バイカモ

 わたしが津南町に来て驚いたのは、町の中を流れる用水路にバイカモが生い茂っていることでした。
 バイカモは、キンポウゲ科に属する水生植物で、夏に梅の花(ばいか)に似た白い花を咲かせます。水温の低い、清らかで豊富な流水中に生育し、清流の指標とされています。しかし、水質汚濁には大変弱く、新潟県の作成した「レッドデータブックにいがた」によれば、絶滅危惧U類に指定されています。県内では、水質汚濁、河川改修などによりバイカモの産地がどんどん減ってきています。

 バイカモは日本固有の種です。
 この津南では、昔から「きんぎょも」とか「かわまつ」と言って親しまれてきました。河岸段丘下の縁を流れる船津川や田んぼの用水路などで多く見られます。
 バイカモが繁茂すると、田んぼの用水の流れが悪くなるので、毎年、春の堰普請(せぎぶしん)では、たまった泥と一緒に、大量のバイカモが畦にあげられています。
 しかし、水の中にわずかに残ったバイカモが、また夏までには回復し、用水路を白い花で埋めています。
 こうして昔からバイカモは、津南の人々の暮らしとかかわりながら生きながらえてきました。
 
 左の写真は、その名の由来となった「梅の花」に似たバイカモの花。花粉を水に流して受粉させる水媒花である。
 バイカモに産卵するハグロトンボ。集団産卵する様子が見られます。バイカモの小川には、オニヤンマやコオニヤンマなどの流水性のトンボがたくさん見られます。
 また、バイカモにかくれて、ドジョウやシマドジョウ、スナヤツメなども津南ではたくさん見られます。 

 ところが、ここ数年の間に異変が起きています。バイカモが急激に減少し、取って代わって外来種のコカナダモがどんどんその勢力を伸ばしているのす。
 平成7年、わたしが地元の小学校に勤務していたとき、子どもたちと一緒に町内のいろいろなところでバイカモの分布を調べてみました。町内のいたるところでバイカモが見つかり、津南の自然の豊かさを実感しました。
 その当時は、コカナダモはたった1箇所、芦ヶ崎台地の用水路で見つかっただけでした。でも、どうしてあんな田園地帯にコカナダモがあるのか、本当に不思議でした。その用水路では、コカナダモが黒く不気味に繁茂し、ほとんど完全にバイカモを駆逐してしまっていました。
 
しかし、現在、それと同じことが一番たくさんのバイカモが見られた船津川でも起こっています。年々バイカモがコカナダモに駆逐されつつあります。

 左の写真の上の方にある水草がバイカモ、下の黒っぽいものがコカナダモです。何とかしなければと、とても危機感を持っています。
 船津川下流の下島では、平成7年には1株もなかったコカナダモが、現在バイカモよりも多くなっています。年々、その割合が増しています。
 このまま、人知れず、津南のバイカモは外来種に取って代わられてしまうのでしょうか。

割野地区下島の船津川における水草の様子
段落の大きさ 極小(1点) 小(2点) 中(3点) 大(4点)   極大(5点) 超極大(10点) 合計点数
約25cm四方 約50cm四方 約75cm四方 約100cm四方 それ以上 長さ5m以上続く群落
水草の種類 調査年 群落数 点数 群落数 点数 群落数 点数 群落数 点数 群落数 点数 群落数 点数 合計点数
コカナダモ 2003,8 151 151 24 48 13 39 18 72 24 120 4 40 470 55.0
2007,9 171 171 82 164 56 168 56 224 75 375 23 230 1102 88.1
バイカモ 2003,8 112 112 16 32 11 33 13 52 16 80 0 0 309 36.2
2007,9 56 56 27 54 3 9 0 0 0 0 0 0 119 9.5
ヤナギモ 2003,8 34 34 10 20 4 12 1 4 1 5 0 0 75 8.8
2007,9 3 3 6 12 5 15 0 0 0 0 0 0 30 2.4


 平成7年(1995年)当時、全くなかったコカナダモが、現在は左の表のようになっています。
 平成15年(2003年)、息子が夏休みの科学研究でバイカモとコカナダモの群落の割合を調べてみました。
 同じ方法で、平成19年(2007年)に再び調べてみると、バイカモの危機的な様子がよく分かります。今回は、平成15年の調査時に比べ、長さ5m以上になって、川面を覆い尽くしている群落が多くなっています。被覆率を出すともっとバイカモが危機的な様子が出てくるのではないかと思われます。


コカナダモの中でかろうじて残っているバイカモ
(黄緑色の方の水草)
2008年 バイカモ調査  (娘の夏休み科学研究より)
      
 一番下の娘が夏休みの科学研究でバイカモのことを調べてみると言い出したので、「これはしめた!」と思って、付き合うことにしました。以下に娘が調べてまとめた結果から抜粋したものを、わたしなりにまとめて紹介します。

 平成7年に地元津南小学校の理科サークルの子どもたちが調べたデータと比較できると、今のバイカモの状態が分かるかと思い、当時と同じように、船津川の上流から下流まで、地図を片手にバイカモの分布状態を調べてみました。
 船津川の上流部分(船山付近)からすでにコカナダモがありましたが、群落は小さく、その数もわずかでした。
 この付近では、まだバイカモが優占種ですが、しかし、かつて豊富にあったバイカモの群落がほとんどなくなっていました。
 流れを歩いてみましたが、岸の雑草や木立の影になって、以前より川面が暗くなっているところが多くありました。バイカモの減少は、そのせいでしょうか。
 町の住宅街に入る手前に、バイカモがびっしりと繁茂しているところが残っていました。コカナダモを寄せ付けないっていう感じです。
その下流の住宅街の用水路にもまだバイカモが残っていて感激しました。
 住宅街を過ぎて下流に向かうと、だんだんとコカナダモが増えてきます。
 割野集落付近では、バイカモとコカナダモが激しく勢力を争っています。  しかし、船津川最下流の下島まで来ると、完全にコカナダモがバイカモに取って代わっています。昨年よりもさらにバイカモの群落数が減っています。  バイカモは、小さな群落がかすかにあるのみで、風前の灯火です。

 なぜ、下流に行くにしたがってコカナダモが増えていくのでしょうか。流れの速さと関係があるのでしょうか。コカナダモは、ちぎれた茎からもどんどん繁殖していきます。流れが緩やかな場所や下流域に流れ着いたものが、どんどん定着していったのでしょうか。娘も流れの速さやコカナダモとバイカモの形の違いなどがコカナダモが増えたことに影響しているか調べたかったようですが、そこまでは時間も足りず、調べられませんでした。
 いずれにせよ、改めてバイカモが危機的状況になっていることがよく分かりました。

 
 下の図は、平成20年8月現在のバイカモとコカナダモの分布状況です。娘が作ったメッシュ図をスキャナーで読み込んで、その上からパソコンで処理して見やすくしてみました。これは、平成7年に地元津南小の理科サークルの子どもたちが調べたときと同じ方法で調べました。
 校区の2500分の1の地図に、一辺が1cmのメッシュを書き、実際にその地図をもって川の流れに沿って歩きながら、メッシュごとに調べていく方法です。実際には、一辺が25mのメッシュになります。かつて理科サークルの子どもたちが調べた流れを、娘と一緒に歩いてみました。

 残念ながら、かつて津南小の子どもたちがやったときのメッシュ地図の原図が残っていないため、一つ一つのメッシュごとの分布状況は、分かりませんが、当時と比べ、この流れで大きな変化が起きていることが改めてはっきりしました。
 かつて流れを覆うほど、びっしりと豊かにあったバイカモが上流でもわずかとなり、下島付近では、ほぼ完全にコカナダモにとって変わられています。
 コカナダモは、上流の船山方面でもありましたが、その量はまだわずかでした。しかし、下流にいくにしたがってその量が増えていました。
 流れの速さや水深なども、コカナダモの分布に関係がありそうです。水深の浅いところでは、あまりコカナダモは増えていないようです。
 
船津川におけるバイカモの変動
平成7年(1995) 平成20年(2008)
バイカモ メッシュ数 メッシュ数
14 4.8 10 5.6
61 21.0 13 7.3
36 12.4 22 12.4
50 17.2 70 39.3
129 44.5 63 35.4
メッシュ合計 290 178
 左の表は、平成7年と平成20年のバイカモの分布状況の比較です。平成7年の時は、船津川から派生した用水路も調べています。今回は、娘一人の調査だったため、そこまでは調べられませんでした。また、船津川から派生する用水路は、コンクリートのU字溝になっているところが多いため、平成7年の調査では、Eの値が高くなっています。
 この表からも分かるように、平成7年に比べて特にB(かなりある)のメッシュが激減し、その代わりD(わずかにある)のメッシュが増加していることが分かります。大きな群落が少なくなり、小さな群落が散在する状況になっています。

船山方面の船津川の岸辺
 今回の調査では、かつてバイカモが豊富にあった船山方面でも、バイカモが激減していることが分かりました。歩いてみて、昔に比べて川面がとても暗くなっているのが気になりました。流れに沿ってある河岸段丘の木々から垂れ下がる枝が大きくなったこと、以前よりも岸辺の草刈りがされなくなったことなどが影響しているようです。そのため、陽当たりを好む、バイカモが育ちにくくなっているのかもしれません。
 バイカモを復活させるには、コカナダモの除去とともに、こうした船津川を取りまく環境も整備していく必要がありそうです。
 しかし、今回の調査でうれしかったのは、町のど真ん中を流れる用水路にもまだバイカモが残っていてことです。
 コカナダモが人知れずバイカモに取って代わっても、人の暮らしにはそう影響はないかもしれません。しかし、縄文の昔からこの津南にあった日本在来のバイカモは、津南の町の宝であると思います。津南の原風景として、いつまでも残していきたいと思います。
 
冬のバイカモ
 
     
 冬休みになり、娘がバイカモを見に行きたいと言い出したので、うちのすぐ裏の船津川までバイカモの様子を見に行ってきました。平成20年12月29日、天気はこの時期にしては珍しいほどの快晴でした。水温は、4.5℃。
 バイカモもコカナダモもどちらもこの冷水の中でも枯れずにいます。相変わらずコカナダモの勢力が強く、バイカモが負けそうです。コカナダモもこの冬の寒さの中でも全く平気なようです。
 コカナダモの駆除始まる!(2009年4月26日)
    娘のバイカモの研究をきっかけに地域の役員の方から、集落の春の堰普請のときに集落の皆さんにコカナダモの駆除を呼びかけたらどうかと、ありがたいお話をいただきました。
 娘が左のように、どんどん減少するバイカモと増加するコカナダモについて紹介するポスターを作り、4月26日の堰普請の際に役員の方が、コカナダモの駆除を呼びかけてくださいました。
   
   地域の人にとっては、バイカモは昔から当たり前にあった水草であり、用水路の邪魔者であったので、協力していただけるか心配だったのですが、あとで娘と流れを歩いてみると、できるだけコカナダモをとって、バイカモを残そうとしてくださったことがよく分かりました。
 本当に感謝、感謝です。今回のことは地域の皆さんが、コカナダモに関心を持ち、地域の宝であるバイカモに目を向けるきっかけになったように思います。
 役員の皆様、地域の皆様、本当にありがとうございました。
 引き続き、今回の駆除によって、バイカモとコカナダモがどのようになっていくか、娘の研究は続きます。今後もよろしくお願いいたします。
 
    細い流れのコカナダモもきれいにあげてありました。
今年も科学研究で取り組みました
 
   今年の夏も、娘がバイカモの研究に取り組みました。
今年は、割野の人たちが春普請のとき駆除したコカナダモがその後どうなっているかや、コカナダモを駆除したところに、バイカモとコカナダモを移植して、どのように生長するかなど調べてみました。
 本人はよくがんばったと思います。バイカモを復活させるにはどうしたらいいかなど、随分といろいろなことが分かってきました。
 それにしても、コカナダモの繁殖力は、すごいものです。今年の実験でも、それが明らかになってきました。
 研究の成果は、今後娘の研究がまとまったら、報告したいと思います。
  


 

 
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