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*この記事は、2009年にパシフィックアジア・カイロプラクティック協会主催のセミナー 「現在の整形外科的診断の問題点とMPS(筋筋膜性疼痛症候群)」(加茂淳先生)に 対するセミナーレポートとしてPAAC NEWS157号(2009年11月号)に寄稿した記事、 「−カイロと筋性疼痛の関係を探る−」に若干の修正を加えたものです。 ちょっと(だいぶ?)古くてすみません。。 我々のオフィスに来られる患者の多くは「痛み」を主訴としている。 しかしその痛みの実態は、いまだ明らかではない。 カイロプラクティックではその痛みの原因を脊柱に求め、 サブラクセーションによる神経圧迫説を掲げて病める患者たちを救ってきた長い歴史がある。 しかし近年、従来の神経圧迫説を否定する論証も少なくない。 これが問題となるのはカイロ業界に限った話ではなく、異なる理論体系で施術に当たり、 我々よりもさらに厳格な科学的根拠が求められる整形外科業界も同様である。 加茂氏(医師 加茂整形外科院長)の主張の焦点は、そこにある。 つまり、従来の整形外科的診断における神経または神経根圧迫説の妥当性を問うており、 加茂氏はそれを完全に否定しているのである。 痛みは神経のルート上の問題(機械的な圧迫)や画像上認められる変性等の問題とは 無関係であり、筋のスパズムに伴う生化学的変化が末梢の受容器を刺激した結果である、と。 すなわち痛みの本質は、主に「筋筋膜性疼痛」、つまり筋肉痛である、と言うのである。 そしてそこには生理学的な根拠が伴っている。 神経根自体には痛覚受容器がない。 痛覚受容器を持たない神経根が痛みを感じることはあり得ない。 そしてさらに、通常強い圧迫が加われば、障害部位以下には麻痺が起こる(馬尾症候群等)。 この際には、麻痺ゆえに当然痛みは感じない。 これらが神経根に関する生理学上の常識のようである。 画像上にヘルニアや変性が見られようとも、麻痺がない限りそれらは無害である、 というのが生理学的な裏付けを伴う加茂氏の主張なのである。 通常ヘルニアでは痛み(あるいは痺れ)に加え、腱反射の低下、 感覚の一部脱落などが生じるとされるが、この痛みと腱反射の低下、 感覚の脱落は相反する様相であるため、同時には成り立たないことになる。 加茂氏によると、これらは筋のスパズムでも起こりうる症状であり、 ヘルニアまたは脊柱管狭窄症による神経圧迫でこのような症状が生じることはありえないという。 講演では、時折ユーモアを交えながら、多数のスライドを用いてそうした説明が繰り返された。 これらの主張は当然カイロプラクティックの否定に向けられたものではない。 ヘルニアまたは脊柱管狭窄症の手術に対して疑問を投げかけ、否定しているのである。 「ヘルニアや脊柱管狭窄症は痛みとは関係ない」。 こうした主張は、一見するとこれまでカイロプラクターが取ってきた態度と同じように見える。 そして我々は、実際にそうした患者を過去に何例も診てきた。 しかし、「原因は筋肉痛である」というのとは少し、いや随分違う。 さて、これをどうカイロ的に解釈すればよいのだろう? これらを大まかに見ると、ふたつの大きな疑問に集約される。 まず一つ目は、ヘルニアは本当に無害なのか? もう一つは、これまでカイロは、なぜ痛みを取り得たのか? 構造として脊柱を見た場合、椎間板は椎骨間にかかる負荷の軽減に欠かせない組織である。 そしてヘルニアとは、線維輪の断裂と髄核の脱出という、 椎間板を構成する組織の重篤な破綻状態といえる。 このような構造上不可欠な組織の破綻に対して、人体(脳)がなんの反応も示さないものであろうか? こうした一大事に対して、脳が自らの身体を守るため、またそれ以上の損傷を防ぐために、 痛みという警告を発するということは十分考えられるのではないだろうか? 個人的には、急激に飛び出したヘルニアと、慢性的な経過をたどり膨隆した椎間板とでは、 反応が異なるのではないかとも思うが・・・。 ここではひとまずその痛みとヘルニアの関連は棚上げすることにしても、懸念されるのは、 「ヘルニアは無害である」という認識が独り歩きすることである。 それによってヘルニアのある分節を無暗に矯正してしまうカイロプラクターも現われてくるかもしれない。 その可能性を考慮してもなお、ヘルニアは無害であると断定できるのだろうか? それらも考慮し、やはりもう少し慎重な議論が必要に思う。 次に、これまでカイロプラクティックで改善してきた患者たちは、 どのような機序で痛みから解放されたのだろう? 加茂理論では、痛みの本質は筋性痛である。 しかしカイロでは、一部のテクニックを除き積極的に筋へのアプローチは行わない。 それでも加茂氏のトリガーポイントブロック(以下TPB)同様、 多くの患者を痛みから解放してきた実績がある。 全く異なる理論体系でそれぞれ効果が出る背景には、どのような繋がりが見いだせるだろうか? まずここで、加茂理論を整理しておこう。 痛みは筋のスパズムが原因であり、 その筋を特定し局麻剤を注入することでスパズムがリセットされ、痛みは治まる。 要約すれば、これが加茂氏の治療理論である。 この筋性痛の原因(加茂説)は以下の通りである。 筋の損傷→損傷された筋小胞体からカルシウムイオン放出→筋拘縮→血管収縮、 血流障害→酸欠→発痛物質の分泌→痛み。 そしてこの痛みが起点となり交感神経を刺激→筋収縮→血管収縮から酸欠→発痛物質分泌、 と痛みはループする。 さらに、ここに痛みに伴う脊髄反射による筋収縮が加わり、これらの悪循環は強化される。 これが痛みの悪循環である。 そして、こうした悪循環によって筋線維に硬結が生じ、 それが広範囲に痛みを放散させるトリガーポイント(以下TP)となる。 つまりTPとは「関連痛」を伴う筋硬結である。 カイロを痛みの生理学的に捉える場合、キーワードはこの関連痛になりそうである。 関連痛とは、いわゆる脳の勘違いである。 本来の原因とは別の場所に痛みを感じ、 筋肉(TP)以外にも内臓や関節等様々な器官から関連痛は生じる。 それぞれの器官から後根−脊髄視床路を介して脳に伝達された上行性インパルスを、 後根を共有する痛覚線維の支配領域の痛みと誤認してしまうことで関連痛は生じるとされる。 しかし関連痛に関しては、そのメカニズムは完全には解明されていないようである。 TPは、関連痛を惹起させる原因のうちの一つである。 興味深い文献がある。 「腰・殿部筋から生じる関連痛領域に存在した筋硬結」(辻井ほか 理学療法学第20巻第6号 1993)。 ここでは、あるTPの関連痛領域内に、新たなTPが発生していることが確認されている。 つまり一つのTPがその関連痛領域に別のTPを形成し、 そしてそれがまた新たなTPの引き金になるという、TPの連鎖が指摘されている。 関連痛同様この現象の機序は明らかではないが、 痛みを起点とした交感神経系の関与が疑われている(前述)。 すなわちこのTP発生のきっかけは、「痛み」である。 さて、関連痛の原因は、筋のみではない。 我々が扱うことの多い椎関関節もまた、関連痛を惹起する原因の一つとなりうる。 今回の講演内でも紹介されていたが、 椎骨周辺に高張食塩水を注入した際の発痛パターンを示した研究がある。 加茂氏は否定的であったが、 それぞれの部位の刺激によって関連痛が現れることを示した興味深い研究である。 それらをサブラクセーションによる刺激と同等とみなすことができるかどうかは分からないが、 サブラクセーションによる椎骨の位置的な変化が周囲の支持組織になんらかの刺激を与えることは 十分考えられる。 臨床で矯正による改善を日常的に経験している我々からすれば、 サブラクセーションにより関連痛が現れ、それが矯正により改善している、という可能性は、 検討の余地がありそうである。 もしその関連痛がTPを誘発した場合、椎骨周囲のTPに始まり、 その関連領域に新たなTPが広がって痛みが広域化する、などということもあるのではないだろうか? また、サブラクセーションによる関節周囲の固有受容器からの入力が、 脊髄網様体路を介して姿勢反射を誘発し、周囲の筋緊張を引き起こすという、 別ルートからの修飾もあるかもしれない。 それら一連の悪循環の起点が脊柱のサブラクセーションだった場合には・・・。 と、このような仮説も成り立つように思えるが、どうだろうか? いずれにしてもこれらの「痛み」の原因は、現状では「筋性痛」であることに変わりはなさそうである。 しかしその筋性痛の原因は、サブラクセーションにあるかもしれない。 あるいはヘルニアや脊柱管狭窄症もその原因となりうるだろう。 しかし、それら原因に関わらず、結果的に「痛み」の本質が筋性痛である以上、 おそらく加茂氏の行うTPBは有効だろう。 だが、筋性痛の真の原因は?と考えていくと、それは筋だけの問題とは言い切れない。 神経圧迫説に対する否定の色が濃くなりつつある昨今、 もう少し積極的な検討が必要な時期に来ているように感じる。 さて、苦手な神経学的考察である。 整合性が取れていないところもあるかもしれない。 読者の中には、反論異論のある方もおられることと思う。 または、これはすでに議論されつくした古い考え方なのかもしれないし、 あるいはその価値すらないのかもしれない。 読者の中で何かご存じの方は、是非とも積極的に意見を述べていただきたい。 今回のこのレポートが、今後のさらなる議論に結びつくきっかけにでもなれば幸いである。 2011.3.25 |
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