The Furies

第2章 蒼天の鏡

敷衍-3

「私はハイラル帝国の実験室で生まれた」

ハイラル帝国。最近特に耳にする国の名だ。

「『科学』と呼ばれる力の研究にのめり込んでいるあの国は当時、エスパルスの数を増やすことに没頭していた。膨大な魔力を持つエスパルスは人としてのあり方が歪なのだろう、非常に脆く、短命だ。優秀な能力のある者を集め、交配し、さらには人の手によってもっと強くより優れたエスパルスが生み出せないかと、試行錯誤を繰り返していた」

「そんな!生命の誕生は神のみ業。人の都合で自然の在り方を変えるなど…!」

オルフェリウスは激しく言葉を挟んだが、テラは苦笑した。

「ゼナス神教を厚く信仰するこの国ではそのように考えられるかもしれないが、ハイラル帝国では『神への冒涜』などという概念はない。優生学的遺伝子改造については、当時異を唱える科学者もいたようだが…実際、この研究の応用で、遺伝子の欠損による疾患が一部解消されたのも事実らしい」

遺伝子などという言葉を知っているゼナスの人間は少ない。ハイラル帝国では医術と呼ばれる病気や怪我の治療法も、ゼナス国では癒術という字を当てはめて、その考え方などは根本から異なった。ゼナス神が創ったとされるこの国の価値観、倫理観では、自然の在りようを根幹から揺るがす遺伝子工学の考えはむしろ禁忌と言える。しかし、人の考え方はさまざま…一概には否定されるべきではないのかもしれない。

「しかし実際に実験台にされた私が言えるのは…貴殿の言う通り、行きすぎたハイラルの科学者の探究心、あれは悪魔の所業だった」

目を閉じ、何かを思い出すテラの顔に苦悶が浮かぶ。

「私は幼少の頃はたいした力の発現もなく、捨て置かれる存在だったのだが…何故か、周りの者より成長が遅くてね。そのうち私の体の細胞の劣化が遅いということが分かり、十代になると途端に体を切り刻まれ始めた。短命なエスパルスの中で生まれた奇跡だと言われてね」

テラの痛みに満ちた独白は続く。

「十代の終わりになると、私にひとりの女を娶せた。あのような環境で子を作れなど!今から思うとまるで動物の繁殖だな。しかし、四角い箱の中で飼育されていた私は大人しく彼女を受け入れた。それがレンリとの出会いだった」

ユンはテラの瞳に暖かい色が灯るのを見た。

「彼女は外から連れて来られたエスパルスだった。箱の中にいた無気力な私には眩いばかりの生命力に満ちた女性でね。私に色々なことを教えてくれた。私は彼女に出会って、初めてこの世に『愛』というものがあると知ったよ。私は彼女を愛し、数年して待望の子ができた。研究者たちも大喜びだったが、そこからレンリの苦悩が始まった」

テラは再び目を閉じた。

「レンリは自分の子が取り上げられ、実験材料にされることに我慢できなかった。膨らみ始めた腹を抱えて頻繁に脱走を試みて、そのうち私と引き離されて完全に監禁されるようになってしまった。そこまでされてようやく、私はレンリと共に箱の外に逃げ出すことを考え始めた。発現していながら隠していた、金属を変質させる能力を最大限に使って…私はレンリを探し出し、逃げ出した…外の世界へと…」

ふうっと息を吐いて、テラは事実をできるだけ淡々と語った。

「まぁ、所詮は籠の鳥。外へ出たって大したことはできないのに決まっていた。かつて外で暮らしていたレンリの伝手を頼ってしばらく生活していたが、レンリも私たちの大事な子も亡くなったよ…。私は追手を逃れてここ、ゼナスまで旅をしてきたが…全ての希望を無くし、万策尽きて死ぬところをレアレス王に拾って頂いた。そして今日まで生きている」

オルフェリウスもユンもすぐには言葉を出せず、黙っていた。ただ悲しみ満ちたテラの半生に圧倒されるばかりであった。

「今ここで貴殿たちに語っても仕方がないが、自由になっても、私が過ごしてきたのは後悔と懺悔と、怒りと憎しみの日々だよ。それは帝国や研究所に対するものじゃない、無力な自分への呪いだ。居場所を作って下さったレアレス王には感謝をしているが、果たして今まで生きてきたのが正しかったのかどうかは分からない」

「いいえ!いいえ…貴方様は多くの優れた武具を作り、人の命を守ってきて下さったではありませんか」

「同時に人の命を奪う武具もたくさん作ったよ」

テラは苦笑した。

「私が能力を使い武具を作ったのは、レアレス王の恩に報いるためでもあったが、私の存在を公にし、名を高めることによってハイラルを牽制する意味もあった。ゼナスはお前たちの所業を知っている、とね。王宮に工房を持った頃は何度か暗殺の危機もあったのだが、そのうちますますエスパルスに関する研究が進んで私に価値がなくなったのだろう、年月が経つにつれハイラルに命を狙われることもなくなり、私は武具の製作に打ち込んだ。私にできることはそれしかなかったからね…。しかし、私は人と老い方が違う。いつか私の在りように疑問を持つ者も現れるだろう。レアレス王が崩御されたのを機に準備を始め、王領であるここに隠居することを認めてもらった。そして現在に至るという訳だ」



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