第2章 蒼天の鏡
敷衍-2
広く切り抜かれた窓は開け放たれており、素朴な木組みの床に四角く陽だまりを作っている。ぽかぽかと体が温まるようなうららかな陽気の中、吹き抜けていく風が優しく頬を撫で、餌を啄ばみに訪れている小鳥のさえずりがより平和な雰囲気を醸し出している。
そんな中、ユンはテラの語る言葉をまるで夢物語を聞いているような、おぼつかない気持ちで耳を傾けていた。このような話は王宮にあるという『龍言の間』…四方を厚い壁で囲まれ、政に関する様々な密談が交わされるという小部屋…で語り合われるのが相応しい、ゼナス国の機密中の機密と言えるのではなかろうか。
テラは少し手元の香茶を口に含むと、話を続けた。
「様々な意見が交わされた。ある者は世界に石の存在を公表しろと言い、ある者は神殿の奥にこれまで通り極秘で管理するのがよいと言った。公表すればゼナスの国威は高まるが、危険な力だ。ひとたび誤った者の手に渡れば、どのような事態に陥るか…長い議論が交わされたが、レアレス王は宝珠を単なる飾りに留めず、ゼナス国の有効な力にしたいとお考えになられた。表に出す。だが秘密裡に。信の置ける者に託し、その行方は常に王のみが把握することにされた。それでは一体誰に託せばよいのか、レアレス王がお考えになられている時にひとつの申し出があった」
テラのまっすぐな視線を受けて、オルフェリウスは僅かに目を見開いた。
「そう、レイノール公爵が名乗りを挙げられたのだ。我が血筋に魔力がない子が産まれた、これこそいわゆる天啓だと」
干射玉の闇は魔力を吸い上げる。魔力が多少なりともある人間には扱うのが難しい…いや、普通に扱うことはおそらくできない。
「私が最もそれに適した人間だったのですね」
ぽつりとオルフェリウスは呟いた。魔力のない人間が貴族に生まれることは稀。中でもレイノールほどの血統でそのような子が生まれたこと、そのことにレイノール公爵は意味を見出した。この子はゼナス神に選ばれた、宝珠を守る者だと。
「…そして母上はそのことをご存知ない」
「宝珠の秘密は家族にすら打ち明けられない。力の大きさを考えると当然だろう」
テラは厳しく言った。
「私が王の御前に呼ばれたのは、レイノールとリシュリューで宝珠を片目ずつ分かち持つと決められてからだ。形はゼナスの危急存亡の際には威力を発揮するであろう、武器にすることに決められた。それを考えても国軍を司る二家が持つのが相応しい。宝珠の形を変えて力を抑え、なお国を守る礎となるものに加工せよとの難しい王命が私に下された」
そこまで語り、テラは目を閉じた。
「…お二人は私について何をご存じかな?」
顔を見合わせ、おずおずとユンが口を開いた。
「金属の加工に優れておられる。テラ・ルーンの武器や防具は他国からも垂涎の的と聞きます」
「そう…金属の加工…誰しも私の才をそう思っているだろう」
「思って?」
怪訝に尋ねたオルフェリウスに向かってテラ・ルーンは閉じていた目を開き、ゆっくりと言った。
「私の作った物は“加工”したものではない。金属を塑性変形させる…それが私のエスパルスとしての能力なのだ」
「エスパルス…?」
ユンは鸚鵡返しに呟いた。
「私はエスパルス。…それも人為的に造られた」
真紅の瞳が暗く翳った。そこに陰鬱な、底知れぬ影を感じて、ユンは背にすうっと寒いものがよぎるのを感じた。
テラ・ルーンがエスパルス。リシュリュー家の悲劇の後、それに代わり諜報の仕事も担ったレイノールの次代の当主として、今や各国のあらゆる方面の情報を掴んでいると自負するオルフェリウスである。だが、そのオルフェリウスにして、それは初めて聞く話であった。
「私はもう遠い昔に過去と訣別した。私がエスパルスだと知るのは亡くなった先王レアレス様だけのはず…。あの方も今はもう神の御許。このことは私自身、この先誰にも打ち明けるつもりはなかったのだが、な」
瞳の翳りはそのままに、どこか懐かしむような声色のテラを、オルフェリウスとユンはただ黙って見詰めていた。