カフェブロッサム繁昌記2012年10月編

改訂版カフェブロッサムの繁昌記の目次

2012年10月31日(水)曇、寒
渋谷のBunkamuraで「桃(タオ)さんのしあわせ」を観る。劇場は満席にちかい。観客は
中高年ばかり。見ごたえのある作品であった。60年間、同じ家族に仕えてきたメイドのタオさんが
或る日、脳卒中で倒れる、というところから、物語が展開してゆくのだ。舞台は香港。
映画で出てくる、丸ごとの魚を煮付けたものが非常に美味そうに出て来た。中国でよく戴いた。
広東語も懐かしい・・・・。思うに、日本の煮魚とはことなり、上手く野菜を用いて調理、
香り付けするところなどは先輩格だ。
タオさんも僕と同じで正直だ。主人が心を込めて作って持ってきた「ツバメの巣のスープ」を試食して
「生姜が入ってない!」いって、場がしらけるところがある。自分を見ている様な思いがした。
注意しなくてはいけない・・・・・。渋谷の街は日本人ばかりになったようだ。
2012年10月30日(火)薄曇
7時半の外気温は10℃。焼きたてパンを得る。午前中読書。昼より友人達と太田に出掛け飯。金山に登る。
帰路、イオンにて「アルゴ」を観る。実話モノで1979年をイラン革命の頃に発生した米国大使館員拘束事件を
扱うものだ。スリル満点・・・・。当時のファッションを思い出す。僕は、丁度、ログハウス開発のために米国に
行き始めた頃である。通信手段はファックスではなくテレックスであった。懐かしい時代だ。
2012年10月29日(月)晴
6時の外気温は13℃。昼前市中散策。昼、友人宅飯。帰宅後炬燵にて読書午睡。夕、再び
市中散策。月、天空に浮かぶ。初冬の如し。18時の外気温は16.5℃。長湯。
2012年10月28日(日)雨
5時の外気温は14℃。終日雨。雨といえども三々五々人有。暖炉が活躍する季節になった。16時の
外気温は14℃。下記の漢詩は備忘の為であります。

菅茶山「読旧詩巻」 老来歓娯少、 老来(年寄ると) 歓娯少く 長日消得難。 長日(夏の日の無聊) 消し得ること難し 偶憶強壮日、 偶々(タマタマ) 強壮の日を憶ひ 時把旧詩看。 時に旧詩を把りて看る 大耋心慌惚、 大耋(ダイテツ:ほとほとぼけきっている) 心 慌惚たれども 亦可想当年。 亦た当年を想ふべし 欣戚如再経、 欣戚(キンセキ:歓びと悲しみ) 再び経る如く 病懐稍且寛。 病懐 ややしばらく寛(ユルヤカ)なり 酔花墨川堤、 花に酔ひし 墨川(隅田川)の堤 吟月椋湖船。 月に吟ぜし 椋湖(巨椋池)の船 叉手温生捷、 手をさす 温生の捷(腕を組むたびに素早く詩が成った晩唐の温庭イン) 露頂張旭顛。 頂を露はす 張旭の顛(頭をむき出し髪を筆とし草書を書いた晩唐の張旭) 此等常在胸、 これら常に胸に在りて 其状更宛然。 其の状 更に宛然たり 瑣事委遺亡、 瑣事 遺亡に委ぬれども 忽亦現目前。 忽ち亦た目前に現る 或遇不平境、 或いは不平の境に遇ひしも(時には心おだやかでなかった境涯もあったが) 往事夢一痕。 往事 夢一痕なり 吾詩従人笑、 吾が詩は人の笑ふに従ひ 不必費補刪。 必ずしも補刪を費さず 自吟又自賞、 自ら吟じ 又 自ら賞すれば 楽意在其間。 楽意 其の間に在り
2012年10月27日(土)曇
5時の外気温は16.5℃。7時半よりローストビーフを焼き始める。10時半完成。ツインの取材有。
終日曇。三々五々人有。ケーキも売り切れる。有難きかな。17時の外気温13℃。
この頃、菊の花を見かけと重陽の節句を思い出す。「菊花、満頭に挿して帰る・・・」という重陽の節句を
歌いこんだ古詩があったような気がする。この季節、丘の上でご馳走を食べて、酒にたわむれるのには
良い季節だ。
2012年10月26日(金)晴後曇
7時半の外気温は11℃。午前中より飛駒にて準備。暫く、草刈。昼、仔牛のカツレツ飯。午後、暖炉を燃やし
読書。午睡。17時の外気温は16℃。夜、粗食飯。他、特に記す事無。
2012年10月25日(木)晴
7時半の外気温は12.3度。午前中より二人で飛駒に出掛ける。暫く、草刈。昼、チーズフォンヂュ、エスカルゴ
、シャルドネ飯。昼の外気温18℃。午後、暖炉に火を入れ、椅子で休んでいるうちに寝入る。
夕、帰宅。iphoneで始めて孫とface timeでチャットをする。
2012年10月24日(水)晴
7時半の外気温は13℃。パンケーキ飯。午前中織姫山散歩。荒船山、富士山までもが見える。初冬の如き
気配有。昼、粗飯。午後より佐野に出掛けヨーコさんは衛生講習会。僕は、「ツナグ」を観る。樹木希林の祖母役は
まさに、どうにいったものだ!夜、ユリに飯。帰宅後、ガイドブックでiphone5の操作方法の習得に腐心する。
老眼鏡をかけなければ文字が識別できないというところが悩ましい!
2012年10月23日(火)曇後雨
朝、カブのポタージュ、ジャガイモのパンケーキを飯。炬燵に入り読書。11時の外気温は14.5℃。
昼前、softbankよりiPhone入荷の連絡有。午後、操作習得に腐心。
夜、粗飯後、録画した「チャイナ・シンドローム」を観る。日本人には非常にわかり易い内容であった。
2012年10月22日(月)曇
朝、ニンジンポタージュとパン。昼前より河南散策。橋上に佇み景色を眺めていると、頭上、5メートル程のところ
を、トンビが忙しげに周辺を見回しながら舞うのである。ワクワクする一瞬であった。
昼、二人で明治庵にて飯。唐揚げが上等であった。夕、炬燵に体を入れて、読書をしているうちに寝込む。
夜、粗食飯。録画せし「日の名残り」と「たそがれ清兵衛」を観る。どちらも見ごたえがあり、物語の余韻を
感じさせる作品であった。双方とも一人称の語り口がその効果を発揮している。
勿論、両作品ともに、画像作りが丁寧であった。読む本が溜まってしまった・・・・。
2012年10月21日(日)晴
5時半の外気温は11.5℃。日中は暖。三々五々人來。16時半の外気温は19℃。秋が駆け足で
通り抜けてゆく心地せり。他、特に記す事無。
2012年10月20日(土)晴
足利、5時半の外気温は9℃。放射冷却なん。飛駒7時半の外気温は6.5℃。絶好の秋日和。
昔は、このような天気を「ブロッサム日和」と言っていた。千客万来。広島からの4人で來。
この店のために広島からわざわざ出掛けてきたと言うのだ。万感胸に迫る思い!
18時の外気温14.5℃。
2012年10月19日(金)晴
7時半の外気温は14.5℃。朝、渡良瀬河畔より秩父山系の彼方に白き富士を見る。
午前中より準備の為飛駒に出掛ける。付近のそばは実をつけている。室内拭き掃除、ワックスがけをする。
夕、帰宅。18時の外気温は15.5℃。他、特に記す事無。
2012年10月18日(木)曇後雨
6時半の外気温は17℃。ヒルズにて活劇映画「エージェント・マロリー」を観る。午後、大村氏が主催する
新宿神社めぐりに参加する為、西新宿駅に集合。精神世界に詳しい人達とそろって周辺の神社を廻る。
花園神社にて御籤をなすに「吉」とでる。少雨有。最後に新宿御苑を散策。解散。帰路、「全聚徳」にて
北京ダックを飯。昔年、天安門付近にある本店にてしばしば味わった北京ダックには、懐かしい思い出が
ある。サソリの唐揚げなども供され趣があった。しかるに、今回は、皮のうらがわに脂身がないものを
ピンで包んで食べるのだ。所変われば品変わると言うべきことなり。紀伊国屋にてweb関係
書籍を買い帰宅。一万余歩。
2012年10月17日(水)晴後雨
7時半の外気温は13.5℃。ミルクティとぶどうパン飯。二人で病院訪。僕は採血とレントゲン。
診察の結果異常なく、半年後の再訪予定。帰路、少し足を延ばし、東武ホテル内「竹園」に飯。
金満福氏と記念写真を撮る。帰宅後、炬燵を組み立てる。夜、長湯。
2012年10月16日(火)晴
7時半の外気温16℃。焼きたてパンを得る。ミルクティ美味ナリ。昨夜、夢をみた。あたかも環境保全
は天命の如き教示あり。気になって仕方が無いので、モーガンで飛駒に出掛け、室内清掃、ワックスがけ、
薪割り等、雑用をこなす。昼に至り帰宅。ワインと粗食飯。トニージャットの「戦後史」を読み寝入る。
夕、渡良瀬河畔散歩。トンビ4~5羽橋上を舞う。夜、長湯。
2012年10月15日(月)晴
朝、パンケーキ、エシュレバター、ミルクティー飯。10時20分の外気温は24℃。モーガンで飛駒に出掛け
草刈をする。昼に至り、森田屋に飯。1時を大分過ぎたる時刻でありながら、10人ほどの列につく。
予定では帰路、太田イオンで映画を観る予定であったが、森田屋にて時間をとられ映画の時刻に間に合わぬ
ことを心配していたが、ふと、思いなおし、iPadで佐野の映画館情報で調べると同じものを14時55分より
上映とあり、安心してチャーシュ麺を味わう。映画は「ボーン・レガシー」というアクションモノだ。筋があって
無きが如しで、ただただ、場面展開がめまぐるしく早いところがとりえだ。ストーリーの後半になると、マニラ市街が
舞台となる。近代的ビルジングが立ち並ぶ中に、トタン屋根の民家がびっしりと地面を埋め尽くしている。
行ったことがないから、少し違和感を覚える。外に出ると、宵闇せまる頃だ。俵寿しに立ち寄り土産を買い
帰宅。有意義な一日となった。
2012年10月14日(日)晴
飛駒、7時半の外気温は11℃。「たね」バンド11時來。その頃より、千客万来。終日暖炉の火絶えず。
18時45分の外気温は11℃。まさに、秋も中盤にさしかかりたる気配ナリ。
2012年10月13日(土)晴
6時半の外気温は14.5℃。三々五々人有。ヒイラギの花香有。15時半の外気温は19.6℃。
他、時に記す事無。
2012年10月12日(金)快晴
6時半の外気温は16℃。織姫山散歩。やや霧たちこめたるなかを進む。自家製パンをミルクティー飯。
市場に買出し。渡良瀬川河畔に岩井山上空に大鳥4~5羽舞う。河畔橋上赤城、浅間山望。
10時半飛駒到着。室内拭き掃除。昼に至り、ソービニョン・ブランにてエスカルゴ、シーフードマリネ、ニョッキ飯。
午睡後読書。再び拭き掃除。16時半の外気温は19℃。帰路、焼鳥屋にて飯。20時の外気温は18.5℃。
クレディ・スイスによると今日はアジアに富裕層が一番居ると言う。
2012年10月11日(木)快晴
8時の外気温は19.5℃。10時半、飛駒到着。早速草刈を始める。昼に至り、サラダ、ステーキを飯。
暫く、午睡。読書。夕、帰宅。夜、粗食飯。長湯。
2012年10月10日(水)晴時々曇
8時の外気温は18℃。焼きたてパンを得る。墓参。昼前に飛駒着。浅利のパスタを作り飯。室内の整理整頓
をする。夕、帰宅。市中散歩。他、特に記す事無。
2012年10月9日(火)晴
8時の外気温は17.5℃。ジャガイモパンケーキ飯。美味ナリ。河南まで歩。出発時はやや肌寒き心地にて
ヒートテンックのタートルを着込み、シャツ、上着を着用。渡良瀬橋上において、気温上昇したる気配有。
ヤマダデンキの洗面所を拝借して、タートルを脱ぐ。秋の気温の変化は誠に激しい。
ソフトバンクにてiPhoneの納期を尋ねるにはかばかしき答え得られず。帰路、アピタ書店訪。
2050年の世界を予想する書籍有。38年後の世界だ。その時、生存していれば105~6歳になっているはずだ。
暫し、感慨に耽る。帰宅後庭の手入。夕、ヨーロッパ旅行を果たした友人と一水にて晩餐、歓談。
今日の運動は一万七千余歩。
2012年10月8日(月)晴時々曇
5時半の外気温は15℃。飛駒7時半の外気温は13℃。秋真っ盛りだ。三々五々人有。ローストビーフ、
チーズフォンヂュも出始めてきた。昭和18年生のオールドボーイ筑波より來。骨付仔牛のグリルを注文。
有難きかな!17時の外気温は18℃。夜、林家にて狸蕎麦飯。三連休無事終了。一つ峠を越えたわけだ。
関係者諸兄に感謝多。
2012年10月7日(日)秋雨
7時の外気温は18℃。涼。ローストビーフを3時間かけて焼く。秋雨・・・・。三々五々人有。
終日暖炉の火は絶えず。16時半の外気温は18.5℃。他、特に記す事無。
2012年10月6日(土)曇後晴、涼
5時半の外気温は21℃。ブロッサムの庭に金木犀の香漂う。ヒイラギも白い花をつて香。三々五々人來。
友人からケンタッキー・フライドチキンの「カーネルサンダース自伝」を電送してもらう。非常に面白い。
ことに、サンダースがフライドチキンのチエン店ビジネスを始めたのは65歳よりとあり、わが身と照らし合わせても
興味がつのる。若人來。Web周辺のことを教えてもらう。有難きかな・・・・。
2012年10月5日(金)晴
7時45分の外気温21℃。二人で昼前に飛駒に出掛ける。雑用。昼、粗食飯。午後、二階のソファにて読書。
午睡。今日は草刈中止。夕、帰宅。他、特に記す事無。終日秋の好天。
2012年10月4日(木)晴
6時45分の外気温は24℃。金木犀の香漂い来る。朝食前の織姫山散歩。パンケーキ飯。疲労感有。
連日の散策三昧にやや過労気味である。読書をするうちに眠りソファより落ち目覚める。
昼、コーンスープを作ってもらい昼食とする。午後、暫く午睡。3時頃二人で飛駒に出掛ける。
金木犀の香漂う。夕、帰宅。夜、丸山に飯。早寝。
2012年10月3日(水)曇
昨日は大分疲れたらしい。10時起床。外気温は23℃。午後、3時、飛駒着。3時半の外気温は22℃。
暫し、草刈。17時の外気温20℃。草刈終了。帰宅後、栃木テレビを観る。6時50分頃よりブロッサム
での「ハロゥィン」の録画取り番組が始まった。自分で言うのもなんであるが、話のテンポ、声の大きさ
は良かった。これは編集諸氏の技術の賜物であると思う。感謝多。
2012年10月2日(火)晴
二人で久しぶりに有楽町にでて角川シネマで「BUNGOささやかな欲望」を観る。最初の「注文の多い料理店」で、
路に迷った主人公達がさまよう景色に懐かしいところがあると思っていたが、足利の両崖山のハイキング
コースの一部ではないか!「人妻」では、終戦間もなくの昭和の風景が出てくるが、電柱が丸太ではなく
コンクリートになっていて、色気が無い!時代考証という事に未熟さがある。映画は観客が画面に
没頭できるようにするには、工夫を要する。本物感をどう表現するかによるところが大なのである。
僕は、この頃、時代背景が戦前、もしくは、1970年代というような時代を扱う映画は画像作りに大いなる
難しさがあるように思う。そうであるならば、その時代に製作されたフィルムを修復して再上映するほうが
シネマとしての完成度は高まる。もし、作者が、新しい着想でその時代と人間を表現したいというならば
テキストベースのものをもちいた方が、作品の完成度は高まると思うのだ。
しかし足利、桐生、栃木と身近な環境が映画の中に出てくるのでその意味では興味深いシネマ。
ヨーコさんは大半を寝てしまった。
夕に至り、近くの東京會舘に入り、プルニエにてシャンパン、エスカルゴ、ドーバーソウルを飯。
歩すこと1万余歩也。
2012年10月1日(月)晴、湿、暑
7時の外気温は25.5℃。台風17号は去る。昨夜半名月有。ヨーコさんはジャガイモのパンケイキを作る。
ジャガイモ、粉の味が調和して極めて美味。録画の「家族」を観る。1970年製作、監督は山田洋次。
大阪万博が出てくる。笠智衆が父親の役をやるが、僕はすでにその年齢を超えてしまったようだ。
昼前、織姫山散歩。極めて暑。書店でマガジンを得る。昼、天麩羅、シャルドネ、ソーメン。
読書、午睡。夕に至り、再び織姫山散歩。荒船山を望。夏雲漂う。暑。
夜、粗食飯。改造内閣の報有。


特別企画:スローライフの系統
私はスローライフとは、例えば、時流よりやや横に路をずらし、日々の生活を丁寧にすごして行くこと
だと、解釈しています。大分、気ままに過ごすことであります。そう云う事をしても許される年齢なんであります。
以下、根底に流れるテーマは「スローライフ」「田園生活」を展開した人物の紹介です。
題してスローライフの系図

1:
徳富蘆花は日露戦争後間もなくロシア文豪トルストイをそのヤースヤナ・ポリャーナに尋ねる。
彼は帰国後、文豪の営む田園生活に憧れて、東京市中の住まいを処分して、北多摩郡千歳村字粕谷に
農地を買い求め、愛子夫人と「美的百姓」の暮らしを始める。
2:
永井荷風は二度目の結婚も精算して、大正9年、父より相続した余丁町の生家、断腸亭を処分。母を弟に任せて、
麻布區市兵衛町1丁目6番地に木造洋館を建て「偏奇館」と称し、昭和20年の3月の空襲で焼き出されるまで、
訪ね来る人にも滅多に会わない、徹底した個人主義生活を過ごす。
3:村井弦斎
矢野龍渓に認められ、龍渓が主宰する報知新聞に記者、作家として奉職。間もなくして連載の「食道楽」多くの愛読者を得た。
内容は家庭的西洋料理の調理法が詳しく著述されていたため、主婦の間で人気が出てベストセラー作家になった。
明治37年、豊富な印税で平塚市に広大な敷地を求め牛、山羊、犬を飼い農場を起こして悠々自適の田園生活を始め、
生涯この地に住む。

4:武者小路実篤
トルストイに傾倒していた白樺作家は理想的な調和社会、階級闘争の無い世界という理想郷の実現を目指して同志を募り、
1918年(大正7年)に宮崎県児湯郡木城村に「新しき村」を建設。共同生活を始めた。

5:ターシャ・チューダー
1915年(大正4年)生の彼女は
1972年、57歳の時に思う存分庭造りをするためにバーモント州南部マールボロに19世紀頃の開拓時代を擬すスローライフを始めた。
広大な土地に、長男セスはターシャの希望する18世紀の工法を研究し1人で家を造り上げた。電気や水道等、
近代設備は最小限に留め暖炉とベッドとロッキングチェアー、薪オーブンがあるような質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践した。
2008年6月18日に自宅で家族、友人に囲まれ脳卒中の合併症により逝去。92歳没。

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