ミューディさんが直江津収容所で作った詩2
八木 弘 訳


 
ACTIVITY IN NAOETSU
June 24, 1943
直江津風景
1943年6月24日
         1

Coming upstream,
  Hear the chug
Of the sturdy
  Little tug;
Coal from China
  Gleaming salt,
Fill the barges,
  Engines halt.
To the landing 
  Barges glide. 
Planks are plonked,
  Ropes are tied.
Human ants
  Take a hand,
Carry cargo
  On to land;
Empty barges
  Go once more,
To the steamer
  Off the shore.

     

川を上って来る、
  強力な小さい
引き船のエンジン音が
  聞こえる。
中国の石炭や
  キラキラ光る塩を
いっぱい積んだ艀(はしけ)の、
  エンジンが止まる。
船着き場へ
  艀は滑り込む。
厚板をドスンと渡し、
  ロープを結ぶ。
働き蜂のように人々は
  仕事に取り掛かり、
荷物を
  陸揚げする。
空になった艀は
  引き返す、
はるか沖の
  蒸気船へ。

         2

Dads with many
  Mouths to feed,
Take from ocean
  What they need.
Catching crabs
  In a wicker box,
Scraping sea-weed
  Off the rocks.
Men and women
  Hauling net,
Tiny fish
  Is all they get.
Even children
  At their play,
Catch the ones
  That get away;
While off-shore
  In square-sail boat,
Deep-sea fishers
  Are afloat.

     2

養う口の多い
  父親は、
海から獲物を
  取って来る。
柳細工の箱で
  蟹をつかまえ、
岩から海草を
  かき集める。
男も女も
  網を引くが、
獲れるのは
  小魚ばかり。
子供たちさえ
  遊びがてらに、
網から逃げ出した
  魚をつかまえる。
一方沖では
  四角な帆の船で、
沖魚の魚師たちが
  漂っている。

        3

Just across
  Fields of grain,
Puffing northward
  Goes a train.
Gliding smoothly
  On the track,
Smoke from engine
  Pluming back.
Far beyond it
  Mountains rise,
Snow-veined summits
  Clutch the skies.
Toot of whistle,
  Cloud of white,
Hss!  Hss!  train
  Moves out of sight.
 

     3

水田を
  突っ切って、
汽車が北へと
  煙を吐いて行く。
レールの上を
  滑るように走る、
機関車の煙を
  なびかせながら。
そのはるかかなたに
  山脈(やまなみ)が連なり、
まだ雪の残る頂が
  天を突く。
汽笛が高鳴り
  白煙を吐いて、
シュ、シューと汽車は
  彼方へ消え去る。

         4

Women toiling
  Everywhere,
Always doing
  Double share.
Sometimes dragging
  Heavy carts,
Human horses
  Lions' hearts.
Loading timber
  At the stack,
BAby always
  Strapped on back.
But, when shopping,
  Don for show,
Gorgeous-coloured
  Kimono.

     4

女は働く
  至る所で、
いつも二役を
  こなしながら。
時には重い荷車を
  引きずる彼女らは
獅子の心を持った
  人間の馬だ。
貯木場では
  材木を積む、
いつも赤ん坊を
  背中に背負って。
けれど、買い物の時には、
  おめかしをするのだ、
目のさめるような
  着物を着て。

        5

Early morning,
  Down the street,
Endless files
  Trudging feet.
Pairs of girls,
  Pairs of boys,
Air is full of
  Clopping noise.
Former dumpy,
  Latter, lean,
Still all dressed
  In yellow-green.
Early evening,
  Led by men,
Clip-clop, clip-clop
  Back again.

     5

朝早く、
  通りをとぼとぼと、
長い行列が、
  歩いて行く。
少女たちが二列縦隊で、
  少年たちも二列縦隊で、
あたりはカランコロンと
  下駄の音でやかましい。
少女たちはずんぐりと、
  少年たちはやせて、
でもみんなカーキー色の
  制服姿で。
夕方になると
  男教師に率いられ、
カランコロン、カランコロンと
  同じ道を帰ってくる。

       6

At times we go
  As part P.T.
To where the pier
  Juts into sea.
Route is via
  Village street,
Over bridge where
  Rivers meet.
Cross the railway,
  Turn to right,
Soon the sea
  Comes into sight.
After rest
  "Get going, feet"
Down the town's
  One concrete street,
Over main bridge,
  Round the bend,
Camp at last
  Brings run to end

     6

時には我々は
  運動の一部として、
波止場が海へ突き出ている所へ
  ランニングに出掛ける。
経路は
  村の通りを経て、
川の合流点の
  橋を渡る。
鉄道を横切り、
  右へ曲がると、
じきに海が
  見えてくる。
一休みしてから
  「しゅっぱーつ!」
町のただ一本の
  コンクリートの通りを行き、
メイン・ブリッジを渡って、
  湾曲した道を曲がると、
やっと収容所で
  ランニングは終わる。


訳者解説
「文芸高田」本誌九七年三月号掲載の「碧空の下で揺れるユーカリの木に」の全文を英訳し、雑誌と共にミューディーさんに送ったところ、娘さんのジェニーさんから、前後二回にわたって計16編の詩か送られてきた。いずれもミューディーさんが直江津で捕虜生活を送っている間に書いたものである。

ここに掲げた「直江津風景」(原題 Activity in Naoetsu)は、その中でも一番長いものである。

ミューディー中尉は、将校として工場や港での労役は免除されたか、収容所内の雑役かあり、またP.T. (physical training)と称する連動訓練を課せられた。ここにえがかれた当時の直江津の人々や風景は、P.T.の折などに見たものを詩にまとめたものてあろう。

第五連の少年少女たちは、勤労動員でステンレスや信越化学などの工場へ通勤していた旧制中等学校生徒である。原詩でclopping noiseやclip-clopとあるところは、「カランコロン」と下駄の音として訳しておいた。訳者は旧制中学の三年の一学期から四年の八月までステンレスで働いていたが、貴重な地下足袋は作業用にとっておいて、通勤はゲートルに下駄ばきというかっこうであった。

第六連に「運動の一部として」とあるのは、収容所外へのランニングは前記のP.T.の一部で、ほかに収容所構内での運動を課せられていたからである。

なお、東京捕虜収容所第四分所は、直江津収容所といわれていたが、所在地は当時の直江津町ではなく有田村であった。したがって、ランニングの経路は、「村の通り」から荒川(関川)と保倉川の「合流点」の橋(おそらく古域橋)を渡ることになる。「町のただ一本のコンクリート舗装の道」は、直江津駅から荒川橋に至る道であろう。「メイン・ブリッジ」は、その荒川橋を指すものと思われる。

クリップ・クロツプ=下駄の音?

「文芸高田」本誌十一月号掲載のミューディー氏の詩「直江津風景」を訳すとき、勤労動員の生徒が工場の行き帰りに立てる音、clip-clopを靴音とするか、下駄の音とするか、随分迷った。内外の英語辞典十冊に共通しているのは馬蹄の音だが、これはもちろん当たらない。重いブーツを例示している辞書があったが、軍靴などとんでもない。木靴をあげているのが二冊。これだ、日本の木靴、すなわち下駄だ。早速旧制中学の同期生五、六人に電話してみる。K君一人だけ、私の記憶と一致したが、他は地下足袋またはズック説。Kと私が格別貧しかったのだろうか。
 

解説出典:「文芸高田」1997年11月号