2013年4月の繁昌記


改訂版カフェブロッサムの繁昌記の目次

2013年4月30日(火)雨後曇
この頃は、ギブス生活だから愛妻が所要で市中に出掛ける時は、車に乗せられ連れて行かれる。手持ち無沙汰で、iPhoneを慰めとする事が
増えた。気がつけば、足利市内はどこでもLTEが普及してiPadのペアリングにも出来る。この高速通信網の発達は
非常に便利だ。しかし、一旦、須花トンネルをくぐり、ヒコマに入ると3Gになってしまう。以前ソフトバンク広報で、13年の3月末までに、全国97%との地域に、LTEを普及させる記事を読んだことがあるが、ヒコマはその残りの3%の中にいるらしい。
やんぬるかな!
2013年4月29日(月)晴
終日穏やかな日となり、各方面より人来。ヨーコさんはキャスターの付いた、すわり心地のよい椅子を用意してくれたから、厨房で
ローストビーフを椅子に座り、自在に切り分けることが出来る。お客さんの中には、厨房に顔をのぞかせ、いたわりの言葉をかけてくれる
方もある。あり難きかぎりなり。連休前半無事終了!
2013年4月28日(日)晴、やや寒
今日も孫は草刈から始める。昼に至り、着替えをして雑用をこなす。若いから室内、屋外自由自在に動き回れる。
炊きつけも作ってもらった。來する人夕方まで絶えず。連休二日目無事終了。天に感謝多。
2013年4月27日(土)晴、寒
朝より、風有。孫来、頻りに草刈をしてくれる。あり難きかな!他特に記す事無。連休、第一日目無事終了。
2013年4月26日(金)薄曇後雷雨後晴
昼前より二人でヒコマに出掛ける。枝を鉈で刻み頻りに焚き付けを作る。昼、粗食飯。午後、暫く休息。雷雨有。気温下がる。
個室のソファに横臥しiPadで鴎外の「渋江抽斎」を読む。非常に面白い。帰宅途中「強記飯荘」にて晩餐。
2013年4月25日(木)晴、暖
野原は緑になり、鳥語頻りなり。薪の焚き付けを小枝を刻み作る。午後、暫く休息。終日暖。他、特に記す事無。
2013年4月24日(水)雨後曇
朝より雨なり。午前中佐野厚生病院訪。整形科ではギブスを交換する際、丁寧に洗ってもらう。気持ちが非常にサッパリする。
あり難きかな。内科の先生からも腎臓関係の経緯の説明を丁寧にうけるなり。昼に至り、壬生の「ともしび」にて飯。
帰宅後、炬燵に入りしばらく休息。老妻は鼾を出して寝込むなり。このところ、お出かけに一人で運転をせねばならぬ故なり。
やんぬるかな!夕方、東京に出た孫より文章の書き方の質問有。パソコン周辺の不明なところを補う質問もある。
学校に入りいよいよレポート作成等、学業が本格稼動したようである。自分の経験した苦労を披露して見ようと思う。
晩餐は「小島屋」にて肉汁うどん飯。中国発のインフルエンザの報有。日中関係の剣呑なところも気がかりだ。今、現役で国を動かす
世代は「文革」時代に中学、高校生だったと推測できる。大変混乱した時期に育った世代ではないだろうか・・・・・。
大分以前、あるラジオ番組を聴いていたら、ドイツのジャーナリストが戦後周辺諸国にいかに丁寧に接してきたかという苦労を披露していた。
もしかしたら、我がほうもそこいら辺の事を参考にする必要があるのかもしれない。このところの色々な発言は気がかりなり。
2013年4月23日(火)薄曇、寒
昼前より二人でヒコマに出掛け、連休の準備をする。庭にある山椒の葉は霜でやられて、茶色にちじんでしまった。
他、特に記す事無。
2013年4月22日(月)晴、風有、寒
午前中は静養。ようやく、ギブス生活に順応してきた。二人で、店にて使えるようにキャスター付きの椅子を1脚買いに出かける。
大田まで足を伸ばしたが、風が強く気温があまり上がらない。赤城山系を見るに何と!「雪山」ではないか。まるで、早春の越後地方を
ドライブしているようで、チョッと遠出したような気分になる。
書店によりIT関係の書籍を数冊買う。外為は100円を視野に置く綱引き。連休の予約も入り始めてきた。
2013年4月21日(日)雨後曇後晴
朝より冷たい雨降る。日光から来た人は、雪が降っていたと言う。暖炉を頻りに燃やす。まず、予約の人達來。午後、フリーの人達も
三々五々來。ローストビーフ、ビーフステーキも好評。
2013年4月20日(土)晴後曇
この頃の、極東周辺のお天気は気まぐれである。終日暖炉を燃やす。3時の外気温は9度。日のあるうちに帰宅。晩餐は筍をたいたものと
山ウド。ことに山ウドは風味がはっきりしていてミネラル感たっぷり。TVで四川省で地震発生を報。
2013年4月19日(金)晴、風有
朝より北風有。準備の為二人でヒコマに出掛ける。北風が激しい。小枝を鉈で刻み薪作りをする。先日取材のあったKKマガジンボックス
発刊のMINI STYLE MAGAZINE37号が送られてくる。店が83ページに紹介されている。あり難きかな。
帰路、久しぶりに「強記飯荘」により衣笠茸と焼きソバ飯。
2013年4月18日(木)薄曇、暖
朝、耳鼻科訪。急な階段があるところなので、息子に頼み負ぶってもらう。帰りはヨーコさんが迎えに来るなり。店の雑用で老妻はあちら
こちら出掛けるので、運動をかねて一緒についてゆく。You Tubeで久しぶりに「モスクワ郊外の夕べ」を聴く。ロシア語の余韻が
なんともいえない。この歌はたしか1960年代の中頃流行して日本にも広まった。当時、放浪の旅に出て、初夏のロシアに滞在した折、白樺の匂いと、都会の雑踏、白夜どれもこれも田舎でのボーイには新鮮なモノでありました。
ポール・アレンの「ぼくとビル・ゲイツとマイクロソフト」を読み始めた。非常に面白い。彼等も僕達より一回り下の世代だが、1970年代の中盤から、BASICでソフトを作ることに熱中していたと言うではないか。僕のその当時のシーンは中国、韓国貿易の時代であったが
1980年代に入り、ログハウス、輸入住宅を国内に広めようとして、クライアントに説明する、概念のストーリーを構築するために
北米大陸各地の建築物調査に熱中する時期があった。そうすると、性分で季節も時間も場所も関係なく思い立つとそのことに集中して
我を忘れてしまう。今考えると、非常に有意義な時代であった。思うに、僕の性分はどうもそこ等辺にあるような気がする。
今回も、アイビーの消毒の為に上に上に上って、つい夢中になって足を踏み外してしまったようだ。反省すること頻りなり。
夕陽限りなく好し、只これ黄昏に近し・・・・。
2013年4月17日(水)薄曇暖
昼前に準備の為二人でヒコマに出掛ける。野原にはタンポポ咲き乱れ、新緑の盛りなり。近所の猫が敷地をゆっくりと横切ってゆく。
林には鶯、野鳥の鳴き声が響く。ここでは朝鮮半島の物騒な話も、ボストンの事件も、尖閣列島の問題にも無縁な
空気が流れている。
2013年4月16日(火)晴後曇
安静にして休んでいたが、外も暖かくなってきたので、外に椅子を出して日差しを受けながら読書。山田風太郎「戦中派虫けら日記」を読み始める。二十一歳の青年の文章としては中々に読める文章だ。当時の時代背景もわかりやすい。
昭和18年のところまで読んできたら、急にお汁粉が食べたくなってきた。著者の日記にお汁粉、アンミツの類の言葉が頻りにでてくるので、その影響である。愛妻に車に乗せてもらい、買い物に出掛ける。まず、上州屋で切り餅を調達して、アピタにて、あずきの缶詰を買う。
ここには、ちゃんと車椅子が用意してある。骨折をしてみて始めて車椅子の有り難味がわかった。各フロアーを自由自在に動ける
車椅子は快適である。書店ではマイクロソフト関係の書籍が目にとまり、読んでみようと買ってみた。とりあえず、お腹も空いてきたので
二人で、ケンタッキーのチキンを飯。二時過ぎに帰宅。早速お汁粉をこしらえてもらい美味しく戴く。
TVではボストンマラソンの爆破事件を頻りに報。しかし、外出の疲れが一気に出てきて布団に入りながらぐっすりと寝入ってしまった。
夜、例により孫来。散歩の途中で寄ったと言う。有り難きかな!
2013年4月15日(月)薄曇
昨夜は、湿布を貼って貰い。痛みはそれほどなく、安眠できた。朝より、佐野厚生病院整形科訪。まず、レントゲンを撮り、先生に会う。
精査した結果、骨折は単純なものであるが、完治するには約6ヶ月を要するとのことである。処置室に移り、ギブスをつくるために
先生ははれたかかとに手を当て、「ギュウ〜ゥゥゥ」を全力で抑えて形にする時は心の中は絶叫状態であった。しかし、自分でしたことで
あるから、出来るだけ我慢をして痛みを頭の中から切り離して耐えました。20分程は痛みが残ったが、その後安定。
昼はイオンによりヨーコさんはステーキを飯。帰宅後、疲労困憊でしばし午睡。
夜、孫達が見舞いに来る。気になる、草刈を連休中、アルバイトで高校生に依頼する。営業は皆の協力で続けることが出来る。
あり難きかな。天に感謝多。
2013年4月14日(日)薄曇
ローストビーフは上等に仕上がる。ひとしきり外壁のアイビーを整理するため、脚立を梯子に伸ばして、屋根のテッペン近くの
作業をしていたら、つい作業に夢中になり、足を踏み外し、かかとから地面にストンと落ちてしまった。非常に痛かった。地面にしばらく
仰向けになって、思案していたら老妻が覗きに来て、「どうなさったの?」と尋ねるから、かくかくしかじか面目ないと説明する。
「でも、わたしではどうしようも出来ないから」と息子を呼んで、室内に入れてもらう。足がはれてきたので湿布をはり、明日は
朝一番で整形に行く予定なり。
2013年4月13日(土)晴
6時半の外気温は6度なり。TVでは頻りに淡路島の地震報有。終日暖炉を燃やす。日差しあれど空気やや冷たい。鳥語頻りなり。
2013年4月12日(金)晴後曇後小雨
朝、耳鼻咽喉科訪。消毒。昼前よりヒコマにて草刈。鳥語さかんなり、このところ気温が上がらず草の伸びは内場である。鶯啼く。
見渡せば、周囲の山は木々の芽吹きで爆発しているが如くだ。夕、暖炉に火を入れ温まる。
2013年4月11日(木)晴、寒
3月の初旬に戻ってしまったような陽気だ。飛騨高山方面では雪も降ったという。耳鼻咽喉科を訪。片方の耳が聞こえにくいので
鼓膜を切開して水をとる。大分聞こえはよくなってきた。あちらこちらに色々不具合が出てくる悩ましい年齢だ。
愛妻も歯が冷たい空気にふれると痛いと悩んでいる。歯科をやっている義兄に詳しく聞いていたが、結局、加齢のため歯茎が痩せてきて
そういう現象がおこるのだという。終日炬燵に入り読書、午睡。
2013年4月10日(水)薄曇後少雨
午前中病院訪。検査の結果、数値の年年上がるものがあり、内科に回り、食生活を改善すべく詳しく説明を受ける。
2週間後再び検査するという。気晴らしに、宇都宮竹園に飯。夜、録画してある戦後の記録画像を二人で観る。愛妻は引揚者を
取り扱う場面では我が事のように憤慨する。
2013年4月9日(火)晴
朝、孫が中学生の制服を着て訪ねてくる。入学式だ。ヨーコさんはその姿にいたくご満悦だ。午前中より二人でヒコマに出掛ける。昼を過ぎてやや暖。草刈をする。マーガレット・サッチャー氏逝去の報有。あるヨーロッパ現代史によると、彼女が英国の首相になったのは彼女自身や
自由党の実力ではなく、労働党が当時弱体化したことによると言う説がある。しかし、世界政治の中でソ連邦崩壊は途轍もない大事件で
あったし、今日の世界を開く幕開けをする主役の一人であったことは確かだ。個人的には、日本の現政権が演じていることは彼女が
四分の一世紀前に展開していた政治ドラマの焼き直しのような気がしてならない。
ソ連邦崩壊の翌年東ヨーロッパを旅行した思い出がある。あれは、5月頃であった。ドナウ川にそってドライブしてホワイトアスパラを沢山
食べた。そうだ、あの時は、余輩は免許証を失ってしまい、ヨーコさんが国際免許をとりレンタカーも彼女名義で借りたのだ。
苦節24年お陰様で以後余輩は安全運転に徹し、今ではゴールド免許を所有する身となる。人生色々・・・思い出沢山・・・・。
2013年4月8日(月)晴
風有快晴。朝より、モーガンでヒコマに出掛け草刈に励む。涼しい風が頻りに吹き、刈った草を吹き飛ばす。汗が出ないので作業性は
非常によい。しかし、途中で鼻水が垂れてきた。老体を寒風に曝してはいけない。その時は、無事であっても、後日結果が付いて回る。
そういうことも漸く最近わかってきた。幸い、昼になり、後片付けをして、帰宅。午後、エッセイを勘案。他、特に記す事無。
2013年4月7日(日)曇時々雨後晴
朝より天気定まらず。昼頃より雨。しかし温度は20度前後であったが、夕方は晴れてきて5時の外気温14度となる。
三々五々人有。晩餐は「強記飯荘」にて焼きソバ、衣笠飯。帰宅後、TVにて各方面の天候被害を知る。
2013年4月6日(土)曇後雨
昨夜の天気予報では、天候が極めて荒れ模様となるので、不要不急の外出を控えるようにとの放送があったので、今日は
どうなることかと心配をしていたが、三々五々人来。昭和3年生の老紳士が美味しそうにローストビーフを食べて、「また来たい!」
と言う言葉を残していった。有り難い限りです・・・・・。
2013年4月5日(金)薄曇、暖
足利の市場にてアサリ、ハマグリを得る。ハマグリは「地」のものだという。一山1200円。ヒコマに持ち寄り、昼、アサリのパスタに
ハマグリを入れる。しかし、アサリの個性的なエグ味が強いので、ハマグリの上品なミネラル感は不明なり。しかし、ソースに深みはでる。
ソースといえばヨーコさんはこの頃は、毎回、一週間を掛けて、グレービーソースを作っている。時々、味見をして自分の納得のいくように
じっくりと作っている。その姿を見ていると、「夕陽限りなく好し 只これ黄昏に近し」という李商隠の漢詩が浮かんで来るのだ。
夜、ヨーコさんはハマグリのお吸い物を作る。気がつかなかったが、器は普段と違い、塗りの上等なもので出てきたが、こちらは、食べることに気を取られていて、つい、見落としてしまいました。
2013年4月4日(木)晴、暖
完璧に晴れた!こうなると、気持ちが忙しくなる。朝より、ガレージからモーガンを引っ張りだしてきて、パン屋さんに立ち寄り「玉子パン」を買い、ヒコマに出掛ける。
道中はどこもかしこも桜が満開でハンドルを握る気持ちも軽やかになる。野原にはタンポポが咲き乱れている。夕方まで屋外作業。帰路、佐野市中「森田屋」に飯。
2013年4月3日(水)雨後晴
午前中より、ヒコマに出掛け、営業の準備をする。野原一面緑になり、庭の桜が3分咲きとなる。室内が18度程であったので暖炉をつけて暖まる。
外をなにげなくながめていると、トサカの赤い雉が歩いているではないかiphoneを片手に、忍び足でせまり写真を撮ろうと思ったが、敵もさるもの早足で
物陰に隠れてしまう。雉はほんとうに足が速いのだ。昼、久しぶりにエスカルゴを飯。締めはトマトソースのニョッキ。既成のトマトソースであったが、酸味が利いて
非常に美味しい。夕方、足利市内に近づくとやや風が吹いている。ラジオでは太平洋沿岸部強風のため交通機関に影響もあったと報有。
帰宅後裏の桜を眺めに出掛けたが、冷風吹き寒し。晩餐は水菜と油揚げの鍋物を愛妻が作る。時節をえた逸品であった。天に感謝多。
2013年4月2日(火)春雨終日
電車に乗り埼玉へ出掛ける。雨が頻りに降るなり。東大宮駅にて待ち合わせし知人と合流し浦和の鰻屋訪。熱燗を頼みうざくにて冷えた身体を温める。
鰻重来。しっかりと焼きが入り、油を落とした、さっぱりとした仕上がりで上等である。しばらく歓談を楽しみ、伊奈にある「ヴィエント」に席を移ししばし歓談。
ここのマスターは理科を教える先生である。桜の名所も見た。若い人ともお話が出来た。雨の日の休日を存分に楽しんだ次第。
2013年4月1日晴、暖
リラク編集氏とエッセイ打ち合わせにて栃木「成都酒家」に会食。栃木の街は昨今どちらもこざっぱりと整理されていて、散策しても気持ちがよい。
モーガンのハンドルを握るのは3ヶ月ぶり。今年の冬は寒さが一段と厳しかったので、ガレージに埃をかぶっていたのをきれいにして出掛けてきたのだ。
記念に旧市庁舎前で側を通った少年に頼みシャッターを押してもらい記念写真を一枚撮る。しかし、いたるところ桜が満開で普通の景色が桜を入れた何処を
切り取ってもひとつの風景としてまとまるのは、やはり桜の力だ。


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