佐藤 公一郎 先生を讃えて 



 「先生の情感溢れる指揮は、音楽の素晴らしさを物語る力を持ち、私達を強くひきつけ、私達に音楽をすることの喜びを教えてくれます。」

〜 第20回定期演奏会 プログラム より 〜


 OB演奏会後に行われた打ち上げの終わりに、私達は定番である「応援歌」「凱歌」そして「校歌」を熱唱した。最後に公一郎先生が言った。『ぜひエールもやろう!』

 その後私は同期のメンバーと公一郎先生を誘って、別の店で飲み直した。先生は、「一高の話」「一高応援歌のルーツ」を熱く語り、そして言った。『一高っつうのはすごいな!』

 先生が一高に赴任したのは、私が高校二年生の時だった。当時は不慣れなこともあってか、少し遠慮しているように見えた。しかし、先生は一高吹奏楽部の存在を学校内外にアピールすることを着実に始めていた。

 今、私の前にいる先生は、明らかにその時とは違って見えた。そう、先生は私達以上に「一高生」になっていたのだ。そしてこの熱い魂が、一高吹奏楽部の新しい時代を創ったのだ。
 さあ、次は公一郎先生がメインのOB演奏会をやろう!

伊藤 史人 (第40回生 昭和63年卒業)


 私事ながら、私が音楽の道へ進もうと思ったのは、まぎれもなく公一郎先生の影響である。男子校、まして一高の様な学校で、あれだけ生徒を夢中にさせる授業を展開し、吹奏楽の指導に於いても、通り一遍の技術・表現ではなく、それぞれが一人の音楽家として自発的な演奏ができるよう導いて下さったことには、本当に頭が下がる思いである。

 私を含めた皆が、何故“公一郎マジック”にかるのか? その答えは、公一郎先生の人間くささにあると思う。「大阪俗謡による幻想曲」の練習の際に、自らひょっとこの真似で道化てみたり、授業で歌う度に『ケツの穴 しめろ!』と連発する、その少しも気取ることのない姿に、我々生徒よりも一高生らしいニオイを感じ、そして全てを先生のタクトに任せることができた。

 卒業して数年経つが、やたらコーヒーとタバコのニオイのする教官室を夢に見ることがある。その度に、いつかはああいう先生に自分もなりたいと思いつつ、合宿の度に泥酔して生徒に絡む公一郎先生の姿を思い出し、苦笑をする...

千浦 名生 (第45回生 平成5年卒業)


 公一郎先生がどんな先生であったか? ひとことで言い表すのは難しい。今の自分を語る上で非常に大きな影響を受けたし、いまでも人生の目標だと思っている。高校時代に心から尊敬できる師を得たことは幸せという他ない。先生の歌心溢れる指揮で「音楽」を演奏することはたまらない喜びであったし、先生の謙虚さや一高生に対する深い愛情、そしてなにより、そのダンディズムに私達は強く心惹かれていた。今でも自分の音楽や生き方に疑問を感じたとき、どこからともなく公一郎先生の声が聞こえてくる。「ケツの穴しめろ」や私が芸大受験に失敗したときにあたたかく仰った「音楽の勉強は一生だ」。そして、なによりその屈託のない笑顔。全てが新旧の一高の校舎やいくつもの想い出と共に鮮明に蘇ってくる。すると、また自分と正面から向かい合っていく勇気が沸いてくるのである。そういった意味で公一郎先生にはお世話になることはまだまだ多いに違いない。

叶 光徳  (第47回生 平成7年卒業)


CD 仙台一高吹奏楽部の歩み[佐藤 公一郎]より転載

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