『秘密の姫君』 『秘密の姫君』 彼女に会った時、初めて会った気がしなかった。 薄紫のその髪……それは昔の記憶をくすぐる。 「……彼女はどこの人なのかな?」 ヨハンは適当な所で見つけたデルムッドに出会い、尋ねてみる事にした。 「彼女って誰だよ?」 不思議そうな顔でデルムッドが問い返す。それに対して、ヨハンは遠目に見えるユリアを指した。 「ユリアか?」 「そうか、彼女はユリアというのか……」 ヨハンはユリアという名前を反復する。 ユリア・ユリア・ユリア・ユリア・ユリア 何かひっかかる。 「お前は入ったばっかりだから知らないんだな。 レヴィン様のもとにいたという女の子なんだ。記憶がないそうでな。みんな、気にかけてるんだよ」 デルムッドの説明にヨハンは頷く。そういえば説得に来たラクチェが知らない女の子を連れていた。その少女がユリアだった。 だが、何故だろうか。やはり、初めて会ったような気がしなかった。 それがヨハンとユリアの出会いだった。 「……あの」 イード砂漠の暑い日差しの中、彼女はヨハンに声をかけてきた。 砂漠の中の進軍は辛く、皆、一様に弱っているようだった。ヨハンの駆る馬もまた疲れているのが手に取るように分かる。そんな中でさらにか弱さを漂わせた少女が声をかけてきたのは意外だった。 「ユリアだったか?こうやって言葉を交わすのは初めてだな」 「……はい。そうですね」 薄幸で神秘的な雰囲気を漂わせたユリアはヨハンの言葉に頷く。 「どうした?進軍が辛いようなら馬に乗せて後方に下がるが……」 暑さにやられたのだろうか、彼女の表情は曇っている。だが、彼女は申し訳無さそうに頭を下げ、ヨハンに向けて顔を上げた。 「……あの。……その……お父様を亡くされたと……」 ああ、その話か。とヨハンは思う。みんな思うことは同じようで、ヨハンもヨハルヴァもそろって父の死を心配する。 ヨハンはユリアに向けて、肩をすくめた。 「……もう、父上のやり方にはついていけてなかったからね。いずれはこうして反乱を起こしていたかもしれない。だから、気にするな。覚悟は出来ていた。ラクチェが合同戦線を張ろうと説得に来た時に」 ヨハンは思い出すかのようにかの出来事を思い出す。 出兵したヨハンの元にラクチェが駆け寄り、仲間にならないかと誘われた。 ずっと、どこかでこうなることを考えていたような気がする。 父を失った痛みは確かにあるが、それを乗り越えないと先が無いような気がしたからだ。 だが、ユリアがこうして気を使ってくれるのは嬉しかった。優しさを感じる。 「ありがとう、ユリア」 ヨハンは短く礼を述べた。それに対してユリアは頬を赤く染めるとラナの方へ向かって走っていった。 その後姿を、ヨハンはじっと見ていた。 「ユリアに以前に会った事があるかだって?」 ぶっきらぼうに答えるのは弟のヨハルヴァ。 ヨハンは先ほど感じた疑問を弟にぶつけてみる。何か分かるかもしれないと思ったからだ。 「わっかんねーよ。俺、初めて見る顔だし」 「そうか……。私の気のせいか」 「そうだよ、兄貴。疲れてるんだよ」 ヨハルヴァの言葉に、ヨハンは頷く。確かに疲れているのかもしれない。 「……ああ、でもそういえば」 ヨハルヴァは何か思い出したような口調でそう言った。 「ユリアの髪の色ってさ、バーハラやフリージに似てるな」 「……バーハラ?」 そう繰り返して、ヨハンは呟いた。 バーハラ、一度行った事がある。父に連れられて。 あの時、会った女の子が居た。 ああ、そうだ。 あの女の子はユリアといった。 ヨハンは子供の頃の事を思い出していた。 それはまだヨハンが子供だったときの事である。 バーハラへの祝賀祭に呼ばれて、父と兄と弟で出かけたのだ。 あの時、バーハラの王宮が珍しくて、わくわくしていたのを思い出す。 高揚感が高まって、勝手に城の中を歩いたりしていた。 珍しい形の彫刻。綺麗に整えられている花壇。 さすが、グランベルを制する王の住む居城だと思った。 そんな時、小さな女の子が顔を出した。 「おにいちゃん、だあれ?」 薄紫色の髪の毛の少女は、ふわっと首を傾けてみせた。その仕草が可愛らしくて、ヨハンは見とれてしまった。 不思議な女の子だった。王族なのだろうが、権威よりも神秘性の方が高く感じられる。 「私はヨハン。ドズルの次男、ヨハンだ」 ヨハンの答えに少女はにっこりと笑う。 「ヨハンおにいちゃんね。はじめまして、わたし、ユリア。ここのお城に住んでいるの」 その言葉にヨハンは凍りつく。 目の前にいる少女は彼が仕えるべき王族の姫なのだ。 「す、すいません。そうとは知らず失礼を……」 「どうしたの?ユリア、なにかわるいことした?」 謝るヨハンの行動が理解できず、ユリアは首を傾けた。 そんな彼女に、ヨハンは、ふうと胸をなでおろす。ここでなら普通に接してもいいだろうし、彼女もその方が喜ぶだろう。 「ねえ、おにいちゃん。わたしが中庭、案内してあげようか?」 ユリアはステキな提案を思いついた顔をして、ヨハンにそう告げた。勿論、ヨハンは断る理由などない。 ユリアにつられて、ヨハンはバーハラの城の中庭を散策する事になった。 案内するユリアを見ながら、自分が大人になったときのこと想像する。 その頃にはヨハンもイザークかドズルに居て、大きく美しく成長した彼女の元に仕える事になるだろう。 それが、とても遠い先の話でもあり、すぐ近くにも感じられた。 「ユリア」 ヨハンは彼女の名を呼んだ。彼女が振り返る。それにヨハンは笑顔を返した。 「私は君を護る騎士になるよ」 ユリアは意味が分からず、きょとんとしていたが、ヨハンにとっては大きな決意だった。 そんな事を思い出したヨハンは、ユリアの元に思わずかけつけた。 「……ユリア!」 大慌てで走ってきたヨハンに驚いてユリアは目を丸くする。 「どうしたんですか、ヨハンさん」 それにヨハンは首を持ち上げて口を開く。 「君は……もしかしたら……」 そこまで言ってヨハンは口をつぐんだ。 彼女が本当にバーハラのユリアなら、彼女もヨハンと同じ運命をいずれ辿らなくてはならなくなる。 出来ることなら、そうなって欲しくない。 「……いや、なんでもない」 ヨハンはゆっくりと首を横に振った。 これ以上は言ってはいけないのだ。胸に秘めておかねばならない。なによりもユリアのために。 「……ユリア、君も前線に出ることがあるのだろう?」 「ええ、リザイアが使えますから……」 ヨハンの言葉にユリアが頷く。その言葉を確認してから、ヨハンは彼女の肩に手を置いた。 「ではその時は、私が傍で護ってやろう」 「何故ですか?」 ユリアは不思議そうに首を傾けた。それにヨハンは微笑む。 「……昔の約束をちょっと思い出してね」 ユリアがバーハラの姫だとしたら、この先、一番辛いのは彼女だろう。 できたら、違っていて欲しい。 ヨハンはそう願う事しか出来なかった。 ドズルをテーマにヨハンvユリア……挫折気味です; またこの二人はテーマにして書いてみたいです。 次はもっとラブなもので(^^; |