足底部の疼痛
 −骨盤帯との関連を示唆する2症例−




 
 
+ はじめに +

 
 ここでは、骨盤帯との関連を示唆する足底部の疼痛に付いて報告する。
 尚、今回紹介する二つの症例は、何れも突発的に発症した原因不明の疼痛である。
 
 さて、本来のカイロプラクティックとは、ホリスティックな観点で分析し、
 施術する所にその独自性と長所がある。
 しかし、余りに強く限局的な痛みを前にすると、ついそれを忘れ、
 局部的な症状に捕われすぎて、視野狭窄に陥りやすい。
 この二症例は、どのような患者を前にした時にも、カイロプラクティックがホリスティック
 な療法である事を忘れてはならない、という事を改めて実感させられた症例として、
 強く印象に残っている。



+ 症例 1 +
 
 患者は10代女性(中学2年生)。
 学校行事で長距離のロードレース完走後、右足底部に痛みを感じる。
 痛みは徐々に増加し、数時間後には着床困難となる。
 当日、強い跛行を呈する状態で来院。
 既往歴なし。椎間板ヘルニア等を疑わせる神経学的な徴候は見られなかった。
 長距離走を完走後に発症した事から、疲労性の骨折を疑ったものの、
 腫脹も極めて軽度で(ほとんど無い)、限局的な圧痛も認められなかった。
 走行中、足関節の捻挫を起こしたような記憶はない、という事であった。
 これら鑑別すべき疾患の徴候が少しでも認められたなら、
 速やかに医師の診察を受けさせるべきだと思えるほど、症状的には酷い状態だった。
 
 主訴は、着床時痛と歩行困難。荷重負荷を加えなければ、自発痛は極軽度。
 着床時に、右立方骨周囲(足底部から足背部にかけて)の強い痛みを訴う。
 足関節の可動域に関しては、他動的な過度の内返しで痛みを訴えるものの、
 靭帯損傷等の徴候はない。
 圧痛に関しては、非限局的で軽度の痛みが立方骨周囲に認められるものの、
 部位の特定には至らない。熱感なし。
 つまり、足部周辺の炎症症状は殆んど認められなかった。
 
 ここで先ず疑ったのは、足根骨のサブラクセーションである。
 それまでにも、何度かこれに類似した症状が足関節周囲のサブラクセーションの
 矯正で解消された経験から、今回も長距離走の継続的負荷により足関節周囲の
 アライメントに不整が生じ、関節周囲の神経が刺激されているものと推察した。
 実際に、足根骨にはミスアライメントが認められ、矯正が必要な状態だった。
 ここで印象に残っているのは、矯正をしている間患者は全く痛みを
 感じていない様子だったことである。
 本来、歩行困難な状態で尚且つ足部にサブラクセーションが認められれば、
 極軽微な力で矯正は行われているとは言っても、
 矯正中には多少の痛みを感じるものである。
 
 筆者は元々足関節、足根部の矯正は得意で、同部のサブラクセーションに起因した
 症状であれば、かなりの確立で改善させる自信はある。
 今回も、おそらく改善するものと確信して矯正に臨んでいた。
 我々のように、限定的な検査法しか認められていない立場では、
 矯正後の症状の改善の有無が、そのまま診断を兼ねている場合が多い
 (もちろんその前に必要があれば、速やかに医師に紹介しなければならない)。
 
 初回の治療では、間接法を用いて足根骨の矯正のみを行った。
 施術中の印象としては、足根部のミスアライメントが改善されている実感はあるものの、
 根本的な問題を解消しているときに感じる、漠然とした「手ごたえ」が感じられなかった。
 足根部の矯正にかなりの時間を要し、一先ず施術を終了し症状の改善を確認すると、
 若干の改善が見られる程度に留まった。
 「炎症が強い」ということを説明した上で、その日の施術を終了した。
 
 第二回目の施術は、その二日後だった。
 症状は前回と殆んど変化なし。
 治療は足根骨の矯正に加えて、骨盤や下腿の筋のアンバランスの修正等を行う。
 やはり足部の矯正に時間を費やし、全身的な分析が疎かになってしまった。
 
 その二回の施術では、殆んど改善が見られなかった。
 足根部の矯正では改善が見込めない事を認めざるを得ない状態となり、
 ようやく腰を据えて全身的な分析を行う。
 結論を先に述べると、腰仙関節の矯正で劇的な改善を見た。
 彼女の腰仙関節は過度の過伸展状態で、尚且つ回旋が強い状態だった。
 それを中間位へと矯正する事で、着床時の疼痛はほぼ消失した。

 
+ 症例2 +
 
 患者は30代女性(OL)。
 発症から来院までの経過は以下の通りである。
 
 週末(金曜夜)に、仕事が終了後夜行バスを利用し、京都旅行を計画。
 当日の仕事はイレギュラーなもので、展示会で一日中立っていることが多かった、
 との事である。
 その後夜行バスの中で、数時間座席に座った状態(多少のリクライニング状態)で
 睡眠をとり、翌朝京都に到着。
 そのまま観光に出たところ、即座に左足部に疼痛が出現し、歩行困難となる。
 痛い足を引きずるように観光を強行し、その日はホテルで就寝。
 就寝中は痛みを全く感じることなく、翌朝起床時には「今日は大丈夫か?」と
 思うものの、やはり荷重をかけると疼痛に変化は無かったとのことである。
 やはりその日も京都観光を強行。凄い精神力である。
 
 その日に帰宅し、翌日終業後に整形外科を受診。
 レントゲン上は異常がない事を確認し、当院に来院。
 医師の診断は「足部の炎症」との事で、消炎鎮痛薬を処方された。
 
 左足底部から足背部にかけての、立方骨周囲の着床時痛。
 既往歴なし。腫脹は殆んど見られない。靭帯損傷等の所見なし。
 その他神経学的な異常も認められない。
 その他の症状は、「症例1」に酷似したもので、着床時の疼痛により、
 歩行が極めて困難な状態であった。
 
 今回は事前に医師の診断を受けていることから、疲労骨折その他病理的な
 問題との鑑別は不要であった。
 前回(症例1)の経験を踏まえ、足根骨のサブラクセーションを疑いながら、
 同時に骨盤帯を注意深く観察した。
 やはり腰仙関節のサブラクセーションが認められ、それを矯正する事で、
 着床時の疼痛はただちに消失した。
 症例1との相違点としては、腰仙関節の屈曲位でのサブラクセーションが
 認められた事である。

 
+ 考察 +
 
 今回報告した二症例は、ともに突発的に発症し原因も定かではない。
 結果として両症例とも「腰仙関節のサブラクセーション」に起因した
 問題であったようである。
 この両者の共通点として、立方骨周囲に限局した強い着床時痛による
 歩行困難が挙げられる。
 しかしながら、部位を特定できるような限局的な圧痛点は認められない。
 このことは、疼痛は足部に限定されたものでありながら、原因がそこには無い
 可能性を示唆するものである。ただし、同様の痛みを有する症例の中には
 原因となる炎症が深部に存在し、表面的な観察では異常が認められない例も
 あるものと考えられる為、より細心の注意を払う必要があるだろう。
 
 この2例には興味深い相違点がある。
 まず発生起点であるが、症例1のケースでは長距離のロードレース後、
 即ち過度の運動後に発症したものに対して、症例2では長時間に渡る同一姿勢の
 継続後、即ち安静にしていたにも関らず発症している、という違いである。
 
 この相違点に関しては、腰仙関節に対する負荷の形態の違いによるものと推察された。
 症例1に付いては、当地の地形的な問題が強く影響しているように思う。
 当方の地形は、山梨特有の扇状地であり、坂道が多い。
 ロードレースの後半部分に多い、下り坂でのランニングによる腰仙関節の過伸展負荷が
 原因ではないかと予想された。
 症例2に関しては、明らかに夜行バス車中での不良姿勢による睡眠が、
 腰仙関節の屈曲サブラクセーションの原因になったものと予想される。
 
 次に腰仙関節のサブラクセーションの形態と、患側下肢との関係性に違いが見られる。
 この両者の関係性からこの病態を考察すると、以下のようになる。
 先ず症例1では、腰仙関節の過伸展と左への椎体の回旋が見られ、
 症状は右足に出現している。
 彼女は右利きなので、これは利き足側が患側という事になる。
 次に症例2のケースでは、腰仙関節の屈曲フィクセーションが見られ、
 椎体は右へ変位していた。この患者の患側は左足である。
 彼女も同様に右利きなので、前者とは反対に軸足側が患側という事になる。
 
 ここから、この両者に共通したある法則が浮かび上がる。
 この両者の腰仙関節の変位と患側下肢との関係は、
 「腰仙関節で椎体の変位により荷重が伝搬され易い側の下肢と反対の足、つまり、
  非荷重側の足に症状が現れている」という点である。
 すなわち、症例1のケースではL5椎体が軸足側に変位した状態でロックされている為、
 利き足側に荷重されにくい状態であり、反対に症例2のケースは、
 L5椎体が利き足側に変位し運動制限を起こしている為、軸足側に荷重が
 移行出来ない状態にある。
 おそらく、この状態で無理に患側に荷重しようとすると、骨盤帯周囲の均衡に
 アンバランスを生じさせ、組織の損傷を引き起こす要因となる事が予想される。
 
 このような荷重支持に関る骨盤帯の不均衡が、何故足部の痛みとして自覚されるのか
 に付いては推測の域を出る事は無いが、一つ言えるのは、骨盤帯の、
 「上下からの作用反作用の均衡が保たれる事で安定する」
 という性質に関連するものと思われる。
 骨盤帯の各関節部は、立脚側に向かう全荷重と、
 対抗する床反力が各関節部で真直ぐに向き合う事で安定する。
 従って、その力のベクトルがずれていたり、
 片脚立ちになる際に荷重が全て立脚側に移行出来ないような問題が生じると、
 上下の力のバランスは不均衡となり、関節の安定性は損なわれ、
 部分的な過剰負荷が生じ関節組織の損傷が誘発される恐れがある。
 
 それを防ぐ為には、患側には「荷重させない事」が必要である。
 即ちこの疼痛は、骨盤帯の荷重伝達に問題生じている事を間接的に知らせ、
 尚且つその問題に起因した組織の損傷を未然に防ぐ為の
 「自己防衛的な痛み」であると推察できる。
 それ故、腰仙関節のサブラクセーションの解消により、ただちに症状は
 改善したものと思われる。
 神経学的には、疼痛部位はS1の皮膚知覚領域に属し、
 腰仙関節のサブラクセーションに関連した知覚領域に痛みを誘発した
 可能性を示唆するものと考えられる。
 
 無論、突発的に発症した足底部の疼痛に関する症例全てに、今回のケースが
 当てはまるとは考えられない。
 しかし、発症までの過程に骨盤帯のサブラクセーションを誘発させる要因が
 ある時には、症状と関連づけた分析を行う事が有意義な結果をもたらす事を
 今回の症例は示している。
 これらは足底部の疼痛のみに限定されるものでは無く、仙腸関節に広く分布する
 神経を介した下肢の疼痛との関連を示すものではないかと筆者は考える。

 
+ まとめ +
 
 今回報告した2症例は、何れも腰仙関節の矯正により劇的な症状の改善を示した。
 疼痛自体は非常に激しいものであり、両者とも殆んど足が着けない状態で
 来院された。
 しかし実際には、2症例とも、当人の自覚する疼痛に見合っただけの患部の炎症症状は
 全く存在しない。
 急性に発症し疼痛が限局的な場合、先ず患部を注意深く観察し問題の有無を
 見極める事は常識であり間違いではない。
 しかし、この時症状のみに捕われすぎると、全体的な観察が疎かになる。
 特に1例目の症例に関しては、長距離走完走後に発症している事から、
 当初は足関節周囲に限局した障害だとの思い込みがあった事は確かであり、
 これは反省すべき点である。
 このような状態の患者を診る時こそ、全身的な分析を忘れてはならない。
 初めから全身的な分析を重視していたら、数回の施術に掛かった時間と費用を、
 無駄に患者に負担させてしまう事は無かったように思う。
 
 「カイロプラクティックは対症療法では無く原因療法である」とはよく言われるが、
 実際には症状を手掛りに原因を特定していく、といった方法が取られる事が多い。
 しかし今回のように、症状から原因を特定しようとの思いが強く作用すると、
 問題の根本を見落とす結果となってしまう。
 カイロプラクターは、あくまでもサブラクセーションの検出と矯正を第一義的に考え、
 あとは自然治癒力に委ねる、という基本的な姿勢を忘れてはならないのかもしれない。
 

 
   臨床を重ねていると、このような原因不明で突発的に発症する疼痛を
   訴え来院する患者に遭遇する事が、しばしばある。
   それらに対しては、真っ先に病理的な問題の有無を確認する必要が有ることは
   言うまでも無い。
   中には我々の扱うべきではない、内科的な問題が潜んでいる可能性も否定出来ない。
   我々は、常にその事を忘れてはならない。
   少しでも可能性があるなら、医師の診断を仰ぐべきである。