『迷走する思考』 危機感を覚えたのは、シレジアを出てからだった。シグルド公子の表情が変った。 はめられている。完全にはめられている。その事に彼は決定的に気付いてしまった。 それからのシグルドは、これからの戦いをどうするか考えあぐねていた。 まず、レプトール、ランゴバルトは確実に敵にまわす事になるだろう。 シグルド達の軍はそう兵が多くはないし、女性もいるし子供もいた。 そう子供がいるのだ。 シグルドは考える。せめて子供達だけでも落ち延びられないかと。勿論、今しっかりとしている、セリス、アイラの双子ラクチェ、スカサハ、エーディンの息子のレスター、そしてラケシスの息子デルムッド。 落ち延びさせるにはイザークしかない。シャナンとアイラ、オイフェに頼めば落ち延びる事が出来るだろう。おそらく潜伏させてくれるはずだ。 だが、この話をいつ持ち出したら良いのか……それをシグルドは考えていた。 この決断は重要だ。そして、もっと厳しい決断が下る。 それをいつ伝えて良いのか、シグルドはそれを悩んだ。 シグルドの変化に臣下達も気付いていた。 「大丈夫。絶対見つからない場所、知ってるから」 シャナンは自信ありげに答えるが、オイフェは不安そうだ。未知の土地に行くのだから、当然といえば当然なのだが。 「……でも、アイラ来るかなあ……。残りそう」 不安げにシャナンが呟く。 オイフェもそれに同意する。 アイラは王族というより戦士といった考え方の持ち主だ。おそらくシグルドの行く所ならどこまでだって行くだろう。 とにかく近い将来、小さな子供たちを連れてイザークに行かなければいけないことは確かだった。 「俺、初めて不安になった」 アレクがぽつりと零した。戦況の激しさだ。 今、戦っているのはグランベルそのもの。アレクもグランベルの兵だ。そしてクルト王子殺害の汚名を着せられて、戦っている。 騎士として、最後までシグルド様の無実のために戦いたいとアレクは思う。それが生き残る手段であっても構わないとさえ感じる。 「……俺、守るものができたんだ。シルヴィアとリーン……」 アレクは俯いて頭をゆすった。 「どうしたら良いんだ!俺はシグルド様のために戦うと誓った!だけど、家族だって守ってやりたい。どうすれば良いんだ!」 今まで見たことの無いアレクの荒れように、ノイッシュは言葉を失った。 ノイッシュは事前にアイラ達が落ち延びるのを聞いていた。 アレクの娘リーンはまだ幼く、落ち延びに連れて行けるほど大きくなかった。 話を聞いていたノイッシュもあまり人事ではない。 子供達は落ち延びる事が決まっている。アイラも行くはずだ。 行くはずだ。 多分。 ……彼女の性格からして、落ち延びるということは無いような気がする。 確認した方が良いだろう。 「お前達についていくに決まっているじゃないか」 なにをいうのかという顔で、けろっとアイラは言い放った。 ……やっぱり。ノイッシュはがっくりとうなだれた。 「アイラ……スカサハやラクチェはどうするんだよ。母親だろう?傍に居てあげなきゃ」 「お前も父親だ」 すぱっと切り捨てられて、ノイッシュは次の言葉が見つからなかった。 アイラもノイッシュも言論は苦手である。それなので、アイラとノイッシュのいさかいといったら、他人から見れば大した話ではないのだ。勿論、当人たちには大した事なのだが。 「……俺はシグルド様についていくつもりだ。あの方をどんな事をしても守ってみせる。 だけど、アレク見てると辛いんだ。子供達を逃がせられる、俺達とは全然違う。 勿論、落ち延びて、そこでやっていけるかどうかは分からないけれど……アイラ、君も行って子供達を守ってやって欲しい」 ノイッシュは思いつく精一杯の言葉でアイラに話した。 自分の話は間違っていないはずだ。 子供達には母親が必要だし、ノイッシュは行く事が出来ない。 オイフェとシャナンが頼りないと思っている訳ではないのだが、やはりもう少し年齢のいった人がいると良いのではないかと思う。 アイラはイザークの姫君だ。その資格は十分ある。 そんなノイッシュの思いとは裏腹に、アイラは髪をばさっとさせると、にっと笑った。 「私もシグルド殿の無実を証明するまでは死ねん。それに性格的に待っているなんて無理だ。子供達にはシャナンがいる。 私は戦いたい。シグルド殿のために」 そこまで話してから、アイラは優しい顔で微笑んだ。 「あの人を死なせたくないだろう。しかも冤罪で。 私はあの人の無実を立証できるまでは、傍に居て、戦いたい。 ……ノイッシュも分かるだろう。私も同じ気持ちなんだ」 アイラの言葉を聞きながら、ノイッシュは改めてシグルド公子の素晴らしさを思った。異国の姫君が……今や命をかけて守ろうと考えているのだ。 ノイッシュは思う。説得は不可能だと。彼女は来るだろう。 同じ事を思っているのだ。そしてそういう生き方しか出来ないのだ。不器用な生き方しか。 「うん……分かったよ。だけど、死ぬな」 「ああ」 アイラとノイッシュはがっしりと握手を交わした。 お互いの意志がはっきりした所で、二人は最初の話題に戻る。 「アレクが荒れてるってどういうことだ?」 「あいつ、完璧主義みたいなトコがあってさ……忠誠と家族の狭間で困ってるんだ。 今回の戦は、「待ってろ、必ず帰って来る」的な戦いではないだろう。 不安なんだよ。シルヴィアとリーンも守りたいと思うから」 「そういえばアレクはシルヴィアとの結婚も二の足踏んでいたな……。こういうことを避けたかったのか」 アレクとシルヴィアは両思いなのは誰の目にも明らかだった。みんな、いつ二人が結婚するんだろうと思っているくらいだった。 だが、シルヴィアはプロポーズもしてもらえない、避けられそうになっている、そんな事があり、アイラとノイッシュに一計を図って、くっつけたという過去がある。 アレクが結婚を渋っていた理由は単純だった。 いつ死ぬか分からない騎士では、傍に居てやれない。 それが、今、現実に起きようとしているのだ。 「よし、エーディンにも聞いてみよう」 アイラはそう言った。エーディンも子供を預ける一人だからだ。 「悩んでいるのが正直な所でしょうか」 ミデェールもエーディンも、その表情は明るくない。 ミデェールは優しく息子を抱き上げる。だっこが嬉しくてレスターはきゃっきゃっと楽しそうな声を出す。 「連れて行きたい気持ちと、落ち延びて落ち着いてから連れて帰るという気持ちと、どちらもあって」 レスターがミデェールに甘えている。それを見て、エーディンがふわっと笑った。 「あの子ね、ミデェールのこと大好きなのよ。引き離したら可哀相に感じるのだけれど……そちらの方がどんなに安全か」 「大事な子供なんです。どちらがレスターのためなのか、まだ答えは出せません」 申し訳無さそうにミデェールは言った。だがしかしアイラは容赦が無い。 「私は預ける事にした。シャナンとオイフェならちゃんとやるだろう。 私は、私の命を救ってくれたシグルド殿のために戦いたい。戦って、彼の無実を証明したい」 アイラの言葉にミデェールが反応を見せた。 「私もシグルド様には恩があります。ユングヴィで助けてもらった事、エーディン様を守ってくださった事。私もシグルド様のために戦います」 ミデェールは、はっきりとそう言った。それを聞いていたエーディンは少し辛い顔をした。 「……私は、このまま進軍するのがいいのか、落ち延びた方がいいのか分かりません。シグルド様が辛い目に遭われるのに……幼馴染の私が逃げていてはいけませんよね」 エーディンは決意した顔つきになった。 それを見てアイラは満足した顔になる。彼らもまた戦うのだ。シグルドのために。 「じゃあ、レスターは預けるんだな」 「……ええ、おそらくそうなりますね。速く迎えにいけるようにしたいのですけれど」 ミデェールが小さな声でそう言った。 迎えにいけるのか、それがこの騎士を不安にしているのだろう。 エーディンが寄り添い、ミデェールの手を握る。それに彼の表情は柔らかくなっていった。 「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。私も頑張ります」 ミデェールははっきりとそう宣言したのだった。 もう一人、デルムッドを預ける事にしているラケシスの所へもアイラは出かけていった。 多分、行った所で迷ったりとかはしていないと思うのだが。 「ええ、デルには悪いけど、イザークでちょっと待っててもらうわ」 ここまで、綺麗に言われると、なんだか疑いたくなる。 そんな視線を感じたのか、ラケシスは説明を始めた。 「私ね、シグルド様の嫌疑が晴れたら、一度レンスターへ行ってお義姉様とアレスに一度会っておきたいのよ。あと、ついでにフィンにも。それから、デルムッドを迎えにいくつもり。 デルには悪いけど、お義姉様、心細いと思うから」 ラケシスの場合はシグルドだけじゃなく、甥も絡んでいる。それならば、彼女の進む道は決まっているのだ。 預ける人達の話を一通り聞いたアイラだが、やはりシグルドの嫌疑が晴れるまでは落ち延びた方が良い、という結論になる。 ただ、まだ小さな子を連れている人もいる。彼らはどうするのだろう。 アイラは思い出した。ノイッシュがアレクが荒れていると。 あの冷静な男が荒れているのだから、何かあるのだろう。 アイラは次のターゲットとしてアレクを捕まえた。 「な、なんなんですか!アイラ様!」 いきなり取り押さえられてアレクはびっくりして声をあげる。 それに構わずアイラはにっこりと笑った。 「ノイッシュから聞いたんだが、忠誠と家庭で悩んでるんだって?」 「な、なんでアイラ様が知ってるんですか!」 いきなり図星にされて、慌てる。 アレクとアイラはタイプが似ている。普段なら仲良く話す所だが、今回は別だ。 だが、アレクは割り切ったような顔になっていた。 「俺、シグルド様の無実証明するまで死ねないから……いずれ、シルヴィアとリーンにはどこか小さな家で待ってもらう事にしますよ。それでこんなのを作ったんです」 そう言ってアレクはアイラの手に二つのリングが滑り落ちてきた。 アイラが指輪を見てみると内側に刻印がある。 「『愛しのリーンへ アレク・シルヴィア』?」 「うん、指輪を渡そうと思うんです。もう一つは、今、腹の中にいる子用。名前だけ、まだ刻んでない」 これがアレクの出した答えなのだ。 自分は離れてしまうかもしれないけれど、愛している証を残すのだ。 アレクはにっこり笑った。 それがアレクの出した答えなのだ。 「みんな、沢山考えていたぞ。でも、みんなシグルド殿の無実を晴らすためという気持ちは一緒だ」 アイラは聞きまわってきた結果をノイッシュに話す。 「そっか。シグルド様をみんな信じてくれているんだね。嬉しいよ」 「そうだな。どのくらい信頼が厚いのかよく分かった」 どれが正しい道なのかは分からない、手探りの状態だ。 みんな不安だろう。だが、一番苦しんでいるのはシグルド公子に違いない。そして、そんな彼の力になりたいのだ。 「……ねえ、アイラ」 ノイッシュが声をかけてくる。アイラはノイッシュによりかかったまま返事をした。 「……生きて帰ろうね」 「……ああ」 終。 暗い話の上にとりとめなくてすいません。 なんかね、子供を預けられた人とそうではない人と色々違うんじゃないかなと。 本当はノイッシュが動き回るはずだったのですが、気がつけばアイラに。 ちなみに、アレクのリングは他2編とリンクします。 ところで、前も書いたかと思うんですが、ノイッシュとアーダンは死にゆく騎士、アレクとオイフェは生き抜く騎士のような気がします。君主と共に殉ずる者と、生きて意志を受け継ぐ者と。 ノイアイ好きなんですが、この二人、一番この殉ずるタイプのような気がしてなりません。ミデェールもだなあ。生きていて欲しいのですが。心から。 |