしさを覚える。何故、そんな感覚に陥るのか、それは分からなかった。 エイミーは、じ〜っとその様子を見ていた。……なんだか仲間はずれにされたようで面白くない。とはいえ、加わる気も無いのだけれども。 だが、エイミーにも分かる事としては、彼女は少なくとも悪い存在では無さそうである事だった。 「そうだ、自己紹介をしておくね。私は、メイシャ。宜しくね」 そう言って少女は自己紹介をする。ルークに抱きつくのは止めているが、代わりに腕にべったりとくっついている。くっつかれているルークは困った顔はしているものの、何故か先程のようには嫌がっている素振りは無い。 確かに、このメイシャという少女は、見るからに可愛らしくて、顔立ちも整い、その独特の風貌から、不思議な魅力をかもしだしている。男性から見れば、くっつかれても悪い気はしないだろう。 だが、なんとなくエイミーは不機嫌な気分になる。別にヤキモチを妬いている訳ではないのだが、面白くない事は確かだ。 「やっぱり、知り合いなんじゃないの?彼女、ルークを探してたって言ってるし」 疑い深げな眼差しでエイミーはルークを見る。その視線にルークは酷く困った顔をした。 「だから、知らないって。さっきから言ってるじゃないか……」 そう反論してみるが、エイミーは疑いの眼差しを向けたままだ。どう反論しても信じてもらえそうにない。 知らない事は確かなのだが、何故か感じる懐かしさに近い感覚にルークは戸惑っていた。先程から、くっつかれても嫌な気持ちにならないのはそのせいだろうか。 「そうだ、あなたの名前をまだ聞いてないね?教えてくれる?」 隣から金色の瞳がルークを仰ぎ見る。そう、この瞳。知っているような知らないような、だが懐かしさを覚える瞳。 「俺は……ルーク」 不思議な感覚に戸惑いながらルークは答える。 「そっか。ルークって言うんだ」 名前を聞いて嬉しそうにメイシャは微笑んだ。懐かしさを秘めた瞳で。 ルークは戸惑う。なんだか彼女の事を知っているような気がした。知らないはずなのに。だけど、確かに彼には感じていた。懐かしさに近い感覚を。そして……もう一つの感覚を感じていた。後ろめたさに近いような……後悔に近いような感覚を。それがルークにより一層、戸惑いを感じさせていた。 「あれ?知り合いじゃないんだ?」 ルークに名前を尋ねたメイシャに、エイミーはきょとんとした顔をする。あそこまで親しげな様子を見せ付けられたのだから、知り合いなのだと思っていたが、本当にルークが言うように面識が無いらしい。 だが、エイミーには引っかかるようなものを感じていた。知り合いではないにしても、ルークの態度といい、メイシャのルークを見る目や態度といい、何も繋がりが無いとは思えなかった。 「彼……ルークは私の事を知らなくても当然かな。だけど、私は知っているの。だって、ずっとあなたが生まれてくるのを待っていたんですもの。そして、お願い。ソルを助けて欲しいの」 メイシャは懇願するような瞳でルークに訴えかける。だが、突然そんな事を言われてもルークには何がなんだか理解できない。勿論、さらに部外者のエイミーにとっては、もっと訳の分からない世界だった。 話がさっぱり分からず、きょとんとする二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「おーい、エイミー?ルーク?いるのか〜?」 「は〜い!ここに居ます!」 その声を聞いて、エイミーは返事をしながら辺りを見回す。その声の主は、エイミーにとって、とても身近な人物のものだった。随分遅くなってしまったから、心配して探しにきてくれたのだろうか?そう思うと何だか嬉しくて仕方が無かった。思わず、笑顔が零れてしまう。 そしてエイミーの返事を聞いて、金色の髪の青年がひょっこりと顔を出した。 「ああ、ここにいたんだ。ルークも一緒なんだね。二人共、全然戻ってこないから心配したんだよ?」 レイスはエイミーの近くにルークもいる事を確認すると、にっこりと笑った。 ルークは自分の置かれている状況を思い出し、思わず真っ赤になる。 仕事でエイミーの警護を兼ねてでかけたのに、警護どころか女の子にくっつかれているこの現状をどうやって説明すればよいのか分からず、ルークはしどろもどろになった。 ルークの異変に気が付いたレイスが、少し驚いた顔をする。 「あれ?どうしたんだ?ルーク、顔が真っ赤だぞ?」 レイスはルークを見ているはずなのだが、何故だか彼にくっついている少女の存在に一向に気が付く様子が見られない。普段から観察力の長けた人物のために、その事が余計に違和感を感じさせた。 エイミーは、ふと先程のメイシャの言葉を思い出していた。 私の事、見えるんだ? ……もしかしてレイス班長にはメイシャが見えていない? 「とにかく、二人共、無事で良かったよ。そろそろ、キャンプに戻ろう。そろそろ日も落ちてしまうからね」 確かにレイスの言葉の通り、日は傾いていて、光に少しオレンジの色がかかってきていた。薄暗い森の中では、暗さに一層の闇をもたらしているようだった。 じきに日も落ちるだろう。夜の森は、やはり危険だ。 だが。エイミーには疑問を解決する時間が欲しかった。自分とルークとメイジャの三人だけで。 迎えは本当に嬉しかったのだが、今回は仕方が無い。エイミーは意を決して言った。 「レイス班長。迎えに来て下さってありがとうございます。でもあと少しだけ、ここの薬草を採ってしまいたいんです。ルークも居ますから大丈夫です。わがまま、聞いてもらえませんか?」 エイミーの言葉にレイスはやれやれといった顔をした。どうやらこの手の願いには慣れているようだ。苦笑いを浮かべる。 「本当は、さっさと戻って、俺の仕事の手伝いを頼みたかったんだけどね。まあ、ルークがいるなら大丈夫だろうな。だけどすぐに帰って来るんだぞ?ルーク、うちの班員をしっかり護ってやってくれよ?」 「はい。わがままを聞いてくださってありがとうございます」 「……分かりました」 レイスの言葉にエイミーはしっかりと答える。ルークはまだしどろもどろしているらしく歯切れは悪かったが、それでも何とか返事をした。 その言葉に、レイスは満足げに笑った。 レイスはルークの真面目な性格を知っていたので、安心したようだ。 彼はその場を去り、キャンプの方へと向かっていったのだった。 レイスが見えなくなったのを確認してから、エイミーはメイシャの方に向き直る。レイスとの折角一緒にいられるチャンスを潰したのだ。この際は、徹底的に聞いておかなくては割りに合わない。 「ねえ、メイシャ。あなたって、レイス班長には見えていなかったの?」 単刀直入にエイミーは切り出す。まどろっこしい問いかけは苦手なのだ。 エイミーの問いにメイシャは驚く顔一つせず、頷いて肯定をした。 「ええ、見えていないよ。だって、私は姿を消しているから、普通には見えるはずが無いもの。今の人は全然気が付いていなかったし、見えていないのよ」 「じゃあ、どうして私とルークには、あなたが見えるのよ?」 メイシャの言葉にエイミーは即座に反論する。姿を消していた、その言葉が本当なのだとすれば、エイミーとルークが何故見えているのだろう。にわかには信じ難い話だ。 だが、こともなげにメイシャはその疑問に答える。 「ルークは見えて当然なの。私、そういう人を探していたから。私が姿を消す魔法を使っても見破られてしまうのよ。その赤の瞳にはそんな力があるの」 「赤い瞳だから……?」 メイシャの答えにルークはきょとんとする。ルークそのものは魔力関係にはとにかくうといのだ。とても魔力に縁があるとは思えない自分に、魔法を見破る力などあるとは思えない。しかし、現実に、彼よりはるかに魔法に優れているレイスには見えないメイシャが自分の目には見えているというのは確かな現実だった。 ルークの瞳は確かに変わっていた。自分の知っている限りでは、ルークとルークの親族でしか見た事はなかった。ルークの家族には確かに魔法関係に就いている人達もいるけれども、ルークの様に魔法とは無縁の人もいる。瞳が赤くても魔力が高いとは思えない。それなのに魔法を見破るような力を持っているのだろうか?それが謎だった。 そして、自分の事を考える。瞳の色では説明がつかない。 「じゃあ、私はどうなるのよ。私の瞳は赤くなんてないわよ?」 エイミーは自分の茶色の瞳を指してみせる。エイミーの瞳は茶色そのもので、ルークのように真紅に近い鮮やかな赤とは無縁の瞳の色である。 エイミーの問いにメイシャも首を傾ける。その仕草が、可愛らしさを増加させていた。 「それが……私もびっくりで。多分、魔力の波長があなたと同じだから、それであなたには無効化されちゃたったんだと思う」 「波長が同じって……私はあなたみたいな妖精じゃないわよ?」 メイシャの答えにエイミーはさらに戸惑う。波長が同じという事は、それだけ自分と近いという事だ。一卵性の双子でもない限り、普通は多少なりとも違っているはずだ。 だけど、どう見たってメイシャは自分とは明らかに異なる姿をしている。それに、本当に同じだとしても、そんな人に出会う事自体難しいのだ。 もし、メイシャの言う通りであれば、ほぼ奇跡に近いような出会いという事になる。 「……あのさ……俺には何がなんだかさっぱり分からないんだけど……」 魔法関係の知識に乏しいルークには話がさっぱり読めないらしい。そんな彼にエイミーは面倒くさそうな視線で見る。話の腰が折れるので加わって欲しくなかったようだ。 「早い話、この子は私とルークにしか見えていないって事!」 ちょっと怒り気味に答えるエイミーに、ルークは話し掛けてはいけないことを感じ取ったのかコクコクと黙って頷いた。状況の理解をしたのかは怪しげだが、エイミーの機嫌の悪さは分かったようだ。 機嫌の悪いエイミーとは対照的にメイシャは上機嫌だ。ニコニコしている。 「うふふ。久しぶりにお城から離れて、いろんなことも一杯あったけど……思ったより早く見つかって良かった〜!」 「お城?お城から来たの?」 メイシャの言葉にエイミーは目を輝かす。昔から、お城とかそういうものが大好きなのだ。勿論、自分の国の城も遠目に見ては、いつも中に入ってみたいと思っているくらい好きで仕方が無い。 メイシャはエイミーの言葉に愛想良く答える。今まで、疑い深げな態度だったエイミーが興味を持った反応をしたのが嬉しかったらしい。 「うん、お城から来たの。えっとねえ……」 メイシャは空を仰ぐ。 森の木々に覆われて、枝葉の隙間から覗くわずかな空をにらめっこするような顔できょろきょろと見ていたが、目的のものを見つけたらしく嬉しそうに空に向かって指を指した。 「あ、ほら!あそこに見えるでしょ?あそこから来たの!」 指を指されたその方向に、エイミーとルークは目を向ける。青い空の中に浮かぶ小さな点のようなもの。 そう、エイミーが幼い頃から憧れたその場所。 空中庭園。 「うそ!空中庭園から来たの?」 エイミーは思わずメイシャに飛びつく。その行動にメイシャは驚いて目をまんまるくしたが、エイミーの表情があまりにも嬉しそうなので、つられて笑顔になる。 「空中庭園って今は呼ばれているの?確かに空に浮かんでるものね。久々に地上から見たから、あんなに小さく見えること忘れて思わず探しちゃった」 「ねえねえ、お城から来たんだよね?あそこにはお城がやっぱりあるの?」 「うん、あるよ〜。大きいんだ〜。だって、あそこは小さいけど昔は小さな王国だったんだよ」 「本当?やっぱりお城があったんだ〜!」 エイミーの質問攻めにメイシャはにこにこと答えていく。その答えにエイミーはより一層笑顔になり、メイシャも嬉しそうに色々と話していた。 そのやりとりを側で聞きながら、ルークは少し苦い顔をしていた。 メイシャが来たという場所、空中庭園。 空を仰いでもう一度見つめる。 ほんの少しだけ、ルークはメイシャに覚えた懐かしさに似た感覚の正体を感じていた。 また、視線を戻す。隣では、エイミーとメイシャが楽しそうに話しこんでいた。 ルークは自然に微笑んでいた。 昔を思い出す。 エイミーは空中庭園の話が大好きで、よく彼の祖母に話をせがんでは聞かせてもらっていた。ほとんど毎回似たような話でルークの方は半ば飽きていたのだが、エイミーにとっては同じ話であっても、何より楽しいようだった。 その空中庭園から来たという人物が目の前に現れたのだ。嬉しくないわけがないだろう。 しかも、エイミーは昔からそういった、御伽噺のような話が大好きだし、しかも話している相手は、御伽噺にしかでてこない妖精なのだ。おまけにメイシャは懐っこい性格なようで既にエイミーに対して完全に打ち解けているようだ。二人が仲良くなるのは至極当然のことのように思えた。 このまま仲良く話させておくのも悪くは無いのだが、ルークにはずっと引っかかっている事があった。先程、レイスが来た事で中断されてしまったメイシャの話だ。 「……なあ、話を削ぐようにで悪いんだけど……助けて欲しいってどういう事だ?」 急にルークに話し掛けられてエイミーもメイシャも驚いて彼の方に振り向く。余程、話が盛り上がっていたらしい。二人してじっと見られてしまったので、ルークは思わずたじろいでしまう。 だが、メイシャは本来の目的を思い出したらしい。表情が真剣なものに変わる。 そして、ルークの手をぎゅっと握りしめ、ルークのその赤い瞳をじっと見つめた。 「そう、助けて欲しいの。お願い、私と一緒に来て!ソルを助けて欲しいの。あなたじゃなきゃ駄目なの!」 必死に訴えるメイシャにルークは困った顔をする。自分で話を振っておいてなんだが、こう言われてもやはりどうして良いのか分からない。 「……だから、それじゃあ分からないんだよ。唐突にそういう話をされてもね。俺は何も知らないんだから、そう言われたって困るんだよ……」 そう言われてメイシャはきょとんとする。やはりよく分かっていないらしい。 事情を説明して欲しいルークと、そんな彼の思いがさっぱり伝わっていないメイシャを見て、やはりよく分からないが、分からないなりにエイミーが助け舟を出す。 「ねえ、さっきからソルって言ってるけど、その人って誰なの?」 「え?ソルはねえ……」 エイミーにそう聞かれてメイシャは真っ赤になる。何だかしどろもどろになってきょときょとと辺りを見回し、ルークが目に止まるとびっと指を指す。 「えっとね、彼に似てるの。顔とか髪の色とかは違うけど、赤い瞳とか雰囲気とかそっくりで!それでね……それでね……」 また、メイシャは真っ赤になって口ごもる。そして小さな声で言った。 「……それでね、私の一番大好きな人……恋人なんだ」 そう言って真っ赤になるメイシャにエイミーが話に飛びつく。 「わ〜、メイシャって恋人がいるんだ〜!」 「うん、そうなの!とっても素敵なの〜!」 「……いや、そこで盛り上がられても困るんだけど」 すっかり話がずれて盛り上がっている女の子二人にルークは呆れ顔になる。やっぱりエイミーとメイシャは気が合うらしい。魔力の波長が合っているだけのことはある。 女の子っていうのはこういう話が好きなんだな……そう思うが話がさっぱり進んでいない事も確かだった。 「……で、その恋人がどうしたんだ?」 ルークにそう促されて、メイシャはハッと我に返る。どうやら妖精というのはかなり気分屋で一つの事を考えると全ての思考がそっちへ行ってしまうらしい。 「……あのね、ソルは……あの空のお城の……今は空中庭園って言うんだっけ?あそこにあったエスターニャ王国の最期の王子なの。だけど……昔あった戦争で国が滅んだ時……国のみんなを救うために死んでしまったの。でも……その時の魔術のせいで……その魂はずっとお城に縛り付けられたままなの」 メイシャは涙ぐみながらうつむいて話す。恋人が死んで……今もなおその魂が彷徨い続けているのならばとても辛い事だろう。 涙を拭うと、メイシャはルークを真剣な表情で見つめた。 「だからね、ソルの魂を解放してくれる人をずっと探していたの。そして……最近になってやっとこの島のどこかにいるって分かって……頑張って探してたの。大変だったんだよ。変な怪物には襲われるし、手がかりを得ようと思って人に話し掛けたら化け物呼ばわりされて……結局、記憶消したんだけどね。本当にもう見つからないと思ったんだから」 メイシャの話を聞いてルークとエイミーは顔を見合わせる。 どうやら、この山で起こっていた一連の怪事件は彼女の仕業だったようだ。 グリズリーが見たことも無いような傷で倒されていた事も、想像上の生物であった妖精が引き起こしたものならば分かる気はするし、謎の失踪事件も記憶を消したという彼女の証言を信じるのであれば納得がいく。 ルークは苦笑いを浮かべた。 騎士団が手を焼いていたこの怪事件が、まさか自分を探すためのものだったとは夢にも思っていなかった。この事を、一体どういう風に報告すれば良いというのだろうか。それにこの妖精を突き出すのも正直に言って気が引ける。 「だから、お願い!来て、ルーク!ソルを助けて!」 「ソルって人の状況は分かったけど、どうしてそこで俺が助けられるって話になるんだ?」 そんなルークの心情など知るはずも無いメイシャは彼にすがりつく。 相変わらす出てくる言葉は同じだ。彼女からすれば、全て説明したつもりだったらしい。 だが、ルークからすれば、一番肝心な部分が語られていないも同然だった。 その事に気がついたメイシャが、説明を続けた。 「あのね、ルークは……ソルを解放できる鍵なの。 その赤い瞳と、気の波動……、すごくソルに近いの。 だから、ルークがソルの所に行ってくれれば……彼を繋ぎ止めている戒めを解いてくれれば……ソルは自由になれるの」 メイシャは切実な瞳でルークに訴えかける。 その瞳にルークは何故だか逆らえないような気がしていた。いや、それだけではない。 メイシャの話を聞いていて、自分は彼女に関わらねばならないという事は分かってきていた。そう、彼女の願いを聞き入れなければならないという事が。 だが、危険も同時に感じていた。彼女の話を鵜呑みにして良いのかも分からない。 ルークはメイシャの願いに返事をするための、一番重要な質問を彼女にした。 「なあ、そのソルが居る所っていうのは……空中庭園か?」 「うん、そうだよ。そこのお城に彼はいるの」 ルークの問いに、メイシャはこっくりと頷く。 メイシャは空中庭園から来たのだ。その場所が目的地であるのは当然かもしれない。 だが、空中庭園の言葉が出てきてエイミーは驚く。 空中庭園には今の魔法科学では行けない場所であるはずだ。メイシャは妖精だから、何か違う方法があるのかもしれないがルークはエイミー達と同じ人間だ。もし、目的地が空中庭園ならば行く手段が存在しない。それをメイシャは知っているのだろうか。 「ねえ、メイシャ。私達は空中庭園に行く術が無いのよ?ルークはそこに行けないわ」 エイミーの疑問にメイシャは驚く事も無く、答える。 「大丈夫よ。大昔は、あの国は地上の国と交流があったの。その時に使った輸送システムは、戦争の時に停止させてしまったから地上の人はあれから来れなかったみたいだけど、それはお城の方から動かすシステムだったからよ。私が動かしてきたから、そのシステムを使えば誰でも向かえるの」 事も無げにメイシャは答える。その答えはずっと空中庭園に憧れていたエイミーにとっては驚くべきものだった。 大昔には交流があったなんて。行けていたなんて。 しかし、今残る伝承を考えれば交流があったが故に、おぼろげながらもその正体を残していたのだろう。 しかし、今の技術を持ってしても空中庭園に行く事は出来ない。それなのにはるか昔に輸送システムを完成させていたという空中庭園にあった国の技術力は一体どんなものだというのだろう。 一方のルークは予想していた答えが返ってきたため、覚悟を決めていた。やはり、関わらねばならない。 「……分かったよ。ソルの所まで行く」 「本当、ありがとう!」 自分の荷物の中身を確認し、長剣を握り締めるとメイシャの方に向き直り、ゆっくりとそう言った。その答えにメイシャは瞳を輝かす。 そんな二人の様子をエイミーは複雑な表情で見つめていた。 ルークの事が心配だった。いくら腕が立つとはいえ、未知の世界に一人で乗り込んでいくのはやはり心配だった。そして彼等が向かう所は長年夢見ていた所である。羨ましい気持ちも強かった。心配と羨ましいという気持ち、二つの気持ちに複雑な思いはより一層複雑になる。 「悪い、エイミー。俺はこのまま行く事にするよ。騎士団の連中には、事件の解明のために単独行動にでたとでも言っておいてくれないか?」 ルークはエイミーの方に振り返るとすまなさそうにそう言った。彼女を一人で帰さないとならない事と言い訳をさせなくてはならない事を申し訳なく思っているようだった。 エイミーはそれに対して仕方なく頷く。ルークが決めた事だ。反対したい気持ちも賛成したい気持ちもあったし、自分も行きたいという気持ちもある。だけど、それを伝えるのはためらわれた。エイミーは感じていた。ルークとメイシャの間に何かがある事に。それにエイミーは関わりが無い。何も言えなかった。 だが、そんなルークとエイミーの気持ちとは裏腹にメイシャは意外な事を言い出した。 「駄目!エイミーも一緒に来てくれなきゃ!」 その言葉にエイミーもルークも驚きを隠せなかった。 「私も行くの?」 「必要なのは俺だけなんだろう?」 メイシャの言葉にエイミーとルークは続けざまに質問を投げかける。だが、メイシャはそれに負けずに続けて言う。 「エイミーも必要なの!それにエイミー、あそこに行きたいんでしょう?一緒に行こうよ!一人行くのも二人行くのも変わらないもの!」 メイシャの言葉にエイミーの心が揺れる。 そう、行きたい。空中庭園に行きたい。一生に一度あるとも思えないようなチャンスなのだ。今、行かなければ後悔をする。 だが、同時に不安も沢山あった。簡単にでかけられるようなものではない。 それでも、心が揺れる。揺れる。 行きたい、行きたい、行きたい。空中庭園に行きたい。 隣でルークが不安そうな顔でエイミーを見ていた。その表情から彼がエイミーに空中庭園に行って欲しくないと思っている事が読み取れた。 そう、危険だと思う。空中庭園に向かう事は。あまりにも情報が無さすぎる未知の世界だ。……とても危険だった。 だけど……それ以上に好奇心が疼く。長年夢見たあの場所へ行けるのだ。 「……行く」 小さな声でエイミーは呟く。その言葉にルークの顔色が変わる。それは彼が恐れていた回答だった。だが、エイミーははっきりと言った。 「私も行く!メイシャ、連れて行って!」 「わ〜い、やったあ!ありがと、エイミー!」 その力強い言葉にメイシャは大喜びでエイミーに抱きつく。迷いを吹っ切ったエイミーは晴れやかな顔でメイシャを受け止め笑っていた。その姿を見て、ルークはがっくりと肩を落とした。予想はしていたとはいえ……心配が増えてしまった事に気が遠くなるような想いだった。 そんな彼の思いを知らない女性二人は楽しそうにはしゃぎあっていた。 |