『気高き女性』


 シレジアに落ちのび、フィンは色々と迷っていた。
 まず一つはキュアン達のレンスターへの帰国が決まった事。
 もう一つは愛するラケシスとの間に生まれたデルムッドの二人の事。
 当り前だがフィンはレンスタ―の騎士である。君主が帰るのであれば付いて行くものだろう。
 しかし、フィンはノディオンの王女と結ばれるという、身分違いの恋をしてしまった。
 現在、ラケシスは産まれたばかりの長男デルムッドの世話でてんやわんやしている。
 ラケシスの事を思うのなら、今ばかりはレンスタ―に戻れない。
 歳が近く、なんどもラケシスに、やりこめられていたフィンも、いつしか恋に落ちて結婚。子供まで授かったのである。
 フィンはデルムッドが可愛くて仕方が無かった。ラケシスと同じ金色の髪の男の子。
 ラケシスの育児は先に経験のある、エーディンやアイラが手伝っていた。そして、彼らの夫たちはというと、ミデェールにノイッシュと優しい騎士たちで、自分が出来る限りの範囲で手伝っていた。(アイラは双子なので、時々アレクも召喚されていた)
 フィンとしても出来る限り子育てには時間を費やしたいし、今もラケシスに怒られながら、面倒を見ていた。
 レンスタ―への帰国。そもそもフィンがシグルドの元に留まるのは、おかしい訳で、君主の命は絶対だ。
 だがキュアンもエスリンもフィンには甘い所があって、今回の帰国も無理して戻らなくても良いと言われている。
 そうなると、ラケシスに相談するしかないのだが、フィン自体の意志がまだはっきりと決まっていなかった。
 キュアンについて帰るのが、一番のような気がする。しかし、フィンはラケシスを愛しているし、デルムッドも愛している。
 愛する者を残してレンスタ―に帰るというのもおかしな気がする。しかし、二人をレンスタ―に連れて行くのは無理な話だった。まだ、デルムッドは産まれたばかりなのだから、とてもイード砂漠を超えさす訳にはいかないだろう。
 そうすると選択は戻るか、留まるか、だった。
 そうなると、やっぱり一番聞いてみたかったラケシスに相談するのが良いのだろう。でも、彼女は気丈で気高き人である。フィンの気持ちも知らないで、はっきりびしっと言ってしまう性格だ。
 でも、それがフィンの愛するラケシスであり、大切な存在なのだ。

「キュアン様たちがレンスタ―に帰られるそうね」
 先に口を開いたのはラケシスの方だった。フィンはそれに頷く。
「だから迷っている。帰るか留まるのか……」
 フィンは大事な言葉を一つ一つ選ぶように、そう告げた。
 が。その意見は一発で反論された。
「帰りなさい」
 すっぱりきっぱり言いきられてしまった。
「ラ、ラケシス、でも、いずれにせよ合流するのだから……どちらも選べるんじゃないかと……」
 そう、キュアン達の一時帰国は勢力を増強するための帰国であり、最終的には合流するのだ。
 フィンの反論は、どこからどう聞いても、ラケシスとデルムッドの傍に居たい、という口ぶりである。というか、多分、本当は離れたくないのだろう。それはラケシスにもよく分かっていた。
「……まったく、エルト兄様もフィンみたいだったら、あんな事にはならなかったでしょうに……」
 ラケシスがため息をつく。まあ、兄も決して家族を見捨てた訳でもないのだが。
「いい、フィン。重要な話をしてあげる」
「は、はいっ」
「……まだ、本当かは分からないのだけれどエスリンが妊娠しているの」
「はあ……
 …………ええええええ!?」
「だから、あなたは帰りなさい。どうなるかも分からないし、どうなっても、私はお義姉様とアレスの所に行くためにレンスタ―に行くわ。だから、帰りなさい」
 ラケシスの瞳は真っ直ぐしていた。今後の事を色々と想定した結果、フィンは帰国するのがいいと思っているのだ。
「で、でも……!デルムッドはどうするんです?とても自分の妻子を置いて行くのは……」
「もう、フィンは頭が固いのね。デルムッドのことなら私だけでもなんとかなるわよ。それにエーディンやアイラがいるし、それは心配してない。むしろ、心配なのは貴方よ。
 忘れているかもしれないけれど、貴方はキュアン様のお気に入り。アルテナ様がお産まれになり、もうお一人産まれるのだとしたら……子供を戦場に連れて行く?」
 ようやくフィンはラケシスの言いたい事が理解できた。自分が帰国すればレンスタ―城に留まる可能性もある訳だ。
 ラケシスはいずれにせよレンスタ―に向かう。
 つまり、どちらにせよ、ラケシスはレンスタ―に来る。フィンがいようと、いまいと。
 今はデルムッドがいるから、レンスタ―には行けないが、いずれ来ると。
 まあ、簡単に言うと「レンスタ―で先にお留守番してて」という事だ。
 ラケシスらしい言葉にフィンはため息をついた。たしかにそれはありえるし、合理的ともいえる。
 留守番となっても合流するにせよ、ラケシスとは必ず会うことになる。
「……でも、ラケシスは寂しくはないの?私は……寂しい。ラケシスの事もデルムッドの事も、私は愛してるんだ。
 二人に会えない時間が出来るのは、凄く寂しい。それは、ラケシスにも分かるだろう?」
「……分かっている。分かっているわ。だから、わたしだって、泣きたいのを……我慢しているのよ?分かる?}
 先程まで強気で喋っていたラケシスの声のトーンが下がった。そして、泣き出しそうな顔つきになっていた。
 思わずフィンはラケシスを抱きしめる。ラケシスの涙を誰にも見せたくはなかったのかもしれない。
「……だけど、君は自分の心より、安全をとるんだね。
 ごめん……そんな大事な事、きちんとわかっていなくて……」
「いい。フィンが分かってくれたなら、それでいいから」
 ラケシスはフィンの背中に手を回す。そして顔をフィンの胸にうずめた。
「だから……しばらく、こうしてて、いい?」
「うん、勿論」
 ラケシスは普段から心が強く、芯のしっかりしている人だ。弱音は誰にも見せない。
 ……そのラケシスがこんなにも悲しがってくれているじゃないか。自分はなんと果報ものだろう。
 多分、エルトシャンが死んでから、ラケシスは泣かなかった。……いや、一人で泣いていたかもしれない。
 ……それでも今はフィンの事を考えてくれている。それがとても幸せだと思った。
 こんなにもラケシスはフィンの事を想ってくれている。大切だと想ってくれている。
 そんな彼女の頼みを聞かない訳にはいかないじゃないか。
「負け。ありがとう、ラケシス」
 フィンは降参するしぐさで、優しくそう言った。
「……フィンのバカ」
 目をはらしてラケシスがそう呟いた。多分、ここまで理解しなかったのだろう。ラケシスは再びフィンの腕の中に頭を隠してしまう。余程恥ずかしかったのだろう。そこまで想われて、嬉しくもあり、離れていく事が悲しくもあった。
 本当はずっと一緒に居たい。……だけど、現実はそれを許してはくれない。
「ラケシス。ごめん。本当にごめん」
 フィンには謝罪の言葉しか出てこなかった。これからラケシスに寂しい思いをさせてしまうのだから。
 それでもラケシスはレンスタ―に帰れと言う。フィンには、もう、それを断る言葉が出てこなかった。
「……ラケシス。必ず、レンスタ―城に来てくれるんだね?」
「ええ、勿論。必ず行くわ。約束する」
「じゃあ、分からなくなったら迎えに行くから」
「ふふっ、なにそれ、フィンってば」
 目を赤くはらしながら、ラケシスは、そう言った。
 ラケシスは嘘をつかない。だから、きっと二人はまた出会える。お互いが想っていればきっと。
 そして、クスクスと笑いだす。緊張感が取れた証拠でもあった。
 その確かな約束は、後々に生かされることになる。


「今日ね。発つのは」
 ラケシスはフィンのティーカップに紅茶を入れながらそう言った。
 心なしか震えていた。
 そうだ、ラケシスだって不安なのだ。
 彼女はいつも気丈だ。だから、たまに見せてくれる不安が見れる者は数少ない。
「うん。全部ラケシスに任せてしまうけど……行ってくるよ」
「ええ、ちゃんと任務を勤めるのよ?」
「はいはい、分かってます」
 いつも通りの会話。いつも通りの光景。でも今日を境にいつも通りは変わってしまう。
「……ラケシス、最後にデルムッドを抱いてもいいかい?」
「ええ。泣かせたら駄目よ?」
 ベビーベッドで寝ているデルムッドを優しく抱き上げる。
 確かな重さが、フィンの中に広がっていく。幸せだと感じる。
「デルムッド、お父さんはしばらく会えないけど、お前の事を、ずっとずっと想っているから……」
 心なしかデルムッドが笑ったような気がした。
 それがフィンにはたまらなく愛しかった。
 そしてデルムッドをベッドに再び戻し、ラケシスの前に立つと、軽く抱きしめた。
「……行ってきます。いつも君とデルムッドのことを祈っているよ」
「……うん、ありがとう」
 短い会話だったが、互いのぬくもりが確かな幸せを感じさせてくれた。
 しばらくは、会えないけれど、必ず……必ず再会するのだから。

 外に出ると、キュアン達が待っていた。エスリンが心配そうな顔をする。
「フィンにラケシス、いいの?二人が別れ別れになってしまっても」
 そんなエスリンの気づかいに、ラケシスは笑顔で答える。
「はい、大丈夫です。キュアン様もエスリン様も、旅路が平穏である事を祈っています」
「……ありがとう、ラケシス」
 エスリンはラケシスに軽く抱きしめる。その体温はとても温かかった。
「では、キュアン様もどうかご無事で。フィンの事、宜しくお願いします」
 その笑顔はとても温かく、キュアンも優しく微笑んだ。
「ああ、分かっているよ」
 ラケシスはフィンの前で立ち止まる。そして、軽く抱きしめた。

「行ってらっしゃい、フィン」

「行ってきます、ラケシス」

 この別れを最後に、フィンとラケシスは数奇な運命を辿ることになる。
 それでも、神は最後に彼らを祝福してくれるのだった。


終わり。


久々のフィンラケになります。こんなイメージがフィンラケにはあるのですよ。
レンスタ―に戻る時はラケシスが背中を押してあげて、デルムッドを迎えに行く時はフィンが支えて、そして聖戦後、二人は再会する……というのがMYフィンラケです。

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